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カンピオーネ!5人”の”神殺し

作者:芳奈
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混乱

『・・・すまない。取り乱してしまったな。』

「・・・こほんっ!」

 恥ずかしそうにそっぽを向くエリカと黒猫。彼女たちの常識では測れない、日本人のクリエイター魂に驚き慄いていた事が、かなり恥ずかしかったようだ。だが、確かにあの作品は、『クトゥルフ神話』を知っている者ほど信じられない作品であろう。

『ま、まあ、最近ではキリストとブッタが四畳半で暮らす漫画すらもあると聞くからな。クトゥルフのラブコメ化くらい、日本人には簡単なことなのかもしれん。』

 その言葉を聞いて更に驚愕するエリカ。護堂も、その漫画はさすがに知らなかったようで、「へえ、そんなものもあるんだ。」などと関心していた。



✩✩✩


 ドクン・・・!

「あ、れ・・・?」

 突然だった。

 今回のまつろわぬ神達は、何度も何度も衝突している。度重なる戦闘に巻き込まれ、重症を負った仲間の見舞いに来ていた、魔術結社【暁の風】の女魔術師リーン・フォーン。彼女の様子が、突然変化したのは。

「ど、どうした!?」

 驚いたのは、彼女と話をしていた、同僚のヘル・トーンである。彼が、今回の事件で重症を負ってしまった患者であった。ヘルとリーンは恋人同士であり、リーンはとても嘆いていたのだが、命があっただけでも十分だとヘルは考えていた。エリカも言っていたが、まつろわぬ神の戦いの場に居合わせて、五体満足でいること自体が奇跡なのだ。怪我にしても、【聖魔王】の指示で造られたこの病院は世界の裏表含めても最高峰であり、それ程苦労することなく完治するだろうと言われていた。彼は、今回の騒動に巻き込まれた人員の中でも、トップクラスに運がいい人間だった。

 今まではそんな明るい話をしていたのに、何の前触れもなく恋人の様子が可笑しくなったのだ。心配もするだろう。

 見る見るうちに青くなっていく彼女の顔から、何かマズイことが起きているのだと察した彼が、彼女の背中を摩ろうとして触る。
 通常なら、吐き気があるときに背中を摩ってもらうのは気分が良くなるものだが・・・・・・今回ばかりは悪手だった。

「うっ・・・ク!」

 何故なら、リーンには、ヘルが既に化物にしか見えていなかったからだ。

『ダイじょウぶカ!?』

 否、ヘルの事だけではない。すぐ傍にある、見舞い用の美しい花が活けられた花瓶も、今彼女が座っている小さな椅子も、ヘルが寝ているベッドも、そして、病室の壁さえも。全てがブヨブヨとして腐臭を放つ、サーモンピンクの肉の化物にしか見えなくなっていた。その禍々しい肉の化物は、ドクンドクンと、心臓の音に合わせるかのように脈動する。まるで、巨大生物の体内に入ってしまったかのような恐ろしさ、(おぞ)ましさを彼女は感じていた。

 犯されているのは視覚だけではない。

 鼻に突き刺さるのは、この世の生ゴミや死体を全て集めて煮出したような匂い。一度息をするだけで、鼻が腐り、気絶しそうになる程の暴力的な匂い。

 自分の尻が触っているのは、生暖かくてブヨブヨネチャネチャとした肉の塊。少し身動きするだけで、その肉からプチュッと、紫色をした血液のようなナニカが飛び出る。

 耳が拾うのは、化物(ヘル)の声と、世界に蠢くナニカのズルズルという音。キィキィという黒板を爪で引っ掻いたような音と、地獄の底から響いてきたような低い音で話す化物の声が、彼女の精神を更に削る。

 舌が感じるのは、腐った空気の味。空気に触れたこの舌を切り落としたくなる程の冒涜的なその味は、他の五感と相まって、彼女に自殺を決意させるには十分な物だった。

「な、なにしてるんだリーン!?」

 彼は未だ知りえぬ事だが、まつろわぬナイアーラトテップの権能には、どうやら個人差があるようだ。精神耐性の差かもしれないし、ナイアーラトテップとの相性かもしれない。何が原因かは分からないが、ヘルはまだ権能の影響を殆ど受けていなかった。そんな彼だからこそ、彼女が果物ナイフを手に取った事に素早く反応出来たのだろう。

