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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第十一章


第十一章

「ここから馬車を出します」
「それで駅まで」
「はい、それでどうでしょうか」
「わかりました。では」
 アンジェレッタもそれで異論はなかった。
「参りましょう。ただそこから出て来るのは正確には馬車ではないですよね」
「ええ、まあ」
 速水はその言葉に答えた。
「チャリオットです」
「面白いですね。乗ったことはないのですよ」
「乗り心地はお世辞にもいいとは言えませんが」
 速水は苦笑いで以ってそれに返した。
「ただ。そう言っていられる状況でもありませんので」
「そうですね。それでは」
「参りましょう」
「はい」
 二人は署を出てすぐにチャリオットを出した。そしてそれに乗り一直線にテルミニ駅に向かうのであった。
 テルミニとはイタリア語で終わりという意味である。すなわちターミナル駅というわけである。ローマの玄関口でありここから道ははじまる。全ての道はローマに通ずと言われているがそのはじまりがここなのである。またディクレティアヌス帝のテルメ、つまり公共浴場から名付けられたという説もある。
 二人はチャリオットでその駅に辿り着いた。今は真夜中なので誰もいはしない。二人で話や打ち合わせ、捜査をはじめている間に時間が過ぎてしまっていたのだ。昼には賑やかな駅も今では無人であった。
「確かこの辺りですね」
「そうですね」
 二人はチャリオットから降りて辺りを見回しはじめた。やがてあの仰向けに転がっている遺体にあたった。
「これですね」
「そうですね。ほら」
 見ればその遺体の上にカードが浮かんでいた。速水のタロットのカードであった。小アルカナのカードのうちの一枚であった。
「これは僕のカードです」
「ではこの死体で間違いないですね」
「それに何より」
 速水は遺体を見下ろしていた。外見は何の異変もなかった。
「この死体には」
「ええ」
 これが何よりの証拠であった。遺体には影がなかったのだ。
「影を奪われたことにより魂を奪われたのでしょうかね」
 速水は自身の唇に己の右の人差し指の腹を当てながら述べた。右目は何かを推理しているといったふうに知的に輝いていた。
「魂をですか」
「影はもう一つの自分ですから」
「それを奪われるとなると」
「死んでしまいます。影はそれ程重要なのです」
「そういうことだったのですか」
「はい、私はそう考えます」
 彼は答える。
「では今までの犠牲者は」
「今の彼と同じく魂を奪われたのだと思います」
「ではあの少女は」
「悪魔だと考えられるのですか?」
「違うのですか?」
 アンジェレッタの考えはキリスト教の考えであった。これはやはり彼女がカトリックのお膝元であるローマにいるせいであろうか。イタリアは言うまでもなくカトリックの国である。
「これは悪魔の仕業では」
「いえ、私はそうは思いません」
 これは速水の考えであった。彼はキリスト教徒ではない。だから悪魔であるとの可能性は考慮には入れてもそれに凝り固まってはいないのである。これがいいことか悪いことかは全く別の問題としてだ。
「これはむしろ」
「何だと思われますか?」
「魔性の存在には違いありませんが悪魔というよりは死神です」
「死神ですか」
「それも悪しき死神ですね」
 彼はあえてこうした表現を使ってきた。やはり言葉を慎重に選んでいる。
「死神にも普通の死神と悪しき死神がいまして」
「確かにそれはありますね」
 それはアンジェレッタも知っているようであった。速水の言葉に応えて頷く。
「これは」
「だから影が消えている」
「魂を刈ったから」
 速水の言葉が凄みを増していく。
「まさしく魔性の存在の所業ですね」
「そうですね。やはりそうなりますか」
「ええ。それもかなり力が強い」
 速水はここでまた懐から一枚のカードを出した。それもまたタロットのカードである。大アルカナのうちの一枚であるらしいことは直感でわかった。
「やはり」
「そのカードは・・・・・・そうですか」
 アンジェレッタはそのカードを見て納得した。彼が出したカードは死神であったからだ。まさにそれそのものであった。
「どうやら。間違いありませんね」
「彼女はおそらく自身の姿を囮にしているのでしょう」
「少女の姿を」
「この国にも少女を狙う者はいますよね」
「残念なことに」 
 アンジェレッタの言葉は歯切れの悪いものであった。
「それは否定出来ません」
「やはり。そうした輩もまたどの国にもいますから」
「彼女はそうした者の命を狙っているのでしょうか」
「そうでしょうね。間違いないかと」
 速水は述べた。

 
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