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皇太子ルードヴィヒの肖像

作者:菊池信輝
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黄金樹の跡

 
前書き
第二章です。 

 
「ロルフがおかしな貧乏貴族と付き合っているらしい」
 その噂は、ロルフの友人たちの間で瞬く間に広まった。
 そして別の場所では別の話題が広まっていた。
 「若い者が何やら探検ごっこをしているとか」
 隠退した老貴族にとって、オーディンは格好の隠居先だった。
 特に旧帝国から生き残った古い家柄の貴族にとっては、もう数十年にわたって再開発など行われておらず、帝国暦400年代末期のままに時間を止めたオーディンはフェザーンの郊外よりも遥かに居心地良く余生を過ごせる場所だった。
 ブラウンシュバイク侯爵夫人エリザベートもそんな老貴族の一人である。
 リップシュタット戦役で一旦は断絶したブラウンシュバイク家であったが、アレクサンデル・ジークフリード帝が即位すると恩赦によって──ゴールデンバウム家再興を企てる輩を分散させ、その勢力が結集することを防ぐ狙いあってのことでもあるが──再興を許され、エリザベートと母は流刑地からオーディンへ戻った。
 爵位は侯爵に下げられ、与えられた所領も序列百五十位級の男爵が与えられる程度のささやかなものであったが、流刑地で朽ち果てることに比べれば望外の幸福と言え、エリザベートに不満はなかった。
 往時に比べればごくつつましい応接室で歓談する老夫人と客を見下ろしているのは、獅子帝ラインハルトと先代ブラウンシュバイク公オットー、先々代ヨアヒム、そしてゴールデンバウム王朝の軍服を着けたアンスバッハ准将の肖像画である。
 ブラウンシュバイク家が再興を許された理由の一つは、この不遇な名臣の存在であった。
 最後の最後まで主君に忠誠を尽くし、事成らずとなった時には潔く主の後を追ったアンスバッハの家は、断絶させられることなく存続を許された。それは獅子帝ラインハルトがアンスバッハの行為に主君の醜態と対照的な美を見出した結果であったが、結果として主家をも救うことになったのである。
 ローエングラム王朝の創業に協力した功臣たちはほとんどが下級貴族、平民の出身であったが、例外もいくつか存在する。
 「沈黙提督」ことエルンスト・フォン・アイゼナッハは正規軍での軍歴が長いため無視されがちであるが、侯爵の爵位を有するれっきとした貴族であり、ブラウンシュバイク一門とも無関係ではなかった。
 バーミリオン会戦での失態の後、長く後方勤務を務め、第五代の軍務尚書となったイザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼンは先先代のブラウンシュバイク公の縁者であるトゥルナイゼン伯爵家の出身である。
 そうした縁故からリップシュタット戦役後行き場を失ったブラウンシュバイク家の家臣は両家に多くが引き取られていたが、アイゼナッハ家に寄食した中にアンスバッハの嫡男グレゴールがいた。
 グレゴールは新たな主君のもとにあっても旧主の恩顧を忘れず、主君に願い出て流刑地にあったエリザベートと母に私費で援助を行い続けた。やがてグレゴールのこの行動はラインハルトの知るところとなり、彼は尋問を受ける身となったが、彼は堂々と旧主から受けた恩を主張して悪びれなかった。シュトライト少将や軍務省の官房長であったフェルナー准将も彼に叛意があってのことでないと弁護したため、量が僅少であったことも幸いしグレゴールは許され、のちエリザベートと母が恩赦を受ける布石ともなったのである。
 「父親といいシュトライトといい、なかなかどうして部下からの人望はあったようだな。一介の地方貴族ででもありさえすれば、あのような末路を辿ることはなかったのだろうか」
 晩年のラインハルトがそう呟いたことがあったという。
 その発言が真実かどうか、確かめる術はない。
 肖像画のラインハルトが蘇ってくることがあったとしても、答えることがあるであろうか。
 ともあれ、ブラウンシュバイク家の人々はアルフレット・ブルーノの「アルフレットらしい」「ブルーノらしい」精力的な活動を話題に談笑する平和を取り戻していた。
 「ルードヴィヒ殿下の足跡を訪ねて回っておるとか。いやはや奇特な、奇特な」
 「その話、聞きましたぞ聞きましたぞ。平民の学者のように大汗をかいて調べ回っておるとかおらぬとか」
 「若きことは羨ましきことじゃ。ほんに」
 エリザベートは扇で口許を覆うと、懐かしげに微笑んだ。
 幼いころに何度か会ったことのある伯父の姿が鮮やかに蘇る。
 春の光に包まれた、温かな日々の思い出とともに。
 春の光はやがて夏の光を、緑の森をそして泉の照り返しを、泉のほとりにくつろぐ二頭の獅子をも想起させたが、不快ではなかった。
 『なんと華やかな、華麗なひととき。何と華麗な者たちであったことか』
 幼き日のマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーがこの場にいたら恋仇の存在を察してむくれたかもしれぬ。
 そんな艶やかな陶酔から覚めると、エリザベートは家令に問うた。
 「その者、なんと申したか。巷で流行りの画家と知己だそうじゃな」
 「は」
 「会うてみたい。連れて参れ」
 そして、過去の領域から歯車は回り始めた。
 
  
 

 
後書き
気がつけばエリザベート様には冷酷になれなくなっているパス伝でした。
 
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