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私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?

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第7話 最後は封印して終わりですよ?

 
前書き
 第7話を更新します。

 次の更新は、
 7月13日 『蒼き夢の果てに』第66話。
 タイトルは、『おまえの名前は?』です。

 その次の更新は、
 7月17日 『ヴァレンタインより一週間』第24話。
 タイトルは、『悲鳴』です。
 

 
 紡と、そして一誠が、それぞれ最後の雷神を土へと還した瞬間、それは発生した。
 そう。二人の後方から発した強力な光がごつごつとした岩肌に濃い人影を一瞬だけ作り出し、そして、その影さえも直ぐに白の世界へと呑み込んで仕舞ったのだ。

「!」

 その光に思わず両の瞳を閉じて仕舞う一誠と紡。
 その瞬間! 僅かずつ動き出した千引きの大岩の向こう側に、神話時代の母親の姿が垣間見えた――――。

 その時の彼女の瞳に浮かんでいたのは、自らの夫に裏切られた哀か。
 それとも、自らが産み落とした世界への愛で有ったのであろうか?

 そうして……。

「?」

 閃光は正に一瞬。しかし、あまりにも強力な光輝で有ったが故に、明度の低いこの洞窟内では逆に視力を回復させるのに時間が掛かった。
 そう。閉じられた目蓋の裏側まで真っ白になった世界が、やがて元の明度を取り戻した事を確認した後に、ゆっくりと瞳を開けて行く紡と一誠。

 其処に確認出来たのは、

 先ず、共に雷神や冥府の毒蛇を相手に戦っていた紡と一誠の姿。
 そして、其処から視線をずらすと、最初から変わらない位置……。清浄なる(みそぎ)の空間となった結界の内側に立ち続ける美月とハク。
 その彼女たちの足元に、しっかりとした足取りで歩み寄りつつ有る白猫のタマ。

 最後は扉を破壊され、最初の時よりも更に無残な姿へと成って仕舞った小さな祠が存在するだけの空間へと回帰していた。

 そう、其処にはもう、冥府の住人たる雷神の気配はおろか、紡や一誠に対して執拗に攻撃を加えて来て居た冥府の蛇たちの姿すら消え去って居たのだ。

 その刹那。

 突如、何もない空間から降って来る二つの掛け軸。
 そして、その掛け軸が一誠と紡の両手の中にあっさりと納まった。まるで、最初から彼らの手の中に在ったと言う自然な雰囲気で。

 これは……。

 自らの手で掴み取った掛け軸。大体、横幅にして六十センチほどの掛け軸を開いてみる一誠。しかし、其処には何の絵も、そして文字すらも描かれていない、白紙の部分が存在しているだけの掛け軸で有った。
 その一誠の様子を見届けた後、同じように掛け軸を手にした紡も、開いた自らの掛け軸を覗き込んだ後、其処に同じ白紙の部分を見つけてから訝しげな表情を浮かべる。

 しかし、

「それは、太極小図と言う宝貝(パオペイ)やな」

 共に訝しげな表情を浮かべる紡と一誠に対して、彼らの手元に開かれた掛け軸を覗き込んだ白猫のタマがそう話し掛けて来た。
 そして、

「これは太上老君と言う爺さんが作った宝貝で、強く念じる事に因って空間を完全に入れ替える事が出来る宝貝」

 ……と、続ける。もう慣れたが、しかし、それでも、白猫が儲けの悪い詐欺師の如き関西弁を操り、更に、太上老君の事を爺さん呼ばわりした挙句の宝貝の説明。
 何と言うか、非常にシュールな世界と成って居るのは間違いない状況。

 ただ……。
 どうやら、この上空から突如降って来た掛け軸と言う物は、太上老君。つまり、李伯陽と言うこのギフトゲームを主催した人物が、ゲームの賞品を渡して来たと言う事なのでしょう。

「広さは三十メートル四方程度。その範囲内なら、真夜中の海の上に、真昼の山を再現する事さえ出来ると言われている」

 但し、永久に地形を変え続ける事は出来ないけどな。タマはそう話を締め括った。

 成るほど。そう考えながら紡は少し首肯く。つまり、この掛け軸を使用したら、戦闘中に自らに有利な地形を作り上げる事も可能だと言う事か。
 光の国の戦士で有る以上、矢張り、光溢れる世界で戦う方が紡には有利となる。
 そう考えると、自分に不利な戦場を、逆に自分に有利な地形へと強制的に入れ替える事も可能な便利なアイテムだと言う事になる。
 この太極小図と言う魔法のアイテムは。

