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TOKYO CONNECTION

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TOKYO CONNECTION

              TOKYO CONNECTION
 その日は生憎の雨だった。天気予報は本当にあてにはならない。俺は車の中でそう思っていた。
「まさか雨が降るとは思わなかったね」
 俺は隣にいる彼女に声をかけた。彼女はそれを聞いて黒く長い髪をかきあげながら一言言った。
「そうね」
 赤い唇が声と共に動く。短い黒のタイトスカートからストッキングに包まれた綺麗な脚がのぞいている。彼女はそれを組んで座っていた。
「雨だなんて。嫌になるわ」
「本当」
 俺はそれに適当に相槌を打った。そして顔を前に戻した。
「これからどうする?ドライブに行く?」
「そうね」
 女は俺の話を聞きながら前を見ていた。車のガラスにその顔が映っている。その隣には当然俺もいた。ガラスに映る俺の顔は何処か不機嫌そうであった。いや、彼女の方が不機嫌であった。それは横顔だけでもわかった。
「飲む?」
 彼女はぶっきらぼうにそう話を持ち出してきた。
「もう夜も遅いし。いいお店知ってるんだけれど」
「車でかい?」
 俺はそれを聞いて笑ってそう言葉を返した。流石にそれはまずい。
「それは勘弁してくれないか。後が大変だよ」
「そうだったわね」
 言われてそれに気付いたようだ。警察にでも見つかれば厄介なことになる。週が明けたら俺の仕事がなくなっていたなんてことになりかねない。それは本当に勘弁願いたいことだった。
「このままドライブなんてどうかな」
「雨の中のドライブ」
「そうさ。それもいいんじゃないかな」
 俺はそう提案してみた。ガラスに映る彼女の顔を見ながら。その向こうには夜の街のネオンが輝いている。まるで宝石のようだった。それが雨の光を反射させて輝いていた。
「前にもやったし。いいんじゃないかな」
「それも悪くないけれど」
 しかし彼女はそれにも賛成しなかった。
「この渋滞だとそれもできそうにないわよ」
「ううん」
 そう言われると俺も黙るしかなかった。信号は赤のままでしかも俺の車とその信号の間には無数の他の車が並んでいた。それが何時動くのかわからなかった。
「ホテルにでも行く?」
 俺は今度はそう提案してみた。
「渋谷にでも行って。それならどうかな」
「道玄坂ね」
「ああ」
 あそこなら車で入れるホテルも幾つか知っている。だから言ってみたのだ。
「あそこならどうかな」
「そうね」
 彼女はそれを聞いて考えに耽った。俺はその間に彼女の白いシャツとオリーブ色の上着を見た。どれも有名なデザイナーの作品でかなり高いものだ。彼女はそのデザイナーの服しか着ないのである。
「いいんじゃないかしら。飲めないし」
「じゃあそこにする?」
「ええ。ただその前に何処か寄っていけたらいいのだけれど」
「何処に?」
 俺は尋ねた。
「お腹すいたし。スパゲティでも食べない?」
「スパゲティか」
「道玄坂ならいいお店知っているし。どうかしら」
「じゃあまずそこに行く?」
「ええ」
 彼女はそれに頷いた。
「お酒は飲まなかったらいいし。それでいいんじゃないかしら」
「じゃあそうしようか」
 俺としても断る理由はない。それでいいと思い頷いた。
「行くよ」
「ええ」
 俺は信号が変わるとアクセルを踏んで脇道に入った。そして道玄坂へ向かった。そのまま彼女の言うイタリアン=レストランへ向かった。道は彼女が案内してくれた。
「ここよ」
 店に着くと彼女は笑顔で俺に顔を向けてきた。窓にはその横顔が映る。
「どう、いいお店でしょ」
「まあね」
