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ジーク・カイザー~史上最大の作戦

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ジーク・カイザー~史上最大の作戦

 新帝国暦2年2月の半ば。大軍を率いてのイゼルローン要塞攻略戦を控えたこの時期、出兵準備とは別にとある難題が、皇帝(カイザー)ラインハルトの幕僚たちの間に持ちあがっていた。
「やはりここは、再度フロイライン・マリーンドルフにお願いするしかないだろうか……」
密かに会議室に集合していた諸提督の中で、宇宙艦隊司令長官であるウォルフガング・ミッターマイヤー元帥が、溜め息まじりに言った。集合しているのは元帥と上級大将の階級を持つ幕僚たちである。
「しかし、皇帝(カイザー)ともあろうお方が、よもやここまで意地を張られるとはな」
左右異なる色の目を持つ若き元帥は、白く滑らかな両手を顎の前で組んで、困惑を示した。
「我々の議論が煮詰まった時、大抵はあの男が打開策を持参するが……」
オスカー・フォン・ロイエンタールがそう呟くと、集まった一同の中に、同じベクトルの表情が浮かんだ。苦々しげな、それである。会議室に参集し、こうして為すすべもなく議論していると、あの、ガイエスブルグ要塞を思い出さずにはいられない。今では少々顔ぶれも違ってしまったが、あの時の深刻な危機感と緊張、疲労感は忘れることができないのである。
「だが今度ばかりは、やつもお手上げだろうさ」
オレンジ色の髪の立派な体躯の猛将が、苦虫を噛み潰したような表情を隠さずに言う。
「軍務尚書閣下がお見えです」
下士官の声とともにドアが開き、灰色のマントを靡かせながら、招かれざる元帥が入室した。招かれざる元帥……パウル・フォン・オーベルシュタインは、立ったまま一同の様子を見やると、音を立てずに着席した。
「卿らの討議も長い割に……」
「やめてくれ、軍務尚書」
ロイエンタールが右手を前に出して、オーベルシュタインの言葉を制止する。
「今の台詞は、なぜかデジャヴを感じる。この状況にもだ。軍務尚書閣下にもお分かり頂けるはずだが」
オーベルシュタインは黙って頷くと、会議机に人数分用意されていた資料を手に取った。無論、普段であれば会議資料は事前配布が鉄則であり、会議前に資料を読み込んでおくものである。しかし今回は特別だった。
「ほう……」
さっと資料に目を通して、再び一同の顔を見る。
「卿らの苦悩は分かった。おそらくフロイライン・マリーンドルフの智謀を持ってしても、事態の進展は困難であろう」
ここまでの会議の進行状況さえ、その義眼は読み取って、淡々とオーベルシュタインは言った。
「私に考えがある」
軍務尚書のその言葉に、
「この展開もデジャヴ……」
と呟いた者がいたが、一同はともかく黙殺した。誰の提案でも良い、とにかく打開策がほしいというのが、参集した面々の本音だったからである。しかしミッターマイヤーは、半瞬の後に気が付いた。
「いや待て、軍務尚書。いくら卿の知略が優れていようとも、この件については卿に向かないだろう」
「それもそうだ」
「人には向き不向きがある」
いくつか声が上がる中で、またしても義眼の軍務尚書は、その両の目に異様な光を映しながら淡々と告げた。
「だが卿らに試し得る案がない以上、このまま手をこまねいていては、手遅れになりかねぬ。それに……」
そこで息を継ぐと、殊更に声をひそめて続けた。
「政治的駆け引きも必要になる」
オーベルシュタインの言葉に、一同は息を飲んだ。
「政治的……」
「駆け引き……?」
「……軍務尚書がそこまでおっしゃるなら、お任せしてみようではないか」
諸提督の反応を見た上で、ロイエンタールはオーベルシュタインに鋭い眼光を投げかけた。
「良かろう。皇帝(カイザー)のことは私が責任を負う。卿らは国務尚書や宮内尚書らと実務的な打ち合わせを進めてほしい」
このような流れで、緊急かつ重要な、そして長時間を要した会議は一応の終結を見た。


