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ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―

作者:チトヒ
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Episode2 分岐点




…誰かが俺の体を揺さ振る……、呼ばれているような気がする。

「――きてっ、起きてよっ、ねぇ、うぅ…起きてよぅ…」

…あぁ、気のせいじゃなかった。呼ばれているし、揺さ振られている。

揺すられる度に後頭部が何か硬質な物にゴリゴリと擦れる。

(そっか、迷宮区か…)

ぼんやりと意識が戻り出す。確か俺は勝手に足を縺れさせて、こけて…。

段々と状況の掴めてきた。俺は女の子を追い掛けて、拒絶されて…。

「ははっ…」

なんだかフラれた奴みたいだ。なんならストーカーっぽい。そんなふうに思うと自然と笑ってしまった。

俺の横でビクッと何かが動く気配がした。うっすらと開けた目が少しずつ暗さに慣れ、すぐそばで膝をつく少女が見える。
少女は俺と目が合うと表情を緩め、しかしすぐ驚いたように目を見開き、ズザザッと壁のところまで下がった。再び膝を抱えて小さくなった少女の姿が俺の前で消える。

「よいしょっと…これは、どうなってるんだろう…?」

そういえば、さっきも俺はこの子を見失った。
上体を起こしながら少女が消えた辺りを眺める。床にかなり擦られた後頭部に触れながら考察してみる。

このゲーム、SAOには魔法は存在しない。というわけで、今目の前で起こったことはマジック的なものではない。おそらく、《隠蔽》スキルによる事象だろう。
だとすると、この子は俺の《索敵》を上回る《隠蔽》を持ってるわけで…。

俺の《索敵》はさして高くないのだが、前線にいるものとして少し悔しい。だが、シスイの話によればこの子と接触出来たものは今までいないのだから、攻略組の誰よりもこの子の《隠蔽》は高いことになる。

考えれば考える程分からなくなる。結局、この子は何者なんだ?最初はNPCかと思っていたが、俺を揺すり起こすという動作とか表情とかの一つ一つを見ていると、どうもプレイヤーらしい。

……ダメだ。答えなんて見つかりそうにない。


「ねぇ君、名前は?」

少女がいるだろう辺りに声をかけてみる。…予想通りの沈黙が返ってくる。それでも構わず話し続ける。

「一人なの?それとも誰かと来たの?」

もし少女がその異様な程の《隠蔽》を利用してこの場から脱していたら、今の俺はなんと滑稽だろう。でも、まだそこに彼女がいる可能性があるかぎり、この場を去るわけにはいかない。
…相変わらず、お節介な性格だ。

「えーっと、歳はいくつ?それから…そうだ、お父さんやお母さんは?一緒だったりしないの」
「っ…」

初めて息を飲むような気配が返ってきた。まだそこにいることにほっとする。

「一緒にログインしなかった?はぐれちゃった――」
「…お母さん、優しいです」
「――の、かな?…優しい?」
「…お父さんも、優しいです」

全く想定外な答えが返ってきた。会話も上手く繋がってない。だが、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐその声は、紛れもなく俺を揺さぶっていたあの子の声だ。よく分からないが、とりあえず話を合わせてみる。

「いいご両親だね」
「お母さん、お料理上手で」
「うんうん」
「お父さん、なんでも、褒めて、くれて……」
「うん…うん?」

少女の声が揺れ始めた。グスグスという音が言葉の間に混じっている。

「いつも、『明陽は偉いな』、って、頭、撫でてくれて…うぅ…」
「あぁ…」

不可抗力ではあるが、名前が分かってしまった。この子は『アカリ』と言うらしい。もうこれでいよいよ、この子を放っておけなくなってしまった。

それにさっきまであった『私警戒してますよ!』的な空気がいつの間にかなくなっていた。
どうやら少しばかり、俺に心を開いてくれたようだ。

しかし、その先の会話が続かない。

「でも、今、お父さんもお母さんもいないよぅ…!うぅ…ふぇ…すんすん…うぅ」


必死に堪えているようだが、彼女は今泣いている。これは俺を大いに動揺させた。

子どもが泣いたときの対処法なんて知らない!ましてや女の子の慰め方なんて考えたこともない!

