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深き者

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第四章


第四章

「人がいますし」
「んっ!?」
 役はその人を見てすぐに目を顰めさせた。
「あの人だが」
「何かあったんですか?」
「さっきも見なかったか?」
 こう言うのである。
「まさかと思うが」
「そうですか?」
 だが本郷はそれを言われてもあまり記憶にない感じだった。
「見ましたかね」
「村に入った時にいたような気がするがな」
「そういえば何かああいう感じの人いましたよね」
 本郷も彼の言葉から村に入った時に見たその背筋の丸い村人を思い出した。思い出してみるとその村人も今目の前にいる老人と同じように目は大きく出ていてしかも口も尖ったように飛び出している。そして妙に太っていた。このことを思い出したのである。
「けれどあの人って」
「何だ?」
「確か女の人ですよ」
 こう言うのである。
「確か」
「そうか。女の人だったか」
「ええ。だから違いますよ」
 本郷はまた役に告げた。
「流石に性別は違いますからね」
「そうか。なら違うな」
 役もここまで話を聞いてやっと頷いたのだった。
「それならな」
「そうですよ。まあとにかくですね」
「話を聞くか」
「何につけてもですね」
 それだという本郷だった。
「さもないと話にも何にもなりませんからね」
「その通りだな。まず誰かに話を聞く」
 役もここで遂に本郷の言葉に完全に頷いた。
「それだな」
「はい。じゃあそういうことで」
「行くぞ」
 とりあえず車から出てキーをしてそれから出るのだった。そのうえでその年老いた太った男に声をかけに歩み寄るのであった。
「あの」
「いいでしょうか」
 まずは穏やかにこう声をかける。
「この村のことですが」
「何て名前の村ですか」
「ん!?」
 老人はその言葉を聞くとまず顔を彼等に向けてきた。見ればその顔は横から見てもわかるようにやはり大きく前に出ていた。そのうえ唇がやたらと厚く歯も尖っているように見えた。そのある種異様な、人間離れした顔を二人に見せてきたのであった。
「あんた達は」
「ああ、俺達日本人ですけれど」
 本郷がこう老人に対して答えた。
「日本って国は御存知でしょうか」
「海の向こうの国です」
 役もまた説明する。
「そこにある国ですが」
「知らない」
 老人は二人のそれよりもまだたどたどしい英語で返してきた。
「そんな国は」
「あっ、そうですか知らないですか」
 それを言われても特に驚いたものは見せない本郷であった。外国にいればこうしたこともわりかしあることであるからだ。同じ様に広く日本を知らない人もやはりいるのだ。
「じゃあそれはそういうことで」
「それでですが」
 彼と入れ替わる形で役が老人に問うてきた。
「この村の名前は」
「ない」
 今度はこんな返答だった。
「名前はない」
「ない!?」
「村に名前がないんですか」
「そんなものは必要ない」
 老人はやはりたどたどしい英語であった。そのたどたどしさは何かが無理をして人の言葉を出しているような、そうしたたどたどしさであった。
 
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