 「お疲れ様です、閣下」
軍務省の執務室に戻ったオーベルシュタインは、アントン・フェルナー准将に迎えられ、先ほどの会議資料を手渡した。
「これを、Sレベル機密資料として保管し、しかるべき後に処分してくれ」
フェルナーは受け取りながら、思わず目を見開いた。軍務省は軍政面においても特に情報を扱う仕事が多い。情報の漏洩は、場合によっては国家危機にもつながりかねない種類のものも存在するため、オーベルシュタインの指示の下、その扱い方のマニュアル作りをフェルナーが主導となり行った。Sレベル機密とは、部外秘どころか、軍務尚書の「執務室外秘」である。その重要性から、電子データだけでなく書面としても保管することになっているが、書面の方は持ち出されるリスクも高いため、案件が片付き次第、焼却処分にするという規則がある。また、その保管については、執務室の隣にあるセキュリティシステム付きの資料室が充てられており、更にその資料室には執務室からしか出入りできない構造となっている。とにもかくにも、そういったレベルの機密事項である。しかし無論、Sレベルの資料はいくつも存在し、それ自体にフェルナーも驚いたわけではない。普段であれば、Sレベル機密に関して、彼の上官は他人に触れさせることがない。したがってフェルナーは、資料がどこに保管されているか知っているものの、ファイリング、書庫の整理、鍵の管理などの全てをオーベルシュタインが行っているため、こうして手にしたことがなかったのだ。少なくとも今までは、である。これは、少しは信用を得たということなのか、と内心で呟きながら、片手で受け取った資料を慌てて両手で持ち直した。
「それにしても長い会議でしたな、閣下。何かよほどの案件が?」
フェルナーが問うと、上官は冷厳な視線を彼に向けたが、返答は思いのほか柔らかな口調だった。
「知りたいと思うなら、その資料に目を通すが良い」
「え……よろしいのですか、閣下」
「声に出すことは許されぬからな」
音声化することを許されない、それもSレベルの原則である。オーベルシュタインが頷くのを見て、フェルナーはゴクリと唾を飲み込んだ。Sレベル機密事項が、今、明かされるのだ。慎重に、何も書かれていない表紙を開き……。
「……閣下、これは……」
「……。」
「……?」
資料には、会議前に実施された様々な作戦行動とその結果が記されていた。

『作戦A マリーンドルフ秘書官より皇帝陛下へ、皇帝の生誕祭の必要性を説明して頂く。→逆鱗に触れ失敗。
 作戦B ミッターマイヤー元帥が夫人を伴って来訪、夫人お手製のシチューと高級ワインを持参して、陛下のご生誕を祝う。→シチューは完食されるものの、頑なに拒否。
 作戦C メックリンガー上級大将がFTL(超高速通信)にて、「ヴィーナスの誕生」のレプリカ彫刻をお見せし、生命の誕生の尊さを説く。→途中から方向性がおかしくなったため失敗……』

作戦は、上級大将以上の高級将官の人数分だけ実行されたようであった。
「閣下……。まさか、このところ頻繁に行われている会議とは……」
上官に目だけで制止され、フェルナーは慌てて口を閉じた。
「陛下の誕生パーティー企画会議だ」
オーベルシュタインが音もなく動かした唇は、確かにそう語っていた。……もちろん重要なことではある。皇帝陛下の、しかも王朝初代皇帝陛下の誕生パーティーである。だがフェルナーは、急に全身の力が抜けたような気分になった。
「こんなことのために、Sレベル機密を使われるとは……」
フェルナーが苦笑しながら呟くと、オーベルシュタインは表情を変えぬまま、部下の顔を見やった。
「だがこの醜態……」
「ええ、確かにSレベルですね」
「うむ」
静かに会話を締めくくったオーベルシュタインは、フェルナーに資料室と書庫の鍵を渡すと、早くしまってくるようにとジェスチャーで示し、自分の業務へと戻った。フェルナーが厳重に封印された資料室での作業を済ませて戻ると、珍しい来客があった。
「ミッターマイヤー元帥、何用かな?」
上官のあからさまに不審げな声が響く。フェルナーは丁寧に軽礼を施してから、自分の執務机に向かって通常業務を再開した。
「ああ……」
蜂蜜色の髪の元帥はグレーの瞳を一瞬だけフェルナーに向け、再度オーベルシュタインへと視線を戻した。
「御心配は無用だ、元帥。この男は口が堅い」
無駄な好奇心は強いが……と脳裏に閃いたが、その口からあえて発せられることはなかった。軍務尚書の言葉に、ミッターマイヤーは少し意外そうな顔をしたものの、納得したように頷いた。
「卿がそう言うなら、間違いないのだろう。本題に移る。他でもない、陛下のかたくなな態度を俺なりに分析してみたので、卿の作戦の役に立てばと思って来たのだ」
「ありがたいことだ。それで?」
ミッターマイヤーは力強く拳を握りながら、自らの予測を述べた。
「陛下がお誕生日パーティーを断固として拒否されるのは、『誕生日のお祝いは、姉上の手作りケーキじゃなきゃ認めない!』とかいう、イタイ理由だと俺は思う」
うん?この蜂蜜男、涼しい顔でとんでもない暴言を吐かなかったか?フェルナーは一瞬沈黙してしまったオーベルシュタインの表情を見やったが、いつもと変わらず何も湛えていなかったので、余計に恐ろしくなった。
「ふむ……それは確かにイタイな」
乗った……上官にツッコミを求めるのは無理な話と分かっていたが、よもや肯定するとは、フェルナーにも想定外であった。
「うむ、正直、成人男性としての何かが疑わしいが、この推測には根拠もあるのだ。俺が妻と共に陛下をお訪ねした際、陛下は妻の手料理をご覧になって、『姉上……』と小さく呟かれた」
「良く分かった、ミッターマイヤー元帥。私も同感だ。卿の意見は、必ず本作戦に役立てることとしよう」
両元帥の話は終わり、ミッターマイヤーは足早に廊下へと退室して行った。フェルナーは若き宇宙艦隊司令長官を見送ると、上司に倣い、表情だけは平静のままで恐る恐る問いかけた。
「閣下、ミッターマイヤー元帥らしからぬご発言がおありでしたが……」
閣下も「イタイ」とか言っちゃってましたけど……とは、もちろん言わなかったが、聞く者が聞けば、不敬罪を問われかねない。
「うむ……この件については、皆、疲れているのだ」
オーベルシュタインがそう言って目を閉じてしまったので、フェルナーも追及を断念した。こうして、帝国緒将の日は暮れていったのである。


