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乱世の確率事象改変

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~幕間~ 月を守る者、月に照らされる者


 柔らかな午後の日差しに甘い匂い。それと楽しそうな笑い声。
 枕も使わず寝ていたから首が痛くなっているかもしれない。
 ゆっくりと目を開けるとそこには儚げな少女と仕事仲間が笑い合っていた。
 ねねはまだ自分に抱きついて眠っている。
「あ、起こしてしまいましたか。ごめんなさい」
 優しく耳に響くその声に自分は気にしてないと首を振る。
 ここで気付いた。自分はこの少女に膝枕されていることに。
「その……余りに気持ちよさそうに眠っておられたのですが、枕も無しには首が痛くなってしまうかと思って、私の膝を枕代わりにさせて頂いたのです……」
 彼女は両頬に手を当てながらもじもじと申し訳なさげに言う。
「……いい、あったかい」
 頬を膝にすり寄せ素直に感想を述べると彼女はこそばがりながらも嬉しそうに微笑んだ。
「ええなぁ……恋、うちも変わってほしい……」
「お前はだめだ張遼。どことなくいやらしい」
「なんやと華雄!? うちほど清純で清楚な乙女おらんやろ!?」
「服装を確認したらどうだ! この露出狂が!」
「お前も変わらんくせによう言うわ!」
「一緒にするな!」
 いつもの喧嘩が始まってしまった。
 でもこれは二人が優しくじゃれ合っている証。月が来てから二人は変わった。
 お互いが尊重し合い、衝突しても険悪な空気にならずにすぐ仲直りする。
「お二人とも、喧嘩はダメですよ。霞さんも後で少しだけなら」
 こんなふうに月が優しく止めてくれる時もある。
「だめ、ここは恋の」
 陽だまりの草の上に似た暖かいこの場所は自分だけのものにしたい。
「な、なんやて!? 恋、後生やから譲ってくれ」
「……やだ」
「そんな殺生なぁ……」
「はっはっは! 張遼も呂布にとられては手がだせんか! ……月様、それより呂布にお話があるのでしょう?」
「へぅ……そうでした」
 自分に話? なんだろうか。彼女は悲しそうな顔で戸惑いながらも言葉を口にする。
「恋さん……戦うのがお辛いのでしょう?」
 月は鋭い。皆が分からないことも気付いてくれる。二人は少し驚いたようで、目を見開いていた。
「……なんで?」
「その……戦った後に、哀しそうな瞳をされておられたので……」
 自分の気持ちを分かってくれている。
「恋にできるのは、戦う事だけ」
 そう、小くて弱い人たちをただ殺すことしかできない。でも理由を貰った。
 彼女は眉間に皺を寄せて目に涙を溜めている。
「……ごめんなさい。あなたのような優しい人を戦場に立たせてしまって」
 違う。自分は守りたいだけだ。
 大切な家族を。
 大事な仲間たちを。
「……月達は恋が守る。恋がそうしたいからする」
 守る為に戦う事を教えてくれたのは月。
 ただ言われた通りに殺すだけの日々に疲れていた自分に、戦う意味をくれた。
 そして敵にも同じような人がいると気付かせて、味方も守りたいものがあると教えてくれて、ちゃんと痛みを感じられる『人』にしてくれた。
 もう自分は言われたままに戦う人形じゃない。
「だから泣かないで。月が泣くと、恋も悲しい」
 頭をゆっくりと撫でると簡単に折れてしまいそうな少女は微笑んでくれた。
「私も、私にできる戦をします。どうかご無事で」
 小さく頷き彼女を安心させて、自分はゆっくりと目を閉じこの幸せな時間を堪能することにした。
 月は少しでも恋の痛みを和らげたくてこんなことを話してくれたんだろう。
 この優しくて、強くて、暖かい少女だけは誰にも傷つけさせない。

