| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

反董卓の章
  第5話 「君は『劉玄徳』…………そうだろ?」

 
前書き
それでは半分に分けた続きです。どうぞ。 

 




  ―― 関羽 side 漢中 ――




 私は一体……なにをしているのだ。
 自分の部屋の寝台の上で、膝を抱えてそう思う。

 大事な王座の間での報告であったのに。
 ご主人様の…………書簡の報告であるにも拘わらず。

 私は怒りに身を委ね、ただ喚き散らしただけだった。

 何故……何故、あんなことをしてしまったのだろうか。

 ……わかっている。
 私はずっと、不満だったのだ。

 大恩ある白蓮殿に対して、何もできない自分。
 その裁量すらない、今の自分が…………情けなかった。

 そして桃香様が決めたことだから……ご主人様がどうにもできないとおっしゃったから……
 そう自分に言い聞かせて、納得出来ない心を押し込めていた。

 それが…………

『董卓が謀反を起こして小帝陛下と宦官全てを殺害』
『洛陽で悪逆非道の執政を行っている』
『献帝陛下を傀儡に仕立てあげ……』

 その言葉の悪意に。
 私は…………冷静ではいられなくなっていた。

 そして……

『その内容を……宗正である劉虞が認めた』

 ギリッ

 私の歯が、軋んだ音を上げる。

 まただ。また、あやつだ。
 また……私の恩義ある人が、一人の人物によって窮地に陥ろうとしている。

 そやつこそ……

「劉、虞…………っ」

 皇室の一人。
 黄巾の乱の時に大陸の甘陵国の相に任命されたと聞いている。
 荒廃の傷跡深い民を慰撫し、節倹を旨に指導した功績により、宗正に任じられた上で、幽州牧へと任ぜられた。

 白蓮殿は、劉虞が赴任してきた時にかなり喜んだらしい。

 皇室の一人にして、皇族にしては珍しいほどの仁君の元に仕えることができる。
 そう……人に語っていたらしい。

 だが……

 その希望は、もろくも崩れ去った。

 実権を得た劉虞は、隠していた野心をむき出しにして、幽州で非道の限りを行った。
 白蓮殿にしてみれば……我が目を疑っただろう。

 その劉虞が…………今度はもう一人。
 私にとって恩義ある董卓殿に…………そして霞に。

 許せなかった。
 その怒りが………………溢れだしてしまった。

「わたし、は…………」

 そう呟いた時。
 ふいに、扉が叩かれる音がする。

「…………?」

 不意に気がついた。
 窓の外を見れば、すでに日が傾いている。

 いつの間にか随分と時が経っていたらしい。

「……愛紗? いないのか?」

 !?
 ご、ご主人様!?

「あ、はい、います!」

 思わず叫んでから、はっとした。
 そうだ……私は、ご主人様に非礼を。

「あ、いたか…………返事がないからいないのかと思ったよ。入ってもいいか?」
「え? あ、えと…………」

 ど、どうしよう…………
 なんというか、私の部屋などに来ていただいたのは嬉しいけど……先ほどの非礼もあって、合わせる顔がないというか……

「愛紗?」
「あ、えと、その………………ど、どうぞ」

 そういってまた気づく。

(あ! ど、どうぞじゃないだろう、私! 主人なのだから、扉を開けて迎え入れるのが礼儀ではないか!)

 慌てて寝台から跳ね起きて、扉へと手を伸ばす。
 だが――

 ガチャ――――ゴチンッ!

「はぐっ! あおおおおおお……」
「わっ!? 愛紗!? だ、大丈夫か!?」

 開いた扉の角が、ちょうど私の額に当たり、私は思わず仰け反り、痛みに蹲る。
 その衝撃と音に驚いたご主人様は、ギョッとした顔で顔を覗かせた。

「す、すまない、愛紗! どうぞって言うから扉を開けて――」
「い、いえ…………わ、私こそ本来なら自ら招き入れねばならないのに」

 ズキズキと痛む額を押さえつつ、謝る。
 若干、涙が出ているような気もするが。

「あー…………えと、ともかく治療しようか。少し血が出てる」
「え?」

 ふと、額を押さえていた手を離すと、手に血が付いていた。
 と、扉の角で出血とは………………関雲長、一生の不覚っ!

