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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Introduction
  第一話 IS学園のイレギュラー

 物心ついてしばらくすると独りになっていた。
 "普通とは髪の毛の色が違う"と石を投げられた。
 "人より運動ができる"と疎まれた。
 "人より勉強ができる"と気味悪がられた。

 彼女が物心ついてしばらくすると多くの人に囲まれていた。
 "綺麗な髪の色"と褒められていた。
 "運動がよくできる"と称賛されていた。
 "勉強がよくできる"と感心されていた。

 彼女はほとんど同じ存在だった。
 同じ時に生まれ、同じ環境で生き、同じ時間を過ごしたはずの存在。
 同じ顔・同じ髪の色を持ち、同じくらい運動ができ、同じくらい勉強ができた。
 でもある事件の後、ただ一点が違うだけで決定的に違う存在となった。
 否、"そう扱われる"ようになった。

 ただし、表面上は変わらなかった。
 同じ習い事、同じ躾、同じ教育。
 しかしその扱いは、今までの平等なものからまるでコピーか代替品を作るかのように変わっていた。

 すぐに自分の中で周りの人間が、何より彼女が……。

 双子の姉の存在が自分の中で価値を失っていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 宇宙行動を目的としたマルチフォーム・スーツである『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』が発表されたのは今から9年前。
 当初は見向きもされなかったものの、後に『白騎士事件』と呼ばれる出来事でその性能を全世界に見せつけた。既存の兵器を軽く凌駕するその力を各国は求め、現在では『アラスカ条約』によってある程度規制されている。

 でも、ISには二つの大きな欠点があった。

 一つは、IS自体に謎が多くその心臓部となる『ISコア』が最初の開発者である篠ノ之束、その人にしか開発ができず完全なブラックボックスと化していること。
 加えて、彼女はコアの開発を467個目を最後に一切行っておらずこれが世界におけるISの絶対数となってしまった。だからこその『アラスカ条約』で、各国の配分調整、軍事転用や取引の禁止など細かいことが制限されている。

 そしてもう一つ、それは女性にしか動かせないということ。
 なぜかは分からないが、ISは女性しか起動できない。
 だが、それが原因で今までの男性優位の世の中から女性優位へ、女尊男卑とも言える世の中になってしまっている。
 
 そしてその象徴ともいえるのが、ここIS学園。
 各国から操縦技術や整備技術を学ぶために多くの学生がやってくるけどその中は完全な治外法権となっていて、どこの国家だろうとどんな企業だろうと干渉できなくなっている。

 そんな独立国家のような学園に、これから通うことになる。

「はぁ……」
 
 思わずため息が出てしまうことくらいは許してほしい。
 そもそも、この学園に通うことになったのも自分の意志ではない。半ば強制的に入れられたようなものだ。 学園に向かう足取りが重くなるのも無理はないと思う。
 そんな憂鬱な初登校の最中、不意に携帯が鳴った。

「はい、もしも……」
『やっほーしーちゃん! みんな大好き束さ』
「……さようなら」

 こちらの気分を無視してやたらハイテンションな女性の声が聞こえてきたので思わず切ってしまった。
 後悔はしていない、どうせすぐにかけ直してくるだろう。ほらきた。

『ひどいよしーちゃん! せっかく束さんが初登校で不安いっぱいなしーちゃんを心配して電話したのに!』
「ごめんね、束さん。ご想像通りちょっとアンニュイなとこにいきなりだったからちょっとうざ……びっくりしちゃって」
『なんか心の声が聞こえかけたけどいいよ、許してあげる! だから今度うちに来たときは一緒にお風呂に』
「切りますね」
『うそうそうそ、切らないでぇ』
「はぁ……」

 正直、彼女のこういうところは面倒くさい。この人がISの開発者、篠ノ之束なのだがこのやり取りだけ聞いてたら誰も信じてくれないだろう。
 束さんとは、彼女がISを発表するちょっと前ぐらいに出会った。身内や一部の人以外には毛ほども興味を示さないことで有名なのだが、それは当時も一緒だったと思う。でも、何かが彼女の琴線に触れたのか気に入られてしまい、IS開発者として世界中から追われ逃亡中の身となった今でもこうして交流が続いている。

「それで、用件は?」
『うん、IS学園でのことはわたしからもちーちゃんにお願いしておいたから。あそこでしーちゃんの秘密(・・)を知っているのはちーちゃんだけだしね。あ! でももしバレたら情報操作は束さんにおまかせだよ! 最悪、物理的にいろいろ消滅させちゃうから安心してね!』
「……ありがとう、でも絶対バレないようにするね」