 しかし……。

「それなら何故、君たちには、ゲームの賞品が渡されないんだ?」

 一誠の方が代表するかのように、そう疑問を問い掛けて来た。
 確かに、これは不自然。同じゲームに参加してクリアーしたのなら、同じように何らかの賞品を得た方が自然。
 しかし、現実には、彼女たちにはゲームの賞品らしき物が与えられた様子はない。

「それは、(わたくし)たちの賞品が、村の再建に関係するからです」

 ハクが問い掛けた一誠の方を見つめず、壊された祠に向かって歩みを進めながら、そう答えた。
 そして、

「理由は良く判らないんだけど、五年ほど前から、急に村に活力が無くなって、水が涸れ、大地が精気を失ったのよね」

 だから、他所の世界から助っ人になる人を召喚して、村の再建を図っている所。
 美月が、ハクの言葉を引き継いでそう答えた。

 そのハクや美月が語った状況は、一誠や、紡の召喚されたコミュニティと同じような状況で有った。但し、美月は確か、コミュニティの名前を名乗った以上、魔王に名前を奪われるようなギフトゲームを挑まれた訳ではないと言う事。
 ならば、それ以外の理由が有ると言う事なのでしょう。

 この世界は、転生者たちにギフトゲームと言うゲームを繰り広げさせる為に造られた世界。ならば、神々の理由により、滅びに瀕している村が存在していたとしても不思議では有りません。
 まして、その村を再建する事が、大きな意味でのギフトゲームと成って居る可能性も高いでしょうから。

 その事により、スキルアップする転生者も存在するはずですから。

「つまり、その村の再建の為には、ここ。開き掛かった千引きの大岩を完全に閉じ、そこから漏れ出して来る邪気を封じて、黄泉比良坂(よもつひらさか)を正常な状態にする必要が有ったと言う事か」

 少し首肯きながら、独り言のように紡が呟く。それに、先ほどまでのここ黄泉比良坂の雰囲気を思い返せば、その異常さは納得出来ますから。
 そしてそれが、人間が生きて居る世界に絶対に影響を及ぼしていない、とは言い切れない事も。

 ここから漏れ出していた邪気が徐々に世界を侵食していたと考えるのならば、美月たちの住む村に悪い影響が出ていたとしても不思議では有りません。

 そんな一同が見ている目の前で、扉の部分が壊され、内部(なか)が簡単に覗き込めるようになった祠の前に立ったハクが、その祠の周囲を一周、何事かを細かく調べるかのように周りを回った後に、屈みこむようにしてその内部を覗き込む。
 彼女の視線に釣られて、同じように祠の中を覗き込む一同でしたが、しかし、其処には普通の木製の板が存在するだけで、それ以外の何モノも見付け出す事は出来ませんでした。

 そう。先ほど、洞窟内の視界を閉ざしていた霧を発生させていたとは思えない程の、何の変哲もない空っぽの木箱状態。
 そんな、何と言うか、妙に空虚な。そして、少し笑って仕舞うしか方法がないような、奇妙な現実が其処には存在して居るだけでした。

 横顔に、少し納得したような表情を浮かべたハクが立ち上がり、再び、周囲を見回す。
 但し、今回は明らかに何かを探している様子。

「何を探しているの、ハクちゃん?」

 この状況下で、イマイチ空気の読めない、我が道を行く的な行動を見せているハクに対してそう問い掛ける美月。
 確かに、彼女が現在、何を探しているのかもおおよその見当なら付くのですが、それでも、その理由が……。

 いや、もしかして、彼女(ハク)は……。

 そんな美月からの問い掛けに対して、普段通りの淡い微笑みを見せた後、

「このまま、祠を壊れたままで放置する事は出来ませんから――――――」


☆★☆★☆


「古き産土神社崇め奉る御社に納め奉らんとして」

 ホール状となった洞窟内の空洞に、二人の巫女の唱和が響く。
 美月とハクの白く、繊細な印象を受ける指が柔らかく、そして流れるように印を結び、

「弥代の幣帛(みてくら)たてまつり、(たいら)けく、(やす)けく、()こしめして……」

 美月の高音域に伸びの有る声と、低く柔らかな音域のハクの声音が祝詞を唱え、
 そのひとつとなった祝詞が、ホールの天井に、床に、そして壁へと反射され、独特の音階を奏でながら広がって行く。