 外見は洒落ている。如何にもイタリアという感じだ。だがそれはイタリアン=レストランなら当然だし俺はそれについては特に何も思わなかった。彼女には秘密だったが。
「ここは前にも行ったわよね」
「いいや」
 それには首を横に振った。道玄坂には何回も行ったことがあるがこんな店ははじめてだった。
「ここに来たことなんてないけれど」
「あら、そうだったかしら」
 彼女はそれを聞いて不思議そうな顔をした。
「前にも一緒に来たと思ったんだけれど」
「覚えてないよ」
「私の記憶違いだったかしら。御免ね」
「いいよ」
 あっさりとそう受け流していたが実際のことはわかっていた。俺の前の彼氏とでも一緒に来たのだろう。若しかすると今の俺以外の男かも知れない。だがそれについてもやはり言えなかった。
(チッ)
 心の中で舌打ちした。唾を吐きたくなったがそれはしなかった。彼女に今の俺の気持ちを悟られるわけにはいかなかったからだ。ここは抑えた。
「入りましょう」
 彼女は俺の本心を知ってか知らずか涼しい顔でそう声をかけてきた。
「ここのパスタ美味しいんだから」
「うん」
 俺はそれに頷いた。そして店に入った。
 店の中も外と同じく洒落た感じであった。だがやはり東京なら何処にでもある感じの店に思えた。
「何処に座る?」
「そうね」
 彼女は俺にそう言われ考え込んだ。だがそこにウェイターがやって来た。蝶ネクタイをした小粋な感じのする若い男だった。
「御客様、こちらが空いておりますが」
 ウェイターはそう言って俺達を窓に近い席に案内した。俺達はそこに座った。外はまだ雨が降っていた。
「止まないわね」
 彼女は注文を終えた後窓の外を見ながらうんざりしたような顔でそう言った。
「夜の雨は中々止まないっていうけれどいきなり降りだしてこれなんだから。嫌になるわね」
「うん」
 俺はその言葉に頷いた。
「まあ仕方がないよ。ここは食べて楽しく忘れようよ」
「そうね」
 彼女はそれに頷いた。そして運ばれてきたパスタを口に入れた。俺も同時にそれを口に入れた。
「おや」
 俺はそれを食べた後で思わず一言漏らした。
「どう、美味しいでしょ」
 彼女は俺の顔を見てそう声をかけてきた。
「うん、かなり」
 俺は素直にそれを認めた。
「このフェットチーネかなりいいね」
「そうでしょ。ここのお店とにかくパスタが美味しいのよ」
「そうなんだ」
「他にも食べるでしょ。色々あるわよ」
「お勧めは何かな」
「そうね」
 彼女は俺にそう問われて考え込んだ。そして暫くして話した。
「ラザニアかしら。あとペンネ」
「ああ、マカロニか」
「少し違うわ。大きくてペン先みたいなのになってるのよ」
「マカロニにも色々あるんだ」
 これは正直いって意外なことだった。
「そうよ、それを食べ比べてみても面白いわよ。どうする?」
「どうすると言われても」
 それは返答に困る言葉であった。俺は何といっていいかわからなかった。
「君に任せるよ」
「そう」
 彼女は頷いた。そして注文をした。
「まずはね」
 色々と運ばれてきた。俺はそれを食べながら彼女と話をしていた。その間にも雨は降り止まずそれどころか強くなっていく一方だった。
「止まないわね」
「そうだね」
 予想していたこととはいえこれには参ってきた。俺は少し嫌気がさした顔になっていただろう。
「どうするの、これから」
「これから」
「そうよ。出る?そしてホテルに行く?」
 彼女は俺の顔を覗き込んでそう尋ねてきた。俺はそれを受けて少し考え込んだ。
「そうだね」
 ここで俺はペンネを食べ終えた。そして水を手に取ろうとした。しかし水はもうなかった。
「ないのか」
 これは心の中で呟いた。そしてここでふと気が変わった。
「ここで暫くいないかい」
「ここで?」
「ああ。どうせ明日も暇なんでしょ」
「ええ」