「やめろ!」

 躊躇なく自身の首に突き立てようとしたそのナイフを、彼は全力で弾いた。しかし、彼は知らない。その叫び声も、ナイフを弾くために触った手のひらも、全てが彼女の精神を削り取っていくということを。

「あア・・・。邪魔、するのネ・・・?」

 既に、リーンは正気を保っていなかった。涙を流し、焦点が合っていないその瞳。出来るだけ周りの(肉の壁)には触れないように慎重に動き、まずは目の前の化物(ヘル)を排除しようとする。彼女にとっては、自分以外の全てが化け物である。先程まで一緒にいた人間のことなど、既に頭から消し飛んでいる。彼女にとっては、自分は何の前触れもなく異世界に放り出されたようなものだ。この冒涜的な肉の空間が、あの清浄感溢れる病院の一室だったなどと、誰が信じられようか?

「ど、どうすればいいんだ!?何が起こってる!?」

 彼の叫びと同時に、ドーン・・・!!!という音と地響きが病院に響いた。

「爆発・・・!?【聖魔王】様のこの病院で、戦闘行為を行ってる馬鹿がいるのか・・・!?」

 彼の考えを裏付けるように、爆発は広がっていく。それも、病院各所で同時に爆発が起きることさえあった。金属同士をぶつけ合う甲高い音が響き、今起こっているのが異常自体だと、嫌でも彼に認識させる。

「どうなってるんだよ!?」

 叫びながら、軋む身体に鞭打って彼はベットから転がり落ちる。自身の心の平穏を保つために、リーンも攻撃を開始したからだ。一秒でも長くこの空間にいるのは耐えられないという逃避の心。それが彼女を駆り立てる。

「リーン!おいリーン!!」

 彼の必死の呼びかけさえも、今の彼女には苦痛にしかならない。この化物を一瞬でも長く生かしておくわけには行かないと、更に攻撃を激しくする。魔術によって召喚された彼女の愛剣である細剣(レイピア)が、彼の心臓目掛けて突き出される。これだけ心身に影響を受け冷静さを失っていても尚、この攻撃には一切の曇りがない。彼女もまた、一流の魔術師であることの証であった。

「ウ、ガア!?」

 ギリギリのところで心臓は避けたものの、怪我によって身体が思うように動かない彼には、完全に攻撃を避けることが出来なかった。よりにもよって、利き腕である左腕に攻撃を受けてしまう。細剣(レイピア)の扱いについては【暁の風】内でもトップのリーンは、魔術と併用することで、鉄板くらいは突き破ってしまう程の力量を持っている。実は、【剣の王】に戦いを挑まれたことがある程の腕前なのだ。・・・権能も使用しない彼に、一撃も当てられずボロボロにされはしたが。

 そんな彼女の細剣(レイピア)が、ヘルの腕の骨を易々と貫く。リーンが剣を抜くと、鮮血が病室に舞った。

「ク、ソ・・・!何がどうなってるんだよ!?」

 尋常ではない痛みが彼を襲うが、彼はそんな些細な事に頓着しない。彼の心を占めるのは、最愛の恋人のみであった。

(リーンが俺を殺したいほど恨んでいる・・・とかは違うよな。突然様子が可笑しくなったし・・・精神操作か?何処かのカルト魔術師でも襲ってきたか?)

 この病院で騒ぎを起こせば、【聖魔王】の怒りに触れるということは誰でも知っている。ならば、病院内の人間を操り暴れさせることで、労せずして幾つもの魔術結社の戦力を削ることが出来る。・・・ただし、この病院は悪意を持った者を探知するという結界が張り巡らされている為、最初から病院内に混乱を巻き起こそうとする者は入れないようになっているし、非常に高度な物理精神複合結界もあるために、外から魔術をかけるというのも、人間には不可能と言っていい。

(となると・・・)

 連続で繰り出される神速の突き。本来なら動かすことすら困難なほどに傷ついた身体を魔術で無理やり動かして、彼は考える。リーンを救う方法を。

(どうする?どうすればいい!?)