 いろいろ不穏な言葉が聞こえたけど気のせいだろう。
 ちーちゃんというのは束さんの親友である織斑千冬さんのことだ。
 ISの世界大会であるモンド・グロッソの第一回大会の優勝者という、束さん同様IS界の超有名人で今は学園で教師をしているらしい。
 束さんを通じて面識はあるのだが、今回入学するにあたり特殊な事情がある自分のサポートをお願いしたところ、渋々ながら受け入れてもらえた。こちらの事情に同情してくれたこともあるんだろうけど、束さんのプッシュが大きいだろう。何だかんだ言っても束さんには感謝している。いや、感謝してもしきれない。
 
 自分が自分のままでいられたのはあの日束さんに会えたからだから。

『さて、朝はあまり時間もないだろうからこの辺にしとくね。束さんからの贈り物については後でまた説明するよ!』

 最後まで元気な束さんに振り回された気分だが、電話を切るころには少しだけ気分が晴れていた。
 狙ってやったのかはわからないが効果的だ、でもちょっと負けた気がするのは何故だろう。

 いろいろ考えながら歩いていると、教室の前までやってきた。
 『1-1』、これから通うことになるクラスだ。
 ふと、教室の扉を開けるのに躊躇する。
 ええい、悩んでいても仕方ない! そう決心して扉を開け、中に一歩足を踏み入れる。

 直後、空気が変わった気がする。周りの視線がこちらに集中した。
 ……あれ? なにかまずいことしただろうか、それともどこか変だったかな……?

「し、失礼します」

 そのまま立ったまま衆目に晒されているのも辛いので、自分の席を探し出して座ることにする。
 出席番号順に割り振られたその席はすぐに見つかった。
 視線もそれに合わせて移動してきている気がする。いや、気のせいだ、うん。……気のせいだよね?

「はい、皆さん席についてくださいね。SHRをはじめますよ~」

 謎の空気に晒されて心が折れかけていたところに救いの声が入る。
 入ってきたのはある一点を除けば高校生、下手をすれば中学生に見られかねない容姿のメガネの女性だった。ちなみにその一点とは女性の象徴であり、彼女の童顔に反してかなりのインパクトをもたらしている。

「えっと、私がみなさんのクラスの副担任の山田真耶です。よろしくお願いしますね~」

「…………」

 空気が重い。さっきは現実逃避したけどもやっぱり視線はこちらに集中している気がする。
 ん、さっきとちょっと違う……かな。なんていうかこの席の周りに……?

「あぅ、た、担任の先生は会議で少し遅れますので、皆さん自己紹介をしていきましょうか。で、では出席番号順にお願いします」

 今度は山田先生の心が折れかけているけど大丈夫かな。とはいえこの空気の中心となっている以上自分から動く気にはなれない。せめて自分の番ではスムーズにいくよう頑張りますね。

「では、次に西園寺さん」

 そんなことを考えているうちに順番がきた。
 本来、束さん同様に人付き合いなどとは無縁な生き方をしてきたけどここではそうはいかない。
 自分は完全なイレギュラー、もし秘密がバレれば命はないかもしれない。千冬さんにも迷惑がかかってしまう。

西園寺紫音(さいおんじしのん)です。趣味は読書と料理。私は専用機を持ってはいますが、立場上は企業のテストパイロットなので、このクラスに在籍されてます代表候補生の方々とは少し異なりますね。あと、このような髪の色ですが、日本人です。皆さん、どうかよろしくお願いします」

 そう言いながらできるだけの笑みを浮かべて一礼する。
 一応世界有数のトップ企業のお嬢様という立場なので、それなりに言葉や仕草には気を遣っておくに越したことはない。

「…………」

 あ、あれ? やっぱり何か変だった……?
 いくら一通りの礼儀作法なんかも受けてきたとはいえ、慣れない真似したせいで無理があったかな……?

「キ……」

 キ?

「キャーーーーー!」

 うわ! な、なにごと?

