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シンクロニシティ10

作者:ミジンコ
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第五章

 捜査会議は沈痛な雰囲気の中で幕を下ろした。皆、ぞろぞろと出口に向う。榊原に声を掛ける者は一人もいない。相棒の原さえ、ぎょろ目を右往左往させ、榊原の傍らから少しでも距離を置こうとしている。
 榊原は平静を装い、原を振り返りざま、陽気に言葉を掛けようと思った。「まったく、課長の腰巾着が、偉そうにしやがって。屁でもこいていろってんだ、なあ、原。」と。
 しかし、原の落ち着きのない目の動きはそれを受けとめる余裕などなさそうだ。榊原は思い付いた強気の言葉を飲み込むと、顔を前へ戻した。そう、あんな場面の後、笑って済ませるほどの大物などいるはずもない。
 榊原は今日も報告を原に任せた。しかし、捜査会議の責任者はそれが気に入らなかったらしい。石川警部が立ち上がると声を張り上げ怒鳴った。
「おい、榊原、いったいお前のチームの責任者は誰なんだ。何でお前が報告しない。自分が本庁から来ているからって、偉そうにしやがって。そんな態度だから、いつまでたってもうだつが上がらないんだ。」
 石川警部は拳をテーブルに思いきり叩きつけた。ぴんと張り詰めた雰囲気のなか、ドンという鈍重な響きとしーんという静寂。石川警部は椅子に腰を落とすと憤然と天井を睨み付けた。皆の視線が榊原に集中し、そして一瞬にして散った。座は重苦しい沈黙に包まれた。
 さすがの榊原もどう反応してよいのか分からず、石川警部を見上げた。その瞬間、かっと血が沸き立った。頬から耳たぶの先まで熱くなり、形相が一変した。しかし、一瞬にして柔和な顔に切り換えた。興奮を押さえるように大きく長い息を吐いた。
 石川は捜査の行き詰まりに苛立っていた。それは誰もがひしひしと感じていた。相棒の原はいつものように何の成果がなかったことを報告しただけだ。それは原に限らず他のチームも同様だった。そんな閉塞状況に石川警部の苛立は頂点に達したのだ。
 その苛立ちが、榊原というエスケープゴードに向けられた。石川にとって榊原は大学の先輩ではあるが、階級社会において決して自分を超えることのない存在、自分を脅かすことのない存在だからこそ、それに相応しかった。
 しかし、それを言うなら最初から言うべきなのだ。榊原は、それが許されると思ったからこそ、相棒の原に報告を任せていたのだ。今更言われても、ハイそうですかと素直に交替出来る訳でもない。
 榊原は、自分の高ぶった心を必死に鎮めた。階級社会に生きて17年。憤りの処理を間違えれば、災厄が頭上に降りかかる。石川警部が言った通りうだつが上がらない理由がそこにあった。確かに、憤りに身を任せたために榊原は出世できないのである。
 榊原は長い溜息をついた。諦めと焦燥。同時に存在するのが不思議に思えるこの二つの感情が榊原の心に去来する。警部昇進試験の筆記をクリアーしても、人事考課で落とされるのだ。あのキャリアの襟首を掴んで振り回したことが今でも影響している。
 噂では、殴ったことになっているらしいが、そこまで馬鹿ではない。激情し相手の襟を掴んで引き寄せただけだ。肘が相手の顎に当ったが、それははずみというものだ。いや、正直に言えば意識してやったことだが、当然のことをしたと思っている。
 

  あのキャリアの顔は今でも覚えている。駒田一郎。瓜実顔に黒縁の眼、典型的なキャリア顔した男だった。当時、榊原は大井警察署の刑事課にいた。署内でキャリアの研修が行われていたのは知っていたが、まさか自分にお鉢が回ってくるとは思いもしなかった。
