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蕎麦兄弟

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第五章

「いや、これは」
「かなり」
「親父さんに言うのは悪いけれどな」
「そうだよな」
「ですよね、僕が作った蕎麦よりも」
 義国はその彼等に言った。
「ずっと美味しいですよね」
「何だこのコシ」
「風味もさることながら」
「このコシは親父さんのよりずっと凄いよ」
「こんなコシの蕎麦今までなかったよ」
「ああ、無茶苦茶凄いな」
「どうしてなんだ?」
 まるで魔法を見たかの様な言葉だった。
「こんな美味いなんて」
「嘘みたいな味だよ」
「あの、お兄ちゃん」
 彼の客達の話を聞いた上でだ、義国は兄に問うた。
「よかったらね」
「どうしたんだ?今度は」
「僕のお客さん達にお兄ちゃんが蕎麦を打つ場を見せてくれるかな」
「朝の蕎麦の仕込みをか」
「うん、いいかな」
 こう祥行に言うのだった。
「そうしてくれるかな」
「ああ、いいさ」
 祥行は笑顔で弟の言葉に頷いて返した。
「それじゃあな」
「悪いね、じゃあね」
「悪い?何で悪いんだよ」
 弟の言葉に笑って返す。
「いつも見たい人には見せてるからな」
「だからなんだ」
「そうだよ、悪くないからな」
 全くだというのだ。
「御前にしても自分が蕎麦を打つ場面お客さんに見せてるだろ」
「だってね、お客さんが見て楽しんでくれるからね」
 もっと言えばその打つ場面が絶好の客寄せにもなる、それでいつも打っているのだ。
 それで祥行もだというのだ。
「だから俺もな、打つな」
「見せてね」
「ああ、じゃあな」
 ここまで話してだ、そのうえでだった。
 彼はカウンターの横の少し広い場所、義国の店にある同じ場所にまさに蕎麦の色の生地を持って来た、それでだった。
 その生地を打っていく、客達はその打ちを見てすぐにわかった。
「力は入れてないな」
「ああ、そうだな」
「力はな」
「それは全くな」
「入れてないな」
 このことがわかったのだ、彼等も伊達にこれまで義国の蕎麦打ちを見てきた訳ではない。それで祥行の蕎麦打ちもわかったのだ。
 それでだ、彼等も言うのだった。
「技か」
「技で打ってるな」
「ああ、力はあまり込めずにな」
「自然にな」
「そうなんです、僕は実は」
 義国も兄の蕎麦打ちを見ていた、そのうえで少し苦笑いになって述べた。
「力だけで打ってるって言われるんです」
「蕎麦打ちは技か」
「技なんだな」
「お兄ちゃんには昔から言われています」
 今蕎麦を打っている兄にだというのだ。
「コツを掴めば力はいらないって」
「じゃあ親父さんはまだかい?」
「まだ蕎麦打ちのコツを掴んでないのかい?」
「技を」
「そう聞こえるんだけれどな、今の言葉は」
「はい、そうです」
 自分でそのことを認める返事だった。 
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