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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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反董卓の章
  第7話 「久しぶり、白蓮」

 
前書き
ようやくエンジンがかかってきました。
さて、本格的に動き出す連合軍。

でも待って、総大将は? ……っていうお話。 

 




  ―― 劉備 side 許昌近郊 ――




 新野で劉表さんと合流してから十二日。
 ようやく私達は連合集結地点と言われる許昌へと辿り着いた。

 私達、劉備軍だけなら輜重隊に合わせても最短で四日か五日程度で着く処。
 でも、劉表さんとの同時行軍だと遅い遅い。

 私達が進む速度じゃ到底追いつけないとのことで、劉表さんの行軍速度に合わせたらこれだけ遅くなっちゃった。

 でも朱里ちゃんや雛里ちゃんに言わせると、私達が異常だとか言う。

 ……そういえば、義勇軍の頃はこれぐらいの移動速度だったかもしれない。

「遅すぎるのだ! こんなんじゃ身体が鈍るのだ! だから……ちょっとそこらで賊退治してくるのだ~♪」
「やめなさい」

 誰よりも元気いっぱいな鈴々ちゃんは、遅い行軍速度にイライラしている様子。
 二日に一度はそんなことを言って、ご主人様に首根っこ掴まれている。

 その姿はまるで…………

「だれが子豚さんなのだー!」
「そ、そんなこといってないよ!?」

 ……ウリ坊みたい(猪の子供)、なんて思ったりはしたけど。

 ともあれ周囲を見回せば、色んな所の勢力が陣地内に天幕を作って滞在している。
 そして諸侯の旗が、それこそ所狭しといった様子で陳列されている。

 一体、どれだけの人数がこの連合に参加しているんだろ?

「流石は諸侯連合、といったところです。こうやって見ると、壮観ですね」

 朱里ちゃんはそんなことを言いながら、興味深く周囲を見回している。
 見れば、他のみんなも同様だった。

「ふむ……陣地中央の大天幕。あれは袁家の旗……袁紹の旗のようだな」
「愛紗よ、その横には別の袁家の旗があるぞ。おそらくは南陽太守の袁術の旗であろうな」

 愛紗ちゃんと星ちゃんが、中央にあるキンキラ金の旗を見てそう呟く。
 …………ちょっと眩しすぎて、目が痛い。

「お姉ちゃん! 奥にあるのって、あのちびっこの旗じゃ……」
「ちびっこ? えと…………ああ、曹操さんか」

 曹操……義勇軍の時に共闘を持ちかけてきた陳留刺史。
 今は確か…………

「曹操も今は、兗州(えんしゅう)牧であり、西園八校尉の典軍校尉のはずだ。名実ともに桃香より上位だな」
「ご主人様」

 私の横でご主人様が唸る。
 そっかあ……曹操さん、ずいぶんと出世したんだね。

「その奥には孫の旗…………どうやら雪蓮も来ているようだな」
「孫策さんもか~……久しぶりだよね」

 黄巾の乱で、宛から袁術軍の援軍に行ったきり帰ってこなかった。
 結局、宛での引き継ぎでも面会もできずにいたから、実に二年近くになる。

「江東の麒麟児、孫伯符殿ですか。噂には聞きましたが……やはりお強いので?」
「うん。孫策さんって人気もあるしね。でも…………」

 私はチラっとご主人様を見る。

「ん? なんだ?」
「ううん、なんでも」

 孫策さん…………ご主人様にべた惚れなんだよね。
 恋敵が再来かぁ…………

「桃香様! あれを!」
「へ?」

 愛紗ちゃんが指差す先。
 そこにあった旗は…………あっ!