「いや……すごい勢いだったけど、そこまで悔やむことはないだろ」
「はっ!? ご主人様、心が読めるのですか?」
「いや、口に出ているし」

 あぅ…………

「まあ、深くはないから水で洗って布を巻いておけば大丈夫だろ。水と布を取ってくるよ」
「あ、だ、大丈夫です! 水はお茶用にそこにありますし、布も……」
「ん? ああ……じゃあ使わせてもらうか。そこに座って」
「え?」

 あ、あの……何故、椅子を向かい合わせて置くのですか?

「ん? 早く座って。血を拭いて治療するから」
「そ、そそそそそそそそんな、滅相も!? じ、自分でやれます!」
「いいから、座る。ほら、はやく」
「あぅ…………」

 少し躊躇してから、再度薦められる言葉に、しぶしぶとご主人様の前に座った。
 目の前の椅子にご主人様も座り、自身の懐からきれいな白い布をそばにある水差しで湿らせる。
 そしてその布で私の額を……

「ご、ご主人様!? ご主人様の布巾が汚れ……」
「気にしないの。こんなのただの布切れなんだから。それより動かないでくれよ、血が垂れるぞ」
「あ、あうう…………」

 ご主人様の左の手のひらが、私の頬に添えられる。
 はう!?
 あ、暖かく、大きな手が…………私の頬に。

「じっとして…………うん、そんなにひどい傷じゃないな。きれいにしておけば痕も残らんだろ」

 そう言って、右手に持った湿らせた布で額の血を丹念に拭いていかれる。
 あうう…………
 ご、ご主人様の顔が、顔が近い…………

「どうした? そんなにぎゅっと目をつぶって……あ、ごめん。痛いか……すまないな。もうちょっと優しく――」
「い、いいええっ!? ご、ご主人様は十分、お優しいですよ!?」
「は? あー……うん、まあ痛くないように拭くから、痛かったらちゃんと言ってくれな?」

 きょとんとしながら、再度私の頬に手を添えて、額の血を拭っていくご主人様。
 はうううう………………な、なんという恥ずかしさだ。

 でも、でも……………………嬉しい。

「ふむ……血はもう止まっているか。軟膏とか塗りたいけど持ち合わせもないし……とりあえず布で保護するだけで大丈夫かな?」
「だ、大丈夫です! 私は武骨者ゆえ、治りが早いですから!」
「ぶ、武骨者、関係なくない? まあいいけど……」

 そう言って自身の布巾を広げたご主人様は、血のついていない部分を避けるように引き裂く。

「頭に巻けるような布、ある?」
「え、あ……えと」

 私は、自室を見回して、机の上にあった少し長めの布巾を見る。
 それを見たご主人様が、それを手に持って……

「これ、血で汚れてない部分だから。それを……そう、額に当てたまま押さえてね?」

 私の手を取り(はわわわわわ)、額に布を当てて押さえさせる。
 そしてその部分を覆うように、私の額に布を巻きつけた。

(!? ご、ご主人様の胸元が!?)

 ご主人様が、私の頭を覆いかぶさるようにして布を巻いてくださっている。
 そのため、私の目の前には、ご主人様の胸元が――

 平時のご主人様は、あの黒い服ではなく、普通の衣類を着ておられる。
 今はすでに初夏。
 ご主人様は、たくましい胸元をはだけさせたような姿なので……

(ああ…………ご、ご主人様の胸が、胸が…………ああ)

 目の前にある異性の胸元。
 しかも相手は、ご主人様。

 その引き締まった胸元から漂う、野性的な匂いが――

「よし。これで大丈夫なはず。どうかな、愛―――――しゃぁああああああっ!?」
「ふぁ?」

 胸元がふっと離れたかと思ったら、ご主人様が驚愕の目で驚いています。
 はて、どうかされましたか?

