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星の輝き

作者:霊亀
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第1局

 進藤ヒカルは目の前の囲碁サロンの入り口を、感慨深げな目で眺めていた。
ヒカルにとっては、なつかしく、そして初めての場所。
小学校6年生のヒカルの顔は、とても子供の表情には見えなかった。
そんなヒカルの横顔に見とれていた藤崎あかりに、ヒカルが振り返る。
「さ、あかりのデビュー戦だな。」
その表情はいつの間にか、何かいたずらを企んでいるかのような笑みが浮かんでいた。
「もぉー、ヒカルったら面白がって…。でも、ほんとに私でいいの?さっき入っていったのが、ヒカルがずっと話してた、塔矢アキラ君なんだよね。」
「ああ、そのことはもう散々話したろ。さすがに今の俺達がいきなり打つのはな。それより、気合入れろよ、塔矢は強いからな。」
―そうですよ、あかりは私達以外と打つのは初めてなんですから、今は他のことは考えないでいきましょう。でも、どーしてもというのでしたらいつでも私が代わりますからね。
「こら、佐為、お前はとりあえず人前で打つのは禁止だって約束しただろ。」
―いえ、これは私が打ちたいのではなくてですね、その、あかりの緊張をほぐすためですよ。
「ほんとかぁー?まったく、いつもとは違うんだから、うっかり口を挟んだりするなよ。」
―私がそんなことするわけないじゃないですか!うっかりだなんて、ヒカルじゃあるまいし!
「なんだとー。」
そんないつもの二人のやり取りを眺めるうちに、あかりにも笑顔が浮かんでいた。

 入り口をくぐると、中は年配の老人達でにぎわっていた。
その様子を懐かしむヒカルと、圧倒されるあかり。そんな二人に横から声がかかった。
「あら、こんにちは、どうぞ。」
ずいぶんかわいらしいカップルが来たわねぇと思いながら、受付の市河晴美は入ってきた子供達に声をかけた。
「名前書いてくださいね。ここは初めて?」
「あ、今日打つのはこいつね。俺以外と打ったことがないんで、碁会所デビューなんだ。ほら、あかり、名前だってさ。」
「あ、うん。」
呼ばれたあかりは、どきどきしながら名前を書いた。
 そんなあかりを横に、ヒカルは奥を覗き込み、彼がいるのを改めて確認した。
―あの少年なんですね。
―ああ、あいつが塔矢アキラさ。んじゃ、作戦開始するか。

「棋力はどれくらい?」
「え、棋力ってどうしたらいいの、ヒカル。えーと、いつもヒカルには五子で打ってもらうんですけど。」
 奥を覗き込むヒカルの袖を引っ張るあかりの様子に、聞いた市河は思わず笑みを浮かべてしまった。
―あらら、棋力もわからないって、ほんとに碁会所は始めてみたいね。しかも、友達相手に五子か、思いっきり初心者かな。
 そんな女性陣二人をよそに、
「あ、子供いるじゃん!」
ヒカルはアキラを指差した。
「え…、ボク?」
 突然指差された塔矢アキラは、戸惑いながらも立ち上がった。
「あいつと打てる?」
ヒカルの無邪気な問いかけに、市河は、
「あ、うーん、あの子は…。」
―え、いくらなんでも初心者がいきなりアキラくんはないでしょ、困ったな。
「対局相手さがしてるの?いいよ、ボク打つよ。」
「アキラくん、でもこの子…。」
戸惑いながらもやんわりさえぎろうとする市河の言葉をヒカルが邪魔をした。
「あ、俺じゃなくてこいつね。ラッキーだな、子供がいて!やっぱ年寄り相手じゃもりあがんねーもんな!」
ヒカルのぶしつけな発言に、近くの老人達がむっとした態度を見せるが、ヒカルはまったく気がついていなかった。
「奥へ行こうか、ボクは塔矢アキラ。」
「オレは進藤ヒカル、んでこいつが藤崎あかり、六年生だ。」
「藤崎あかりです。」
「あ、ボクも六年だよ。」
 そんなヒカル達を市河が呼び止めた。
「君達、ちょっと待った!お金がまだよ。」
「あ、そっか、お金がいるんだ。」
「ちょっと、ヒカル、そんなの聞いてないよ。」
「子どもは五百円だから、二人で千円!」
「せ…千円……、あったかな。」
「どーするのヒカル、私お金持ってきてないよ。」
慌てる二人の様子を見て、アキラが口を挟んだ。
「ここ初めてなんでしょ。市河さん今日はサービスしてあげてよ。」
「やーーん、アキラくんがそう言うなら…。」
アキラのお願いに市河さんの許可が出て、ほっとするヒカルとあかりだった。
―あー、そうだった、前の時も塔矢のおかげで助かったんだったな、すっかり忘れてた。
―ほんとにヒカルは忘れっぽいんですから。
佐為にも注意をされるヒカルだった。