「白蓮ちゃんの旗だ!」
「…………!」

 私の声に、星ちゃんが息を呑む。
 白蓮ちゃんも、この連合に…………

「…………やっぱり来ていたか」

 ご主人様は、憂いた表情でその旗を見ている。 
 兵の数はそんなに多くはないみたいだけど……

「盾二様…………公孫賛さんは」
「劉虞の代理、だろうな」

 雛里ちゃんの言葉に、神妙に頷くご主人様。
 そっか……

「よく見ておくんだ、桃香。ここにいる諸侯は…………いずれも歴史に名を残す英傑たち。ともすれば…………いや」

 言いかけた言葉を止め、(かぶり)を振るご主人様。
 …………その止めた言葉は、一体何を言おうとしたのだろう。

 何故かその口にされなかった言葉に、言い知れない不安が私の胸に渦巻いていた。




  ―― 盾二 side ――




 いずれは敵となる相手だ。

 そう桃香に言いかけて、やめる。
 言ってどうなるというのだ。

 桃香はただ、民を安んずることだけを思っているのに。

 だが……時代は、そんな桃香の想いを待ってはくれない。
 必ず激動の世が来る。

 仙人たちが……それを起こそうとしているのだ。

 だからこそ、強くなければならない。
 それが……

 それが三国志の、世界なのだから。

「盾二様、本陣からの使者が参られています」
「わかった、お通ししろ」
「はい……どうぞ」

 朱里の言葉に、一人の金の鎧をまとった兵士が現れる。

 ………………何故に金?

「長の行軍、お疲れ様でございます! 貴殿らのお名前と、兵数をお聞かせ下さいますでしょうか?」
「あ、はい。梁州の牧、劉玄徳です。兵数は二万五千」
「に、にま…………し、失礼致しました」

 驚いた兵士が、思わず筆を落としかける。

 どうやら参陣した諸侯の中でも、かなりの兵数のようだ。

「私達と一緒に、荊州牧の劉景升様もいらっしゃっています。そちらにもご挨拶なさってくださいね?」
「りょ、了解致しました!」

 金ピカの兵士は、身を正すと拝礼して去っていく。
 おそらく後方で陣を敷く劉表の元へ行ったのだろう。

 俺達は劉表をここで待ってから、一緒に大天幕へと挨拶に行くつもりだった。

「さて……と。(ぼそ)雛里、兵に偽装した細作は?」
「(ぼそ)すでに周辺を探らせています。諸侯の陣容は、本日中には把握できるかと」
「(ぼそ)頼む。雛里は自陣にて指揮をとってくれ。挨拶はこっちでやる」
「(ぼそ)はい……では、失礼します」

 すすす、とみんなの後ろに下がって陣へと戻る雛里。

 ……さすが影が薄い子だ。
 誰も気づいていない。

「(ぼそ)盾二様、ひどいです」
「(ぼそ)何故に心が読めるんだよ、朱里は」

 俺の傍で上目遣いに睨んでくる、俺の臣。
 歴史上、最も有名な軍師であろう諸葛孔明。

「にしてもあの爺さん、遅いな……なにをしているんだ?」
「…………あの速度でも、劉表さんの軍にとっては強行軍だったようで。輜重隊などは疲れ果てていたようです」
「まったく! 軟弱なのだ! もっと肉をい~っぱい食べて、い~っぱい走らなきゃダメなのだ!」
「鈴々と一緒にしちゃ、あの爺さんが可哀想だ」

 苦笑して、鈴々の頭を撫でる。
 この元気印の弟子は、本当にむちゃくちゃな体力をしている。

 義勇軍時代に手合わせをしたが、あの頃に比べると今や別人のように強くなった。
 最近では、AMスーツなしでの手合わせでは、まるで勝てる気がしない。
 力を利用して、なんとか引き分けに持ち込むのがやっとだ。

 仙人界のお陰で、ずいぶんと勘を取り戻したと思っていたんだがなぁ。

「ともかく、もう少しここで待つとしよう。しかし……随分とここに長居している様子もあるな」

 周囲を見れば、鎧を脱いで洗濯している兵士までいる。
 陣の柵なども、昨日今日建てたようにも見えない。

「到着時にすでに戦端が開かれているのではとも思ったが…………一体何をしているんだ?」

 思わず呟く俺に、不意に声がした。
 とても懐かしい……声が。

「総大将を決める軍議をしているのさ」

 !?