 その日、榊原は突然課長から呼び出され、駒田のお守り仰せつかった。覆面パトカーにでも乗せて、午後いっぱい遊ばせろという指示だ。午後の講師役が事故を起こして来られないというのだ。榊原は駒田を助手席に座らせ、管内を流して回った。
 くれぐれも大事に扱えという指示がおりていた。それに反発して、ついついつっけんどうな受け答えになっていたが、冷たいと言うほどではない。榊原としてはまずまずの対応だと思ったし、後一時間無事に済ませれば開放されるところまで来ていた。
 車は大井競馬場から大森駅方面に向っていた。広い道から折れて住宅街の狭い一方通行に入っていった。ふと、50メートルほど先にパトカーが止まっているのが見えた。ゆっくりと近付いてゆくと、そこには小さな公園があった。
 公園の奥、木立の中で二人の制服警官が、若者三人に職務質問をしていた。体の大きな若者が、猛然と食ってかかっている。年かさの警官がその若者をやんわりとなだめ、もう一人の憮然とした若い警官をけん制している。そんな構図である。
 いきなり若者がなだめていた警官を殴った。ボクシングかなにかやっている、榊原は咄嗟に判断した。腰の入れ方が素人のそれではない。殴られた警官はがくっと膝をついた。若い警官が警棒に手を掛けた時、二人の若者が飛び付いた。
 榊原は咄嗟に車から飛び出し、「お前も来い」と叫んで走り出した。駒田は追ってこない。そんなことは最初から分かっていたし、どうせ頼りにならないのだから気にもしなかった。久しぶりに手応えのある相手を見つけて躍り出たのだ。
 あっという間に若者三人をぶちのめし、二人の警官と一緒に勝利の雄叫びを上げたい気分で、ぜいぜいと息をしながら警官達に話しかけた。
「ご苦労さん。一件落着だ。ワシは刑事課の榊原だ。おい、お若いの、早く手錠をはめちまえよ。」
年かさのいった警官も肩で息をしながら答えた。
「助かりました。私は有川巡査部長、相棒は志村巡査といいます。この野郎、ボクシングかなにかやっていますよ。私達二人ではとても手に負えませんでした。本当に有難うございます。こいつらトルエンの売人ですよ。近くに隠しているはずです。あの樹の後あたりでしょう。」
二人の警官は三人をパトカーに連行しようとして、覆面パトカーの中に人がいるのに気付いた。若い警官が振り返って榊原に聞いた。
「中にいるのは誰です。」
「キャリアだ。今お守りの最中だ。」
若い警官は、駒田を睨み付けながら言い放った。
「仲間がぼこぼこにされているのに自分は車の中で、ぶるぶる震えていたってわけだ。まったく恥を知れって。もっとも、キャリアなんて俺達を仲間となんか思っていないんでしょうけど。」
車の窓は開いている。志村巡査はわざと聞こえるように言っている。榊原は声を落として、駒田に聞こえないように言った。
「まあ、そう言うな。それにそうじろじろと見るんじゃない。奴だって忸怩たる思いがある。後は君達に任して、ワシは行くぞ。ワシから調書取ろうなんて思うなよ。」
軽く手をあげて、車に乗り込んだ。
 横目で見ると、駒田は俯いて押し黙っている。息が荒い。榊原はそんな駒田を無視して車を走らせた。長い沈黙が続いていた。駒田は言訳を懸命に考えているのかもしれない。余計な言葉など掛けないほうが無難だ。ところが、突然、駒田が榊原を怒鳴ったのだ。
「君達は何を勘違いしているんだ。私は君達とは立場が違う。常に冷静に状況を掌握し、何をすべきか判断しなければならない。そう教えられて来たし、そう訓練されてきた。研修中とはいえ、私は君の上席なんだぞ。」
榊原を睨んだ目にはうっすらと涙が滲んでいる。
「いいか、私は万一に備え署に無線で連絡しようとした。しかし、私にはそのやり方が分からない。何故なら、君は研修だというのに、そんな初歩的なことさえ教えようとしなかったからだ。君は研修を何だと思っているんだ。いいか、私はしかたなく、必死で無線機と悪戦苦闘していたんだ。」
