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無明のささやき

作者:ミジンコ
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第十九章

 佐久間は築地に建設中のビルを指定してきた。勝鬨橋の手前からそのビルが見えてきた。車をゆっくりと近づけてゆく。ニシノコーポレーションの看板が鋼鉄の塀に掲げられている。地下2階地上18階、剥き出しのコンクリートの塊が暗い夜空に聳えていた。
 工事関係者の入り口のドアを押した。鍵はかかっていない。所々に裸電球が灯され、薄暗闇の中、地下への階段が数メートル先に見える。佐久間の指示はそこから地下二階の駐車場スペースまで下りてこいということだった。
 飯島は拳銃の安全装置を外し、ゆっくりと階段に向かった。一階からさらに二階の踊り場まで進むと、鉄扉が開けられているのが見えた。既に佐久間等は準備万端整っているようだ。そこから入って来いということらしい。
 半開きのドアに触れずに擦りぬけた。駐車場は真っ暗で、非常口のグリーンの明かりが左前方に見える。しばらく進むと後でドアがバタンと閉められた。じっとして暗闇に目を慣らした。後から足音がして、飯島の5メートル横を足早に歩いてゆく。
 果たして向田は、その後も竹内と佐久間に協力しているのだろうか?そこが問題だった。香織をを通じて向田に圧力を掛けておいた。竹内は左肩負傷、佐久間は少なくともまともに歩ける状態ではないのだから付け入るとすればその点だろう。しかし、向田が奴等に加わっているとすれば、飯島に勝機はない。どうあがいたところで、殺されるだろう。その時は、その時と、腹を括るしかないかもしれない。
 ぼーっとした暗闇に、濃い影が浮かび上がった。10メートルほど先に高さ3メートルほどの脚立が置かれている。その上に章子らしい人影が見える。ぶるぶると震えているようだ。首にロープが巻かれ、ロープは天上まで伸びている。
突然、飯島はサーチライトの強烈な光に照らし出された。一瞬、暗闇に慣れた目が再び視力を失った。手をかざして光の方をみると、佐久間らしき男がサーチライトの後から姿を現し、脚立に近付いて、その横に立った。佐久間の声が倉庫全体に響いた。
「飯島君、誉めてやるよ。愛する女のために犠牲になる。見上げた根性だ。以前からお前のその根性を評価していた。しかし、それが命取りになったな。」
飯島は、目を瞬かせ目の回復を待った。ちらり章子の様子を窺がった。ガムテープで口を塞がれ、後ろ手に縛られている。逆光でよく見えないが、すがるような視線を飯島に向けているようだ。飯島は心の中で謝った。君を巻き込む気などなかったのだ。
 飯島はゆっくりと佐久間に近付いて3メートル前で立ち止まった。佐久間の手には拳銃が握られ、その銃口は飯島の顔に向けられている。
「さあ、手に持っている拳銃を渡すんだ。」
飯島は銃をくるりと回して握りを前に向けた。佐久間はゆっくりと近づきそれをむしりとって、尻のポケットにねじ込んだ。そしてゆっくりと後退してゆく。
「それでいい、飯島君。それでこそ男だ。彰子は既に覚悟を決めている。さあ、ショウの始まりだ。高みの見物としゃれ込んでくれ。」
飯島は、はっとして章子を見上げた。佐久間がしゃがみこみ何かのスイッチを入れた。モーターの音、そして鎖の擦れ合う音。その時、大きな音を立てて脚立が倒れた。飯島の口から悲鳴とも怒声ともとれる声が漏れた。
「佐久間、なんていうことをする。止めろー」