 その言葉に、俺を含めたみんなが振り返った。
 そこにいたのは……

「白蓮ちゃん!」




  ―― 関羽 side ――




「よっ、桃香。久しぶ――」

 白蓮殿が片手を上げて、気安く挨拶しようとした時。

 桃香様が飛び出し、その体を抱きしめた。

「わあっ!?」
「白蓮ちゃん、白蓮ちゃん、白蓮ちゃぁぁぁぁぁぁんっ!」

 まるで泣き叫ぶように白蓮殿に飛びついた桃香様。
 その様子に、真っ赤になって驚いた白蓮殿。

「ちょ、桃香!? いきなり何を――」
「うぇぇぇぇぇぇ…………ぱいれんちゃぁぁぁぁぁん」
「ああもう…………なんだよ、泣き虫だなぁ」

 そう言って白蓮殿は、桃香様の背中をポンポンと叩く。
 その胸の中で、桃香様は泣いていた。

 その気持ちは……ここにいる誰もがわかっている。

「久しぶり、白蓮」
「ああ、盾二。久しぶりだ。書状はありがとな」
「いや…………白蓮は、少し痩せたな」

 ご主人様が、目を伏せながら躊躇いがちに言う。
 確かに……白蓮殿は少し痩せたかもしれない。

「まあな。でもスラっとしただろ? 筋肉は落ちてないから心配するな」
「……そっか、そうだな。少し綺麗になったんじゃないか?」
「はあ!?」

 ご主人様の言葉に、ぼっと赤くなる白蓮殿。

「ぐすっ…………白蓮ちゃん? なんで赤くなっているの?」
「な、なななんんでもないぞ? 珍しく容姿を褒められたからって、慌てているわけではなくてだな」
「…………白蓮殿」

 思わず、私も苦笑してしまう。

 よかった……以前と変わらない、白蓮殿だった。

「んんっ、とりあえず離れてくれよ、桃香…………愛紗も鈴々も元気そうだ。それに……」

 ちらっと視線を見れば。
 そこには目を閉じて、じっとしている星がいた。

「星も元気そうじゃないか」
「!?」

 びくっ、と肩を震わせた星が、白蓮殿を見る。
 白蓮殿は……笑っていた。

「あれからもう一年か……やっぱり盾二と桃香の元に行ったんだな」
「……伯珪殿。私は……」

 バツが悪そうな顔で俯く星。
 だが、白蓮殿は――

「私はまだ、星に真名を預けたままだぞ? ちゃんと真名で呼んでくれよ」
「あっ……………………ぱい、れん、殿」

 その単語を噛みしめるように。
 星は、白蓮殿を真名で呼ぶ。

 その様子に、白蓮殿は笑みを浮かべた。

「ああ、星。いい主に巡り会えたようでなによりだ」
「……っ、はい!」

 星は、憂いが晴れたように答える。
 その様子に白蓮殿がにこやかに笑いつつ、ニヤッと口元を引き上げた。

「ま、お前が抜けたあとの穴を埋めるのは大変だったよ」
「……おお、嫌味を言われるなどと。白蓮殿も成長されたようですな」
「ほざくな、バカ」

 その様子に、私達は苦笑する。
 口ではなんとでもいいつつも、二人の間には確かにお互いを想う気持ちがある。
 その姿が、眩しかった。

「さて、喜びの再会だが……白蓮、さっきのことを詳しく教えてほしい」
「お?」

 ご主人様が微笑みながら、白蓮殿へ切り出す。

「総大将が決まってないというのは?」
「ああ、それか……」

 ふう、と溜息を付いた白蓮殿。
 何やらひどく疲れた表情だった。

「……どういうことでしょうか? やはり諸侯の主導権争いが激化して……?」

 朱里の言葉に、はああああ……と再び深い溜息が出る。

「それがな……逆なんだよ」
「は?」

 眉間を抑えた白蓮殿が、眉を寄せて呟く。

「一部を除いて、総大将なんて面倒なことはしたくないと。で、やりたそうな人間が、自分から言い出さなくな」
「ちょっと待て。それってつまり……やりたそうな人がいるのに、その人が誰かの推薦を待っていて、皆はその推薦をするのも嫌なので軍議が止まっている、ってことか?」
「まさしく、その通り……」

 アホか……とご主人様が呟く。
 私も同意です、ご主人様。

 なにをやっているのだ、諸侯は……

「権力争いとはいえ、二千年前だろうが現代だろうが変わんないわけね…………人ってやつが進化するのに、後何千年かかるんだよ、ほんとに」

 白蓮殿の溜息が移ったように嘆息するご主人様。
 言っている内容はよくわかりませんが…………気持ちはわかります。

 私も思わず溜息をつく。

「まったく、英傑と呼ばれる人間が揃っているにも拘らず、これか」
「船頭多くして、船が港で…………なんだっけ?」
「船頭多くして船山に登る、だ。鈴々は帰ったらまた勉強だな」
「はう! 藪蛇だったのだ!」

 私の言葉に鈴々が頭を抱える。
 その様子に皆が笑いあう時。

「随分と賑やかな状態じゃな」

 劉表殿が、我らの元へと歩いてきた。




  ―― 孔明 side ――




「……というわけで、こちらが」
「姓は公孫、名は賛、字は伯珪と申します。劉景升様のお噂は以前より伝え聞いておりました」
「うむ。玄徳殿の知己らしいの。よろしく頼む」

