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トーゴの異世界無双

作者:シャン翠
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第百九話 厄介な魔法だなそりゃ

「なっ!」


 正直に驚いていた。
 今まで闘悟は、この一撃で相手を沈ませてきた。
 確かに全力では無いが、それでも闘悟の魔力自体が膨大なので、今の一撃でも大岩を粉砕できるほどの威力はある。
 それなのに、バンリドは平然としている。
 どういう原理で無傷なのか、今は分からないので、とにかく手を緩めるのではなく、その場で何発か殴打する。
 しかしそれでもバンリドは全く動かない。


 何かに遮(さえぎ)られているような感覚が拳に宿る。
 殴った感触は確かにあるが、拳に痛みは感じない。
 ただバンリドの体に薄い膜のようなものがあって、それを越えてバンリドに触れられないような感じだ。


 表情を見るが、別段変わった様子も無い。
 苦悶(くもん)の表情でも余裕の表情でもない、ただ平素(へいそ)な表情を揺らさず闘悟を見据えている。
 その表情に、得体(えたい)の知れない不気味さを感じて、闘悟は一旦後ろへ飛ぶ。


 二人の間に沈黙が流れる。
 ただ沈黙が流れているのは闘武場全体もだ。
 闘悟の活躍を知っている者なら、目の前の出来事に言葉を失っても仕方が無いだろう。
 実況のモアも、解説のフレンシアでさえ固まってしまっている。
 それほど驚愕の状況だということだ。
 すると沈黙を破ったのはバンリドだった。


「混乱を与えとるみたいじゃのう」


 顎(あご)を触りながら笑みを溢す。
 闘悟は、未だ傷一つどころか、ピクリとも動かすことのできない事実に溜め息を吐く。


「正直、驚いてるよ。今までオレの攻撃に耐えた魔物はいたけど、アンタはそんな感じじゃねえもんな」


 闘悟はバンリドを観察しながら言う。


「手応えはあんのに、それがアンタには伝わってねえ感じだ」


 一体どんなカラクリなのか必死で考える。
 確かに殴った感触は間違いなく本物だった。
 だが、とてつもなく分厚い壁を殴った感じで、対象となるバンリドまで衝撃が通っていない感覚だ。
 それが魔法なのか魔道具なのか、判断がつかないが、かなり稀有(けう)な能力には違いないと思う。
 本人は魔道具を持ってはいないと言ったが、こうも自分の攻撃を無力化する方法が思い当たらない。
 だからこそ、本当は特別な魔道具を身に着けているのではと疑ってしまう。
 考えても答えが出ないので、できれば本人から詳細を聞きたいところだが、正直に答えてくれるとは思えない。
 ……と、誰もが思っていた時、バンリドが不意に声を上げる。


「まあ、種明(たねあ)かしするとじゃ……」
「言うのかよ!」


 それは闘悟のみならず、誰もが声を揃えて突っ込みを入れた瞬間だった。
 皆の突っ込みにキョトンとするバンリド。


「は? いけんのか?」
「い、いや、いけなくはないけど……」


 この飄々(ひょうひょう)とした暢気(のんき)な態度が、とてもではないがこの場には相応しくない。
 だから皆が呆気にとられるのも仕方が無い。


「まあ、本人から話が聞けるなら聞こうじゃねえか。ここにいるみんなも聞きたいだろうしな」


 闘悟の言葉通り、本人が話してくれるというなら、必死に頭を使って謎解きをする労力を使う必要が無い。


「うむ、じゃったら教えてやるのう。これは俺の個人魔法じゃよ」
「個人魔法……?」
「そうじゃ」


 個人魔法というと、特殊魔法のことだ。
 誰もが使用できる属性魔法と補助魔法とは違い、特殊魔法はその名の通り、特殊な才能を持った者しか使用できない。
 クィルの『眠りの魔法』然り、闘悟の『改変魔法』然りだ。


「名を『不動(ふどう)魔法』と呼んどる」
「不動……どんな魔法だ?」


 素直に教えてくれるのかと思ったが、彼はあっさりと口を開く。


「その名の通り、一度使うと、解くまで不動を保つ魔法じゃ」
「つまり、どんな攻撃をしようが、今の態勢を維持させ続ける魔法ってことか?」
「その通りじゃのう」


 サラッとバンリドは話しているが、その魔法のとんでもなさは異質的だった。
 どんなことが起こっても、必ず不動を保つ魔法。
 それはつまり、究極の防御魔法ということだ。


「絶対防御……ってことか……すげえな」
「んまあ、この魔法にも制限はありよるけどのう」
「それはさすがに教えてはくれねえだろ?」
「まず一つはのう」
「それも教えるのかよ!」