章子の体が左右に揺れている。何度も何度も体を蠢かせ、そして最後には動かなくなった。怒りで飯島の体はぶるぶると震えた。絶望が胸を締め付け、憎悪が体中を駆け巡る。両手を組んで、震える指先を押さえ込んだ。冷ややかな佐久間の声が響いた。
「あの時、言ったはずだぞ。俺を殺さなかったことを後悔させてやるとな。またしてもお前は、判断をミスった。あの時、俺を殺してさえいれば、章子も死なずにすんだのだ。」
飯島は狂った佐久間の言葉など無視し、怒りを押し殺しながら言った。
「何故、和子を殺した?あいつは俺と離婚していた。俺とは何も関係なかった。」
一呼吸して叫んだ。
「何故、章子を殺した?いいか、愛子ちゃんはお前の子供だ。その母親をお前は手にかけた。狂ってる。」
佐久間がせせら笑いながら答えた。
「飯島君、俺は君に地獄を見せたかった。和子さんと別れてからも、君は家で和子、和子と呼び続けた。君の悲しみは、いずれ時間が解決しただろう。だから、時間が経たないうちに、和子をこの世から抹殺してやった。それに愛子がお前の子供だと言う証拠も揃っている。お前の寝言など聞く耳を持たない。」
飯島が怒りに震えながら叫んだ。
「この気違い野郎、てめえなんて地獄に落ちろ。たとえ殺されてもお前を地獄に引きづり込んでやる。」
にやりとして佐久間が怒鳴り返した。
「ふざけるな、この間男が。いいか、よく聞け、飯島。俺は今、地獄の真っ只中で生きている。あの世の地獄も楽しみにしているくらいだ。いいか、お前が俺に地獄を見せたんだ。お前は、俺の愛する者全てを奪った。愛子まで奪ったんだ。だからそれ相応の地獄をお前に見せてやった。」
飯島は言葉を失った。佐久間が悪魔に魂を売り渡していることを悟ったからだ。佐久間が、笑いながら叫んだ。
「さて、飯島君。私の協力者を紹介しよう。今回の章子誘拐の立役者だ。もっとも、西野家で、最初にお前を撃っていれば、こんな面倒なことはしないで済んだ。だが、西野会長の言葉についかっとなってしまった。」
ふと、遠い目をしてため息をついた。そして呟いた。
「まったくあんな奴に身も心も捧げてきたなんてお笑い種だ。しかし、南が俺のことをカタツムリと言って馬鹿にした訳か漸く分かったよ。全く。」
自嘲するように顔を歪めると、叫んだ。
「おい、出て来い。」
サーチライトの光の陰から一人の男がおずおずと顔を出した。強烈な光が竹内の脂ぎった顔を浮かびあがらせた。竹内は拳銃を携えながら、ぼそっと言った。
「悪いな、飯島、こんなことになって。今の俺は金が全てだ。金のためなら何でもやる。」
飯島は憎憎しげに竹内を睨みつけた。そして言った。
「ふん、お前にぴったりの言葉じゃないか。そう、お前には金しかない。金でしか何物も得られない。そんなつまらん男だ。」
「俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。泣きを見るのはお前なんだよ。それをこれから分からせてやる。」
「ああ、結構。分からせてくれ。もう覚悟は出来ている。」
そう言った直後、飯島の脳裏に、ふとある疑問が浮かんだ。それを聞いた。
「おい、竹内、一体全体、何故、南がお前等の協力者になったんだ?」
佐久間が怒鳴った。
「そんなことお前が知る必要はない。時間稼ぎしようとしても無駄だ。いえることは、こういうことだ。誰にでも魔が差す心の隙があるってことだ。」
どうやら、この疑問はあの世に行って南に聞くしかないようだ。飯島は冷静になるよう努めた。相手のペースに乗っていてはチャンスを作れない。それを崩すことだ。それには、例のものがぴったりだ。飯島は小声で佐久間に語りかけた。
「佐久間さん。電話で言った証拠がこの胸のポケットに入っている。さあ、これを受け取れ。」
