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『ステーキ』

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「あの、『国境』ってやつ。海のシーンあるから、巨乳だよ! 巨乳に水着だよ! 揺らさなきゃ。揺らさなきゃ!」
 竹蔵くん。光があたったら、こんな風になった。
「あのさ、『国境』はさ、幸せをはぎ取られた人間を描いてよ。主人公、女の子でいいから。幸せをはぎ取られて、世界と自分の境目を知る感じで」
「それは、真面目に書くけどさ」
「人間の怒りを、テーマに」
「怒り?」
「うん、怒りって、自分が正しくないと出ないだろ? 自分が正しいって思う人、よく怒るだろ? でも、自分のすべてが正しいとは思えないだろ? でも、自分の正しい部分、広げたいよね。広げるためには、正しくない事もしなくちゃいけないよね? 自分の正しくない部分も使ってさ。そのうち、正しくない部分も、正しい事を促すためだから、正義の一部になるよね? そうして築かれた正義を、いつかは脱がなきゃいけない、というストーリーで」
「それ、『国境』ってやつにあった? 面白いけど」
「じゃぁ、『羊飼い』も入れて」
 海辺で、おっぱいゆらゆら。いいな。権力に遊ばれて、捨てられて、寂しくおっぱいゆらゆら。
 竹蔵くんは、「事務所の女の子は駄目だ」と言う。甘やかされて腐っているそうだ。何故だか知らないけど、そう言うんだ。「それじゃ、社長が納得しないだろう」と言うと、「大丈夫、その子を紹介すればいいんだから」と言う。「面接? オーディション?」と僕が訊くと、「ネットにそういうサイトがあってさ、簡単なんだから。質は知らないけど」と答えた。「分ったよ」
 竹蔵くん。何も決まってないうちに、オーディションをしたら、その娘を早速たべてしまった。堕ちていった。そして消えてしまった。

雪が解ける
春がもうあたりまえに
振り返る
通り過ぎるべき冬は
時を縮めるのかも

 吉之は、自主映画の俳優募集に、
「初めてです。自分の写真、貼っておきます」とメールした。不思議と、「自分でいいのか?」という疑問は浮かばなかった。映画を撮るなら、現場に行って、かまえずさらけ出そうと。
 吉之はどもっていた。頭の上に『ビリビリ』があったから。それは目の前の女の子にひどい侮蔑を投げかけていたから。この娘と、ずっと一緒にいたら、『ビリビリ』に負けそうだ、と思った。すべからく、みんなカメラの前で照れていた。真実じゃない告白に、「出来ないよ」と怒り、「楽しくやろうよ」と腹を立て、人間関係にひびが入っていた。
 吉之は考えていた。「真実じゃないのが映画?」「いや、日常が削り取ってしまう、この真実らしきものが映画?」この現場にまとわりつく空気。これは本物の人間関係じゃないか。このギュッと濃密な世界は、日常で捨てられた、様々な想いの集結だわな。
「よく分らないけど。ここを通り過ぎると、いい事あるよ」監督にそう言った。
 二つ目の現場で気がついた。
「自分の意思に関わらず、映像には意味がある」
 自分の意識に反応して『ビリビリ』が動くから、それに逆らっていきんだり、時に言う事を聞いて、演出に口をだしたりして闘った。吉之の中で、意識と『ビリビリ』の乖離が進んでゆく。
 三つ目の現場で、『ビリビリ』が人の間を移動する事を知った。ある人は大笑いし、ある人は唾を吐いた。またある人は病的な顔で、「好きです」と言わなければならなかった。監督はそれを、「リアル」と絶賛した。そして、『ビリビリ』を上手く使いこなす人がいたんだ。それはとても可愛い女の子だった。

 街ゆく人々の視線は柔らかく、やさしげ。もしかすると、それは、痛みをもたらさんとする物かも知れないけれど、この心に触れたとたん、己の力で発熱。人々の中にある、他人を侵さない、やわらかな所よ。それは時として全てで、時として陰に隠れる。未来に残るべき、それが、固くならぬよう、風よ吹きたまえ。激流の中では震えて波打つ、それを、邪魔者扱いはしないでくれ。それが死んでしまうと、私も死んでしまう。

彼女は名前を「翡翠」という。父親が考古学者で、元々は地味な石器時代を研究していたらしい。それが、母親が彼女を身ごもって、何故か古墳から出土した「翡翠」に惹かれたのだそうだ。それまで、きらびやかな装飾品に飛びつく連中を軽蔑していたのに。彼女は、「お父さんを変えたのよ!」と、笑って話してくれた。
「ねえ、花火大会行かない? どこの? 内緒。いや、豊平川の」吉之の目は半開き。何かが乗っかっているのだろうか。よい返事を受けて、空気が軽くなった。濁ってはいないけれど、ぼやけた意識だった。それが彼女に全部、吸い取られていった。吉之は快活に、「ありがとう!」と言った。彼女の中ので、このぼやけた空気はどんな風になっちまっているのだろう? 

 浴衣を着た彼女は、胸のふくらみを抑えられて清そ。昔の日本人男性は、初夜のとき、着物を脱いだ女性の体が美しかったら、どれほど喜んだのだろう。そして僕はイスラムを想った。頭の上で観覧車が炎を上げて、気狂いのように回っている。その下で、恋が静かにそれを見ている。
 風が無いから、空に煙があって、そこへ海蛇のように、クネクネと快活に、しかし億くうそうに玉が上がる。光と音がシンクロしないで届く。この誤差がたまらないよね。
「ねえ、吉之さん。頭の中に、何がある?」と、彼女が訊いた。僕は意識の遠い所から、セックスが飛んできたから、びっくりした。彼女は笑っていた。手を握った。大きな花火が上がるたび、手を強く握られた。とても楽しい。
「スターマイン」のアナウスがあった。
「ああ! スターマイン!」と彼女が言った。
 空から光の粒、降りてきて意識に触れる。心の奥から喜びが、それを迎えに行った。
 
 

 
後書き
終わり。 
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