「夜守り、日守りに護り給ひ幸へ給えと」

 刹那、祠から発せられる雰囲気が変わった。
 それまでは何の変哲もない木製の入れ物に過ぎない存在で有った物が、その瞬間、祠の周囲を囲むように張られた注連縄(しめなわ)から異質な……。ハクが創り上げる禊の空間にも似た雰囲気を発し始めたのだ。

「かしこみ、かしこみ、もうす」

 そして、最後は小さく消え行くように唱え終わる美月とハク

 余韻は僅か。
 そう。そして祠自身は、先ほどのイケメン男性が何かを行った時のように震動を開始する訳でも無ければ、それ以前のように霧。……此の世と彼の世の境界線を指し示す天之狭霧神(あめのさぎり)を発生させる訳でもない。
 見た目はまったく変わりのない通常の小さな祠。

 しかし……。

 しかし、注連縄に囲われた祠から発せられる雰囲気は変わった。
 それは、明らかなる聖域のそれ。清にして烈なる神が発する神気に等しい雰囲気で有ったのだ。



「それじゃあ、俺は西区画の箱庭第六桁711075外門のノーネームのリーダー、縁間紡。
 こっちに来る事が有ったら、一度、寄ってみてくれ」

 どうやら、このギフトゲームの本当の終了は、先ほどの祠の修復までが本当の終了だったと言う事だな。
 そう考えながら、ここに連れて来られた瞬間と似た感覚に包まれた紡が、別れる、……瞬間移動させられる間際にそう言った。

 そう。厳しいゲームだったが、それでも、面白いゲームで有った事は間違いない。

「俺が住んで居るのは西区画の箱庭第六桁711071外門。出来る事なら、こっちの方に先に来て欲しいな。紡の所に行く前に」

 同じように、この黄泉の国に向かう道から自らが転移させられつつ有る事を感じながら、一誠もそう言った。
 本当はもう少し話したい相手では有った。
 ハクが何処からやって来たのか。コミュニティをどうやって立て直して行く心算なのか。

 そして、あの時、冥府への道を開いた青年と、彼を迎えに来た青年との関係を。

 しかし……。

「またな」

 異口同音に告げられる二人の言葉。
 今は、これだけで十分。さよならではなく、また出会う日を約束する言葉。

 その二人の約束の言葉を聞いたハクが柔らかく。そして、美月は華やかに微笑む。
 そう。その二人の意図は通じたから。この場で共に戦った仲間に別れの言葉は必要ない。

 そうして、

「御助力感謝して居ります」

 少し時代がかった古風な台詞で答え、そして、頭を下げるハク。
 その動きに重なる鈴の音。ここに来てようやく、微かな鈴の音色にまで気を向ける余裕が戻って来た事に気付く紡と一誠。

 そのハクに続いて、

「じゃあ、またね」

 こちらは非常に現代風な別れの挨拶を行う美月。

 その二人からは、暗い洞窟の中には相応しくない明るい陽の雰囲気と、そして、微かな花の香りを感じる。
 そして、その瞬間、紡と一誠の姿は、この黄泉の国への入り口から、自らのコミュニティにて待つ人々の元へと帰って行ったのだった。


☆★☆★☆


 湯気の充満した、息苦しいまでの浴室。但し、昼間に経験した霧に閉ざされた洞窟のような鬱陶しさや、ジメジメとした嫌な感覚はなく、むしろ、昼の間の疲れを取るに相応しい弛緩した雰囲気に包まれた、爽やかな香気に包まれた場所と成っていた。

 美月が広い風呂桶から汲み上げたお湯を、かなり男らしい仕草で頭から一気に被った。
 もっとも、これは折角、存分にお湯が使えるようになったのですから、少しぐらい贅沢にお湯を使ったとしても罰は当たらないでしょう、……と言う美月の心の現れ。
 矢張り、何事にも気分や雰囲気と言うのは重要ですから。

 爽やかな香気の付いた、少し熱い目に沸かされたお湯の熱が肌に心地良く、黄泉比良坂にて身体に染みついた死の穢れを、一気に洗い流されるような気もして来る。
 そう。その爽やかな香気の正体は菖蒲(ショウブ)。菖蒲とは、古来、中国ではその形が刀に似ている事や、爽やかな、まるで邪気を祓うような香気を持つ事から、非常に縁起の良い植物とされて居り、また、日本でも菖蒲と言う言葉の響きが、尚武や勝負に通じる事から縁起の良い植物とされている。
 そして、今晩の入浴には、身体に染みついた死の穢れを祓う為に、しょうぶ湯を村の子供たちが準備していてくれたのだ。