ここで榊原は話の腰を折った。
「それが済んだら、駆けつけようと思っていた?」
「当たり前だ。こう見えても、私は東大法学部、空手部の主将だぞ。」
榊原は殴りつけたい衝動をどうにか押さえ込んだ。じっと堪えるしかない。溜息混じりに答えた。
「はい、はい、分かりました。分かりましたから、そう興奮しないで。」
この一言で、駒田が切れた。
「なんだ、その言い方は。お前は私を馬鹿にしているのか。お前は研修という目的を最初から放棄していた。その怠慢に対する反省もない。いいか署に帰ったらこのことは報告させてもらうからな。貴様は処分を免れない。かご、かく、覚悟しておけ。」
最後は興奮し過ぎて言葉が乱れた。
 榊原は車を急停車させると、駒田を睨み付けた。駒田も睨み返した。そして、鼻でせせら笑った。駒田は榊原が謝ると思っているのだ。急いで車を止めたのも、必死で頭を垂れるためだと思い込んでいる。駒田の勝ち誇った顔が、榊原を激昂させた。
「表に出ろ、この野郎。東大法学部の空手部がどれほどの腕か見てやろうじゃないか。」
「馬鹿なことを言うな。有段者の拳は凶器だ。それに、私闘は固く禁じられている。」
榊原は駒田の胸倉をつかんで引き寄せ、同時に肘を思いきり回した。駒田の顔が恐怖で歪んだ。榊原は低く搾り出すような声で吼えた。
「いいか、俺は殴り合いの最中もちらちらとお前を見ていたんだ。お前は、この窓から首をだして俺達の格闘に見ていただけだ。無線機なんていじりもしなかった。ワシを処分するだと。やれるならやってみろ。お前が、仲間に加勢もせず、車の中でぶるぶる震えていたと、皆に言いふらしてやる。空手部の主将だとほざいていても、蚤の心臓だってな。」
駒田の目がウサギのように赤く染まった。

 その日、署長室に呼ばれ絞られた。駒田が榊原の振舞いが傲慢で無礼だったと抗議したのだ。駒田は、どうやらその日起こったことには口を閉ざしているらしい。コワモテのキャリアという化けの皮が剥がれるのを恐れたのだ。
 その駒田の恐れは杞憂には終わらなかった。何故なら、榊原が喋らなくても、現実をつぶさに目撃した有川巡査部長と志村巡査があちこちで喋りまわったからだ。駒田の話は、ノンキャリ警察官にとって、格好の酒の肴になっていたのである。
 榊原も仲間と飲めば、そのことを聞かれた。ついつい酒が回って、その後に起こった駒田の言訳とふてぶてしい態度、胸倉をつかんだ時の情けない顔を面白おかしく話した。それが一人歩きし、榊原がキャリアを殴ったという話になっていったのだ。

 これが原因で榊原の出世の芽は摘み取られたのである。それでも、諦めながらも昇進試験だけは受けた。女房の手前もあったからだ。それに、確実に実績を積めば上層部にも変化があると期待した。しかし、待てど暮らせど何の変化もなかったのだ。
 あの時の激情がすべてを決定した。まさに若気の至りとしか言い様がない。とはいえ、僻地に飛ばされもせず、こうして本庁勤務でいられるのもやはりキャリアのお陰であるというのは何とも皮肉である。
 捨てる神あれば拾う神ありとは正にこのことだろう。自分を信頼してくれている人間が二人ほど組織の中にいる。そのキャリアの顔を思い出すだけで、救われる思いがするのだが、今日という今日はそれさえ役に立ちそうにない。
 石川警部が、皆の前で、榊原をあそこまで面罵出来たのは、何らかの確信があったからだ。俺がこれ以上出世出来ないと確信した。或いはもっと悪い情報を掴んだ可能性だってある。奴は、組織の意思をどこかで嗅ぎ付けたのだ。榊原は厭な予感に囚われた。

 榊原は石神井駅前の焼き鳥やで自棄酒をあおっていた。ひとりきりだ。あの後、誰ひとり声を掛けてこなかった。原は「今日は早く帰るって、女房に約束していまして。」と、頭を掻きながら、そそくさと駅に消えていった。