…なんて年下の女の子を前に情けなさ極まりない思考が俺の中を一通り廻った。ただ、廻ったあと、俺の体はビックリするくらいすんなり動き出した。

これが父性本能の為せる技なのか、俺の隠された才能だったのかは分からないが、俺の手が何もない空間に伸ばされていく。手の平にフサフサと柔らかい感覚が伝わった。それと同時に、俺の前に少女が再び姿を現す。彼女に触れたことで《隠蔽》が看破された状態になったわけだ。

歯を食いしばった少女の顔を見ながら優しく頭を撫でる。声も出来うるかぎり優しく掛ける。

「君はアカリって言うんだね。俺はカイト。…アカリは頑張ったな。一人で辛かったよな。…アカリは、偉いよ」

言い終わってから、「ヤバッ!これって《ハラスメントコード》引っ掛かるかも!」という思考が働いた。

男性が女性に一方的に接触を謀ると《ハラスメントコード》が適用され、女性側の対応次第で男は黒鉄宮と言うところの監獄に飛ばされてしまう。
今頃アカリの視界にはハラスメントコード発動を促す警告文が表示されているはずだ。

しかし、俺の手の平の下の少女はコードを発動することもなく、こちらを見ていた。しかも、いつの間にか泣き止んでいる。

潤んだ大きな瞳が俺の視線を捉える。壁の篝火の加減でその瞳は漆黒にも、燃えるような紅にも見える。
架空の物のはずなのに、何故か心拍数が上がる。

「カイトさん、って言うんですか…?」
「あ、あぁ。そうだよ」
「カイトは怖い人ですか?」
「えっ?…うーん、怖いか怖くないかで聞かれたら怖くはないだろうな」

まさに今日、シスイに人畜無害と評されて来たところだ。怖くない、で間違いはないだろう。

「アカリは俺のこと怖いのか?」
「…あたしも、カイトさんは怖くないと思います。…えへへ」

その時、不意にアカリが笑った。本当に不意に、フワッと、無邪気に。突然だからドキッとした。

「っ…いろいろ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」






「なるほどね…」

話を聞き、納得のいった俺はアカリと並ぶように壁にもたれ掛かった。今度はアカリも逃げない。

「えっと、確認するね。アカリは一層で俺と会ったのを覚えてない」
「はい…ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいよ。で、あの時アカリを追っ掛けてた奴は」
「…ハズキちゃんです」
「うん、あの成りでその名前はやっぱり解せないなぁ」

一層でアカリを追っ掛けてた、もとい俺を突き飛ばしてくれた奴は俗に言う《ネカマ》だったようだ。この世界では、茅場のチュートリアルのあとプレイヤー全員が容姿をアバターからリアルの姿へと変えられてしまったため、女性キャラでプレイするつもりだった男性諸君が非常に残念なことになっている。ハズキもそんなプレイヤー達の一人らしい。

ゲーム開始当初、アカリとハズキは出会い仲良くなった。ゲーム初心者のアカリにハズキが何から何まで教えたらしい。そして、次会う約束をして別れようとしたところであのチュートリアルが行われた。すぐそばで唯一の知り合いが激変し、それに驚いたアカリは怖くなって逃げ出したらしい。

……まぁ、これだけ聞けばハズキが少し不敏でもない。だが、俺は奴に同情出来ない。なぜなら、

「で、未だにアカリはアイツに追いかけ回されている、と」
「……うぅ、はい」

なんと執念深いことだろう。現在の八層に到るまでハズキはアカリのことをストーキングし続けたらしい。それも昼夜問わず。
唯一、迷宮区なんかの高レベルダンジョンにはついて来なかったらしく、結果アカリは《迷宮少女》と呼ばれるほど迷宮区を徘徊しなくてはならなかったらしい。寝泊まりも迷宮区でしているというのだから驚きだ。

そして、さっきアカリがステータスを見せてくれたのだが(レベルを見て、かなりへこんだ…)そんな生活の副次効果として異様なまで《隠蔽》が鍛えられ、レアドロップで《隠蔽》にかなりブーストのある灰色のワンピースが手に入った(ワンピースを着ていたのは、単に着たかったかららしいが…)。だから、さっき目の前でアカリが消えたのもそういうわけらしい。もう一つ加えると、彼女の髪の色が以前と変わっているのは少しでも見た目を変えてハズキにばれないようにしたかったらしい。…逆効果な気がしなくもないが。

とまぁ、この子の悲惨な生活が分かったところで、俺はなるべく明るくアカリに提案した。

「じゃ、街に戻ろっか!」
「えっ!…で、でも」


当然驚いたような反応を示すアカリ。そんなアカリの頭をワサワサッと撫でた。

「大丈夫だよ、俺もついてるから。迷宮区の外でソイツが待ってるなら、俺が話をつけてやるよ。このままじゃアカリも辛いだろ?」
「はい…あ、あの」
「ん、どうした?」
「えっと…もっと、優しく撫でて欲しいです……」
「あー、はいはい」

要求されたように撫でると、くすぐったそうに笑ったあと先にアカリが立ち上がった。

「ありがとうございますっ!じゃあ行きましょう!」
「…あぁ、行こっか」

すっかり元気になった(もしくは空元気)のアカリに手を引かれながら、俺も迷宮区の出口へ歩き出した。



…この時に少しでも考えていれば良かったんだ。八層分もの長い間、アカリをひたすらに追い掛け続けていた相手と本当に和解の話し合いができるのかどうかを。……少なくともこの時点で俺の人生は大きく分岐したんだ。 
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