「な、なんで今度は鼻血出ているの!?」
「ふえ?」

 気がつくと――

 だくだくと、私の鼻から熱いものが流れ出ていました。
 なんででせう?




  ―― 盾二 side ――




 うあー……びっくりした。
 額に布巻きつけて愛紗の顔を見たら、超イイ顔で鼻血出していたよ。

 何を言っているかわからないかもだけど、俺にも何言っているかわからん。

 ただ、慌てた俺に愛紗が……

「よくわかりませんが……何かが溢れました」

 とか言っていた。
 そりゃ溢れているだろう、血が。

 扉で額だけでなく、鼻も打っていたのかもしれないけど……

 結局、俺のハンカチだけじゃとても足りなかったので、改めて布と水を用意してきて治療する。
 といっても鼻血の処理と、血止めに小さな布を詰めてもらっただけだけど。

 ティッシュみたいな便利なものが作れればなあ……

「ずびまぜんでしだ、ごしゅじんざま……」
「あ、いや…………」

 鼻詰まりのひどい声。
 いかん…………普段の愛紗が愛紗なだけに、この声はまずい。
 思わずこみ上げる衝動に、腹筋を総動員して耐えぬいた。

「血は……止まったかな? まだのようなら、新しいのに変える?」
「ばい、ぢょっどお待ぢを………………ふう。大丈夫なようです」

 鼻の詰め物をした顔を隠すように後ろを向いていた愛紗が、こちらを振り返る。

 そりゃまあ…………鼻に詰め物なんて、女の子が見られたくはないわな。
 わかっていたから、後ろ向いて床の鼻血の処理だけしてたけど。

「あ、水で洗うなら、鼻の中洗うなよ。止まった血がまた流れだすからな」
「あ、はい…………まだ血が付いています?」

 再度振り向き、背後にある鏡で何度も顔を確認している愛紗。

 ……やっぱり女の子なんだなぁ。

「いや、大丈夫。まあ、あとで顔洗うだろうからというだけの話だよ」
「あ、はい。そうします……えと、ご主人様、すいませんでした」

 ぺこっと頭を下げる愛紗。
 てっきり額と鼻血の件かと思い、苦笑する。

「いやあ、扉を不注意に開けたのは俺だし……むしろ俺が謝るよ。ごめん」
「え? あ!? ち、違います! 扉の件でなく! というか、あれは私の不注意ですし!」
「は?じゃあ、なに?」

 他になんかやったっけ……?

「あ、あの…………朝の定例報告での、私の失態を……」

 ……………………おお!

「あ~……そういやそうだった。すっかり忘れていたわ」
「わ、忘れ!?」
「あ、いや…………そうだな、そのことで話に来たんだった、俺。はははは、すっかり忘れていたわ!」

