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港町の闇

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第二十三章


第二十三章

 階段が無気味な音を立ててきしんだ。今にも抜けそうである。一行は慎重に足を進めた。
 二階に近付くにつれ血の匂いが強くなっていく。警官の中には口や鼻を手で覆っている者もいた。それ程までに強く汚らわしい匂いが漂っていたのだ。
 それでも先に進まないわけにはいかなかった。彼等は進んだ。
 二階に着いた。そこはまさに地獄であった。
「な・・・・・・」
 警官達が絶句した。床には多くの少年少女達の遺体が転がっていたのだ。
 見ればどれも美しい者達である。それが虚ろな目で床に横たわっているのだ。当然ながら誰も身動き一つしない。
「これが奴の食事の結果か」
「その通り」
 闇の中から声がした。
「ようこそ我が城へ」
 アルノルトが闇の中から姿を現わした。彼は宙を漂いながら前に出て来たのだ。
「生憎諸君等を招待した覚えはないがな。だがそれはいい」
 彼は血で濡れた唇でそう言った。
「私は寛大だ。君達を最高の礼でもって迎えてあげよう」
「生憎俺はそうした貴族めいた儀礼については何一つ知らなくてな」
 本郷が彼に対して言った。
「それに知るつもりもない。悪いな」
「まだ減らず口が言えるとはな」
「口は何を言っても減らないからな。何度でも言ってやるぜ」
「そう言っていられるのも今のうちだ」
「古典的な台詞だな。それでだ」
 本郷は刀を構えた。
「で、やるんだろ。ここでするかい?」
「ここは不都合だ」
 アルノルトはそう答えた。
「場所を変えよう。来い」
 宙に浮かびながらそう声をかけてきた。そして案内する。
「ついて来い」
 本郷達は言われるままついて行く。そして廊下の終わりにある扉へ向かった。
 扉が開きアルノルトはその中に入った。本郷達もそれについて行く。 
 そこは大広間であった。異様に広い空間がそこにあった。
「ここでやるつもりか」
「そうだ」
 本郷の言葉に頷く。
「既に準備はできている。観客は揃っているな」
「観客」
「そこの者達だ」
 アルノルトは警官達を指差した。
「そこの者達には観客になってもらいたい」
「糧ではないのか」
「言った筈だ。私は味に五月蝿いと」
 本郷にそう答えた。
「私は美しい者しか糧にはしない。年老いた者の血はまずい」
「だから少年や少女ばかり狙ったのだな」
「如何にも」
 彼は言った。
「美味であったぞ。人の血は肌の色によって味が変わるのではないのだな」
「フン」
 本郷はその言葉を忌々しげに吐き捨てた。
「これからも味あわせてもらう。誰にも邪魔はさせぬ」
「そういうわけにはいかない。残念なことだがな」
 役がゆっくりと前に出て来た。
「貴様が魔界で何をしようが構わん。魔界は我々の世界ではない」
 だからこそ魔界であった。人は人の世界にいる。魔物は魔界だ。だからこそ魔物であり魔界であるのだ。
「しかしこの世界で人を害するのだけは許せん。覚悟はできているな」
「先にも言った筈だ」
 アルノルトは悠然と返した。
「私は覚悟という言葉を知らないとな」
「勉強する気がないのなら別にいいさ」
 今度は本郷が言った。
「どのみちここで始末してやるからよ」
「では来るがいい」
 彼は部屋の中央にやって来た。
「私自らの手で始末してくれるわ」
「言われなくてもな」
「参る」
 本郷と役が動いた。神父も。こうして最後の戦いがはじまった。
「天におわす我等が神よ」
 神父が懐からあの十字架を取り出した。
「邪悪なる者を滅し給え!」
 そして十字架を複数投げた。それは激しく回転しながらアルノルトに向かう。
「愚かな」
 だがアルノルトはそれを避けようとしない。
「神になぞ誓って何になるというのだ。愚かな神に」
 避けようともしなかった。身体でその十字架を受け止めた。
「何っ!」
 彼は傷一つ負ってはいなかった。十字架は彼の身体にあたるとそのまま溶けた。そして床に落ち銀色の水溜まりとなりそのまま消え失せた。
「まさか銀を」
「面白い見世物だな」
 アルノルトの返答はそれであった。彼は右腕を下から上に一閃させた。
「これはその謝礼だ。とっておけ」 
 爪が飛ばされた。赤い五条の槍が神父に襲い掛かる。
「ムッ!」
 神父は左に転がりそれをかわした。床に五本の禍々しい槍が突き刺さった。
「無粋なだ。私の謝礼を受け取らぬとは」
「魔物から謝礼を受け取るいわれはない」
 神父は言い返した。
「ただ滅するのみ」
「残念なことだ」
 彼は一言そう言った。そしてその右手に再び爪を生やす。戦いに備えてだ。
「銀が効かぬというのなら」
 役は式神を出した。赤い紙である。
「これでどうだっ」
 赤い紙は役の手を離れると鷲となった。紅蓮に燃え盛る鷲であった。
 鷲がアルノルトを急襲する。だが彼はそれを見てもやはり身動き一つしなかった。
「小さいな」
 彼は鷲を見てそう言った。
「まるで小鳥だ」
「その小鳥を防げるか」
 役は言い返した。
「炎に包まれて滅びてしまえ」
「この程度の炎では」
 アルノルトは一歩前に出た。
「私を焼くどころか照らすこともできはしない」
 そして鷲を握り潰した。炎はその中で消えてしまった。
「式神まで破るか」
「所詮は紙だ」
 アルノルトは消し去った火の跡を見下ろしながら言った。
「紙に私は倒せはしない」
「じゃあこれはどうだ!?」
 本郷が動いた。何かを投げた。
「これなら手前もくたばるだろう」
 それは銀貨だった。神父から貰ったユダの銀貨であった。アルノルトが最も怖れるものであった。
「何処を狙っている」
 彼はその銀貨の軌跡を見て嘲笑った。彼を狙ってはいなかったからである。
「私を狙わないと意味はないぞ」
「ああ、狙ってるさ」
 本郷は不敵に笑った。
「だがな、狙い方は一つじゃねえんだよ」
「何!?」
 銀貨は壁に当たった。そしてそこから跳ねた。
 そしてアルノルトに襲い掛かる。彼は壁に当ててそれでアルノルトを狙ってきたのである。
「なっ」
「これならそうそう簡単にはかわせねえだろ」
 本郷はまた笑った。笑いながらさらに銀貨を放つ。
「そら、どうする!?幾ら御前でも逃げられねえだろ」
「ふん」
 しかしアルノルトはそれでも怖気づきはしなかった。
「この程度で私を倒せると思っているのか」
「その銀貨ならな」
 本郷は言った。
「御前は防げはしない筈だな」
「さて、それはどうかな」
「何!?」
 跳ねる中の一枚がアルノルトに襲い掛かる。それが彼を貫いた。
「やったか!」
 警官達がそれを見て会心の声を出した。しかし声だけだった。
「ふふふ」
 貫かれてもアルノルトは平気な顔をしていた。そして悠然と笑っていた。
「今何かしたか」
 貫かれた部分が急激に埋まっていく。何らダメージは受けていないようである。
「な・・・・・・」
 さしもの本郷もそれを見て絶句した。効く筈のものが効かなかったからである。
「これは一体どういうことだ」
「最早その忌まわしい銀貨ですら私を倒すことはできないということだ」
 彼は言った。
 
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