 †

 洛陽にて、霞からの急ぎの伝令に報告を聞いた。
「華雄将軍、シ水関にて戦死されました。敵将は劉備軍が将、徐晃。将軍は敵からの余りに過ぎた暴言に怒り、董卓様の誇りを守る為にシ水関から討ってでられ、敵の分離策にはまりそのまま一騎打ちにて」
「張遼将軍は止めなかったの!?」
「それが……あのようなっ! あのような暴言には張遼将軍も耐えられずっ……本来なら一当てして、虎牢関まで引き三将軍で対応をするつもりだったのですが……っ!」
 涙ながらに語る伝令は悔しさから拳を握りしめその先が紡げなかった。
「……わかったわ。報告ありがとう。あなたは下がって休んでいて」
 これでこちらの敗色が少し濃くなった。
 欲を優先する臆病な十常侍は動き出す。しばらくは抑えられるが持たないだろう。
 華雄が死んだ。自分も悲しい。けど軍師としての思考が心よりも優先される。
「誰かある!」
「はっ」
「虎牢関に伝令。至急張遼将軍、帰還されたし」
 早く呼んでおかないと月が捕らえられて生贄にされる。そのままこちらが勝ったとしても捕らえられている間にも言葉にするのも憚られるほどの辱めに合うだろう。それだけは避けなければ。
 今はねねの状況判断を信頼するしかない。
 霞と恋の二人とも帰って来て欲しいがそれでは勝ちの目が潰えてしまう。
 自分なら奇襲をかける。戦の戦況を傾かせるような。
 現場の状況はその場にいる軍師の判断に任せた方が的確なためこちらから口出しはできないが。
「詠ちゃん」
「月!? ……聞いてたのね」
「うん。華雄さんが……」
 涙で言葉が続かず崩れ落ちてしまう。
「ごめん、月。ボクの力が足りないばかりに」
「……詠ちゃんの、せいじゃない。私の……」
 そこで月の言葉は途切れて消えて行ってしまい、部屋に嗚咽だけが響く。
 自分の不甲斐無さと、欲に塗れた獣達への憎悪に自然と拳が握られた。
「月、よく聞いて。まだ負けじゃないけどこれから十常侍が動き出す。捕まらないようあなたを安全な所に避難させるわ。霞が帰ってき次第そいつらが動いていたら処理をしてもらう」
 捕らえようと動いたならこちらもやり返すだけだ。確実に動くのは分かりきっているが。
「……私は結局、守られる事しか、できないのかな」
 しゃくりあげながら呟かれた独り言を聞いて罪悪感が押し寄せる。
 本当なら涼州でゆっくり太守として国を守っているはずだったのに。
 この状況になってしまったのは自分の責任だ。
 予測が足りなくて、くだらない権力争いに巻き込ませてしまった。
 あそこで平和を作っていたはずなのに。
「月、部屋で休もう? 移動までに少しでも」
 ゆっくりと抱き上げて支えながら部屋に向かう。
 せめて親友であり、大好きなこの子を守り切りたい。
 そのために皆戦ってくれている。
 自分には他に何が出来るのだろうか。
 まだ五分五分のこの戦で。いや絶対になんとかしてみせる。
 ごめん、ねね、霞、恋、そっちは任せたわよ。
 ボクはここで出来る事をする。
 華雄、ごめん。月だけは何があっても守ってみせるから。

 †

 シ水関から帰ってきた霞は悔しさと助けられなかった華雄への罪悪感で泣いていた。
 ここは虎牢関執務室。他の兵は出払わせている。恋殿と自分しかいない。
「すまん……すまん、うちは……華雄を……」
 聞いた情報なら仕方ない。むしろその時機で帰る決断をした霞は褒められてしかるべき。
 自分達もその場に居れたなら無事だったかもしれない。
 しかし後の祭り。失われた命は帰ってこない。
 自分には掛ける言葉がなかった。
 恋殿が動いて霞をゆっくりと、しかし力強く抱きしめる。
「……霞、守ろう。華雄の分まで」
 うんうんと頷きながらもすまんと繰り返す。
 月に忠誠を誓ってから驚くほど仲が良くなった彼女の気持ちは自分達では汲みきれない。
 自分も後ろから霞に抱きつく。
 涙が出てきた。
 あの大きな、女のくせに男らしい笑い声が頭の中で反芻された。
 きっと今の自分達を見たら彼女は笑いとばす。
 いや、怒るかもしれない。
 腑抜けどもめ、そんな体で月様が守れるか、と。
 でも大切な友だった。
 自分たちの涙が止まらないほど大事になった人だった。
 せめて彼女の想いは繋げよう。
 月を守る。
 月の想いを守る。
 そのために戦い、勝つ事が自分たちにできる彼女への弔い。
 だから先に待っていてほしい。
 いつか自分が死んだら、胸を張って守り切ったと言うから。
 その時はいつもみたいに笑って迎えて。

 それから数刻泣き続け、落ち着いた頃に三人でそれぞれの覚悟を胸にこれからの事を話し合った。

 
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