 暗い思いは悪循環に陥り、出口のない迷路をさ迷い込んでいた。いつもの結論を何度も口ずさんでみたが、いつものようには納得がいかなかった。確かに榊原には警官以外の仕事など考えられない。だから耐えるのか。
 携帯が鳴った。幸子からかもしれない。そう思ったが、惨めな自分を晒すような気がして話したくなかった。鳴るに任せて、酒を煽った。回りの客の視線が気になり、しかたなく、胸のポケットから携帯を取りだした。やはり幸子だった。溜息がこぼれた。
「もしもし、私、今日、何度も電話したけど、ずっと留守電だったわ。」
「ああ、張り込み中に電話が鳴ったら台無しだからな。」
つい嘘が出た。
「あら、ご免なさい。でも、この一月ずっと会ってくれないんだもの、寂しくって。」
「ああ、申し訳ない。捜査本部に入ったら、プライベートの時間なんてとても持てない。もうしばらく勘弁してくれ。」
「何か元気がないみたい。どうかしたの。」
 女は鋭い。榊原は適当に誤魔化し、来週には時間を作ると約束して電話を切った。幸子の切なそうな声を聞くうちに勃起していた。疲労が体全体を包んでいるというのに、下半身の神経だけは高ぶっている。
 幸子の関心を惹こうとして自分以上の自分を演じていた。事実に則して事件解決の顛末を話したつもりだが、自慢話になっていた。幸子がベッドで「名探偵さん」と囁く時、やに下がっていた自分が恥ずかしい。
 自分はシャーロックホームズなんかではない。生活がかかっているのだ。出世だってしたい。せめて警部にはなりたかった。父親は榊原より5歳も若く広島県警の警部になった。そんなことで悩んでいる自分を幸子に気付かれたくない。
 携帯を戻そうとして、ふと着信履歴を見ると、幸子の着信の前に同期の戸塚の名前が表示されている。日付をみると三日も前だ。さっそくリダイアルした。心が弾んだ。先ほどまでの暗澹たる思いも消えていた。榊原は立ち直りも早い。相手はすぐに出た。
「もしもし、随分と放っておいてくれたもんだな。」
「いやいや、申し訳ない。ワシは殆ど携帯なんていじらないから、よう気が付かなかった。」
「おいおい、それじゃあ、俺の残したメッセージも聞いていないのか。俺は生まれて始めて、思いきって、ピーっていう音の後にメッセージってやつを入れたんだ。」
「そいつを聞くのは後の楽しみにとっておこう。お前の緊張した声を聞くのも一興だ。それより例の頼んでおいたことだな。」
「ああ、もっとも、こんなことで一杯奢って貰うのもちょっと気が引ける程度のことだがな、お前さんのいう共通項に違いない。手が二本とか、チンボコが一本とか、そういう類の共通項でなければ何でも良いって言ったよな。」
「ああ、その通り。そういう類以外の共通項であれば何でもいい。」
「それじゃあ、一杯奢って貰えそうだ。それじゃあ、言うぞ、がっかりするなよ。」
鴻巣警察署の事件と今回の事件、被害者の共通項とは何なのか。耳に神経を集中した。
「ふたりとも、大学生の時に天涯孤独の身になっているってことだ。」
榊原は、その情報にがっくりときたが、口には出さず次ぎの言葉を待った。
「まず、西新井の石橋順二の方は週刊誌に詳しく載っていたんだが、生まれは島根の片田舎。中学の時、父親が交通事故で亡くなっている。高一の時、母親が再婚して神奈川に引っ越したが、義理の親父とうまくいかず、家を飛び出した。高校は出席数かつかつで卒業。その後一浪して東大に入った。母親は大学1年の時に心筋梗塞で亡くしている。」
そこで言葉を切って、間を持たせた。榊原は「それで。」と言って先を促した。
「鴻巣警察の事件の被害者、丸山亮はもともと片親だった。鹿児島出身。母一人子一人で、かなり貧しい生活を送っていたらしい。俺の女房の弟が鹿児島県警にいる。その義弟が調べてくれた。」
「ああ、そのことを思い出したからお前に頼んだんだ。それで。」
