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トーゴの異世界無双

作者:シャン翠
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第七十九話 おお、手に汗握る闘いだな

「ま、まだ誰も動きませんですね?」
「そうだな」
「あの、トーゴ様ならこんな時どうしますですか?」
「オレ? オレなら……」


 ミラニはいきなり魔力を全身に行き渡らせる。
 それに気づいた者達が一斉にミラニに注目する。
 ミラニは近くにいる者に瞬時に近づく。
 近づかれたものは、意表をつかれた形になり体を硬直させる。
 それを見逃さず、ミラニはその者の背後に回り背中に触れる。


「吹き飛べ『風の弾丸(ウインドブリッド)』っ!!!」


 ミラニが触れた手から激しい風のうねりが生まれる。
 触れられた者はその衝撃に耐えられず吹き飛ばされる。
 その上、飛ばされた延長線上にいる者達をも巻き込む。
 その結果に誰もが言葉を失ったかのような静けさが周囲を支配する。
 ミラニはほくそ笑む。
 そうだ、あの男ならきっとこうする。


「ミ、ミラニ……!?」


 クィルは信じられないといった表情をしている。


「へぇ」


 闘悟は逆に面白そうな顔つきだ。


「トーゴ様、これって先程トーゴ様が仰られた……」
「ああ、まさかミラニがオレと同じことを考えてたとはな」
「トーゴ様は仰いました。あのような状況に陥れば、もし、ご自分でしたら…………自らが先に動くと」


 そうだ、闘悟はクィルに尋ねられた時、今のミラニと同じように先に自分がこの均衡を崩そうとすると言った。
 そうすることで、自分が先手を取ることができるし、何より自分の勇気が試せる。
 そうすることで自信を持つこともできる。
 気合の乗りが違う。
 だが、もちろんリスクもある。
 それは一手に他の者の注目を浴びてしまうことだ。
 いい的になってもおかしくはない。
 だが、それも自分から覚悟してその状況を作るのと、望まずに状況に陥るのとでは気構えが全く違う。
 それに何より、その方が一番面白い。


「ここからだぞミラニ。ほら、クィルも精一杯応援してやれ」
「は、はいです!」


 闘悟の思った通り、周囲の敵意を一手に引き寄せてしまったミラニは、すぐさま行動に移す。
 じっとしていてもいいことなど何もない。
 的は的でも、狙い難(にく)く動き回る的になる。
 それがミラニの出した答えなのだ。
 そのミラニを捕まえようと数人の者が詰め寄ってくる。


(来てくれるのなら願ったりだ)


 ミラニは内心で笑みを溢す。
 厄介なのは逃げ回られることだ。
 相手から距離を詰めてきてくれるのなら都合がいい。


「はあっ!」


 対戦者の男が剣で斬りかかってくる。
 ミラニはそれを剣で受け止めるのではなく身を屈めて避わす。
 本来なら剣で受けるのだが、受けている間に他の者からの攻撃があるかもしれない。
 これは多対一のバトル。
 常にそれを意識して幅広い視野を持つことが必要とされる。
 身を屈めた拍子で、男の足を払い転倒させる。
 その時背後に来ていた別の男の殺気に気づき大きく横に跳ぶ。
 男の剣が空を切る。ミラニは今度は剣を抜き、空を切って地面を斬った剣を上から叩き斬る。
 まさか剣を斬られるとは思わなかった男は呆気にとられる。


(そう、剣を折られるとそうなるだろ?)


 ミラニは自身の経験からくる思いに少し苦笑する。
 何故なら彼女自身がその被害を受けていたのだから。
 相手はもちろん闘悟だった。
 ミラニは男の腹に剣の柄で一撃を加える。
 息を吐き出し男は倒れる。
 だがまだ襲ってくる者がいる。
 今度は火の玉が飛んできた。
 ミラニはそれを剣でいとも簡単に切り裂く。


 先程から実況が無いが、あまりの攻防の速さに口を挟む余裕が無いのだろう。
 切り裂かれた火の玉は左右に分かれて地面に落ちる。
 周囲に砂埃(すなぼこり)が舞う。
 ミラニはこれが隠れ蓑になると思い、しめたと感じる。
 砂埃の中で鈍い音だけが響いている。
 何が起こっているのか視認できない参加者達は、その様子を黙って見ているだけだった。


 するといきなり魔法の『風の刃(ウインドカッター)』が飛んでくる。
 その数は三つ。
 それぞれ三人に向かって行く。
 三人は剣でそれを防ぐが、威力の大きさに軽く吹き飛ぶ。
 砂埃の中からミラニが現れ三人のもとに向かう。
 まずは一番近くにいる者に素早く辿り着くと、顔を足で蹴る。
 結構むごいような感じで血を吐きながら吹き飛ぶ。
 その勢いのままに二人目へと向かう。