 そんな彼に、正に天からのお告げのように、声が聴こえてきた。

『気絶させろ!』

 有無を言わさぬその男の叫び。切羽詰ったようなその叫びに動かされ、彼は反射的に腕を動かした。

「う、オオオオオオ!!!」

 傷口から血が吹き出るのも構わない。身体の隅々から響く痛みを無視して、彼はリーンへと突っ込んだ。

「来るな、化物ォォォォォォ!!!」

 今まで防戦一方だった化物が攻勢に移ったことが、彼女の焦りを促進させた。今までは、自分が相手を殺す立場だと認識していたから立ち向かうことが出来たのだ。どれほど恐ろしい見た目でも、見掛け倒しの戦闘能力しかないと思っていたから攻撃出来ていたのだ。そんな相手から、突然攻撃されればどうなるか?・・・彼女の精神は、まさに発狂する限界一歩手前にまで追い詰められていた。

「化物とは・・・キツイぜ・・・・・・。」

 錯乱して細剣(レイピア)を無茶苦茶に振り回すリーン。いくら精神に何らかの影響を受けているとしても、愛する恋人から言われたその言葉に傷つきながらもヘルは進んだ。顔目掛けて突き出された剣を、魔術で強化した左手で掴みとり、恐怖で顔を歪ませたリーンの首筋に、強烈な手刀を落とす。

「か・・・ハ・・・・・・。」

 錯乱している状態で、その手刀を防げる訳もなく。彼女は気絶した。

「・・・・・・ぷ、はぁ・・・・・・。」

 張り詰めていた空気が霧散する。ポタポタと身体中から血を流しながらも、彼は恋人に怪我がないことを喜んだ。

 ・・・が、

『気絶させたか!?そしたら今度は、魔術かなんかで深く眠らせろ!ノンレム睡眠・・・だったか?その状態にするんだ!夢を見させると、起きた時に精神に障害を起こす可能性があるぞ!!!』

 と、再び響いたその声によって、弛緩していた意識を引き戻した。この声の内容が本当の事かどうかは分からないが、不思議と信じられるような気がしたのだ。

 まつろわぬナイアーラトテップの権能は、生物の精神に直接干渉する権能だ。そのため、夢を見ている状態でも、その効果は維持される。人には、レム睡眠とノンレム睡眠というものがあり、夢を見るのはレム睡眠の場合だと言われている。・・・実際にはノンレム睡眠の時でも夢は見ているらしいのだが、この状態の夢は、起きた時に記憶に残らないのだ。

「深き眠りへと落とせ!」

 リーンに魔術を使うと、気絶してからも魘されていた彼女の顔が、安らかな顔へと変化した。その安心したような顔を見ただけで、ヘルはこの声の主が正しかったのだと認識出来た。

『病院内で、まだ正気を保っている皆!この状況は、まつろわぬナイアーラトテップって奴の権能のせいらしい!今は権能の効果を受けていなくても、皆にも必ず影響が出る!・・・その前に、今使った魔術で自分も眠るんだ!』

「まつろわぬ神の権能か・・・!確かに、これだけの事をしでかすなら、神か神殺しくらいじゃないと出来ないか・・・!」

『どうやらこの権能は、『生物を狂わせる』効果を持っているらしい!自分に影響が出ないうちに眠っとかないと、今度はお前らが周りの皆を傷つける事になるぞ!』

 その言葉に、病院内で真っ先に反応したのは、やはりヘルだった。せっかく無傷で眠らせたのに、リーンを傷つけることなどしたくない。というわけで、彼は即座に行動を開始した。

 まず、魔術で病室の扉を開かないようにする。扉の強度も引き上げた。自分が寝ている間に、他の狂った人間に侵入されるのを防ぐためだ。

「この病院には、外部から侵入は出来ない・・・と思いたいな。祈るしかないか。」

 悪意を持つ人間の侵入を防ぐ結界はあるが、『狂っている』生物の侵入を防ぐことも出来るのだろうか?と一抹の不安はあるものの、あとは全て運に任せることにして、彼は眠った。

(誰でもいい。終わらせてくれ・・・・・・!)

 次に目覚めた時には、全て終わっている事を願いながら。








 
 

 
後書き
そろそろ戦闘パートに入ります。

例によって名前は適当です。そして、恐らくこの二人はもう出てきませんww 
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