「中学校での成績は良かったそうだが、高校進学など望むべきもなかった。中学卒業後就職したんだが、どうしても自分の実力を試したくて、働きながらでも大学に行きたいといって単身東京に行ったんだ。」
「ほう、今時珍しい話しだ。つまり夜間高校に通ったわけだ。」
「ああ、卒業した翌年東大合格だ。とにかく母親思いの少年だったらしい。電話は高いからってめったにかけなかったが、手紙は毎月書いていたらしい。近所でも評判だった。」
「へー、ワシなんてお袋が死ぬまで1通も書いたことない。丸山はよっぽどマザコンだったんじゃないか。」
「まあ、そんなところだ。しかし、母親は、会うのを楽しみにしているという息子の最後の手紙をバッグに入れたままあの世に旅立っちまったんだから、可哀相の一言に尽きる。」
「で、その母親はどんな状況で亡くなったんだ。」
「それが、また可哀相な話なんだ。全く信じられないよ。俺の弟はその当時の新聞記事を見付けた。丸山亮の記事だ。地元紙しか出ていない。見出しはこうだ。”親孝行が徒に”だ。意味が分かるか。」
「いや、想像も出来ん。どういうことなんだ。」
「つまり、こういうこった。丸山はアルバイトの金を貯めて、お袋さんに東京までの切符を送った。卒業式にお袋さんを招いたんだ。その贈り物がお袋さんを死に導いた。分かるか。俺も思わず涙を誘われた。あんまりにも可哀想で。」
 榊原はそろそろ潮時だと感じはじめた。戸塚はどんな話でも自分好みに脚色する癖がある。お涙頂だいの物語は榊原にとって推理の邪魔になるだけだ。涙目になっている戸塚を思い浮かべて溜息をつく。わずかに戸塚の声が震えてくる。
「山奥の自宅からタクシーで駅まで来るようにって、タクシー券を贈ったんだ。その途中でダンプがタクシーに突っ込んだ。お袋さんは、この事故で死んだ。」
電話口の向こうで、鼻をすする音が響く。
「くー、泣かせるじゃねえか。アルバイトしてせっかく買って送ったその3000円分のタクシー券がよ、お袋さんを死地に赴かせるなんて、誰が考える、誰が予想する。息子のせっかくの好意と、息子の晴れ舞台を一目なりとも見たいと思う親心を思うと、涙なしには語れないよ。」
「ああ、分かるよ。で、その新聞記事も送ってもらえるわけだな。」
「ああ、送るよ。お前だって涙を誘われるよ。丸山は本当に親孝行だった。ただ、運がねえのよ。お袋さんも運がなかった。」
「つまり、その時点で丸山も天涯孤独になったというわけだ。二人に共通することは、大学卒業までに両親を亡くしている。これ以外に丸山のことで何か情報はないのか。」
「うーん、とにかく母親思いで、真面目で、努力家だってことだ。」
どうやらこれ以上の情報はなさそうだ。しかし、どう考えても捜査データとして使えそうもない。まだ二人とも包茎だったという方が話としては面白い。がっくりと肩を落としたのがわかったのだろうか、戸塚のおもねるように猫なで声が聞こえた。
「そうがっかりするなよ。まさしく偶然の一致だ。事件に関わることなんてこれっぽっちもない。お前さんも、そろそろ焼きがまわったんじゃねえのか。あの事件、特に鴻巣の方は強盗殺人さ。まあ、いい。お前さんのとっぴな推理はこれが始めてじゃない。しかし、約束は約束。お前さんの言っていた共通項には違いない。そうだろう。」
「ああ、その通りだ。分かった、来月の定例会の二次会は俺の奢りってことだ。」
「そういうこと。俺、あの店、気に入っているんだ。ちょっと高そうだけど、まあ、俺の努力を買ってもらうんだから、あのレベルじゃないと合わない。あの店のママ、好美っていったけ、美人だったよな。」
勝ち誇ったような哄笑が携帯を切ってからも榊原の耳に残こされた。 
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