 公孫賛さんが劉表さんの挨拶の後、現状の連合の状態が伝えられました。

「……なんともはや。どうせ総大将になりたいのは袁家のお嬢じゃろう? 目立ちたがり屋だったからのう」
「ご本人をご存知で?」

 盾二様の言葉に、劉表さんが頷きます。

「以前、何進殿にやかましいがそれなりに役に立つ、という話は聞いておった。名誉欲が強いのが困るともな。連合の発起人もお嬢じゃろ?」
「……確かに、そうでしたね。となると……………………ああ、なるほど。推挙すれば、これ幸いにとそいつを先陣に指名する。だからみんな嫌がって推挙しないと」
「そうじゃろうのう。どうせ推挙した人間のせいで重責を担った、責任取れ、とでも言うのではないか?」
「……そういう人物ってことですか」

 やれやれ、といった様子で首を振る盾二様。
 
「(ぼそ)俗物だな」
「これこれ…………妙なことを呟くでない。ここはその懐中の中じゃぞ」
「はっ…………失礼しました。では、例の打ち合わせ通りにしていただけますか?」

 盾二様の言葉に、ううむと唸る劉表さん。

「…………ほんとうに良いのか? 相手の情報とてまだ……」
「どの道、単独で相手にされるわけですし。このままだといつまでも決まるとも思えません。ただ悪戯に、時間と糧食が消費されるだけです。その結果は……民へと返ります」
「……うむ」

 ここにいる兵の総数は、おおよそ見積もって十万から十五万。
 そんな兵が一日に消費する糧食は…………

 正直、考えたくもありません。

「無為に時をかければ、董卓軍は更に兵力を増強させるでしょう。遠征してきている諸侯は逆に糧食の不足を理由に撤退する者も出ると思います。その場合……」
「自領地で不足分の糧食を集めるために、臨時徴税や略奪が起きかねない。そういうことか」
「それで済めばいいのですが…………不足した食糧を求めて暴動、略奪により治安の低下、賊の横行。そして、諸侯同士の争いにも発展しかねません」
「…………そうなれば処置なし、じゃな。二度と連合も組めまい」

 時間が掛かれば掛かるほど、董卓さんには有利になるでしょう。
 私達としては、それでもいいのですが……

 漢の民全土のことを考えた場合、できるだけ短期で決着を着けるべきでもあります。

「では……自分から損な役を取る、と」
「あながち損でもありませんよ。先陣になれば名声もあがります。まだほとんど名声のない桃香には、名を挙げる好機ですから。(ぼそ)それに……この戦の終盤には、絶対に発起人たる袁紹が専横を振るいたがるでしょうし」
「…………ありえるのう。やれやれ」
「えっと…………盾二、ちょっといいか?」
「ん?」

 劉表さんと盾二様の会話に、おずおずと手を上げた公孫賛さん。
 その顔は、申し訳無さそうな顔をしています。

「本初が専横を振るうって、どういうことだ?」
「あ、うん。私も気になった。どういうこと、ご主人様」
「ああ……これだけの連合を立ち上げたんだ。最後は絶対、自分の名声を高めるためにも口出ししてくるだろ? その時どう動いても、連合をまとめたのは袁紹の力だって周囲に触れ回るんじゃないか?」
「え? え?」
「…………なるほど。ありえそうだ」

 人を疑い慣れていない桃香様はさておき。
 公孫賛さんは、袁紹さんの人となりを知っているためか、頷いています。

「そういう人物は、最小の手間で最大の功績を欲するもんだ。つまり……後で目立とうとするよりも、初戦で目立っておいたほうが名は上げ易いってことさ」
「とすると…………本初が動くのは、最後の方ってことか」
「だから先陣は捨て駒にしておく。自分たちの兵力は最後の目立つ場所で動かす。多分そんな思惑だろ? だったらその想定を覆せばいい」
「…………なるほど」

 公孫賛は理解できた様子。
 桃香様も納得はできないまでも、それが有益でありそうだという顔をしています。

「ということです。景升様はどうしますか?」
「ふむ…………連携するとも言ったしのう。儂も先陣に立つか」
「ええ!?」

 公孫賛さんが驚いた声を上げます。

「まあ、敵の攻撃は劉備軍で受けますよ。景升様は援護と包囲などをしていただければ助かります」
「しかし、それでは一方的にお主らが損害を……」
「いやいや。劉玄徳とその臣が鍛えた軍勢の力ならば、可能です」

