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予言なんてクソクラエ

作者:ミジンコ
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第十四章 地獄からのメッセージ

    (一)
 モニターから満のしわがれた声が響いていた。まるで地獄から聞こえて来るようだ。
「赤井次郎の相談は一週間前に家出した次女の行方だ。彼女は結婚を反対され家を出た。今、その次女の実体を捉えた。彼女は横浜の関内にある如月コーポ305号に若い男とベッドに寝ている。彼女の体内にもう一つの生命が宿っているのが見える。若い男の種である。」
教祖は握ったポケットレコーダーを口に近づけ質問する。
「分かりました。次に赤井の秘密、弱みもしくは不正な行いについてお教え下さい。」
レコーダーのマイクを満に向ける。
「もともと赤井次郎は利権政治屋で不正を上げればきりがないが、最も直近の不正は東京都発注の補助105号電線共同溝事業に関するもので、㈱早坂組から一千万円の賄賂を受け取っている。受け取った場所は赤坂の料亭、浜櫛屋。同席していたのは早坂組専務、早坂貢、代議士、坂部潤一郎である。そして次に直近の不正は広域河川改修事業・・・」
地獄からの声が次々と赤井の不正を述べてゆく。教祖は30分ほどで引き上げたが、片桐はモニターに映る満の邪気のない寝顔を呆然として眺めていた。この少年が全ての源だったのだ。あの恐ろしい予言も今目撃したようにあの小さな口から出ていたのだ。
 異常な出来事を目撃した者は、時としてその異常な出来事から目を逸らそうとする。今見ている実際の光景にさえ目をつぶり見えないと言う。しかし、片桐はそうした人間ではない。見たものを見たと言える人間なのだ。従って、説明しようのない不思議な出来事を事実として認めた。認めるには理性をかなぐり捨てねばならない。
 モニターに映る満を見続けていた。あれほど尊敬していた教祖が薄汚いペテン師であったことも忘れて見入った。教祖に対する憤懣のあらかたは異常なものを目撃した異常な興奮によって胡散霧消していた。
 片桐はふと我に返った。執務机に置かれたコーヒーカップが地震の揺れに合わせてカタカタと音をたてている。ゆっくりと腕を伸ばし、コーヒーカップを掴んだ。するとそれまでより激しく音をたてた。片桐の手が恐怖で震えていたのである。