「素敵な声! それに西園寺ってあの西園寺!?」
「本当に綺麗な髪と立ち姿、天使かと思いました!」
「あぁ、教室に入った時に思わずその姿に見惚れてしまいました」
「噂の学年主席の一人がこんなに素敵な方だったなんて!」
「うぅ、お嫁さんにしたい……」

 どういうこと……、特に最後の人!
 でも、認めたくないけどそういうことか……。別に教室に入るときも変に思われたわけじゃなくて……。

 いや、今まで忌避の対象だった髪の毛の色を褒めてもらえたりするのは複雑ではあるけど嬉しいよ。
 でもね、女子の制服を着て女子としてこの場にいるけどね。

 私は……、僕は……









 男なんだよ!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 西園寺紫苑(しおん)、それが僕の名前。
 本来であればこの場所に来るのは姉の紫音だった。
 でも既に入学が決まっていたその姉が急に倒れ、意識不明となった。原因不明の病気らしい。
 好きとは言えなかった、寧ろ嫌悪すら抱いていた姉だったがその急な報せには驚いた。通っていた中学での授業中に先生に知らされ、病院に向かったがそこに姉はいなかった。すぐさま海外の病院に移されたという。
 
 紫音は双子の姉であり、自分と全く同じ存在だった。
 髪の色から運動や勉強の出来もほとんど変わらない。
 一卵性の双子だったらしいのだが、本来ありえないことに性別が異なる。原因は不明らしい。
 ISが出来てからは同じ存在でも似て非なるもの。男女の違いのみで僕は貶され姉は持て囃される。
 紫音との会話はほとんど記憶にない。お互いが避けていたように思う。 
 誰よりも近くにいて、誰よりも近い人間だったのに、誰よりも遠い存在になっていた。
 
 無意識に主のいなくなった部屋に入る。そこに残されていたのは、ここ数ヶ月姉が身に着けていた指輪。
 何の気なしに触れた瞬間、世界が変わった。僕の周囲に展開する漆黒の装甲。女性にしか起動できないはずのインフィニット・ストラトス、ISを男の僕が起動させてしまった。その指輪は待機状態の彼女の専用機だったのだ。

 僕の父親は通称『STC(Saionji Technologies Corporation)』という、国内でISが開発されるまではトップシェアを争っていた大手軍需産業会社を傘下に持つ西園寺グループのトップだ。
 当然、ISの開発にも躍起になっていたのだが、一歩遅れをとってしまい国内の量産機には『打鉄』という他社の機体が採用されてしまった。
 そこでSTCは専用機の開発に方針転換する。将来的には当然ながら国家代表の専用機の制作だ。もしモンド・グロッソ優勝者が使っていた機体を開発したとなれば、次世代量産機のコンペでも大幅に有利となる。

 その一歩が、トップの娘である紫音によるIS学園の入学だった。
 僕と紫音は昔から様々な教育、訓練を受けており自慢ではないが基礎能力は高いと思う。
 その紫音に専用機を持たせ、IS学園に入学させることで戦闘データを取る機会を作るだけでなく、他国の代表候補生などの専用機のデータを取らせることにした。
 なにせ今年は学生にして既にロシア代表という規格外が入学するという。モンド・グロッソを焦点とするならこれ以上ないタイミングだったんだろう。

 紫音が急に倒れたため、その目論見も破れたかに思われた。
 そんな折、僕のIS騒動である。
 
 紫音が倒れたことは極秘でありSTCの人間にも上層部以外に知らされていなかったこと。
 僕が紫音と同程度の能力を持ち、同じ容姿を持っていたこと。
 既に入学手続きは済んでおり、あとは通うだけだったということ。

 そんな理由から、世界で初めてISを動かした男は、女として学園に通うことになってしまった。
 男であることを公開しないのはそのデータを独占したいからだろう。
 公になれば恐らく国家の保護下に置かれることになる。そうなれば専用機などのデータもすべて要求されてしまい、当初の目的が果たせない。
 そして紫苑の存在など、西園寺グループにとっては傀儡としての父の予備程度の扱いでしかない。
 結局、僕は紫音として学園に通い、体裁として紫苑は海外留学をしているという設定になった。

 本来なら、そんなの頼まれたってお断りだ。
 当然、バレたら大変なことになる。女装して女の園に入り込んだ変態さんの烙印を押されるのは避けられないだろう。それどころか男性操縦者としていろいろ実験されるかもしれない。こんな変態に人権はない。僕は変態じゃないけど。

 でも父に頼まれてしまった、この家で唯一の味方だった人。
 女尊男卑の世の中になり、辛い立場になりながらも僕のことを気にかけてくれた。
 西園寺グループは表面上は父がトップにはいるが、実権は母が握っている。僕の扱いも全て彼女に指示されたものらしい。母の姿など、生まれてから一度も見たことがない。しかしどこからか家の人間に指示を出し、僕を縛り続けた。
 そんな僕を気にかけてくれた父の初めての頼み、断るのも気が引けた。例えそれすらも計算された母の命令だったとしても。

