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蘇生してチート手に入れたのに執事になりました

作者:風林火山
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無謀

地図によると宏助はちょうどこの屋敷を囲む住宅の四つの出口のうちの北側、麗は南側と見事に反対方向から指定されたファミレスに行かなければならないらしい。
応接間でしばらくの逡巡はあったが、今の宏助の麗にこの屋敷を出る以外の選択肢はない。この屋敷を出なければ、幾らでも対策は打てるが、SP達の命が懸かっているのだ。さすがにそれは出来ない。
なにより、明の「出て行け。」という強い視線があった。彼女は自分の身の心配をどうすることよりもまず、SP達の命を護りたいらしい。
宏助と麗は無言のまま屋敷の玄関口を出、それぞれ反対方向に歩き出す。麗は先程から一言も言葉を発さず、何かを諦めたように目が虚ろだ。
そして宏助と別れるときも何も言わずにただ行ってしまう。明は俺らを追い出すし、麗もなんの抵抗もなしに出て行く。なんだか拍子抜けする。
宏助が豪邸の庭をぐるりと回って豪邸の裏門から出ると、豪邸の周りに建つ住宅によって形成されている壁は勝手に開いて道が出来る。
先程セキュリティシステムをハッキングした、とか言っていたからきっとこんなことなど簡単なのだろう。
後ろに気配を感じる。二人分だ。どうやら宏助がきちんと出て行くかの監視役らしい。遠慮なく銃を突きつけている。宏助はそのまま住宅の間を通って出て行く。
外に出ると、三十分以内に寄り道なしでファミレスに行け、と見張りが小声で指示を出し、そのまま自分たちと宏助の間の壁を閉める。
宏助は住宅の閉ざされた壁を眺めながら、ふらふらと歩き出した。
目的地はここから一キロ程度行ったところにあるファミレス。地図があるので迷いようはなく、しかし急ぎもせずに頼りない足取りで宏助は歩き出す。
別にSP達の様子に麗のように動揺した訳ではない。彼らは所詮宏助にとってはつい最近知り合った人々で、あまり交流もないため、助けたいものの、それでとてつもないショックを受けた訳ではない。
問題は明だ。
自分の身が晒されているのに、SPの身を案じてすぐに宏助達を追い払い、自分は今、応接間で、得体の知れないロボットと一緒に一時間半過ごし、何もなければ身柄を相手に渡さねばならない。
俺は彼女を護る絶対安心のボディーガードとして雇われたのに、結局なにも出来なかった。
人質を取られて要求されれば、彼女がその人質を見殺しにしないようなことは分かっている。彼女は彼らの身を案じて、すぐさまに俺と麗に出て行くように命じたのだ。自分の安全と引き換えに。
何故、そんなことを、と心の底から思う。別にいいではないか。SPなぞ、明を護るために雇われているのだ。それを奴らに捕らえられた挙句、人質にまでされて、そんな奴らはほおっておいて、俺に一言命令すれば、「敵を倒せ。」
しかし、同時にそれは彼女ではない、と悟っていた。
彼女は優しいのだ。それはたった二週間で十分に分かった。彼女のあの優しさがなければ、自分が此処にいる理由はない。
だから宏助は考える。
俺が悪い、俺がダメだ、何故俺は俺の存在価値は彼女を護るためで、つまりそれを果たせなければ俺は。
闇が俺を攻め立てる。そのうちにファミレスについていなければいつまでも俺はそうしていた。
店内に入ると特に人が多い訳でもない。当然だ。今は平日のしかも午前中。宏助はそれでもひとりになりたくて、奥にある誰もいない席に腰を下ろす。
ご丁寧にもロボットである楼は、何も頼まないと怪しまれるだろう、と宏助達に多少の金銭を与えていた。宏助はとりあえずコーヒーを頼むものの、全く飲む気にならない。そのまま自己嫌悪に突入する。