    (二)
 雲間から顔をのぞかせた月がその淡い光を投げかけ、コンクリートの壁に凭れて佇む石井の長い脚を照らし出した。双眼鏡のレンズには6人の精悍な男達が正面玄関から出て行く姿が映し出されている。
 突然、大きく突き上げるような揺れがおこり、思わず壁から突き出した鉄筋につかまった。いよいよ来たかという思いで冷や汗を滲ませたが、揺れは短時間でおさまった。ひょいと龍二が姿を現した。
「今のは凄い揺れだったな。縦揺れだからとうとう来たかと思って覚悟したよ。」
「僕もです。本当にいよいよなんでしょうか。」
「俺は預言者じゃない。それより、屋上に隠しているものが何か分かったぞ。」
「いったい何でした。」
「ヘリコプターだ。アエロスパシャルAS350B、最大127ノットだから、時速240から250キロ。6人乗りで、航続距離740km。富良野まで一っ飛びってなわけにはいかないが、そうとう遠くまで行ける。」
「大災害発生の前に飛び立つ。そして地震が収束したら安全な場所に降り立つという寸法ですか。」
「まあ、そんなところだろう。とにかく教祖があのビルにいることは確かだ。恐らく満も一緒だろう。」
「ということは、やはり、あのビルに侵入するしかない。しかし、警備が厳重で入り込む隙もない。さっき昼間から詰めていた警備員全員が交代した。ってことは、警備は24時間体制ってことです。」
「つまり地下駐車場には絶対秘密がある。警察が見逃した何かだ。」
うーんと二人で唸った。腕組みして考えた。何かよい知恵はないものか。まてよ、と石井は思う。すっかり忘れ去れていた磯田薫の顔が突然浮かんだ。
「叔父さん、磯田さんに知恵を借りたらどうでしょうか。あの人、そうとう詳しく教祖の動向をつかんでいました。もしかしたら上手い方法を見つけたのかもしれません。」
「そうだ、あいつなら抜け道を探り出したかもしれん。早々に電話しろ。」
「でも、づっと留守電で返事もないって山口が言っていました。」
「よし、真治の携帯を貸せ。」
磯田の番号を押して携帯を渡すと、例のごとく音声が留守電話であることを告げている。苛苛としながら、龍二は出番を待っている。そしてピーという音とともに怒鳴った。
「この馬鹿野郎、すぐさまこの番号に電話してこい。いいか、よく聞け。もし電話してこなかったら、今度戻ってきても、絶対に事務所に入れんからな。よく覚えておけよ。」
携帯を切ると、にやりとして言った。
「あいつは間違いなく頻繁に留守電をチェックしている。そういう奴だ。すぐにでもかかってくるはずだ。どっちに転んでも生き抜くつもりだ。つまりゴキブリ野郎さ。」
そう言うと立ち上がりバックを肩にかけた。
「またどこかに行くんですか。」
「いや、家に帰る。女房が怖がっている。一人にしてはおけない。真治に付き合えるのもここまでだ。後は真治だけで五十嵐さんを何とか助け出せ。」
「ええ、そうします。すっかり叔母さんこと忘れていました。ここまでお付き合いいただきまして有難うございました。」
「おいおい、他人行儀なことは言うな。全てすんだらその五十嵐さんを家に連れてこい。一緒に一杯やろう。」
さっと背中を向けて歩き出した。今生の別れかもしれない。そんな思いが二人にはある。もう一度顔を見たいという思いを募らせたが、涙もろい龍二はそうした愁嘆場を常に避ける。龍二の気持ちを汲むしかない。声を掛けたい気持ちをぐっと抑えた。
 しかし、大事なことを思い出した。しかたなく、声をかけた。
「叔父さん、大切なことを忘れてました。」
ぴたっと足を止めた龍二だが、振り向きもしない。
「ちょっと待ってて下さい。今小林刑事の携帯の番号をメモします。ヘリを用意しておいてもらった方がいいと思って。」
はっとして龍二も振り向いた。
「いい考えだ、追跡用のヘリを用意しろと言えばいいんだな。任せておけ。だけどお前が電話した方がいいんじゃないか。」
「ええ、でもヘリのことは叔父さんほど詳しくありませんから、叔父さんの口から詳しく話して下さい。ヘリは用意した、でも追いつけなかったなんて洒落にもなりません。」
「よしそれなら任せておけ。何と言っても俺はヘリ博士だからな。」
そう言って、石井のところに戻ってきた。
「そうだ、真治、最後まで教祖と満を追い詰める。これがお前に与えられた仕事だ。しっかりやれ。しかし、いつ飛び立つとも分からんのに、警視庁はヘリを用意してくれるだろうか?」
「ええ、大丈夫だと思います。彼らは満を逃がすという大失態をしでかしたうえに、怪我人まで出した。やれることは全てやる気になっているはずです。満を捕まえなければメンツがたちません。」
「いや、もう怪我人はいない。その撃たれた警官は死んだ。とにかく、その小林刑事に掛け合ってやる。お前もしっかりやれ。」