佐久間の狂気に満ちた目が、一瞬正気に戻った。拳銃をむけたまま、飯島に近付き、革ジャンの内ポケットを探った。そして封筒を取り出した。
飯島は病院に精子を送って、診断書を郵送してもらった。人前で惨めな思いをしたくなかったからだ。だが、それがかえって良かった。そのぼろぼろの封書の中には八王子の総合病院、徳光病院の診断書が入っている。その信頼性は高い。
 佐久間が診断書に見入っている。頬がぴくぴくと小刻みに動きだした。次第に般若のような顔に変わっていった。佐久間は振りかえり、竹内に向かって叫んだ。
「いったい、これはどういうことだ。DNA鑑定では、愛子は飯島の子供だと判定された。しかし、この診断書は飯島を種無しと断定している。おい、竹内、これはどういう訳だ。」
一瞬、竹内の視線が揺れた。そして、さっと銃口を飯島から佐久間に変えた。そして怒鳴った。
「佐久間、動くな。左手の指先で拳銃をつまんで捨てろ。」
佐久間はお構いなしに拳銃を竹内に向けようとする。すかさず、竹内が叫んだ。
「真実が知りたくないのか、佐久間。言う通りにするんだ。そうすれば本当のことを教えてやる。」
佐久間は竹内を睨みつけながら、ゆっくりとした動作で拳銃を闇の中に放り投げた。竹内が笑いながら言った。
「おい、佐久間、ケツのポケットにしまった飯島の拳銃もよこすんだ。」
竹内は佐久間に近づき拳銃を抜き取った。竹内が顔を飯島に向け喋り始めた。
「佐久間は肝臓ガンで後半年も生きられない。佐久間は最初、飯島、お前を信用しきっていた。お前を保険金の受取人にするほどな。お前なら、その保険金を愛子が成人するまで上手く管理してくれると思ったからだ。今、愛子に金を残せば、章子が潤うだけだ。どうしても章子には渡したくなかった。」
その声は何故か弾んでいる。息使いも荒い。漸く主導権を握れた喜びで有頂天になっているようだ。飯島は、センターの食堂で、佐藤に白髪を抜かれたことを思い出した。
「つまり、お前がDNA鑑定でイカサマをやったのは、その保険金を自分のものにするためだった。愛子が俺の子供となれば、保険金は中に浮く。しかし、鑑定書を偽造するなら、何も、本物の俺の毛を使う必要はなかったはずだ。」
「ああ、そうだ。俺のでもよかった。しかし、もしかしたら佐久間の言うとおりかもしれないとも思ったのさ。もし、そうだったら鑑定書を偽造する手間を省ける。」
「なるほど、そして復讐を遂げるために佐久間はお前の助けが必要だった。そしてお前は、保険金の受け取り人になったというわけか。」
「まあ、当たらずとも遠からずってとこだ。佐久間の保険金は3億だ。これを手に入れるのにだいぶ頭を絞ったよ。最初にやったことは、佐久間にお前と章子がホテルに入るとことを見せてやることだった。」
飯島が唸った。
「ふざけやがって…」
「まったく、お前には悪いことしちまった。佐久間の最初の計画は、香織を強姦することと、そして石倉を捕らえて締め上げる程度のことだった。殺す予定はなかったんだ。だけど、お前と章子がホテルに入るのを見た途端、佐久間は、本格的に狂っちまった。」
「なんて奴だ、なんて卑劣な人間なんだ、貴様と言う奴は。」
「はっはっは、許せ、許せ、飯島、全ては金のためだ。お前の奥さんには気の毒したと思っているよ、俺もな、途中から、生贄に選ばれちまったんだから。でも、お前の奥さんを襲うのを手伝ったが、佐久間は、まだ俺を受取人にすることを渋っていた。」
飯島が怒鳴った。
「ふざけやがって、この野郎。許さんぞ、絶対に許さんからな。」
竹内はにやにや笑いながら言った。