 おそらくこれは、白娘子(パイニャンニャン)が子供たちを指揮して準備してくれたのでしょうが。

 湯船に足だけを入れ、縁に腰掛け、ぼんやりと窓から覗く夜空を見つめて居た美月の背後から、お湯を被る水音が響いた。これは、洗い場で未だに身体を流しているハクが石鹸を流した時の音。
 術を行使する際は、凛とした姿と、とても頼もしい、まるで自らの姉のように思えて来るハクなのですが、その反動か、日常生活を営む上では少しおっとりとし過ぎて居る時の方が多いのも事実。

 頭の回転が鈍いとは思えませんし、そうかと言って、狙って不思議ちゃんを演じて居るようにも見えない。
 もしかすると、本当に良い所の御嬢様かも知れないな。

 そう考えながら、振り返ってからハクを見つめる美月。

 その視線の先。湯気の向こう側から聞こえて来る水音。そして、美月の予想通り、ややぎこちない仕草で長い黒髪を流し初めているハク。
 少し微笑みを浮かべてから、湯船に浸かろうとした美月はもう一度洗い場の方に上がる。

 そうして、

「髪を洗って上げるわね、ハクちゃん」

 少し泡立て過ぎた石鹸に悪戦苦闘中、としか見えない黒髪少女に対してそう話し掛ける美月。
 その時、湯気に隠された向こう側から現れる美月の象牙の肌と、……そして、

 勝ったかも知れない。

 日常生活を送る際の生活能力。そして、身長でもやや自分の方が高い事には気付いていた美月ですが、それ以外にも一か所、女性としては割と重要な場所の勝者で有る事に気付いた美月。
 但し、それ以外の部分。滑らか成る象牙の肌は柔らかく、そして、水を弾く様はその若さを象徴している。
 髪の毛は烏の濡れ羽色。その髪に隠されたうなじから肩に掛けるラインは妙な色気さえ感じさせた。

 それに、ハク(彼女)の傍に居ると、何故だか良い香りがする。
 これは、彼女自身に焚き込められた香の香り。……だと思う。

「ありがとう御座います」

 割と簡単にそう答えるハク。この反応から推測すると、これは矢張り、彼女は奉仕される側の人間。
 良家の御嬢様だった可能性が有るかも。
 そう考えながら、美月は、大きな童女(ハク)の長い髪の毛に、優しくお湯をかけ始めてやるのだった。



「ねぇ、ハクちゃん」

 自らは湯船に浸かりながら、縁に腰掛け、瞳を蒼穹に向けている彼女に話し掛ける美月。
 実は、面と向かって聞く事の出来ない内容を聞きたかったのだ。その為には、同じ方向に顔を向け、二人以外に誰もいないこの場は、とても相応しい。

「はい、何でしょうか、美月さん」

 柔らかい、召喚した時から変わらないハクの答え。洗い髪をタオルで纏め、左肩から左鎖骨の前を通すように下に流している。

「幾つか、聞きたい事が有るんだけど、構わないかな」

 召喚してから今まで、彼女、ハクに問い掛けて断られた事はない。しかし、それでも最初にそう問うて置く美月。

「はい、構いませんよ」

 直接、彼女の顔は見えないけど、美月には判る。彼女は、今も春の陽光に等しい微笑みを浮かべながら、少し小首を傾げてそう答えてくれた事を。

「ハクちゃんの、両目で色の違う瞳の理由や、両手首や足首。それに、左の脇腹に有る痣について、聞いても良いかな」

 自らの視線の高さ。入浴用のタオルに隠されて見えない胸の部分からは外れている為に、丁度視やすい位置に有る左脇腹の紫色に変色した痣を右目に収めながら、そう尋ねる美月。
 そう。最初にこの痣を見た瞬間から、美月は妙な胸騒ぎに似た物をハクから感じていたのだ。