 それから一時間、苛苛しながら磯田の連絡を待った。しかし、なかなか掛かってこない。焦ってもしかたないと、肩の力を抜き、ふーと長い息を吐き、思った。叔父の言った通りだ。自分に与えられた仕事に最善を尽くす。これが一番大事なのだと。
 石井の顔が自然とほころぶ。スエデンボルグの逸話を思い出したのだ。詳細は忘れたが、こんなエピソードだ。神に近づくために何か修行しなければならないかという問いに、彼はこう答えている。修行など必要ない。それより与えられた仕事に専念しなさいと。
 彼に言わせれば、仕事は何らかの形で人の役に立っている。人のために役立つことが最も価値があると。これを読んで石井はスエデンボルグが好きになった。石井が今、何をすべきかも教えてくれている。
 石井の顔が真顔に戻る。そうだ、せめてあの問題を解決していたら、どんなにすっきりしただろう。ケーシーもスエデンボルグもキリスト教をその思想の基盤としており、キリスト教が世界人口の35%でしかないことを思えば、彼らの言う神は世界の人々を納得させるだけの普遍性に欠ける。誰もが神を感得できる別の論理が必要なのである。
 石井が思索を重ねる。人の喜びや悲しみ、哲学的思考から享楽的な感情まで、全ての想念波動は地上空間に残される。その人間が空間的に移動すれば想念波動もその軌跡を残しつつ移動する。これが個々の心を繋ぐ糸というわけである。
 この想念波動は瞬間瞬間に発生した空間に留まり波動し続ける。人が悲しみの場に再び立つ時、その悲しみは瞬時に蘇る。それは過去の波動がそこに残存しており、同じ波長だからすぐさま本人の波長と重なるのである。
 輪廻転生を考慮するなら、人は同じ波長で人種を越えて生と死を繰り返し、さらに太古から人類が地球的規模で移動したという事実を踏まえるなら、同じ波長は地球全体に広がり、その個々の振動の軌跡は縦糸と横糸が織りなす一枚の布のように地球を覆っている。
 その一枚の布とは、無限の、感情、思索、知識が詰まった集合的無意識であり、その中に高レベル(天界)から低レベル(地獄界)まで段階的な振動的階層を形作る。その秩序を作り出す源は物理学でいう宇宙を支配する四つの力なのか、或いは空の内蔵する無限のエネルギーなのか?
 やはり無限は神を連想させる。
 世界的な量子力学の権威であるデイビッド・ボームが言う。「1立方センチの中のエネルギーは、宇宙の今までに知られているあらゆる物質の総エネルギー量をはるかに超えている」と。つまり1立方センチの空は宇宙を創造するほどのエネルギーを秘めていると言うのである。この膨大さは尋常ではない。何か意味があるはずなのだ。ん、宇宙を創造するだって?
 
 突然携帯が振動し、驚いて思わず手から落した。携帯がアスファルトに叩き付けられる寸前、両手でつかんだ。ほっと胸を撫で下ろし、携帯を耳に当てた。磯田の「どうも」と言う微かな声が響いた。
「もしもし、石井です。磯田さん、どうしても力になって欲しいことがありまして。お願いします、ご協力下さい。頭をさげます。」
石井は本当に頭を下げていた。切羽詰っていたのだ。
「それより先輩は何であんなに怒っていたんです?」
「いえ、怒ったりしていません、安心してください。」
「別に心配して電話したわけじゃないけど……。何だか調子がいつもよりキツかったような気がする。本当に怒っていない?」
「ええ、ちっとも。」
「今、九州をほっつき歩いています。いつもの放浪癖が出て、どうしようもなくなって出奔したってわけです。」
「ええ、龍二さんから磯田さんの性癖は聞いていましたから。ところで磯田さんはかなり悟道会に相当食い込んでいましたよね。もしかしたらビルの内部にまで入っていたんじゃありませんか。そうとしか思えない情報を持っていましたから。」
「ええ、地下駐車場まで入っていました。」
「どうやって地下駐車場まで入ったんです。だってあそこは24時間体制で警備しているでしょう。」
「まあ、そうですが、何にでも抜け道はあるもんなんです。蛇の道は蛇。分かりました。教えましょう。ペンはありますか。電話番号を教えます。ええと、03の」
「ちょっと待ってください。今、用意します。03の・・」
メモを取り終わり、聞いた。
「どこの番号ですかこれは?」
「石井さん、あのビルには二百人近い人間がいます。その食料はどうしていると思います?三階に食堂があるんですが、調理するには材料が必要でしょう。その食材を都内の業者、コスモフーズから買い入れています。そのコスモフーズの配送所が練馬にあります。そこの横尾という運転手に5万円包んでください。地下駐車まで運んでくれます。」
「有難うございます。本当に感謝します。」
「それより龍二さんによく言っておいて下さい。僕の放浪癖もこれが最後になると思います。では、この辺で。」
石井はすぐさまそのコスモフーズの番号を押した。
「はい、コスモフーズです。」
「もしもし、運転手の横尾さんの友人の磯田と申しますが、横尾さんをお願いします。」
「生憎、もう帰りましたが。」
「もしよろしければ、家の電話番号か住所をお教えいただけませんか。」
「申しわけないですね。個人情報は本人の承諾がないと教えられないんですよ。明日朝には出勤します。明日電話してもらえませんか。」
あっけなく電話は切られた。104で探そうかとも思ったが、横尾という苗字は何千となく登録されているだろう。まして東京都内とは限らない。千葉、埼玉、神奈川、どこから通っているかもわからないのだ。がっくりと石井は肩を落とした。



 
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