「飯島、そう興奮するな。お前の悪い癖だ。話はまだ途中だ。DNA鑑定の結果を見て、佐久間はさらに本格的に狂っちまった。殺してやる、みんなして俺をコケにしやがって。みんな、ぶっ殺してやるって叫んでいたっけ。おかげで、狙った通り、佐久間は自分に掛けていた保険金を俺に差し出す気になった。」
そう言うと、満足げに頷きながら、佐久間を見た。佐久間の目は、屈辱と憎悪で赤く濁っていた。その目で竹内を睨んでいる。竹内はゆとりで応えた。
「そうそう、佐久間さんよ、あの鑑定書は偽物だ。実は、愛子はあんたの本当の子供だったわけ。はっはっはっは」
突然、佐久間が奇声を発して、竹内に飛び掛かった。銃弾は3発発射され、佐久間の胸のあたりを赤く染めた。佐久間の伸ばされたその手はとうとう竹内には届かなかった。ぼろ雑巾のように床に転がった。竹内が飯島に言った。
「そう驚くな。最初から、佐久間は俺が殺すことになっていた。それも佐久間の意思だ。その順番が少し狂っただけのこと。つまりこういうことだ。佐久間がお前を殴り殺す。その後、思いを遂げた佐久間を俺が冥土に送ってやる手筈だった。そして最後に、佐久間を撃った拳銃は、死体となったお前に握らせるという手順だ。」
「そんな子供だましのことで警察を騙せるものか。既に警察はお前が和子襲撃に加わったことも、ホテルで俺を銃撃した事実も掴んでいる。保険金を受け取れると思っているのなら甘い。」
「そんなに俺のこと、心配するなって。保険金の受取人は俺の妹だ。妹と俺は一心同体だ。とりあえず、妹は佐久間の内妻ということにしてある。それに、この胸には偽のパスポートも用意されている。大仕事の後だ。しばらく海外で休暇ってこと。向田がすべて用意してくれている。」
「やはり向田敦は仲間だったわけだ。」
「ふっふっふっふ、いいか、飯島。向田はなあ、腹違いの弟の兄貴分だ。腹違いの弟とは、ホテルで死んだ男のことだ。つまり向田も俺の協力者だ。奴は金さえ出せば、殺し屋の手配でも何でもやってくれる。」
一瞬、殺された和子を思い出し、かっとなったが、そんな感情を押し殺して、飯島は呆れ顔で言った。
「まいった、まいった。竹内さんよ、あんたがそんな悪党だなんて想像もしなかったよ。」
竹内は満足そうに微笑みを浮かべながら答えた。
「ああ、俺もびっくりしているくらいだ。もっとも、石倉をやる時は、膝ががくがく震えた。正一がいてくれて助かったよ。奴がいなければ、ああは上手くいかなかった。しかし、一度、壁を越えると後は楽なもんだ。そうそう、もう一人、あの殺しには協力者がいたんだ。誰だと思う。」
「ふん、そんなこと誰だって分かる。南だ。」
「そう南だ。南が石倉を殺しの現場まで来るよう、携帯に電話した。奴はタクシーを使って駆けつけた。俺がいるので不安そうにしていたが、南は後から来ると言うと奴も納得した。石倉は何の疑問も抱かず、西野社長を陥れ、南を社長に担ぎ出す嘘八百の俺の話にほくそえんでいたっけ。椅子に座って俺とカップ酒を飲んで話していたんだ。」
「その後から正一が縄を首に掛け、一気に吊り上げたってわけだ。」
「ぴんぽん。正解。最初、吊り上げられて、奴は何が起こったか分からなかった。目だけひん剥いていた。だが、佐久間が車椅子に乗って笑いながら姿を現すとすぐに了解した。その時の、奴の哀れな顔が忘れられない。本当に気の毒だったよ。」
と言って、声をあげて笑った。勝ち誇ったようなその顔は、竹内にとって一世一代の晴れ舞台のそれである。だらしなく口が開いた。
「そうそう、南の銃はちっとも当らなかっただろう。あれは空砲だ。あれで嚇しておいて、その後、安心しきったお前をホテルで襲う手はずだった。まさか南が事故を起こし、お前が代々木にぶっ飛んで行くとは思いもしなかった。しかし、何しに行ったんだ。」
