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プロローグ

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プロローグ

                    プロローグ
「確かに言ったぜ」
 俺は奴にそう伝えた。
「あいつは御前を選んだんだ、わかったな」
「・・・・・・ああ」
 ジムは俺の言葉を聞いて頷いた。やたら背が高い癖にその時は低く見えた。俺にはそれが妙に滑稽に見えた。
「どうしたんだよ」
 俺はそんな奴に声をかけた。
「嬉しいだろ。ジェーンが御前を選んだんだぜ」
 俺は懐から煙草を取り出しながらジムにそう言った。黒い革ジャンから白い煙草が姿を現わした。
 ジッポーライターも取り出す。そしてそれで煙草に火をつけた。
 青い煙が漂う。それが夜のバーガーショップの駐車場に漂う。火は消えても煙は漂っていた。それは夜の闇の中に消えても香りだけは残していた。
 俺達は今ロスのバーガーショップにいた。そしてその駐車場で二人話をしているのである。
 話の内容はよくあることだった。ある女がある男に対して告白をした。俺はそれを伝えるメッセンジャーだ。
「なあ、ミッキー」
 ジムは俺に対して声をかけてきた。
「御前はジェーンを好きだったんじゃないのか?」
 その伝えられた男ジムは俺に対してそう言ってきた。金色の髪をリーゼントにした青い目の男だ。顔もスタイルも俺なんかより余程いい。俺は背も顔もこいつ程じゃない。しかも性格も悪い。ジムはダチの俺が言うのも何だがいい奴だ。こんないい奴は他にはいないだろう。
「ジェーンを!?俺がか!?」
 俺はとぼけたふりをしてジムにそう答えた。
「ああ。前言っていなかったか」
「知らねえな」
 俺はそう答えた。答えながら煙草を口から外し煙を吹く。今度は白い煙が闇の中に消えた。
「そんなこと言ったかな」
「なあミッキー」
 奴はまた俺の名を呼んだ。
「何だよ」
「ジェーンは俺を好きなんだな」
「何度も言ってるだろ」
 たまりかねてそう言ってやった。
「ジェーンは御前が何よりも好きなんだよ。そんなに信じられないのなら直接あの娘に聞けばいいだろ」
「・・・・・・わかったよ」 
 ジムはそこまで聞いて頷いた。
「行けよ」
 俺は顎を振ってジムにそう言った。
「俺はここで飯食ってるからよ。行けばいいだろ」
「けれど」
「何グズグズしてんだ」
 次第に苛立ちを抑えられなくなってきた。自分でも訳がわからない位イライラしてきた。
「行けばいいだろうが。行かないと死ぬまで後悔することになるけれどそれでもいいのかよ」
「けれどな」
 それでも奴はマゴマゴしていた。でかい身体のくせに気は小さい。その革ジャンもジーンズもみすぼらしく見える程だった。
「俺じゃジェーンを」
「幸せにできないなんて言うなよ」
 俺は先手を打ってそう言った。
「・・・・・・・・・」
 ジムはそれに答えられなかった。ただ突っ立っているだけだった。
「へっ」
 俺はそれを見て思わず声を漏らした。そして煙草をアスファルトに擦り付け消してからジムに顔を向けた。煙草がやけにまずく感じられた。
「御前殴られてえのかよ」
「何言ってるんだよ」
 ジムは俺にそう言われて眉を顰めさせた。
「何でそんな話になるんだ。俺は別にミッキーとは喧嘩しようとは思わないし」
「じゃあさっさと行けよ」
 俺はたまりかねてそう言ってやった。
「俺が行っても何もなりゃしねえんだからな」
「・・・・・・いいんだな」
 ジムは一言そう言った。
「ああ」
 俺はそれに頷いてやった。
「好きにしな。さっさと行っちまえ」
「わかった」
 ジムは頷くとヘルメットを被った。リーゼントの髪がその中に隠れる。
「じゃあ行って来る。ジェーンのところにな」
「早く行け」
 俺はそう言ってやった。それから付け加えてやった。
「あの娘は御前を選んだんだよ」
「本当なんだよな」
「俺が嘘を言ったことがあるか?ねえだろ」
「それはわかってるよ」