 お人好しというレベルではもう考えられない。
 ただ何も考えていないだけのように感じてしまう。


「そうは言うけどのう、教えても問題無いから教えるだけじゃぞ?」


 ……なるほど、その魔法に絶対の自信があるってわけだ。


「そんじゃ、その絶対防御の欠点を教えてもらおうかな?」
「うむ、一つは使用しとる間は攻撃できんということじゃ」


 ……それって結構な欠点なんじゃ……ねえの?
 闘悟は首を傾げながら続きを聞く。


「一つはもちろん不動じゃから、身動きとれん」


 そ、それも難儀(なんぎ)な欠点だよな……。
 せめて攻撃できないまでも、自ら動くことができたら、戦術も広がるというものだ。
 だがそれができないらしい。


「一つは自分にしかかけられん」


 なるほど、他人にはかけられないということだ。
 確かに複数に効果があるなら、それはもう反則を通り越しているような気がする。


「最後じゃが…………」


 誰もがその言葉の続きを待つ。


「とんでもなく腹が減りよる」


 ズコッとこけた者達がたくさんいた。
 闘悟も拍子抜けしたように顔が緩む。


「お、でも腹が減りよるんは後からじゃし、試合中は安心せえよ」


 にこやかな表情で言うが、何に安心したらいいのか全然分からない。
 まあ、腹が減るということは、それなりに魔力を消費するということだろう。
 バンリドの掴み切れない性格は置いておいてもだ、確かにその魔法は強力と言わざるを得ない。
 制限はあるが、それを補って余りある優位点(ゆういてん)がある。


「『緑の不動』だっけか……ホントにその通りなんだな」
「んまあ、俺が名乗っとるわけでもないんじゃがのう」


 基本的には魔法学園の生徒の二つ名は、本人ではなく、その周りの生徒が尊敬や畏怖(いふ)などを込めて名付けたものがほとんどなのだ。
 闘悟はもう一度彼を観察してみる。
 そして、ふと思いついたことがあった。


「そういやその魔法、確かに防御に関しては最強だけど、それだけじゃ試合は終わらねえぞ?」


 そう、彼の魔法はあくまでも自らを守るものであり、相手を倒すものではない。


「倒されねえけど、そのままじゃ相手を倒すこともできねえんじゃねえのか?」


 不動ということはそういうことだ。
 この大会は我慢比べでも何でもない。
 相手を倒した方が勝利する勝ち抜き戦なのだ。
 バンリドが動かない限り、試合が終わらないといっても過言ではない。


「その通りじゃのう。確かにこの魔法は防御専門じゃ」
「アンタからは攻撃してこねえのか?」
「……ん?」
「みんなも派手なやり取りとか期待してんじゃねえかな?」


 闘悟は観客達の方に視線を促しながら言う。
 だがそれを見たバンリドは、何かに気づいたように頷く。
 それでも、その何かを追求せずに、闘悟の言葉を素直に聞いている。


「なるほどのう」
「攻撃が全くできないってわけじゃねえんだろ? そうじゃなけりゃ、一次予選を突破できねえしな」「まあのう」
「だったら観客の期待に応えるとしますか?」


 すると闘悟の要求を聞いて、またも無邪気に笑い二度頷く。


「うんうん~その挑発には乗りゃせんで?」
「……バレた?」
「あそこの猪突猛進(ちょとつもうしん)男じゃったら上手く乗せられておったじゃろうけどのう」


 そう言って疲労感で座り込んでいるウースイを指差す。
 馬鹿にされたことに気づいた彼はムキになって何かを叫んではいるが、二人は無視している。


「どうやらアンタはホウキ頭と違ってクールなんだな」
「俺は俺じゃあ」


 挑発に乗ってきて攻撃をしてくれれば、その隙をついて簡単に終わらせることができたと思っていたが、そう簡単には乗ってはくれなかった。
 やりにくい相手だと正直に感じた。
 何も考えてないようで考えている。
 しかも、器が大きいのか鈍感なのか分からないが、闘悟のどの言葉も彼には響いていない。
 精神的にも不動ってことか…………面白い奴だな。
 素直に目の前の男に感心した。
 闘悟が今まで出会った中で、こんなにも掴みどころのない人物は初めてだった。


「でも、このままじゃ試合が終わらないのも事実だぜ?」
「そうじゃのう」


 バンリドは顎に触れて少し考えるような仕草をする。


「じゃけど、俺も馬鹿じゃないんじゃ。単純な魔法合戦や肉弾戦でお前さんに勝てるとは思うとらんよ」
「……へぇ」


 今までの闘悟の闘いを観察していたのだろう。
 そこから判断して、普通に闘っても勝利の目が無いと考えたのだ。


「こう見えても臆病なんじゃ。勝てない相手に真っ向勝負はせんよ」
「……」
「魔力の質、魔力の量、バトルセンス、どれをとっても俺じゃあ届かん。じゃから……一つ、賭けをせんか?」

 
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