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占術師速水丈太郎  横須賀の海にて

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第三章


第三章

「はじめまして」
 彼は艦長達を前にして挨拶をした。
「はい」
 艦長達はこの時先に挨拶されてしまったことを内心悔やんだ。自衛隊においては階級が下の方が挨拶するのが決まりである。なお民間人に対してはあえてこちらから先に礼をするというのが暗黙の決まりのようになっている。これはかっての軍にいささか見られた傲慢さを払拭したいのと文民統制をあらわす為だとも言われている。
「速水丈太郎さんですね」
「はい」
 彼は答えた。
「その通りです」
「こちらに来て頂き感謝します」
 艦長は乗組員達を代表して挨拶をした。
「それでは早速話に入りたいのですが」
「はい」
「士官室までどうぞ」
「わかりました」
 本来なら艦長室で話となるのだろうがここで艦長はあえて士官室に速水を案内した。これには事情があった。
 こうして速水は士官室に入った、士官室といっても愛想がないと言えば愛想のない只のホールの様な部屋であった。海上自衛隊という組織は華美を好まない。変に華美にすればそれこそマスコミから何を言われるかわからないからだ。速水はその中の一席を薦められた。
「どうぞ」
「はい」
 薦められるまま席に着く。そしてまずはコーヒーを薦められた。
「どうぞ」
「有り難うございます」
 海上自衛隊は海軍の頃からコーヒーが主流となっている。彼はコーヒーを飲みながら艦長から話を聞いていた。
「おおよそはもう御聞きだと思いますが」
「はい」
 彼は答えた。
「この艦では近頃奇妙なことばかり起こっていまして」
「そのようですね」
 彼はコーヒーを置いてそれに応えた。
「何でも人が一人多いとか物資が減っていたりするとか」
「はい」
「つまり怪奇現象が頻発していると」
「簡単に言えばそうなります」
 艦長はそれを認めた。
「そのせいで乗員の士気にも影響が出ておりまして」
「はい」
「近頃では航海にも支障をきたす程なのです。この港に停泊したままで」
「海にも出られないのですか」
「お恥ずかしいことですが。只でさえこの横須賀は忙しいというのに」
 横須賀は海上自衛隊の港の中では最大である。その結果ここに停泊している艦艇も出港が多いのである。当然この艦もそうである。だが今はその怪奇現象の為に動くに動けない状況となっているのだ。
「困ったことです」
「そしてそれを解決する為に私が呼ばれたのですね」
「その通りです」
 艦長は応えた。
「日本で有数の占い師にして退魔師である貴方に」
「はい」
「どうかこの艦の怪奇現象の原因を明かして解決してもらいたいのです」
 彼は言った。
「宜しいでしょうか」
「はい」
 速水は頷いた。
「その為に私はここまで来ましたから」
「おお」
「是非共やらせて下さい。お金はもう頂いておりますし」
 実はこの仕事で彼は一千万単位の報酬を防衛庁から貰っている。話が出ると同時にそれだけの額が出て来て彼の方が驚いた位である。以前の軍との違いを明確にしたい為か防衛庁という組織はとかく悪い噂を嫌う。それを払拭する為には多少の金銭的な無理は厭わないところがある。さらに民間人に対しては極端に低姿勢である。その為いきなり巨額の報酬を提示してきたのである。なお当然であるがこれの皺寄せはあり陸上自衛隊の居住設備はお世辞にもいいとは言えない。改善されてきているとはいえそれでもまだかなり悪いのは言うまでもない。
「有り難うございます」
 艦長はそれを聞いて頭を下げた。まだ二十代かそこいらのしがない占い師に対する態度ではなかった。これには速水は内心かなり驚いていた。
「あの」
「はい」
「そこまでされなくてもよいですから」
 彼はやまりかねてこう言った。
「私もこれが仕事ですし。ビジネスパートナーですから」
「はあ」
「気楽にとはいかなくてもお互い形式ばったことは抜きにしましょう。まあリラックスでもしながら」
「わかりました。では早速」
「早速?」
「資料を。補給長」
「はい」
 眼鏡をかけた銀行員の様な風貌の若い士官が進み出てきた。階級を見れば一等海尉であった。艦の補給や経理、そして書類のことに関する責任者である。
「こちらです」
 その補給長が速水に一冊のファイルを差し出してきた。見ればかなりの分厚さである。
「これが一連の事件に関する資料ですか」
「はい」
 艦長は答えた。
「どうぞ御覧になって下さい」
「はい」
 速水はそれを受けて資料を読みはじめた。そして読み進むうちに何点か不審な点に気付いた。
「あの」
 そして艦長に声をかけてきた。
「何でしょうか」
「客船の救助に向かうまでは何も起こっていないのですね」
「そういえば」
 これには艦長だけでなく他の幹部達もハッとした。
「確かにその通りです」
 そして艦長もそれを認めた。
「新造艦であるせいかも知れませんが。それまでは何もなかったです」
「やはり」
 速水はそれを聞いて頷いた。そしてさらに尋ねた。
「その客船の災害に関する資料はありますか」
「補給長」
「はい」
 それを受けて先程の補給長がまた席を立った。
「あれを」
「わかりました」
 そして補給長はもう一冊ファイルを出してきた。速水はそれにも目を通した。
「何かわかりますか」
「この客船ですけれど」
「はい」
「どうもおかしい事故ですね」
「そう思われますか」
「はい。この火災はどう見ても普通の火災ではありません」
「では一体」
「ちょっと待って下さい」
 彼はこう言うと右手を懐に入れた。
「今占ってみますので」
 そしてそこから一枚のタロットカードを取り出した。それを見た彼の顔が急激に曇っていった。
「やはり」
「何かあるのですか」
「その客船ですが」
「はい」
「どうやらよからぬものが取り憑いていたようです」
「取り憑く」
「そうです」
 速水は答えた。
「これを御覧下さい」
 そう言って艦長達にそのタロットカードを見せた。そこには一人の道化が描かれていた。何処かトランプのジョーカーに似ていた。
「それは」
「愚者の逆です」
「愚者の逆」
「しつこい相手につきまとわれている場合に出たりします」
「しつこい相手ですか」
「そう、この場合は人ならざる者です」
 彼はこう説明した。
「といいますと幽霊か何かで」
 航海長が尋ねてきた。海上自衛隊は海軍の頃からこうした話には事欠かない。事実江田島の幹部候補生学校、かっての海軍兵学校にはそうした話は山程ある。
「詳しいことはまだはっきりしませんが」
 速水は即答を避けた。
「そうですか」
「少なくとも怪しげな存在なのは事実でしょう」
「そうですか」
「詳しいことはこれから調べますが」
「はい」
「用心はして下さい。これからも色々と起こるでしょうから」
「わかりました」
 こうして士官室での話はとりあえずは終わった。速水は空いていた部屋の一室に案内された。


 
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