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苦い愛

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第三章

「妻は私がいない間に事故に遭ったのですから」
「それはありますね」
「そして何よりも自己満足です」
 その認識があるのも事実だというのだ。
「そうでしかありません、ですが」
「それでもですね」
「はい、私は妻と共にいます」
「そして奥さんはですね」
「私がいないと何も出来ないのです」
 言うのはこのことだった。
「その妻の世話をしていつも共にいることが」
「幸せですか」
「はい、妻に尽くせる」
 愛するその人にだというのだ。
「それが心から嬉しいのです」
「だから幸せなのですね」
「毎日あまり眠れず気が休まる暇もありません」
 それで疲れた顔なのだ、僕もそのことは紳士の顔からわかった。
「ですがそれがかえってです」
「そうですか」
「はい、今も満ち足りています」 
 その人と共の散歩もだというのだ。
「私は幸せです、それでは」
「散歩を続けられますね」
「そうします」
 こう笑顔で話してだった、そのうえで。
 紳士は奥さんを連れてそのうえで僕に一礼してそうしてだった。
 妻に顔を向けて幸せで染められた笑顔でこう言った。
「じゃあ行こう」
「何処に?」
「いつも歩く場所にね」
「それじゃあ」
 奥さんは少しだけ微笑んでそうしてだった。
 紳士に曳かれてそのうえでまた歩きはじめた、奥さんも僕に頭を下げてのうえで歩きはじめた。僕は静かにその姿を見送った。
 次の日僕はまた喫茶店にいた、いつも通りカウンターで紅茶を飲んでいると。
 右隣に紳士が来た、そして奥さんも。
 紳士は奥さんを自分の右隣に座らせてこう言った。
「こjのお店のものは美味しいので」
「だからですか」
「妻にも知ってもらいたくて」
 それでだというのだ。
「連れて来ました」
「そうですか」
「今から二人で」
 飲む、そうした話をしてだった。
 紳士は奥さんとコーヒーを飲む、奥さんは紳士がすくったスプーンで飲んでいる。紳士から見れば飲ませている。
 そうしながらそのうえで奥さんに尋ねていた。
「美味しいかい?」
「ええ・・・・・・」
「そう、ならいいよ」
 紳士は奥さんの返事に笑顔になる、そしてこうも言うのだった。
「じゃあこれからもこのお店に来ようね」
「うん」 
 奥さんは紳士の問いにこくりと頷く、紳士はその奥さんも見て笑顔になっている。僕はその二人を見て紅茶を飲んだ、そこにあるものを見ながら。
 今飲んでいる紅茶は何故かいつもと味が違っていた、普段より苦かった。その苦さを味わいながら飲んだ。


苦い愛   完


                  2013・2・1 
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