 少し態勢を立て直していたのか、剣を構えている。
 だが、足に力が入っていない。
 それを見抜いたミラニは剣で力押しした。
 案の定押し負けた相手は次に繰り出された拳をまともに食らう。
 そして、さらに首に手刀を落とし意識を奪う。


 次は三人目だが、どうやらもう一人は完全に態勢が整っている。
 ミラニが舌打ちをしたその時、左右から挟み撃ちで魔法が放たれる。
 闘悟なら拳で二つとも弾くだろうが、ミラニにはそんな芸当はできない。
 襲い掛かってくる雷と水の塊は剣で防ぐのはマズイ。
 何故なら水は雷をよく通すので、感電する可能性が非常に高いからだ。


「なら魔法には魔法だ!」


 ミラニは魔力を解放して唱える。


「『風障壁(ウインドガード)』っ!」


 風がミラニの周りを覆い始める。
 それはミラニを中心に小規模な台風のように螺旋(らせん)する。
 それに弾かれるようにして相手の魔法は見当違いの方向へ飛んでいく。


(……ふぅ、さすがに疲れるな)


 ミラニは額から汗を流す。
 ここまで息をも尽かさず連続攻防だった。
 その上、常に周囲に気を配らなければならない緊張感は、容易に体力を削っていった。


(よくもまあ、ヤーヴァスはこれを平然とやってのけたものだ)


 仕事仲間だったヤーヴァスと同じ状況に陥っている自分と彼と比べると、やはり自分が見劣りしてしまい自嘲気味(じちょうぎみ)になる。
 だが、ミラニは気づいてはいないが、今までミラニが相手にしてきたのは、ほとんどがBランクのギルド登録者や貴族である。
 それらを相手に、未だ無傷で経っているのだから他の者にとっては脅威の何ものでもない。
 砂埃はもう完全に晴れている。
 その中からは、ミラニに倒されたであろう者達が地面に臥(ふ)せている。


(あと……十人か)


 目だけを動かして素早く周囲を観察する。
 その時、目の前にいた三人が一気に腰を折る。
 その光景にミラニは眉間にしわを寄せる。
 その三人の背後には自分と同じように鎧をつけた女がいた。


(十一人いたのか)


 三人の陰になり、数え間違いをしていたようだ。
 だが、その女に倒されたせいで、今立っているのは八人になった。
 女と視線が合う。
 髪は手入れしていないのかボサボサの茶髪をしているが、切れ長の瞳が特徴の、ミラニと同年齢ぐらいの女性だった。
 スタイルもミラニに負けておらず豊かな胸を有していることが、鎧の上からでも分かる。


「あと六人……」
「ん?」


 いきなり声を発してきたので怪訝(けげん)な表情をする。


「邪魔な六人をまずは排除するぞ」


 ミラニはその言葉の意味を正確に把握する。
 つまり、自分と一対一で闘えと言っているのだ。
 そのためには自分達以外の六人が邪魔なのだ。
 すると女は近くにいた参加者のもとへ向かうと、一瞬にしてねじ伏せる。


(は、速い!?)


 動きに無駄が無く、それでいて的確に相手の意識を奪った。
 生半可な実力者ではない。
 ミラニは一瞬意識を奪われていたことを後悔した。
 背後から迫ってくる相手に気づくのが少し遅れる。


「くっ!?」


 ミラニは大きく飛び避けようとしたが、少し遅かったようで相手の剣が腕に掠(かす)る。
 大した怪我では無かったので、そのまま勢いつけて詰め寄り『風の弾丸(ウインドブリッド)』を放つ。
 吹き飛んだ方向には他の参加者がいたので、またも彼らはそれに巻き込まれる。
 だが、まだ意識を奪うには値していないので、すかさず間を詰め腹に一撃を与えて三人の意識を飛ばす。


(これであと三人……いや、一人か……)


 残っているのは先程の女性だけだった。
 どうやら彼女も他の参加者を崩したようだ。
 彼女はミラニを見つめながら立っていた。
 その佇(たたず)まいからでも、彼女が只者(ただもの)ではないことが伝わってくる。


(相当の実力者だな……)


 だが、彼女のことは何も知らない。
 これほどの実力者なら名が通っていても不思議ではない。
 だからまずは名を聞くことにした。


「私はミラニ・クロイセン。名前を……お聞きしても?」


 
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