 しかし、何より大きかったのは僕にとって初めての友人の言葉だった。

『束さんはいつだってしーちゃんの味方だよ。あ! もしIS学園に行くならちーちゃんのことよろしくね。きっと寂しい思いをしてると思うんだ……。あとあと、もしかしたら来年にわたしの妹が入るかもしれないからせっかくだから見守ってほしいな! だめかな? いいよね!』

 勝手な物言いではあるが、こうして僕にお願い事をしてくれることは素直に嬉しかった。
 
 こうして僕は嫌々ながらもIS学園に通う意義を見出し、この場にいる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……それにしても、この状況。
 自己紹介を終えた僕ではあるが、騒ぎが収まらず未だ教壇の前で立ち尽くしている。
 山田先生は横でオロオロしていて頼りになりそうもない。……いや、せめて何か助け舟出しくださいよ。

 クラスメイトが騒ぐ原因はいくつか心当たりがある。
 まずは姉と同じこの容姿だろう。
 客観的に見て、姉は美人の部類だった。それも超がつくほどの。
 肩ほどまで自然に流れる白銀の髪、目鼻のハッキリとした整った顔立ちにどこまでも吸い込まれるような深さを持つ漆黒の瞳。そして日頃の鍛錬により、引き締まったスタイル。身長も170cmほどあり女子の中では高いほうだった。

 当然、それは同じ存在である僕にも当てはまった。でも女性としては褒められるその容姿も男の僕には虐めの材料だった。女の真似するな、男のくせに気持ち悪い、など数えきれないほどの罵りを経験した。時期が女尊男卑に偏り始めた時期だけになおさらだ。
 立場が違うだけでこうまで変わるのか、と今更ながらに実感してしまう。
 今は好意的な目であるとはいえ、この容姿はコンプレックスでもあるため素直に受け取れない。

 あとは誰かが言っていたが学年主席ということ。
 試験を受けたのは姉だが、僕も同じ試験を受ければ同程度はできると思う。でも今回は僕の実績ではないので少しこそばゆい。
 加えてこのクラスにその学年主席が僕のほかにもう一人いるということで、噂がより広がっていたようだ。

 入学直前にISでの実技試験があったけど入学が決まった1月ごろからはほとんど中学にも行かずにISの操縦訓練とデータ取りをSTCで行っていたこともあり問題なく終了した。
 束さんとも連絡を取り合っていたので何回か会ってISについて聞いたりもした。逃亡中だったはずなのに大丈夫なのか?
 ちなみにIS操縦のための肉体的素質の基準、IS適性というものも測定したところ僕は『B』だった。
 IS適性はC~Sにわかれていて、当然Sが最高ランク。もっともそんな人は数えるほどしかいない。
 つまり、僕は可もなく不可もなく、といったところ。それでも試験で教官(山田先生が相手だった)を倒すことができたのは、STCから支給されている専用機との相性がよかったことと日頃の訓練、鍛錬の賜物だろう。

 訓練機だったらどうか、などということは考えても意味はない。
 なぜなら僕はこの専用機以外は動かせないから。
 理屈はわからないけど未だ僕以外に存在しない男性操縦者ということを考えれば何があっても不思議ではない。僕という存在がそうさせるのか、僕の専用機がそういうものなのか。謎解きはSTCがやってくれるだろう。

 さて、そんな考察をしていても状況は好転しない。どうしたものか。

「うるさいぞ、馬鹿ども! 自己紹介すら満足に進めることができんのか、貴様らは! 西園寺、席に戻っていいぞ」
「は、はい。織斑先生」

 突然教室に響き渡る声に、教室はしーんとなった。
 織斑千冬。束さんの親友でありIS界最強の操縦者であり、期間は短いが僕の剣術の指導をしてくれた先生でもある。ISなしでもその身体能力は凄まじい。噂では生身でISを相手にできるとか。そんな馬鹿な。
 スーツに身を包みすらっとしたその出で立ちは、綺麗な顔立ち以上に格好良いという印象を受ける。

「山田先生、遅れてすまない。さて、諸君。私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。1年間で君たちひよっこを使いものにするのが私の仕事だ。私の言うことは一言一句聞き逃さず理解し、実行しろ。逆らってもいいが相応の覚悟をもって逆らえ、いいな」

 某国の亡き総統も真っ青な独裁宣言だ。
 いや、逆らってもいいとは言ってもその末路が悲惨なものしか想像できないですよ……?