 新帝国暦2年3月14日。ラインハルトの誕生パーティー当日である。2月末、臣下たちの並々ならぬ苦労の甲斐あって、パーティー開催の許可が下り、接収されたホテルの大広間にて、その催しの準備は進められた。当日準備も国務尚書を中心に滞りなく行われ、あとは開会時間を待つのみである。
「何とかここまでこぎつけたな」
「長い道のりだった……」
会場の片隅で、口々に安堵と疲労の入り混じった感想を語っているのは、この計画の発案者たちである。
「だが……あれほどグロッキーになっている誕生日の主役を、未だかつて見たことがないのだが、卿は一体何をしたのだ」
ロイエンタールの言葉に、一同は本日の主役を遠巻きに眺めた。彼らの若い主君は、その神々しいまでの金髪と美貌を隠すように、椅子に手をかけ、膝を折って壁を見つめている。
「姉上……うう……姉上ぇ……」
すっかり肩を落としている主君の姿から目を逸らした諸将は、ラインハルトを説き伏せた作戦の遂行者へとその視線を移した。
「聞きたいのかね?」
「あまり愉快な話ではなさそうだがな」
オーベルシュタインは静かに頷くと、周囲へさっと目をやり、諸将を更に部屋の隅へと寄せてから、おもむろに口を開いた。
「まず、水面下で国務省、宮内省、内務省に働きかけ、各尚書連名により、皇帝生誕日の祝日化を提案する文書を出して頂いた」
出だしから突拍子もない発言に、一同が目をむく。
「だが、陛下はお断りになるだろう」
「いかにも。無論、それは想定の範疇だ。……その提案文が陛下の御元へ届いた時期に、私は陛下に謁見した。表向きはイゼルローン攻略戦準備についての報告と称して。一通り報告を終えると、陛下は案の定、私に意見を求めてこられた。ことさら陛下を神格化しない私なら、反対意見をもらえると考えられたのであろう」
自分が陛下からどう評価されているか。その点までも作戦に盛り込んでくるあたり、やはりオーベルシュタインは曲者である。誰もがそう思ったが、めでたい席でもあるため、口にするのは憚られた。
「そこで私も、祝日化の意義と、古来よりそういった慣習は珍しくない旨、ご説明した。しかし陛下はどうしてもお認めにならなかったため、それでは正式に各省へその旨を返信されてはどうかとご提案申し上げた。併せて、もし祝日化を却下なさるなら、誕生日の記念式典をご開催下さるよう進言した。民衆や臣下たちの忠誠心に応え、彼らの陛下への思いを汲んでやるためにも、祝日化か記念式典か、どちらかはなさるべきです、と」
大事を先に示し、譲歩したように見せて小事を提案することで、本来の目的を達成する。交渉術としては珍しいことではない。しかしここでの大事の提案を、自分は連名せず他人にやらせ、あたかもラインハルトの味方面をして小事の提示をしているところが、何とも狡猾であった。
「それで、陛下はご納得されたのか」
ミッターマイヤーが問うと、オーベルシュタインはすぐさま否定した。
「いや……この程度で首を縦に振られるお方なら、卿らも苦労しなかったことであろう」
「確かに……」
オーベルシュタインは一呼吸置くと、さらに作戦の続きを語った。
「陛下から各省への返信が届いた頃を見計らって、グリューネワルト大公妃殿下へ連絡を取った。皇帝陛下が、臣下たちが良かれと思って提案する、祝日化や記念式典をことごとく拒絶なさり、手を焼いておりますと、包み隠さず事情をお話ししたのだ。本来なら国務省を通してご相談申し上げることだが、各尚書たちは得難い存在であるため、陛下に内密で大公妃殿下にご連絡差し上げ、万が一にでも陛下の逆鱗に触れるようなことがあっては、帝国がその逸材を失うことにもなりかねぬ。したがって、軍務尚書たる私の一存でご連絡申し上げたが、そのあたりの事情もお察し頂き、陛下にご諫言あられたし、と。その後の大公妃殿下と陛下のやり取りは分からぬが、ともかくパーティーの許可は下りた、というわけだ」
一同から若い覇者へ、同情の視線が送られた。
「姉君に、怒られたのだろうな」
「怒られたな、あれは」
しばしの間、主君と姉との会話を想像していた一同であったが、ロイエンタールが事態の本質を突いた。
「卿は相変わらずどんな時でも手段を選ばぬな。しかし、いかにパーティー開催が許されたとあっても、陛下を悲しませるパーティーでは、作戦成功とは言えまい」
そうだなと、諸提督の同意があり、オーベルシュタインはそっと付け加えた。
「それについては、最後の仕上げが残っている……さて、そろそろ開会の時間だ」