額を机につけ、目を閉じる。自分の無力を痛感する。
俺は、人外で、だから俺を彼女らは雇ってくれて、優しくもしてくれて、やっと自分の居場所と、やるべきことができて。
なのに自分は・・・・こんなところで誰も救えずにただ座っている。
気がついた頃にはコーヒーはすっかり冷めていて、それでも飲む気にはならなかった。
ふとファミレスの時計を見る。そしてもう時間が無いことに気づく。
明に与えられたタイムリミットまで・・・あと一時間。

 麗は下水道・・・・と表向きになっている屋敷につながる隠し地下通路を歩いていた。
そんな彼女の目は虚ろで、考えていることはただひとつ・・・・。
助けなきゃ。『彼』からの言いつけを護らなきゃ。
さっきからそれだけが、麗の胸中を巡る。タブレットで、あの映像を見たとき。屋敷から出て行くときに、実際にその映像の現場を見てしまったとき。監視の奴らが自分に下手な真似をしたら彼らを殺す、といわれたとき。ファミレスまでの道すがら。ファミレスについて、店員にもらった金額を全て渡して店内にあるPCを貸してもらい、それを利用して、セキュリティシステムをハッキング、発信機の機能を改造したとき。
そのまま近くにあったマンホールから下水道に入り、そこのある分岐点で、壁の特定の場所を叩き、奥にある隠し通路を出現させたとき。
そして、今。
麗にかかれば敵に知られずにこの程度の発信機を改造することなど容易い。
その発信機を身体から離しても反応がないようにし、外して、ファミレスの机の裏に貼り付けておけば、敵方には若菜麗はファミレスでじっとしている、と思わせられる。一応、店員に気づかれぬよう、監視カメラに映った自分の姿をすべて消去した。
麗が今通っている隠し通路はいざというときに屋敷から逃げ出すときのためのもので、町中の下水道にある隠し扉につながっている。まさか屋敷に侵入するために使うとは思わなかったが。
麗にとっての疑問は、彼らが何故、いとも容易くこの神条総帥の一人娘が住むような豪邸のセキュリティをハッキングしたか、ということだ。
おそらく国の機密情報を守備するレベルであろうセキュリティシステムを護るファイアオールは、麗でも、何も知らなければハッキングなど不可能に近い。一生かかっても無理だろう。
だとしたら、彼らに情報を流した神条財閥側の内通者がいる、と考えるしかない。
しかし、今の麗にとってそんなことどうでもよかった。
今は護らなければ、明を、SPたちを。
その二つは、彼から託された唯一無二のものだ。それを護れなければ、自分は・・・・自分は・・・・・。
そっと顔にかかった少しクセのある茶髪をどける。
コンプレックスだったクセっ毛。それを彼は逆に私を好きな理由といってくれた。
そんな優しい彼は、優しかった彼は。
もう、この世界にはいない。
神条明は動かない。
既に宏助と麗が出て行ってから三十分が経過した。机を挟んだ向かい側にはモノをいわないロボットが座っている。
明はこう考えていた。
SP達の身柄が安全となるならば自分の身柄のことは別に構わない。しかし、何故だか相手が問答無用で即刻明の身柄を確保するのではなく、一時間半という猶予を与えたのは謎だが、それを無為なものにすることはない。
一時間半の間になにが起こるか分からない。だから明はただひたすら待っている。そのなにかが起こるのを。
正直、怖かった。相手に身柄を引き渡した場合、自分はどうなるのか分からない。しかし、SP達の命が懸かっている。自分の命を護る彼らは私の為にここにいるのだ。私がいなければ、今はこうなっていない。だから、そんな恐怖に耐えていた。
なにより、SP達を護るのは五年前に死んだ『彼』の頼みごとでもある。絶対にそれを破る訳にはいけない。
麗は、目が虚ろになっていたが、当たり前だろう。彼女は、彼女は、ここまで『彼』の言いつけを護るために、私と、SPである彼ら、彼女らを護るために、強くなったのだ。努力してきたのだ。