 そうきっぱりと断言する盾二様。
 その様子に、劉表さんも公孫賛さんも呆れたように互いの顔を見合わせました。

 そしてその言葉に……
 愛紗さんたち武官は、我が意を得たりと笑みを浮かべるのでした。




  ―― other side 許昌 連合軍大天幕 ――




 この場所は、お笑い劇場か?
 そんな滑稽な状況が、この大天幕の内部で行われていた。

「さて……何度でも言いますわよ? 我々連合軍にはたった一つ、足りないものがありますの」

 金ピカに飾り立てた実用性の薄い鎧に身を纏い、同じく金色の髪をドリルのように巻き上げた女性がそこにいた。
 彼女の名は…………袁紹本初。

「兵力、軍資金、装備……全てにおいて完璧な、我らが連合軍にとって、唯一つ足りないもの。それはなんでしょう?」

(お前の頭だよ)

 と、思わずつっこみたい思いを共有する諸侯は、無言でその様子を見ている。

 この袁紹が総大将になりたいのは明白。
 だが、それを推挙すれば、した者に様々な難癖をつけようとするのも明白。

 そんなことが透けて見えるほどに――この袁紹は、自分の虚栄心をあからさまにしていた。

 まさしく、どこぞのコテコテのお笑い劇場である。

 そんな思いを知ってか知らずか、袁紹は総大将の要素を淡々と語ってゆく。
 いわく――

「総大将には家柄が必要」
「敵を優雅に倒すだけの能力」
「そして美貌」

 ……何故、総大将に美貌が必要なのかはまったくわからない。
 そう思うのは、諸侯の中の男性陣。

 まあ、女尊男卑のこの世にあっては、そういうこともあるかもしれない。
 そう思うことで無理やり納得しようとしている。

 だが明確に、そして露骨に顔を顰めている者もいる。

 そんな中、天幕内の用意された席で腕を組んでいた人物が、嘆息とともに声を上げた。
 兗州牧の曹操である。

「……で? それに見合う人物が、連合内にいると?」
「さあ? わたくしには分かりかねますわね。でも、世に名高いあなた方ならご存知じゃありませんの?」

 このやりとりは、もう何度目かもわからない。

 最初は曹操も無視していた。
 だが、彼女が発言しなければ、今度は延々と過去の偉人達が如何に優れた総大将であったかを、それこそ一日中話すのである。
 しかも、独断と偏見に満ちた人物像で。

 さすがに辟易した曹操が、その人物像に口にしたが最後。
 後は延々と絡まれるのである。

(私としたことが迂闊だったわ……)

 自分のミスを未だに悔しく思う曹操。
 だが、今更後の祭りである。

 ここ数日、延々と続くやりとりに、我慢の限界と顔を見せない諸侯もいた。
 現在残っている諸侯は――

(はやくはちみつ水が飲みたいのう……)
(お嬢様、我慢したら後でおかわりしてもいいですよ)
(やったのじゃ! 妾は我慢するのじゃ!)

 時折、うたた寝しつつも退屈そうな袁術。
 そしてその袁術の客将である。

(またサボりおって、雪蓮のやつ。一日交代だと言っておいたであろうに)

 などと内心臍を噛んでいながらも、表面上はすました顔をしている孫策軍の周公瑾。

 さらに、鮑信・王匡・孔伷・劉岱・張邈・張超・橋瑁・袁遺・韓馥・朱儁・許瑒・李旻・崔鈞といった、それぞれ連合の発起の初期に参加を示した諸侯であった。
 だが、それらの諸侯を合わせた兵力は、発起人たる袁紹とその従姉妹である袁術二人の兵力とそう変わらない。

 故にあまり発言権がなく、じっと我慢しながらこの地獄に耐えていた。

 そんな中――久しぶりに天幕の中に新しい人物が顔を出した。

「失礼する…………荊州牧、劉景升、ただ今着陣した」
「まあ! 景升殿!」

 入ってきた劉表に、袁紹が驚いた顔をあげる。

 袁紹にとって、劉表は同じ何進の配下であり、何進の元では先達であった。
 いわば、何進幕府内でのライバルだったのである。

「久しぶりですな、本初殿。あいかわらずお美しい」
「あ、あら……あ、ありがとうございますわ。景升殿もおかわりなく……」

 共に何進大将軍の幕下だった二人である。
 本来ならば、何進の討つ際に声をかけるべき相手でもあった。

 だが、袁紹は劉表を出し抜く意味でも自身の周囲だけでの宦官大虐殺を実行に移したのである。
 もっとも、現在はその功……いや、汚名は、董卓に擦り付けているために、特に負い目もないのだが。