「キ……」

 あ、また……。

「キャーーー!本物の千冬様だわ!」
「千冬様に教えて頂けるなんて光栄です!」
「あぁ、もっと罵ってください!」

 だから最後の!?
 ……このクラスはこういう人間が集まっているのかな……?

「まったく、去年に引き続きこの有様か。今年は専用機持ちを全て私のクラスに押し付ける始末。わざとやっているのか?」

 千冬さんが何やらぶつぶつ呟いているが僕と同じ印象らしい。
 うん、さすがにこんな状況見続けたら女性不信になるかもしれない。

「このままでは自己紹介が進まん。次、フォルテ・サファイア。前に出ろ」
 
 そう言いながら千冬さんが僕の後ろの席に視線を向ける。

「えっ! この空気でって何のイジメッスか……!」

 彼女の言い分は最もだと思う。でも千冬さんの有無を言わせない視線が突き刺さっている。
 サファイアさんと呼ばれた女子生徒は、まるでトホホと聞こえてくるような背中を見せながら教壇へと向かっていった。

「え~、フォルテ・サファイアッス。一応、イタリアの代表候補生で専用機持ちッスけどそんなに気張るつもりもないんで適当によろしくッス」

 疎らな拍手が起こる。うん、これは酷い。彼女は何も悪くないのにこの空気では公開処刑だ。
 本意ではないとはいえ原因の一端が自分にあるのでちょっと罪悪感を感じてしまう。
 代表候補生で専用機持ちであれば、もっと盛大な拍手で迎えられてもいいはずだ。
 せめて視線に精いっぱいのお詫びを込めて見守ることにした。
 声かけたり拍手を強める? 戦場に目立つ格好で単身乗り込むような真似できません、ええ。

「そもそも、出席番号が主席二人に挟まれてる時点で詰んでるッスよ……」

 肩を落とし、ボソッと呟きながら席に戻るサファイアさん。
 貴女は立派に戦いました、その名前は僕の中に永遠に刻み込みます。

「次、更識楯無」
「はいは~い」

 この空気の中で物怖じせずにまっすぐに教壇に向かう女子生徒。
 目の覚めるような青い髪に、幼さが残るものの整った顔立ち。それでいて人をまるで手玉に取るようなその表情は大人びた印象も与える。紫音とは違った意味での美人だった。

「ロシア代表の更識楯無よ。近いうちに学園最強の生徒会長になる予定だからサインが欲しい人は今のうちにね。とはいっても皆と同じ一年生だから気軽に接してくれると嬉しいわ。以上!」

 彼女はそういいながら手に持っていた扇子を広げた。そこには『更識楯無』と自身の名前が記されている。
 ロシア代表。候補生ではない。つまりこの年にして既にロシア最強の操縦者ということになる。
 この学園に現役の代表はいないので、つまり彼女の言葉通りすぐにでも学園最強となるだろう。
 彼女がもう一人の主席らしいので、勉強方面でも抜かりないということになる。
 うん、もうこの後の展開は予想できるね。

「キ……」

 よし、耳を塞いでおこう。
 ……それでも聞こえてくる黄色い悲鳴。よくこれだけ続けて大騒ぎできるものだとむしろ感心してしまう。

 はぁ、それにしてもこのクラスどれだけ有名人が集められているんだろう。
 さっき千冬さんが言ってたけど専用機持ちはこの学年では3人だけって話だからこれで全員だ。
 厄介事が起こりそうな生徒を全部千冬さんに押し付けたのか……、どんまいです。他人事じゃないけど。

 更識さんと目が合い、なぜかウィンクされたので微笑みを返しつつ軽くお辞儀しておいた。

 その後は大きな問題もなく自己紹介は進んでいき、SHRは終了する。
 これだけ疲労感たっぷりなのに、まだ一時限目すら始まっていない事実に愕然とする。

 とはいえ、今までいい思いがなかった学生生活だが、このIS学園ではそれまでと違う何かを感じていたのも確かだった。友人らしい友人なんて束さんしかいない。あとは千冬さんも少し違うけど似たようなものかな。
 
 たとえ僕がこのIS学園では許されざるイレギュラーであったとしても、ここでの学園生活に少しくらい期待を抱いても罰は当たらない……かな……。 


 
 

 
後書き
この作品を読み始めていただき、ありがとうございます。

ハーメルンで連載中のものを見直して細かい微修正を行って投稿しております。
こちらで投稿にあたって修正した部分はハーメルンでも修正されているので、内容に違いはありません。 
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