 思わず額に頭を当てて、笑ってしまう。
 そういや、愛紗の部屋につくまでは、どうやって慰めよう、諌めようとか考えていたんだった。

 もう完全に忘れてたわ。

「いやあ……もう、何か言う気が失せちゃったよ。愛紗は可愛いなぁ」
「は!? か、かわ!?」
「あ………………」

 いかん、何言ってんだ、俺は。
 完全に和んじゃって、つい本音がポロッと……

「か、かわ、かわい……かわ……」
「あ、いや…………ゴホン。すまん、間違えた。いや、間違えてはいないけど、って、ああ、俺も何言ってんだ」

 いかん、我ながら迂闊ことを口走ってしまった。
 とりあえず誤魔化そう。

「え、えっとだな…………まず、最初に報告がある。劉虞の件だ」
「!? は、はい……」

 顔を赤らめていた愛紗が、不意に真面目な顔になる。

「雛里の細作から、最新情報が届いた。白蓮と劉虞が仲直りしたらしい」
「………………は?」

 きょとん、とした顔で俺を見る愛紗。
 まあ、そうだろうな。
 この知らせを桃香たちに言っても同じ顔をされたし。

「劉虞が全面的に非を認めて、今までの非礼を白蓮に詫びたそうだ。その上で、自身の領土である平原の復興を始めたそうだ。資金は皇族としての自分の財産全て。民からの徴収した財は一切使わず、全て民に返却したらしい」
「へん……きゃく? 確か劉虞は、訴えた民を惨殺したと――」
「ああ。だからその遺族に。遺族がいない場合はその邑や周囲の人間に。その上で、賠償としての復興は、洛陽の自宅を含めた財産全てを売り払ってつぎ込んでいるそうだ」
「……………………」

 愛紗の顔が、呆然としている。
 まあ、そうだよな…………
 これだけ見れば、まるで桃香のようだ。

「本人は、民たちの前で土下座したらしい。やったことがやったことだから、当然民は許さないらしいが…………それでも頭を下げて、復興の指示をしている。民の中には露骨に石を投げたりもされたようだが……当然の事をしたとお咎めもないらしい」
「そ、それは…………」
「……まあ、信じられない気持ちもわかる。俺も報告では疑ったぐらいだ。だが、つい先ほど、白蓮から書状が届いた。白蓮直筆で……劉虞と和解したとのことだ」
「………………」

 本当に信じられない、そういった顔だな。
 俺も正直びっくりしたよ…………劉虞があいつら、于吉や左慈に操られていると、俺も思っていた。
 だが、その劉虞は急に人が変わったように善政を敷きはじめた。

 一体どういう意図なのか……

「白蓮自身が信じられないことだが、改心は本当らしいと。だからコチラは気にするな……そう書いてあった。桃香は安心して泣いていたよ」
「桃香、様…………」

 疑念深い朱里や雛里、星あたりは……裏の事情を探っていたが。
 その点については俺も同意だ。

 多分、擬態だとは思うんだが……

「愛紗。劉虞の件は……ひとまず置いておかないか?」
「ご主人様…………」
「劉虞が本心から改心したか、それとも体裁を取り繕っているかは、俺にはまだわからない。だけど、今はそれよりも…………董仲穎殿を助けだす事を考えないか?」
「たすけ……だす?」
「……そうだ。助けるんだよ、彼女を。そして霞を」

 助けだす――俺のその言葉に。
 愛紗は、天啓にその身を打たれたかのように身動ぎする。

 そうだ……董仲穎、董卓を。
 助けだすのだ。




  ―― 趙雲 side ――




「私は、連合に参加は反対ですな」
「…………やはりそうですよね」

 王座の間。
 午後から再開された議の席で。
 私は、目の前にいる桃香様を始め、その横に座る朱里や雛里にそう言った。
 今は、定例報告の整列状態とは違い、円卓に座を囲んで座っている。

 これは『円卓会議』といって、主が取り入れたという新しい議の形。
 皆が円卓に椅子を並べて、互いの顔を見ながら話し合う。

 私は、この『円卓会議』が好きだった。

 だが、その主は…………まだ、この場にはいない。
 愛紗が、朝の議の場より退出を命ぜられ、未だ自室にいるようだ。

 主は、愛紗と話をしにいったらしい。

 確かに、愛紗のあの激昂ぶりからして、きちんと話ができる者は、桃香様か主のどちらかであろう。
 それはよい。

 だが、それとは別に、私の意見をしっかりと伝えねばならない。

「どう見ても、この連合には義がない。あれだけ汚職にあふれた宦官共。その告発文があったとて、それが真実である証拠はどこにもない。そしてそれを保証するのがあの劉虞だ」
「劉虞さんの件は、先程お伝えしたとおりですが……」
「あんなもの擬態に決まっておる。突然人が変わったように善政を敷くなど……人がそんなに簡単に日頃の行いを変えるなどありえん! あるとするならば、それが策略だからだ」
「それは…………確かに」
「で、あろう? 朱里もそう思うぐらいだ。その大義名分の信憑性をあげるための、一時的な欺瞞にすぎん。そんな相手の大義など…………私は認めない」
「………………」