 それでも多少後ろめたい袁紹は、受け答えに若干ドモり気味になっている。

「いやいや……儂も老いたわ。何進殿が宦官共に誅殺されるとは思いもよらんかった。敵対するとはいえ、董卓殿にはそれだけは感謝しておるのじゃよ」
「そ、それは…………っ、そ、そうですわ、ね」

 ヒクヒクと、口元を引きつらせながら相槌を打つ袁紹。
 本来ならば、それは袁紹自身がやったのである。

 だが、それを董卓に押し付けた袁紹は、そのことを口には出せない。

「とはいえ、それで専横が許されるわけではない。小帝陛下を害し奉り、あまつさえ献帝陛下を傀儡にした董卓は…………許すことはできぬ。それゆえ、儂は連合に参加することになった。よろしく頼む」
「そ、それは…………も、もちろん歓迎いたしますわ」

 やっかいなことになった。
 そう、袁紹は思わざるをえない。

 同じ何進の配下にて、名声はほぼ同じ。
 加えて劉表は、年上である。

 総大将になりたい袁紹ではあったが、ここで劉表が『自身がなる』といえば認めざるをえない。

 名声・実績もほぼ同じなのである。
 いや、むしろ劉表のほうが上であった。

(クッ、まずい、まずいですわ! このままじゃ……)

 そう思った矢先に。
 袁紹が言って欲しくない言葉が、その劉表から溢れる。

「それで…………今はなんの軍議かの? ちらと聞いた話では、いまだ総大将も決まっていないとのことだったが」
「!!」

 思わず息を呑む袁紹。
 だが、どこにでも空気を読まない人間は存在する。

 しかも、袁紹の直ぐ側に。

「その総大将のことじゃ。なかなか決まらんでの~」

 袁術が眠気眼(ねむけまなこ)でそう言う。
 その言葉に、思わず自分の従姉妹を睨む袁紹。

 だが、そんな様子も張勲、周瑜、曹操を含め、その場にいた諸侯はコッソリと口を歪ませる。

 袁紹と袁術以外、全員がほくそ笑んでいた。

「ふむ。総大将、か。たしかに重要じゃの。それが誰かで連合の強さも左右されるわけじゃな」
「……っ! そ、そうです、わね。ほほほ……」

 呟く劉表に、口を引き攣らせながら答える袁紹。
 内心では、いっそ自分が立候補するべきか――と焦っていた。

 だが。

「ならば連合の発起人たる本初殿を推挙しよう。いかがかな?」
「………………え?」

 思わずほけっと呆ける袁紹。
 だが、それは周囲にいた諸侯にとっても同じだったのである。

 あの劉表が、まさか自分から袁紹を総大将に推すとは誰も思わなかった。

「儂は、元々いくさは上手くない。恥ずかしながら、ついこないだまで自領地の江賊にも手を焼いて負ったしのう。なれば、才気あふれる本初殿の手腕に任せたほうが良いと思う。どうじゃな?」