今回のこの件はその彼女の思いを水の泡にするような出来事だ。彼女の思いを、今現在の思いを想像すると胸が痛む。
明は想起する。あの事件を。麗がまだ自分の傍にいなかった頃に起きた、悲痛な事件。彼女がまだ、世間一般で言う『青春』なるものを過ごしていた時代。まだ若いのに麗がもう恋人を探すことをやめ、大人っぽく、どこか奥ゆかしい魅力を携えている理由。
明はその事件を思い出すたびにまた胸が痛む。私がいなければ、あの事件は起こらなかった。
麗の恋人が、私を庇って殺されるなんて事件、起こらなかった。
 ふっ、と急に意識が戻る。どうやらいつの間にか寝ていたらしい。目の前にはすっかり冷めたコーヒーがある。
顔には水滴がついていて、机にも何滴か垂れていた。顔についた目元から零れている水滴を拭い、ファミレスにある時計を見る。
残り時間は・・・・・三十分。宏助がここに来てから既に一時間が経過していた。
宏助はもう自戒することをやめ、明を救う方法を考え始める。最早、自分を責めている場合ではない。
正直、あの住宅街に囲まれた屋敷の中の様子など、一キロも離れてしまえば、幾らこの能力でも知る術は無い。視覚では当然無理だし、聴覚でも、屋敷に至るまでに様々な音が溢れていて、屋敷だけの音を聞き取るなど不可能だ。
では、どうすれば。
分からない。移動してしまえば、宏助が屋敷に赴くよりも早く、SP達が殺されてしまう。やはりこの能力でも屋敷までの道のり1kmを、すぐには移動出来ない。そもそも、宏助が動く、ということ自体に危険性を覚える。自分の勝手な行動で、明の身に危険が及ぶ可能性がある。
発信機も破壊出来ない。八方塞だ。
宏助は再び、机に額を預ける。そして、また目から水滴。
このままでは、後半時間たらずで、自分の存在を唯一認めてくれた彼女が、いなくなってしまう。
そうやって塞ぎこんでいると、宏助は、とある気配を感じる。
「・・・?」
顔を上げると、そこには恰幅のいい、二人の男・・・・・顔が似ているから兄弟かなにかだろうか?・・・・・が立っていた。
いや、正確にはその半透明の身体を、地面から浮かしていた。
 遂に隠し通路も終盤に差し掛かっている。麗は慎重に、しかし急いで進む。
この隠し通路の終点には、あの豪邸の駐車スペースにあるマンホールにつながっている。セキュリティイシステムをハッキングした、といっていたが、そのシステムもこの隠し通路までには及ばない。更に、隠し通路の出口に当たる部分には一時的にセキュリティシステムを屋敷に身分登録している者だけを対象から除外できるシステムがある。これなら問題ない。
あとは、そこから知られずに、屋敷内に進入。手榴弾でも使って、あのSP達を取り押さえている彼らの注意と戦力を分散させる。
そこから、分散された戦力を少しずつ潰していき、最終的にSP達を取り押さえている奴らの人数を少なくし、そこを一気に叩けば、おそらく上手くいく。
危険な作戦で、SPや明が危険に晒される可能性もあるが、今の麗には、その危険性を考える慎重さや冷静さが欠如していた。
彼女の目的はただひとつ。彼らを、明を、彼女らを、助ける。
それが、彼からの言いつけだから。
麗は気づいていない。この明を捕らえるというダミーの目的に隠された、真の目的を。
麗は気づいていない。この作戦の裏側に存在する黒幕の存在に。
麗は気づいていない。その黒幕が、この隠し通路のことを知らないはずがないことを。
だから、麗は気づかない。
隠し通路のその奥のマンホールの上で、銃を持った数名の男が、待ち構えていることを。
そして、数分後に、その銃から発された何発もの弾丸が容赦なく彼女の身体を捉えることを。 
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