 しかし、

「確か、ここに召喚(呼び出)される前。臥所(ふしど)に入った時にまでは、このような物は存在していなかったと思うのですが……」

 しかし、ハクの答えは困惑に満ちた答えで有った。
 そう言えば、ハク自身は招待状を受け取っていないとも言って居た上に、能力は持って居るが、転生者特有の雰囲気を感じさせる事もない。
 そう。おっとりとして居て、かなりの育ちの良さらしき雰囲気を感じさせるが、しかし、何と言うか、感覚が違うと言うか、匂いが違うと言うべきか。
 上手く説明出来ない何かが、その他の転生者。昼間に出会った二人とは違うように美月は感じて居たのだ。

 ただ……。

 傷ひとつ無い玉の肌に浮かぶ紫色の痣から感じる胸騒ぎが、より現実味を以て美月を不安にさせる。
 そう。元々、紹介状を受け取り、その内容を見て召喚に応じた訳では無い相手を無理に召喚して仕舞った為に、何か悪い流れを作り上げて、彼女の身体に、正体不明の不安を喚起させる痣を作り上げるような結果と成ったのではないのだろうか。

 美月はそう考え始めたのだ。

「だったら、ハクちゃんは、何処でその神仙の術を会得したの。例えば、転生した時に神様に貰ったとか、そう言う類の物なの?」

 そう問い掛ける美月。但し、これは、半ば否定される事を想定した上での質問。
 何故ならば、ハクが語った転生のシステムが、あまりにも通常で語られて居る思想のままだったから。

 この箱庭世界は、イレギュラーが集まる世界。多くは前世の記憶を有したまま神に転生させられた転生者たちが、スキルアップを行う為に創り出された世界。
 しかし、ハクが語ったシステムでは、その転生の神が関わる可能性が薄い、通常の輪廻転生が行われる世界の転生のシステム。

 そもそも、生きとし生けるモノすべてが転生を果たすのならば、前世の記憶など邪魔にしかならないはず。
 何故ならば、人間。いや、余程知能が低い生命体に転生しない限り、一度経験した死の恐怖から、同じ失敗を繰り返す事は無くなる。

 死の恐怖と言うのは、どんな恐怖よりも心に深い傷を負わせる。
 そして、一度失敗をして死を迎えた記憶を、再度、繰り返す存在はいない。それが、学習と言う物だから。

 その場合、生存競争の激化を招く可能性が非常に高く成るはずです。
 何故ならば、生存競争と言う物はそう言う物。何物かの死によって、何物かの生が紡がれる物ですから。

「一応、生まれて以降に修行を行ったのは事実ですが、転生をした際に、この能力を神が与えてくれたかどうかに関しては判りません。そもそも、私は前世の記憶も持っていなければ、転生をした際の記憶も持ってはいませんから」

 事実を告げる者の口調で、あっさりと答えたハク。口調は普段のまま。
 これはつまり、ハクの能力は神に授けられた能力の可能性も有れば、それ以外の可能性。……例えば彼女の血脈に含まれる特殊な働きや、彼女自身の修業の賜物の可能性も有る、と言う事。

 どうやら、今、この場でハクの状況や不思議な。普通にこの箱庭世界にやって来る転生者との違いが有る理由を確認する事は出来ないと言う事。

 美月はそう結論付けた。
 未だ、彼女の本名が判らない事や、何故、直接招待状を受け取っていないはずの彼女が、美月の召喚に応えてくれたのか、などの疑問点は残りますが。

 そして、夜と、入浴中と言う状況に相応しい静寂の空間が訪れた。

 天井で冷やされ、湯気から雫に戻された水滴が、再び湯船へと戻り来る。
 その際に発せられる細やかな音色と、刹那の世界に王冠にも似た形が作り上げられた。

 高い小さな窓から覗くのは、月と春の夜空だけ。
 余計な騒音もなければ、煩わしさもない、ここしばらくは忘れていた平和な夜。

「ねぇ、ハクちゃん」

 再び湯船の表面を叩く水音。
 その音に重なる美月の問い掛け。
 問い掛けが天井。そして、壁に反射され言葉を発した美月自身と、そして、問い掛けられたハクの耳に遅れて届いた。

 僅かな水滴の音を伴って……。

 そうして、

「あたしの呼び掛けに、応えてくれてありがとうね」

 普段よりも小さな声で、美月はそっと囁くようにそう口にしたのでした。

 
 

 
後書き
 ……色々とマズイな。
 もっとも、このレベルなら百合は必要ないでしょうけど。

 それでは、次回タイトルは『次は北の森だそうですよ?』です。

 このタイトルもまんまだな。
 
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