「別に。ひさびさに会長のご尊顔を拝みたくなっただけだ。」
これを聞いて、またしても笑い転げた。そうしている間も竹内は相変わらず銃口を飯島の胸に向けている。何か良い方策はないものかと辺りを窺がった。
眩しいライトの光を遮るように手をかざして視線を落とすと、暗闇の中に、濃い黒い線が見えた。サーチライトの電源コードが、飯島の足元を這っているのだ。幸いサーチライトの光は飯島の上半身に向けられていて足元まで届いていない。左足でコードを押さえ、右足のつま先で持ち上げ、それを踝に巻きつけた。
飯島はいちかばちか、賭けに出ることにした。飯島はぎょっとして竹内の右後方に視線を向けて叫んだ。
「箕輪、やめろ、奴は銃を持っている。」
竹内は一瞬驚いて後を振り向いた。飯島はコードを右の踝に巻き付けたまま、佐久間が銃を放り投げたあたりに向かって飛んだ。
 竹内は振り返り、すぐさま引きがねを引いたが、銃弾は飯島の腰のあたりをかすめ床に当って弾けた。竹内が、ごろごろと転がる飯島を視線で追いながら、銃を構え直した時である。突然、サーチライトが竹内に向かって倒れてきた。
 咄嗟に体を引いてそれを避けた。ガチャンとガラスが弾ける音がして、サーチライトの光は消えた。暗闇が倉庫全体を覆った。竹内は銃を撃とうと身構えたが、強烈な光で目をやられ、しばらく動けなかった。
 飯島は体を回転させ壁際に逃れた。幸い、佐久間の拳銃は体を回転させている途中で背中に当った。運が良かったのだ。沈黙が暗闇を支配した。
 飯島は息を殺し、暗闇に目を慣らそうとするが、サーチライトの光りが瞼の裏にまだ残っている。瞼を閉じて残像が消えるのを待った。
最初に行動を起こしたのは竹内である。拳銃を闇雲に撃ちまくり、そのうちの一発がコンクリートの壁に弾けて飯島の耳を掠めた。しかし、カチッカチッという金属音が響き、銃弾は五発目で途絶えた。竹内の声が響く。
「ふ、ふ、ふ、銃火がちらりとお前の影を映し出した。」
 竹内は撃ち尽くした空のカートリッジを床に落とし、予備を装着した。銃を構えて最初に発砲した時だ。飯島はこの瞬間を待っていた。飯島は竹内の銃火の残像に向かって佐久間の銃を撃ち尽くした。カチ、カチという撃鉄の音が響く。
 竹内が倒れる音がした。飯島はゆっくりと近づいていった。暗闇に慣れた目に竹内の死体がぼんやりと浮かんだ。飯島は竹内の体を足で蹴った。ぴくりともしない。飯島は溜息をつき、へたり込んだ。ようやく全てが終わった。そう感じた。
 飯島はポケットから煙草を取り出し、火を点けた。深呼吸して煙を肺に送り込んだ。全てが終わったのだ。急に拳銃が重く感じられ、指の力を抜くとそれはぽとりと落ちた。みんな死んでしまった。和子も南も、そして佐久間も。飯島は深いため息をついた。
 突然、竹内の骸がむっくりと上体を起こした。飯島は目を見開き凝視した。咥えた煙草がぽとりと落ちた。竹内は両手で顔をごしごしと摩った。ポケットをまさぐり、ライトを取り出すと、自分の顔を照らした。そして飯島に向かってにやっと笑った。
 背筋に悪寒が走った。鳥肌が立った。どうなっているんだ。これは現実だろうか。あれだけ銃弾を浴びて生きているなんて信じられない。背後で音がした。ごそごそという音だ。恐怖で引き攣った顔をおずおずと後方に回した。
 竹内が飯島の背後にライトを向けた。その瞬間、飯島は悲鳴をあげそうになった。章子が飯島の後ろに立っていたのだ。飯島は、目を剥いて体を硬直させた。その瞬間、後頭部に鈍い痛みを感じた。
 
 
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