「棋力はどれくらい?」
席に着いたあかりに、アキラが声をかけた。
「ヒカル、どうすればいい?」
「そうだな、ま、初対局だし、三子で打ってもらえよ。」
「え、三子でいいの?」
思わずそう声を上げてしまったアキラに、
「お前と同い年じゃん、あかりも。これでもそれなりには強いんだぜ。そんなもんでいいだろ。」
と、不安げなあかりを差し置いて、澄まし顔で答えるヒカル。
そんなヒカルに、
「え?うん…、まァそうだね。」
と、アキラは照れくさそうに答えた。
後ろの席でそのやり取りを聞いていた老人は、
「塔矢アキラに三子か、とんでもない子供たちだな…。」
と、苦笑していた。
「いいよ、じゃあ、石を三つおいて。」
「あ、はい、よろしくおねがいします。」
「よろしくお願いします。」
そうして、あかりとアキラの対局は始まった。

 アキラの石の打ち方はピシッと筋が通っていて綺麗だった。それに対するあかりも、対局前のおどおどした様子はなくなっていた。
―石の持ち方は案外さまになっているし、石の筋はしっかりしている。それなりに強いと言われるだけはある。
あかりの打つ様子を見つつ、アキラは盤面を考えていた。
―いやしかし、それにしても。これはそれなりってレベルじゃない。ボクの打ち込みにも動じないし…。いや、動じないどころか、かろやかにかわされている?ボクが局面をリードしきれない。
―こんな子供がいるんだ。
置き碁とはいえ、久々の強敵相手に、アキラの心は躍っていた。

 残りは小寄せのみの局面になり、それまで横でじっと見ていたヒカルが声をかけた。
「ここまでだな、あかり、ちゃんと数えてるか?」
「…うん、2目足りない。」
あかりは悔しそうにつぶやいた。
「すごいね、ちゃんと終局まで読めてるんだ。」
思わずアキラも声をあげた。
「びっくりした、ずいぶん強いんだね。途中、悪手もなかったし、ボクも本気になったよ。」
アキラ自身、三子の置き碁でここまで本気で打ったのは久々だった。普段置き碁では指導碁を打つのだが、そんな手加減ができる相手ではなかった。
「ああ、大体はよかったんだけどな。」
そういってヒカルが盤面を指差した。
「あかり、ここの当たりを打たれたところで、ついだよな。」
「うん。そこは手を抜けないって思って。」
「ここは、その前に、こっちをハネておくべきだったな。」
「「あ!」」
ヒカルのその指摘に、二人の声がそろった。
「そうか、そのタイミングだと、切れないからはみ出される…。」
「うーん、そんな手があったんだー、全然気がつかなかったよ。」
ヒカルの指摘に戦慄するアキラと、悔しそうなあかり。
「ま、その後の展開も難しいところだけどな。でも、なかなかいい碁だったぜ!」
そうにっこり笑うヒカルに、あかりは照れくさそうに微笑んだ。
「あ、イケネ、もうこんな時間だ、あかり、ほら、帰らなきゃ。」
ヒカルは、唐突にそうあかりをせかしだした。わざとらしい目線を送りながら。
「あ、そ、そうだったね。ごめん、塔矢君、石片付けるね。」
「…あ、ボクがするからそのままでいいよ。」
アキラは上の空でそう答えた。盤面の指摘を考えるのに必死で、他は上の空だった。

 ふとアキラが気がついた時、目の前の席には白いスーツに眼鏡をかけた、鋭い顔立ちの青年が腰をかけて碁盤を眺めていた。
「緒方さん。あれ、さっきの子達は…。」
「もう、さっき帰ったわよ、アキラくん。打ってくれてありがとうって言ってたわよ。」
そう言いながら、市河がお茶を持ってきた。
「はい、緒方さん。で、ずいぶん熱心に眺めてるけど、あの子どうだったの?」
「…強かったです。」
「あの子?相手は子どもなのか?」
そう尋ねる緒方に、市河が、
「アキラくんと同い年って言ってたわね。今日が碁会所デビューなんですって。かわいい女の子でしたよ。」
「碁会所デビュー…、たいしたもんだ。塔矢アキラ相手に三子でここまで打てるとはな。」
「え、アキラくんに三子?嘘!アキラくん勝ったのよね。」
「ええ、一応2目勝ってます…。」
そのやり取りを聞いて、周囲の客たちも集まってきた。
「え、アキラ先生に三子で2目負けですか!そりゃすごい!」
「アキラくんはプロに近い実力なんだぜ、それに三子で2目!。」
「かわいい女の子にしか見えなかったけどねえ。あれ、最後まで打ち切ってないんだ。」
「2目差で打ち切らないって珍しいですね。」
そんな周囲の問いに、アキラが答えた。
「あの子達が最後まで読みきったので、ここまでになりました。」
「ええっ!ここで読みきり!ちょっと、北島さんわかります?」
「…いや、盤面互角にしか見えないな…。」
アキラの答えに、周囲の老人達はますますざわついた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、三子ってホントなの、アキラくん。だってあの子、いつも一緒にいた男の子と五子で打ってもらってるって言ってたのよ!」
アキラは一瞬何を言われたのかわからなかった。市河の言葉の意味を理解したとたん、思わず立ち上がり、盤面を呆然と眺めた。
 そんなアキラの様子をよそに、緒方がつぶやいた。
「この相手に五子か…。単純に計算すると、アキラくんより強いってことになるか。」
「いや、なに言ってるんですか緒方さん、アキラ先生は指導碁でしょう。」
「そうそう、アキラくんより強い子どもなんかいるわけありませんよ。」
碁会所のざわめきは、しばらく続くこととなった。 
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