扇言葉
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第五章
そのうえでリーザのドレスとセットになっている二の腕まで完全に覆った手袋に包まれた右手を取った、そうしてだった。
「ではマドモアゼル、今から」
「宜しくお願いします」
リーザも微笑んで応える、そうしてだった。
二人の関係がはじまった、リーザは時折扇言葉を入れてそのうえでアイルマンとの時を楽しんだ、その中でだった。
二人でペテルブルグの街を歩いたりもした。極寒だが西洋調の白の中にオレンジや赤もある石の街の中を共に歩きながら。
リーザはアイルマンに微笑んでこう言った。
「いいですね、こうしていますと」
「楽しいですね」
「落ち着きます」
そうなるというのだ。
「心から。それでなのですが」
「今から船に乗りますか?」
アイルマンはリーザが運河を見たのを認めてこう提案した。運河の中には船がありそれが橋を潜って街の中を行き来している。
「そうされますか?」
「はい」
リーザも微笑んでアイルマンが察してくれたそのことに乗った。
「今私が言おうとしていたことです」
「それでは」
「船もまたいいものですね」
初老の男達が舟遊びをしていた、ボートに乗りその中で酒盛りをしている。
「のどかに揺られて」
「趣きがありますね」
「それでと思いまして」
「では今から」
「お願いします」
こう話してそうしてだった。
二人は運河の岸辺に向かいそこからボートに乗った、アイルマンがそれぞれの手で漕ぐ。その中でだった。
リーザは向かい側にいる彼を見ながらだった、ここでも扇を出して。
顔を上向きにして胸の位置に置いた、その意味は。
「昼も夜もですか」
「はい、今はです」
想っているというのだ。
「そうなっています」
「そうですか」
「それでなのですが」
その扇を口元に当ててアイルマンに言った。
「宜しいでしょうか」
「あの、ですが」
「お願いします」
頬を赤らめさせてアイルマンに言っていく。
「是非」
「そこまで仰るのなら」
アイルマンも遂にという感じで頷いた、そしてだった。
ボートを橋の下の端に止めた、そこでボートを止めて。
それからリーザに近寄り彼女を抱き締めてだった。
唇と唇を重ね合わせる、ほんの一瞬の筈だが永遠に思えたその時が終わってから。
その間目を閉じていたが終わって暫くしてからその目をゆっくりと開いたリーザに言った。
「はじめてでしたね」
「はい、こうして唇を重ね合わせることは」
リーザは微笑みやや俯いていた、その頬は赤らんでいる。
「はじめてでしたね」
「私は」
アイルマンは既に経験があった、だがリーザはだった。
「このことは一生忘れません」
「そうしてくれますか」
「それでなのですが」
リーザは顔を上げた、そして言うことは。
「今度、時間があれば」
「その時は」
「私の家にいらして下さい」
アイルマンのその顔を見ての言葉だった。
「そうして下さいますか?」
「それは」
扇を開いて顔の横を通らせた、それは。
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