 私の言葉に、朱里は雛里と顔を見合わせている。

「……それは、梁州の現状を踏まえての意見ですか? 感情だけでなく」
「……そうだ。確かに三州同盟は大事だ。それが今後莫大な富を上げることも、その富が民へと還元されることもわかっている。だが、自分たちの信義まで曲げて民のためとする結果を……私達はすでに見ているではないか」

 私の言葉に、はっとする人物がいる。
 誰であろう、桃香様だった。

「私にはその……とある人物について、語る口を持たない。権利もない……だからあえて誰とは言わぬ。だが、自身の信義を曲げても、結局振り回されるだけなら……私は信義を貫きたい。己の信義を」

 それが私の……趙雲子龍という、武人の答えだ。
 すべてを受け止め…………私は答えを出した。
 自分自身だけの、答えを。

「あくまで私の意見だ…………最終判断は桃香様に任せる。そして……判断されたなら、それに従う。私はもう客将ではない。桃香様に仕える……梁州牧である、劉玄徳の臣下であるのだから。以上です」

 そう言って、王座の間に設置された円卓へと着席する。
 会議の時のみ設置される、この円卓。

 最初は珍しいと思っていたが…………この円卓こそ、今では正しい議の形ではないか、そう思う。
 なぜならこれは……人を対等に見る、という桃香様と主の信念の表れなのだ。

 上下の立場も……臣下の立場すらも超えて、話をするという意志の表れ。
 だからこそ、私の居場所は…………ここしかない。

 今では心からそう思う。

 それゆえに……意見ははっきりと伝えて。
 その最終決定がされたら、それに従う。

 私は…………この『円卓会議』と呼んだ主の言葉が、好きだった。

「……わかった。星ちゃんの意見は反対、だね。あとは愛紗ちゃんだけ、だけど……」

 桃香様が疲れたように口にする。
 桃香様……ご心労、お察し申し上げる。

 だが……これは梁州の長、州牧として決定しなければいけない、桃香様の仕事。
 我らはただ……意見を述べることしかできない。

「愛紗はなー……あの様子じゃ、やっぱり反対だと思うのだ」
「わかっているよ、鈴々ちゃん…………でも、ご主人様の言うとおり、本人からしっかりと意見を聞かなきゃダメだよ。そのために……」
「すまん、遅くなった」

 桃香様が話されている中、王座の間の扉が開いて声がする。
 誰であろう、我が主の声だ。

「あ、ご主人様…………愛紗、ちゃん」
「すみません、桃香様…………朝は御無礼致しました」

 主の後に続いた愛紗が、入り口で頭を下げる。
 その顔は…………ふむ、ようやく落ち着いたか。

「ううん、いいんだよ…………さあ、座って」
「はい…………星、朝はありがとう。そしてすまん」
「フッ……気にすることはない。愛紗の柔らかな肢体を押さえつけられたのは、役得だったからな」
「なっ!?」

 私の冗談に、顔を赤くする愛紗。
 おやおや……相変わらず、(うぶ)なことだ。

「やれやれ……それぐらいにな、星。桃香、星の話は聞いたか?」
「うん……反対。理由は…………」
「ああ、わかる。星のことだ、証明する劉虞に信が置けない、この連合に義はない、そのあたりだろ?」

 ……むう。
 そのとおりとはいえ、ここまで見透かされるのはどうなのだろうか。

 いやまて、考えを変えれば、それだけ私のことをよくわかっておられるということに……

「……星の顔がにやけているのだ。あれはなにか、邪なことを考えている時の顔なのだ」
「翼徳殿、そういうことは大声で言うものではありませんぞ」

 ゴホン!
 鈴々に馬正め……あとで覚えておれよ?