 明日は俺のマンションで二人でいる予定だった。何をするわけでもなく二人で色々と話をして時間を過ごすつもりだったのだ。それも一種のデートだ。
「だったらいいんじゃないかな。どうせ外に出ても雨だし」
「そうね」
「飲まないかい。時間はあるし」
「車はどうするの?」
「どうにでもなるさ」
 俺はぶっきらぼうにそう答えた。
「酔いが醒めて日曜にでも取りに来ればそれでいいよ」
「そうなの」
「ああ。お店の人には言ってね。それでいいだろう」
「貴方がそう言うのならね」
 彼女はそれで納得した。そしてウェイターを呼んだ。
「ワインありますか?」
「はい」
 呼ばれたウェイターは愛想よくそれに応えた。
「赤がいい、それとも白?」
「そうだね」
 問われた俺は考えた。そして答えた。
「ロゼありますか」
「ロゼですか」
「はい」
 ウェイターにも答えた。
「何かお勧めがあればいいですけれど」
「パスタを召し上がられていますね」
「ええ」
「それならばこれはどうでしょうか」
 彼はそれに応えてメニューを開いて彼に見せた。そこには数本のワインのボトルが載っていた。
「これなんかお勧めですよ」
「これですか」
「はい」
 見れば発泡性のあるワインだった。甘いと書いてある。どうやら北イタリアのワインであるみたいだ。
「これはとあるオペラ歌手の出身地のワインでして」
「もしかしてあの髭だらけの顔の人の」
「はい、そうです」
 彼はにこりと笑ってそれに答えた。
「よく御存知ですね」
「いえ、それ程でも」
 俺は笑ってそれに返した。あの歌手のことは日本でも有名だ。毎年みたいに来日して歌っているので俺も名前を覚えたのだ。クラシックには詳しくなくてもあの歌手のことを知っている者は多いだろう。
「これはお勧めですよ。飲み易いですし」
「じゃあそれを」
「私もそれにしようかしら」
 話を聞いていた彼女もそれにしようかと言い出した。
「そのワイン飲んだことないし」
「それではこれを二本ですね」
「ええ」
 彼女は頷いた。それから俺に声を向けてきた。
「それでいいわよね」
「うん」
 俺も特に異論はない。車のことを気にしなければ酒を幾ら飲んでも構わなかったからだ。
「それ下さい」
「わかりました」
 彼はそれを受けて下がった。そして暫くしてよく冷えた二本のワインを持って来てそれを俺達に差し出した。グラスに薔薇色の酒が注ぎ込まれる。泡が立っていた。
「どうぞ」
 そしてそれを俺と彼女に差し出す。俺達はグラスを打ち合ってまずは一口飲んでみた。
「美味しいわね」
「うん」
「思ったより甘いし。これってイタリアのワインよね」
「そうだよ」
「イタリアのは結構飲んできたけれどこんなに甘いのははじめてよ」
「へえ、それは意外」
 俺はラザニアを食べながらそう言った。
「甘いワインが好きだとばかり思ってたよ」
「実は違うのよ」
 彼女は悪戯っぽく笑って俺にそう答えた。
「私実はお酒は辛い方が好きなの」
「そうは見えないね」
「でしょ。だから結構驚かれるのよ。意外だって」
「僕もそう思うよ」
「素直ね、貴方って」 
 彼女はそれを聞いて苦笑した。
「素直だと女の子にあまり好かれないわよ」
「浮気者よりましでしょ。僕は浮気はしないよ」
「どうかしら」
 それを聞いてまた笑った。実はこれは嘘だ。俺も人並みに浮気をする。先週は別の女の子と会っていた。だがそれを彼女に言う必要もないので黙っているだけだ。だから本当は彼女が浮気をしていても嫉妬してはならないのだ。さっきの嫉妬は俺の我が儘だ。
「本当のところはわからないわよね」
「きつい御言葉」
「うふふ」
 そんな話をしながら俺達は酒と料理を楽しんだ。夜が更ける頃になると雨も止んできた。
「止んだわね」
「そうみたいだね」
 俺も窓を見ていた。そして話を続けていた。そこで酒も飲み終えた。気がつけば俺達はそれぞれボトルを二本あけていた。我ながら飲んだもんだ。