 そう言う劉表に、はっとして正気に戻る袁紹。
 思わず舞いこんだ幸運に、自身の精神を必死に立て直す。

「そ、そうですわね。名にし負う劉景升殿にそんなことを言われては…………わたくしが受けざるを得ませんわ!」
「うんうん。皆もいかがであろうか?」

 そうして劉表は周囲を見回す。
 すると――

「私も景升殿に賛成致しましょう」

 そう言ったのは、曹操だった。

 それからは後に続けとばかりに――

「わ、妾も問題ないぞよ」
「ふむ。景升殿のご推薦とあれば、我らも異存はありませぬ」
「「「「 同意! 」」」」

 袁術、周瑜、そして諸侯たちは右に倣えとばかりに同意する。

 かくて数日かけての総大将を決める会議は、ようやく決したのだった。




  ―― 盾二 side ――




 流石は亀の甲より年の功……

 あの、いかにも高慢なお嬢様に恩を売りつつ、目的果たしちゃったよ。
 流石は劉景升といった処か。

 俺は劉表の後ろに桃香とともに控えている。

『入幕したら、儂が紹介するまで発言は控えておれ』

 そう言って、先導するように天幕へ入っていった劉表。
 すぐに紹介してくれるのかと思ったら、あれよあれよという間に軍議をまとめやがった。

 流石に何進の右腕と言われただけのことはある。
 軍議発言について、誰よりも場慣れしている様子が伺える。

 まさしく『手慣れたもの』だった。

「うむ。では総大将が決まったところで……儂から一つ提案があるのじゃがな」

 うまい。
 天幕内にいる誰もが安堵の溜息を吐いている状態で、すかさず軍議をまとめた自分の意見を言う。

 そうなれば当然……

「え? ええ、何ですの?」

 ホッとしている袁紹あたりは、無警戒に応対してくる。
 周囲も弛緩している状態。

 ここで本来ならば、袁紹に多少の無茶を言って、何らかの譲歩を引き出すこともできただろう。
 だが……今回は必要ない。

「実はの、儂らに先陣を任せてはくれんじゃろうか?」
「………………はぁ?」

 袁紹は、劉表が総大将に推挙した瞬間と同じように、ほけっとした顔で受け答える。
 周囲の諸侯もぎょっとしている。

 ま、そうだわな。
 先陣なんて本来は捨て駒。

 好んで引き受けるなんてありえない。

「あの、景升殿? こういっては失礼なのですけど……無理はしなくてもよろしいのですわよ?」

 思わず袁紹自身がそんなことを言う。
 あまりにも自分に都合のいい状況に、逆に不安になったらしい。

 その袁紹の様子に、『実は人が良いんじゃないか、この縦巻きロール』なんて思ったり。

 まあ、良心が疼いただけだろうけど。

「いやいや。確かに人をまとめるという面では辞退したがの。先陣は武人の誉れでもある。気にせんでよいのじゃ」
「は、はぁ…………」

 袁紹の顔は、『何いってんの、こいつ?』という顔だ。

 日本の戦国時代ならともかく、武士道などない古代中国なんかじゃ先陣の誉れなど初めて聞くのだろうな。
 だから……まあ『バカなことを言っている』としか見えないだろう。

「とまあ、本来ならば儂とて先陣はやりたくないがの。実は、先陣を任せてほしいと言うやつがおってな。そやつらと連携して動くつもりじゃ」
「…………それは、どの諸侯ですの?」

 袁紹の訝しげな言葉に、ちらっと後ろを振り返る劉表。

 どうやら出番らしい。

(桃香)

 目で隣にいる桃香に合図する。
 それを見た桃香は、頷き――

「私です。梁州牧、劉玄徳。劉景升様と共に着陣しました」
「劉玄徳……?」

 袁紹は聞いたことがない、といった顔で首を傾げる。
 だが、その周囲にいた二人の人物は違った。

 曹操と周瑜である。

 二人共、こちらを見るとぎらりとした目を向けてくる。

(ってか、曹操はともかくなんで周瑜にまで?)

 俺は桃香ではなく、俺を睨んでくる二つの視線に、若干居心地の悪さを感じた。

「黄巾の乱で新設された梁州の刺史になり、最近州牧になった者よ。儂と劉焉殿、それぞれと同盟を組んでおる」

 劉表の言葉に、諸侯全員の視線が驚愕に変わる。

「あの劉君郎(りゅうくんろう)様と……?」

 袁紹が劉焉を字で呼ぶ。
 まあ、劉焉は皇族だしな。

「うむ。儂は玄徳殿の臣下と縁があっての。その者の紹介で玄徳殿、そして劉焉殿との三州同盟を結ぶことになったのじゃよ。それ、自己紹介せんか」

 え? 俺?
 いや、桃香だけでいいんだけど。
 俺が発言する場じゃないと思うんだがなあ。

 とはいえ……薦められた以上はそうもいかないか。
 しょうがない。

「……お初にお目にかかります。劉玄徳様の元で軍師をさせていただいております、北郷盾二と申します」

 そう言って、拝礼してみせる。
 その言葉で、周囲の諸侯の目が俺に集まった。

 その様子にうんうんと頷く劉表…………なんでだよ。

「皆も聞いたことがあろう。黄巾の以前より噂された天の御遣い。こやつがそうじゃ」

 あ、てめっ!
 爺ぃ、それ言うなよ!

「天の御遣い……?」
「ああ、あの胡散臭い預言者の……」
「実在したのか……」

 ほら見ろ!
 せっかく最近は、梁州外での御遣いの噂が消えかけていたっていうのに!

