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誰が為に球は飛ぶ

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青い春
  拾壱 春一番

第十一話

春が来ました。まだ寒いですが、昼間はボールを使って練習するのも苦ではありません。

どうも、浅利慶太です。
ネルフ学園の新2年生で、野球部に入ってます。

僕たち野球部は、初めての公式戦である昨年の秋は5回コールド負けで初戦敗退でした。
ほろ苦いスタートとなりましたが、あれから碇真司君と、剣崎恭弥さん、2人の大きな戦力が加入して、この春以降には期待が持てそうです。
この2人が入ってからというもの、練習そのものにも活気が生まれ、質が上がっていったように思います。元から野球部に居た僕らも、この冬は相当に鍛えられてきました。ウェートトレーニングで、体重が5キロ増えました。学園前の坂道を走り込んで、太ももの裏、ハムストリングがよく見えるようになってきました。バットが今まで重かったのが、あまり気にならなくなってきました。

体に関しては、「こんなに変わるんだ」と自分でもビックリしています。そりゃ、是礼や一高にはまだまだ及ばないけども、体が大きくなると、なんだか自信もつきますよね。

工事中だったグランドは春休み前にやっと完成して、今は外で伸び伸び球を追いかけられて嬉しいです。僕のポジションはショートで、持ち味の確実な捕球にもっと磨きをかけたいと思って、グランドができてからは毎日居残ってノックを打ってもらってます。

春休み中の練習試合は中々好調で、強い所とはやってないけど、まだ負けてません。やはり投打の両輪がしっかりしてると違います。

もうすぐ新入生も入ってきます。
小さな野球部だけど、僕も先輩になっちゃうんだ。
頑張ろう!もっともっと上手くなって、後輩に手本を見せられるようにならなくっちゃ!


ーーーーーーーーーーーーー

「パーン!」
「いいコースだよ、真司君」

ミットが乾いた音を立て、薫がニッコリと微笑む。真司も少し満足げな表情を見せている。

(……)

隣のブルペンで藤次の球を受けながら、日向は横目で薫のキャッチングを観察する。薫のミット捌きは柔らかく、捕手一筋で野球してきた日向と言えど、勝っている自信が持てないくらいだった。

真司につられるようにして入部したようにしか見えなかった薫は今や、チームの中心選手である。その身のこなしはしなやかで、運動センスは相当なものがあったらしい。打撃は少しムラがあるものの、ミートセンスが高く、シャープなスイングを見せる。この春休み中は1番センターで試合に出していたが、今日、実質「監督」である日向に「捕手がしたい」と申し出てきた。

この春休み中、日向は真司とバッテリーを組んでいたが、時々真司の球の動きについていけてない自分を感じる事があった。真司の球はストレートでさえ手元で微妙に変化するのだ、捕るのには神経を使う。
心なしか真司も、厳しいコースを避け、「日向が捕れるコース」に投げるよう気を遣ってるように見える。この春の練習試合はそれでもほとんど打たれなかったが、この先はどうだろうか?上のレベル相手ではどうだろうか?

日向はそもそも、身体能力が高いわけではない。真司の能力を引き出そうとするなら、早めに相応しい奴に捕手をやらせるべきではないだろうか?

「日向さん!早よこっち見てくださいよ!」

考えに耽る日向を、マウンド上の藤次が現実に引き戻す。慌てて日向は、使い込まれたミットを構えた。

ーーーーーーーーーーーーー

「あっ、マジかよ」

時は移って、入学式の後。
グランドに集まってきた、入部希望の一年生を見て、健介が声を上げた。

「ああ、せやな。可愛いわ。」
「そっちじゃなくて、その隣のロンゲだよ」

長い赤毛を二つ結びにして、眼鏡の奥の目を妖艶に光らせている少女の方に目を奪われていた藤次を健介は小突く。

「あいつ、桜庭中の青葉茂だぜ?全日本準優勝の1番バッターだ。こりゃたまげたなぁ」



中学の軟式野球は全日本と全中の二つがあり、全日本はクラブチームや各地方の選抜チームによる大会である。この細面に長髪で少し生意気そうな目つきをした少年、青葉茂は、中学時代は地域の選抜チームに参加して予選を勝ち残り、レギュラーとして全日本選手権で決勝にまで進出した。
ネルフ学園にはそうそう居ないキャリアの持ち主と言えよう。

「じゃ、一年生達、自己紹介をしてくれ。誰からでも良いぞ」

日向がそう言うと、新入生は目を見合わせる。こういう時、中々最初に言い出す奴が決まらないのはよくある事だ。

「フッ…」

青葉がやれやれ、と仕方なさそうな顔をして一歩踏み出しそうとした時、誰かがその横をスルッと通り抜けた。

「こんちゃーっ。黒崎中学から来ました、真希波真理ッス。マネージャー希望でーす。センパイみんなよろしくおなしゃーす」

くだけた挨拶をしながら体をくねくねさせて愛嬌を振りまいたのは、先ほどの眼鏡の少女、真希波真理である。顔立ちは彫りが深めで鼻が高く、赤毛も併せて少し外国人っぽい。新入生ながら背は高めで子どもっぽさは無く、それなりの美人であった。

「おお!よう来てくれたなあ真理ちゃん!」
「洞木とは段違いに可愛いぜェ!」
「よろしくしちゃうよォ!いくらでもよろしくしちゃう!」

藤次に健介、そして多摩のスケベ3人は真理の自己紹介に一様にテンションを上げる。
その反応に対して会釈を真理が返すと、3人揃って「かんわぃーーーー!」と歓声を上げた。

「もう、バカコンビに比べて多摩さんまで…ねぇ、日向さん」

呆れた光が、日向に目をやる。
日向は目を見開いて真理を見ていた。
口を固く結んで表情を緩ませないようにはしているが、鼻の穴が大きく広がり、ムフームフーと息が荒く上気している。

「え、ひ、日向さん…」
「…う、うん!今年の新入生は素晴らしい!よし、早速練習開始だぁ!」

意味不明に大きく頷くと、日向はグランドへとウォーミングアップに駆け出していった。
藤次を初めとした他の部員達も、意気揚々とそれについて駆けていく。


「え、ちょ、お、俺らの自己紹介はァ!?」

後には鼻歌を歌って上機嫌な真理と、放っておかれた青葉達が残った。









 
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