「出る?」
 彼女はそこで俺に尋ねてきた。
「出ますか」
 俺もそれに同意した。金は俺が払い店を出た。
「これからだけれど」
「御免なさい」
「えっ!?」
 その言葉に戸惑った瞬間だった。俺の口は彼女に塞がれた。
 彼女の唇が俺の言葉を遮ったのだ。そして俺は言いかけた言葉を喉の奥に戻された。
「それじゃあね」
「えっ!?」
 唇が離れた後でも俺は少し戸惑っていた。
「それ、どういうこと?」
「ちょっと事情が変わっちゃって。ここでお別れしたいの」
「何かあったの」
「野暮用でね」
 実は何もないことはわかっていた。だが俺も酔っていたこともありそれでいいとふと思った。酒と唇の魔力にやられてしまったみたいだ。
「今日は悪いけれど勘弁してね。また今度」
「う、うん」
 かなり我が儘な話だと思ったがそれを認めた。俺は背を向ける彼女に対して声を送った。
「気が向いたらお邪魔するから。日曜にでも。それでいいかしら」
「いいよ、別に」
「悪いわね。無理言って」
「別にいいよ」
 俺はそう言って笑った。どうせ約束なんてこの街じゃ大した価値もない。それ以上に真剣な恋愛なんて何の価値もない。ただ一時の夢に過ぎないものかも知れない。それは俺がこの街に来てから最もわかったことだった。そうした意味で俺は完全にこの街の住人になっていた。
「じゃあまた今度」
「今度って何時?来週?」
「さあ」
 彼女はここでまら悪戯っぽく笑った。
「今日かもしれないし明日かもしれないわ」
「矛盾してるじゃない、それじゃあ」
「そんなものよ、人間なんて」
 彼女の笑みは悪戯っぽいもののままであった。そのまま言葉を続ける。
「何時何が起こるかわからないもの」
「急に哲学的なことを言うね」
「私哲学科出身だもの」
「嘘」
 それを聞いて少し酔いが醒めた。悪いジョークにしか聞こえなかったからだ。まさか彼女が哲学科出身だとは。それは夢にも思わなかったことだった。
「本当よ、何なら卒業証書見る?」
「いや、いいよ」
 そこまでして確かめる気にはならなかった。彼女が本当だと言うのなら本当なんだろう。それにそこまで深入りするのはこの街の流儀じゃない。絆なんてこの街じゃ真剣な恋愛と同じ価値しかないものだ。強く触れば壊れてしまうような脆い存在だ。そもそもそんなものがあるかどうかすら怪しい。
「で、これからどうするの?」
「そうね」
 俺にそう問われて考える顔になった。だがやはり哲学的な顔ではなかった。
「家に帰るわ」
「送ろうか」
「いいわよ、そんな」
 彼女は首と右手を横に振ってそれを断った。
「車も運転できないでしょ、今は。だからいいわよ」
「じゃあ電車で帰るんだね」
「ええ」
「僕もそうさせてもらうよ」
「貴方も電車で?」
「うん。どうせ今は何もすることはないし」 
 もうすぐ空が白くなる。夜が更けようとしていた。
「始電に乗ろう。途中まで一緒だったね」
「ええ」
「途中までね。それからは知らないけれど。それでいいかな」
「いいわ」
 彼女はそれに頷いた。そしてまた俺の側に来た。
「じゃあ行きましょう、駅まで。そして」
「うん。そこから途中まで一緒にいよう。隣同士でね」
「たまにはそんな高校生みたいなデートも悪くないわね」
「たまにはね」
「ふふふ」
 こうして俺達は駅に向かった。ここから渋谷の駅まで結構あるが酔い覚ましには丁度よかった。
 そして電車に乗った。途中まで静かなデートだった。たまにはこんなことがあってもいい。どうせこの街では真面目なことはタブーだ。じゃあこれも仮初めの夢だと思うことにした。



TOKYO CONNECTION    完



                2005・3・27 
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