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思い出は共に

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第一章

                 思い出は共に
 岸辺だ、港ですらなかった。
 そこに一隻の大きな、だが古ぼけて傷み今にも崩れ落ちてしまいそうな船が打ち捨てられていた。そこに痩せた老人が辿り着いた。
 髪はすっかり白くなり乱れている。目の光は弱く肌も荒れている。服も粗末なものだ。
 老人はその船を前にしてだ、まずはこう言った。
「やっと出会えたな」
 船を見て微かに微笑んでの言葉である。
「よかった、まだあったか」
 こう言ってそのうえで船の傍まで寄った、そしてその船体を背にして座り込んだ。船の腹にもたれかかる形になっている。
 そのうえでただ座っていた、だが。
 その彼のところに一人の少年が来た、まだ十歳であろうか。
 彼は老人のところに来るとだ、そのあどけない目で言ってきた。
「お爺さんそこにいたら危ないよ」
「ああ、この船だな」
「うん、今にも壊れるからってね」
 それでだというのだ。
「皆近寄らないから」
「そうだろうな」
 それも当然だとだ、老人は微笑んで少年に答えた。
「もう古い船だからな」
「僕が生まれるずっと前からここにあるみたいだよ」
 少年は老人に船のことを話した。
「本当にずっとね」
「知ってるよ」
 老人は自分の前に立って言う老人に優しく笑って言った。
「そのことはね」
「知ってるんだ」
「そうさ、お爺さんはこの船に乗っていたかね」
「この船に乗ってたの?」
「そうさ、遠い遠い昔にね」
 今度は懐かしむ目になってだ、老人は少年に話した。
 そしてだ、今も自分の前に立っている彼にこう言った。
「話は長くなるからな」
「うん」
「その場で座って聞いてくれるか?」
 こう少年に言ったのである。
「前に船を見ていると何時でも逃げられるし」
「そうだね、それじゃあね」
 少年は老人の言葉に頷きそのうえで彼と向かい合って座った。そうしてだった。
 老人は次にだ、少年にこう尋ねたのだった。
「名前は何ていうのかな」
「僕の名前?ヘライトクレスだよ」
 少年は老人の問いにこう答えた。
「お父さんがつけてくれた名前だよ」
「そうか、いい名前だな」
 老人は少年、ヘライトクレスというその名前を聞いて優しい笑顔で頷いた。
「とてもな。じゃあわしも名乗るな」
「お爺さんは何ていうの?」
「イアソンというんだ」
 老人もまた自分の名を名乗った。
「知ってるかな」
「イアソン?ううん、聞いたことがないよ」
「そうか。ならいい」
 老人、イアソンはヘライトクレスの言葉を聞いて安心したかの様に頷いた。そのうえで言うのだった。
「わしのことは忘れられてきているんだな」
「忘れられていいの?お爺さん、イアソンさんは」
「それでいいんだ、わしは恥ずべき男だからな」
 だからだというのだ。
「最期を迎える為にここに来たんだしな」
「最期って」
「そうさ、それでだけれど」
「それで?」
「この船の話を聞きたいかい?」
 イアソンは自分のことから船に話を変えてきた、その話はというと。
「この古い船の」
「ずっとここにある船だけれど」
「前はここにはなかったんだよ」
 この岸辺にうち捨てられてはいなかったというのだ、かつては。
「普通に海に出て何処にでも行っていたんだ」
「そうだったんだ」
「そうさ、多くの英雄を乗せてな」
 老人の目はさらに懐かしむものになっている、そのうえでの言葉だ。 
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