「さて、と……愛紗。君の意見を言ってくれ」
「はい…………私はこの連合の参加に、反対――」

 ……やはりな。

「――でした」

 ?
 でし、た?

「ですが、ご主人様のお話を聞いて……賛成することにしました」
「な!?」
「え?」
「にゃ――っ!?」

 私と桃香様、そして鈴々が声を上げる。
 朱里や雛里、そして馬正も驚いている。

「ど、どういうこと?」
「はい、桃香様…………今回の董卓殿の件について、これは確実に罠に嵌ってしまったと考えて良いと思います。そして参加しなければ、三州同盟の解消が懸念される大事。これもわかります」
「う、うん……」
「ならば簡単な話だったのです…………連合に参加して、董卓殿の無実を証明すれば良い、と」
「!?」

 な、なんと!

「董卓殿を陥れたのは、袁紹であることは間違いがない。で、あれば連合に参加して、その情報を探り、それが虚偽であることを連合の席で弾劾すれば良いのです」
「れ、連合の中で、ですか!?」
「あわわ……そ、そんなことをすれば、連合内で暗殺されちゃいます…………」

 朱里や雛里が声を上げる。
 確かに……周りが全て敵になりかねないな、それは。

「もちろん、ただの会合の席では否定された上に暗殺されるだろう。だが、証拠を揃えて根回しすれば……できない話ではないな」
「じゅ、盾二様!?」

 なんと……主はそのように考えておられたのか?

「大変なことだけど、まあそれは最終手段。俺はもう少し確実にしたいと思っているよ」
「確実って……?」

 桃香様が、訝しむように尋ねる。
 主は、ふっと笑った。

「別に董卓を討ちたいというなら、討たせればいい」
「「「「「「 !? 」」」」」」

 な、なにを……

「但し…………それが『本物の』董仲穎殿である必要はないわけだ」
「………………え?」

 私は、ごくりと喉を鳴らす。
 それはつまり…………

「策は一つの策を練りに練るものじゃない。策は数多く用意しておくほうが勝つ。ならば……用意すればいいのさ。数多く、様々に」

 そういった主の姿は。

 まるでかの、高祖を支え続けた稀代の軍師、張良のように見えた。




  ―― 劉備 side ――




「私達は、反董卓連合に参加します! 出発は三日後! 連合集結の場所は南陽・宛! 皆さんの力を貸してください!」
「「「 オオオオオオオオオオッ! 」」」

 決定を下した次の日。
 空は暗雲立ちこめるという、曇天の空。

 私の言葉に、整列した第一、第二、第三の各軍の兵が声を上げる。
 久々の演習ではない、本物の戦い。

 その事実に、皆が興奮しているのがわかる。

 この内何人が死に、何人が生き残れるのだろう……
 できれば一人も……失いたくはないのに。

(私は矛盾している)

 戦いのない世の中を作りたい気持ち。
 正しいことを為していきたい気持ち。

 本来、それは相反しないことのはずなのに。

 だが、両方を為そうとすると、必ず争いがどこからか湧いてくる。
 それが賊だったり、野心を持つ人だったり、戦うことを望む人達によって……

 それらから私を慕う人を、かけがえの無い仲間を、大切な人を守るために。
 私は人を率いて戦うことになる。

 そして……人が死ぬ。

 だれも……死んでほしくないのに。

(戦わなければ…………私を慕う人が死ぬ。戦えば…………私達を殺そうとした人が死ぬ。どちらも人が…………死ぬんだ)

 そして私は今もまた、人を助けるために、人を殺すために、人を率いろうとしている。

 殺して、殺されて。
 それで本当に…………世の中から戦いのない世の中が作れるというの?