「そういうことだ。あの娘はリムジンよりも御前のバックシートを選ぶだろうな。まあ俺達にはリムジンなんて夢みてえな話だけれどな」
 これは本当のことだった。俺達みてえなダウンタウンでだべっている社会の落ち零れにはリムジンはとんと縁のないものだ。俺達にはバイクが似合っている。他にには何もいらねえ。
「俺のバイクでいいんだな」
「何度も言ってるだろ」
 イライラする。半分怒った声でそう言ってやった。
「御前のハーレーが一番だってな」
「わかったよ」
 やっと納得した。本当に骨が折れる奴だ。
「ぞれじゃあ。このハーレーで」
「気をつけろよ」
 この時のこの言葉はいつもの挨拶だった。そう、挨拶の筈だった。だが俺はこの言葉を一生忘れられなくなった。忌々しささえ感じる程に。
 そして奴は行った。爆音が闇の中遠くへ消えていく。そして流れ星のように去っていく。
「やっと行ったな」
 俺はその音を聴き星を見ながらそう呟いた。こんなに人を行かせるのに苦労したのははじめてだった。
「マゴマゴしやがって。いつもよ」
 そう言いながらまた懐から煙草を取り出す。気を鎮める為にはそれが必要だったからだ。
 また吸う。そして口から煙を吐き出した。その白い煙がまた闇の中に消えていく。俺は煙草を吸いながら夜空を見上げていた。スモッグまみれのこの街でもこの時間には星が見える。
「流れ星か」
 俺はその空に一つの流れ星を見つけた。それは白く尾を引いていた。
「あいつみてえだな」
 その星を見ながらふとそう思った。
「あっという間にいっちますんだろうな」
 そしてそう思った。ここで気紛れが起こった。
「願い事でもするか」
 だが何を願うべきか。とりあえず俺に関しちゃ何もない。見事なまでに今は何も欲しいとは思わなかった。それで俺は決めた。
「あいつの為に祈ってやるか」
 何処までも気紛れな考えだとは思った。だがそうすることにした。
「ジェーンと仲良くやれる為にな」
 煙草を放り捨てた。そして靴で踏んで火を消してから願い事をすることにした。本音を言わせてもらうが俺はこの時気紛れでそれをやろうと思っただけだ。本当なら俺の幸せでも祈ったことだろう。だが俺はこの時はそうした。
「ずっと二人で仲良くやりな。ずっとな」
 そう願い事をした。勿論あいつとジェーンのことだ。
「何があってもな。ずっと仲良くやりなよ。何があってもな」
 何故かその『何があっても』を繰り返した。それを繰り返さずにはいられなかった。
 流れ星が消えた。そして空には別の星達が瞬きはじめた。今まで流れ星だけに目をとられていたが見れば他にも星は一杯あった。夜空に何処までも広がっていた。
「フン」
 何かそれを見て面白くなくなった。俺は夜空から顔を離した。
「飯でも食うか」
 この見せは二十四時間営業している。真夜中でも食うことができる。俺はこの店のチーズバーガーが好きだった。だが今はチーズバーガーを食う気にはなれなかった。
「一つじゃ足りねえな」
 足りないというよりは気が済まなかった。
「ダブルバーガーにしとくか。あいつ等のこれからを祈ってな」
 そう思いながら店の扉を開けた。そして中に入った。
 中に入ってダブルバーガーを注文した。その時俺は気付かなかった。空にまた流れ星が出ていたことに。そして流れ星は願い事をする他にも意味があるということも知らなかった。星は人の命ってやつも示しているということを。その時俺は本当に何も知らなかった。
 それから何日後だっただろう。俺がそれを知ったのは。やるせなかった。最初に聞いた時は信じられなかった。嘘だと思った。だがそれは本当のことだった。それを認めるしかなかった。
「馬鹿が・・・・・・」
 そう呟いた。そして俺はバイクを駆ってあいつのところまで行かなくちゃならなくなった。爆音がまるで鎮魂歌のように聴こえてきた。


プロローグ   完



                2005・5・6 
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