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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第六章


第六章

「ジュゼッペ=バスティアニーニです」
「バスティアニーニさんですか」
「実はこの名前がいたく気に入っておりまして」
「ええ、いい名前ですね」
 その理由は速水にはすぐにわかるものであった。
「かっての名バリトンと同じ名前ですからね」
「はい」
 エーリオット=バスティアニーニ。イタリアオペラの黄金時代と呼ばれた一九五〇年代に活躍したバリトン歌手である。美声と歌唱力、そして舞台映えのする美男子として人気を集めた。ヴェルディ中期の作品トロヴァトーレのルーナ伯爵等を得意としていたが若くして癌でこの世を去っている。夭折が惜しまれる歌手である。
「彼のことを思い出さずにはいられません」
「はい、ですから私はこの名前を大事にしております」
 そのバスティアニーニ氏は答えた。どうやら心からそう思っているらしい。
「そしてローマ警視庁では貴方のパートナーが待っています」
「私のですか」
「はい、同じ占い師で」
「イタリアの方ですよね」
「そうです。まずは御会い下さい」
「わかりました。それでは」
「まずは警視庁まで」
 二人はタクシーで警視庁まで向かった。そしてそこに辿り着くとすぐに二階のある部屋に案内された。イタリアの警察署はやはりと言うべきか日本のそれに比べて感じが明るいように思えた。だが警察は警察なのでやはり堅苦しいものがあるのは変わらなかった。
「こちらです」
 バスティアニーニ氏はある部屋の前まで来て扉を開けた。
「こちらにその方がおられます」
「そうですか。それでは」
 速水は彼に案内されて部屋に入った。するとそこには波がかった長い黒髪に猫のそれに似た黒い瞳を持つ細面の妙齢の女がいた。赤いシャツの上から黒い上着を着ていた。
「はじめまして」
 その女性は奇麗なイタリア語で速水に挨拶をしてきた。
「アンジェレッタ=ダラゴーナです」
「アンジェレッタ=ダラゴーナさんですか」
 速水は名乗った彼女に流麗なイタリア語で返した。彼のイタリア語もまた彼女にひけをとらない見事なものであった。
「はじめまして。速水丈太郎といいます」
「お話は聞いておりますわ」
 次にアンジェレッタは部屋に入って来た速水に対してこう述べた。述べた後で目と口元で笑ってみせてきた。艶のある笑みと言えた。
「日本で有数のタロット占い師であり退魔師でもある方」
「有数かどうかはわかりませんが退魔師なのは事実です」
 速水もそれは認めた。
「そして貴女もまた」
「私のことは知っていますの」
「はい。イタリア、いえ欧州でも指折りの占い師」
「御名答」
 速水の言葉に笑って答える。
「そして白魔術師でもあられますね」
「ええ、私の魔術は白魔術です」
 アンジェレッタはにこりと笑って述べた。その表情から既に速水のことはよく知っていることがわかる。彼がどれだけ名が知られているかということであった。
「この格好からは黒魔術と思われるかも知れませんが」
「黒魔術師なら一人知り合いがいまして」
 速水はそれに返す。
「それで周りに漂っている気でわかるのですよ」
「気で、ですか」
「はい。貴女の気は白い」
 速水は言う。

 
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