(なんで…………戦うの? なんで争うの? みんな、誰もが生きていたいはずなのに。戦うことのない世界がほしいはずなのに)

 私はまだ――――その答えが見つからない。
 梁州という領地を持ち、州牧なんていう人の上に立つ立場になった今でも。

 愛紗ちゃんや鈴々ちゃんと一緒に…………放浪していたあの頃と。
 あの頃と……同じ。

 ううん。
 それ以上の矛盾を抱えて、私は今こうして人を……戦いへと向かわせようとしている。

 本当に、こんな世の中を変えられるの?
 私は…………

「…………ぅか。桃香!」
「……え?」

 誰かに肩を揺すられる。
 ふと見れば……そこにいた人。
 その人は……

「大丈夫か? なんだかぼーっとしていたけど」
「あ…………ご主人、さま」
「ん? 少し顔が青いけど…………貧血か?」

 私の顔を覗きこんで心配してくれる人。
 北郷盾二――ご主人様。

 私が初めて頼った異性であり…………一時頼りすぎて、全てを預けてしまった人。

 そして……その人の抱える悲しみを知って。
 初めて男性を護りたいと…………心から思った人。

 私の…………一番、愛している人。

「もし体調が悪いなら朱里に見てもらおう。大事な時期だし、出発は一日二日遅れても――」
「だ、大丈夫。ただ、ちょっと……悲しかっただけだから」

 私の言葉に、眉を寄せるご主人様。

「悲しい……?」
「……ご主人様。どうして人は、戦わなきゃならないのかな?」
「桃香……」

 ご主人様は、一瞬だけ悲しい顔をする。

「……俺は、神じゃない。だから、この世の真理をわかるわけじゃない」
「あ…………うん」

 ……そうだよ、ね。

「だけど…………人はいつか、それを乗り越えられる日が来るんじゃないかって、実は本気で思っていたりするんだ」
「……え?」

 驚いて、ご主人様の顔を見る。
 その顔は、ちょっと恥ずかしそうに…………笑っていた。

「戦いってやつは、俺のいた世界でも延々と続いている。きっと未来も戦い続けるんだと思う。けど…………それが何万年先かもわからないけど。いつか、人の理性と優しさは……そんな原初の業すらも超えられる、そう思うんだ」
(ごう)……」
「人が争うのは生物の本能だ。だが、生物が生まれてから実に四十億年もの歳月が経って、ようやく人という理性持つ生物が生まれた。なら……きっといつかは、その本能にすら理性が勝つ日が来ると思っている」
「………………」
「その時まで、俺や桃香は生きていないかもしれない。でも…………俺達が想い、考え、行動したことは歴史に……そして、俺達の遺伝子に刻まれるはずだ」

 いでん、し?
 よくわからないけど……何かに残していけるってこと?

「それは俺達の子に、孫にずっと受け継がれる。そしていつかは、その礎が形となる。だから…………今思い悩み、それでも行動することは無駄じゃない」
「無駄じゃ……ない」
「ああ。絶対に無駄じゃない。正しさも愚かしさも……全てが繋がっていく。だから……」

 すっと、ご主人様は手を差し出した。

 その時、誰かが――運命が囁いたとでも言うのだろうか。
 その背に――雲の切れ間から光が漏れさす。

 その光が……ご主人様をまるで照らすかのように輝くのを、私は見た。

「どんなに迷っても…………どんなに辛くても…………前を向いて歩んでいこう。それを……君ならできるはずだ」
「ごしゅ、じんさま……」
「君は『劉玄徳』…………そうだろ?」

 ………………うん。
 私は……この人となら、怖くない。

 ずっと……いつまでも前を向いて歩いていける。
 この人が、差し出すこの手がある限り……

「…………はいっ!」

 私は、ご主人様の手を取った。
 ご主人様を照らしていた光が、私にも注がれてくる。

 その暖かさと嬉しさに――

 私は愛する人に、精一杯の笑顔で笑った。
 
 

 
後書き
ようやく出発の準備が整った…………となるのに5話。
予想通りになっちゃったよ、とほほ。

3話でまとめる内容が後になって、ちょっと話の展開にズレが有りますが……すいません。

さて、ようやく虎牢関と汜水関の話だ――って、どっちも同じ場所なんだよね。
もー…… 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