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剛球攻略

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第四章

 山口は全身を使ってボールを投げた。そのボールは。
「来たで。剛速球や」
「横からやと全然見えんボールや」
「さて、ほんまにあのピッチャー打てるか?」
「有田、やってみせろや」
 近鉄ファン達はすがる様な目で見ていた。そしてだ。  
 有田はその山口のボールに向けてだ。バットを思いきり振った。そのバットはというと。
 山口のその剛速球を真神で応えた。そうしてだ。
 ボールをスタンドに叩き込んだ。スリーランだった。 
 そのスリーランを見てだ。近鉄ファン達は思わず立ち上がりだ。こう言った。
「おいおい、打ったであいつ」
「ああ、有田打ったで」
「あの時代はほんまに手も足も出えへんかったのにな」
「ああして打ったで。あいつ」
「凄い奴やわ」
 賞賛の言葉さえ出てた。しかもだ。
 彼で終わりではなくだ。今度はだ。
 ランナーを一人置いてだ。今度は平野がだ。
 彼もまたバットを一斉させた。そのボールもだ。
 スタンドに突き刺さった・今度はツーランだった。
 これで勝負はきまった。それはこの試合だけではなかった。
 プレーオフの流れ自体が決まったのだ。勝利の女神は近鉄に向かおうとしていた。
 そしてその中でだ。近鉄ナインは阪急を攻め続けてだ。
 第三戦の終盤を迎えた。最後は近鉄の山口が締めた。
 こうして近鉄はプレーオフに勝ちだ。そのうえでだ。
 西本は胴上げされた。初優勝を果たしたのだ。
 そしてその祝いの後でだ。西本は記者達に話した。
「山口を打ったからや」
「そうですね。だからですね」
「近鉄は優勝できましたね」
「あのピッチャーを打ったからこそ」
「けれどですよ」
 ここでだ。記者の一人が西本に言った。
「よく打てましたね、あの山口を」
「そうですよ。あんな凄い剛速球投げるのに」
「それで勝つなんて凄いですよ」
「ましてやですよ。五十年では全く打てなかったのに」
「前のプレーオフでは」
 彼等もだ。昭和五十年のプレーオフの話をするのだった。
「誰も打てなかったのに」
「特に第二戦の決勝アーチの有田選手もですよ」
「それこそ全然打てなかったじゃないですか」
「それがああして打ったんですかね」
「信じられないですよ」
 これが記者達の意見だった。しかしだ。
 西本だけがだ。落ち着いて言ったのだった。
「あの時のあいつ等はあの頃のあいつ等やないで」
「成長したんですね」
「山口投手を打てるまでに」
「そうなったというんですね
「その通りや。あいつ等は勝ったんや」
 このことは紛れもない事実だった。近鉄は確かに優勝した。
 そしてそれが何故かもだ。西本は話すのだった。
「凄くなってな」
「あの時よりもですか」
「凄くなったからですか」
「打てたんですね」
「人は成長するもんや」
 西本の持論だ。だからこそ彼は選手育成にも定評があるのだ。
 このことからもだ。彼はまた言ったのである。
「そしてそれが果たせる日は絶対に来るんや」
「今の近鉄みたいにですか」
「そうなんですね」
「そういうこっちゃ。今年山口が打てたのはどうしてか」
 西本はこのことも自分から述べた。
「こっちも強なったんや」
「ううむ、それはまた深いですね」
「人は成長するものですか」
「アイドルだけじゃなくて」
「野球でもなんですね」
「ほなな」
 ここまで話してだ。西本はだ。
 記者達にだ。こう言ったのである。
「後はちょっと選手のところ戻るわ」
「その選手達ですね」
「優勝を手に入れた」
「その選手達のところにですか」
「そや、あいつ等が山口を打てたからや」
 それでだと。西本は笑顔で言った。
「優勝できたさかいな」
「ううん、あの剛速球を打てたのは凄いですね」
「あれは確かに」
「さっき言った通りや。どんな剛速球でもや」
 例え山口のその剛速球でもだというのだ。
「打てるんや。練習してそれなりの力を備えればや」
「そうしてですか」
「打てるだけの力があれば」
「どんなボールでも打てる。絶対にな」
「それで優勝できるんですね」
「打ってそうして」
「そういうことや。どんな相手でも人間や」
 西本が今度言うのはこのことだった。例え山口でもだ。
「同じ人間や。絶対に打てるし。それに」
「それにですね」
「さらに」
「優勝できるんや」
 こうだ。ようやく顔を綻ばせて言うのだった。
 西本は長い間球界の御荷物と言われた近鉄バファローズも優勝させた。だがそれまでにはこうしたドラマがあった。不世出の剛速球を彼が育てた選手達は打ちだ。そうして優勝できたのである。


剛球攻略   完


                           2011・1・2 
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