 どんよりとした表情の皇帝を中心に、形だけは華々しく、パーティーは開会された。代表者の祝辞が続く中、オーベルシュタインはそっと、中央に座しているラインハルトの脇へ歩み寄った。
「陛下」
ラインハルトは顔を上げず、アイスブルーの瞳にこらえた涙をいっぱいに溜めている。
「卿の声など聞きたくない。下がれ」
子どものような口調でそう言い放つ主君に、オーベルシュタインは再度声をかけた。
「陛下、グリューネワルト大公妃殿下より、お届け物がございます」
「何だと……?」
祝辞が終わり、予定で行けば次はラインハルトの挨拶である。
「陛下、こちらへ」
司会者とオーベルシュタインに促され、ラインハルトがマイクの前に立つ。
「では、陛下にご挨拶を頂く前に、祝賀の席には欠かせぬ、あれをご用意いたしましょう!」
司会者の声が高揚し、ドアの外から大きなワゴンが運ばれてくる。
「おお!」
歓声が上がり、ラインハルトもそのワゴンの上を見つめていた。
「グリューネワルト大公妃殿下お手製の、バースデイケーキです!」
白いクリームがたっぷりと使われ、装飾も選びに選びぬかれた立派なケーキを見て、ラインハルトの頬が紅潮し、表情もぱあっと明るくなったのが、傍目からも見て取れた。
「姉上のケーキ!!」
今までの重苦しい表情はどこ吹く風、といった様子で、ラインハルトは目を輝かせながら挨拶を始めた。主君の煌めく瞳に、再び覇気が戻ったのを、穏やかな表情で眺めて、オーベルシュタインは隅の方へと戻った。
「卿にしては、気の利いた趣向ではないか」
帝国元帥の正式礼装を隙なく着こなすロイエンタールが、そっとオーベルシュタインに囁いた。
「ミッターマイヤー元帥にご助言を頂いてな。このために密かに宇宙船を手配し、姉君にフェザーンへお越し頂いた甲斐があったというものだ」
二人は改めて、満面の笑みを浮かべる主君へと目をやった。
「諸君らのはからいに感謝する。今日は皆も、大いに楽しんで行くように」
皇帝陛下がそう締めくくると、会場は「ジーク・カイザー」という歓呼の嵐に包まれた。


(Ende) 
 

 
後書き
くだらない……。くだらなくてすみません。本当にごめんなさい。ラインハルト陛下、ごめんなさい。 
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