 こんなところで再燃させんなぁ!

 思わずジロっと劉表を睨む。
 その劉表は、してやったりと髭を揺らせて満面の笑みを……こ、この爺ぃ。

 狙ってやがったな!?

「天の御遣い…………あの胡散臭、いえ失礼しましたわ。そういう下々の噂は耳にしたことがありますけど」
「そやつがそうよ。最初は儂も信じられんかったがの。とある件で世話になった。お陰で劉焉との縁も出来た。三州同盟はこやつの功績よ」
「まあ…………」

 うっ……
 劉表が変に俺をべた褒めするから、袁紹も周りの諸侯も目つきが変わる。

 なんで俺、こんなに注目されているんだよ!
 お、覚えていろよ、クソジジイ!

「あー…………ゴホン! 景升様は私を買いかぶりすぎです。私はただの軍師にすぎません……誤解なさらないでください」
「カカカ! あいかわらずの謙遜ぶりよ! 玄徳殿の臣でなければ養子にしたいぐらいじゃて!」
「…………ご、ご冗談を」

 おいおいおいおいおい!
 止めてくれよ!

 と、不意に視線が感じたので隣を見てみると……

(初耳だよ)

 ヒィ!
 桃香の視線が怖い!

「そ、それほどに…………わかりました。ほんごう……と言いましたわね。先陣の件は、あなたの考えということですの?」

 ……だから、なんで桃香を差し置いて俺に言うんだよ。
 失礼だろうが。

「…………は。わたくしが玄徳様に進言し、景升様にもお願い申し上げました」
「そうですの…………理由を聞いてもよろしくて?」

 ほらあ!

 爺が変に俺を持ち上げるから、先陣の件を訝しんでいるじゃねぇか!
 どうしてくれるんだよ、このクソジジイ!

 俺は内心、散々に悪態をつきつつ、表面上はにこやかに話しかける。

「いえ、簡単な事です。先陣を切ることは武人の誉れ。それに名にし負う皆様方と比べて、我が主は未だ武威を天下に知らしめておりません。袁本初様におかれましては、何卒我が主にその機会を賜りたく、お願い申し上げる次第であります」
「………………」

 袁紹は俺の言葉に、胡乱げな視線を送っている。
 …………まずいな。

 変に勘ぐられると、今後の動きに支障が――

「いいんじゃないかしら、麗羽」

 不意に別方向からの声。
 それは誰であろう、曹操の言葉だった。

「せっかく誰もが拒否したがる先陣を、自分からやってみせるというのだもの。それなりに自信があるんでしょう? ならやってもらえばいいじゃない」
「か、華琳さん。そうは言いますけど……」
「あら、せっかく先陣を任せてほしいという訴えがあるのに、総大将が理由もなく拒否するの? なら、総大将自らが先陣を切るのかしら?」
「そ、それは…………」

 しどろもどろになる袁紹。
 おそらくは自分の頭の整理が追いついてないな?

「……ふう。私も曹孟徳殿に賛成しよう。せっかく先陣を任せてほしいと言っているのだ。無下に断ることもないと思うのだが」

 と、同意するのは、やはり周瑜だった。
 てか、なんで未だにそんな不敵な笑みで俺を見るの?

 まるで『大言吐くならやってみせろ』みたいな。

「そ、そうですわね…………で、では景升殿。それと……玄徳さん。あなた方に先陣をお願い致しますわ」
「うむ、心得た」
「は、はい!」

 劉表と桃香がそれぞれ返事をする。
 ふう……一時はどうなるかと思った。

 全くこの爺ぃは…………

 そんな時。

「おおーい。まだ軍議は進んでないのかー? いい加減決めないと、董卓軍が…………って、あれ?」

 ……今頃戻ってきた白蓮の間の抜けた声が、天幕内に虚しく響き渡った。

「……白蓮ちゃん」

 ふるふると首を振る桃香。
 俺も白蓮の残念ぶりに、思わず嘆息する。

 タイミング……もうちょっと考えような、白蓮。 
 

 
後書き
袁紹と劉表って、同じ何進配下だったんですよね。
後の三国志を書いた陳寿は、袁紹と劉表が似たもの同士と書いているそうです。

この恋姫世界では、あえて歳を離しました。
だって……時間の流れがね^^;

永遠の姫ってこじつけはキツイよ、ホント。 
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