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シモン=ボッカネグラ

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第一幕その二


第一幕その二

「それは無理よ、総督はいつも貴方達を監視しているから」
「いや、それでもやらなくちゃいけないんだ。それが僕の務めなんだ」
 彼は恋人の訴えを必死に振り払おうとする。
「今日もそれで集まりがあるんだ。奴を倒す為のね」
「止めて!」
「出来ない!」
 彼は頑迷にそれを振り払った。
 そしてその場を立ち去ろうとする。だがその時誰かが屋敷に来たようだ。何やら複数の足音が聞こえて来る。
「ムッ!?」
 ガブリエレはそれを確認して身構えた。腰の剣に手をかける。
「待って、貴方の命を狙ってるんじゃないわ」
 アメーリアは彼を落ち着かせる様に言った。
「貴方の敵には変わりないけれど」
「敵!?もしかして」
「ええ、総督よ。今日は狩猟に行かれる際にこちらに来られる予定だったの。少しお早いけれど」
「あいつが!?ならば!」
 ガブリエレはそれを聞き剣を手に門のところへ行こうとする。
「駄目、人が大勢いるのよ!」
 アメーリアはそんな彼を必死に止めた。彼は次第に落ち着き剣から手を離した。アメーリアはそれを見てホッと胸を撫で下ろした。
 そこに使用人が入って来た。
「こちらに総督の使者が来られます」
「誰?」
 アメーリアは尋ねた。見れば顔が強張っている。
「ピエトロ様です」
 アメーリアはそれを聞いて胸を撫で下ろした。
「何かあるのか?」
 ガブリエレはそれを見て不思議に思った。そこへピエトロがやって来た。
「これはどうも」
 ピエトロもアメーリア達も互いに礼をした。
「間も無く総督が来られます」
 ピエトロは簡潔に言った。
「わかりました。喜んでお待ちしております」
 アメーリアは慎ましやかに答えた。ピエトロはそれを伝えるとすぐにその場を立ち去った。
 彼が立ち去ったのを見てガブリエレはアメーリアに尋ねた。
「さっき顔が強張っていたけれどどうしたんだい?」
「ええ、実は総督が私に結婚を勧めていて」
 アメーリアは嫌そうな顔をした。
「誰だい?」
「パオロなの。あの男の後妻にって」
「パオロ!?よりによってあの男か」
 ガブリエレも彼の名を聞いて不快感を露にした。パオロは総督の腹心として貴族達を次々と陥れている為彼等から蛇蝎の如く忌み嫌われているのだ。これには総督であるシモンや平民達もいささか辟易している程である。
「総督の腹心だから縁組になるわね。けれど私は嫌、あんな男と一緒になるのは」
 そう言ってガブリエレの胸に飛び込んだ。
「アメーリア・・・・・・」
 彼はそんな彼女を抱き締めた。その時彼女を呼ぶ声がした。先程の使用人の声だった。
「あら、何かしら」
「行っておいで、何かあったらすぐに行くから」
「ええ」
 アメーリアはその場を離れた。庭園にいるのはガブリエレ一人になった。
「朝日が昇ったか」
 彼は海から昇って来る太陽を見て言った。
「とりあえずお腹が空いたな。何か食べるとするか」
 その場を去ろうとする。そこで一人の老人と出会った。この家の使用人の一人でアメーリアの養育係を務めている。心優しく堅実な老人でアメーリアも彼を深く信頼している。
 白い髪と髭の長身の老人である。服は黒っぽいゆったりとした長いものを着ている。
「あ、これはどうも」
 老人はガブリエレを認めると一礼した。二人は顔見知りである。
「いえいえ、こちらこそ」
 ガブリエレも挨拶を返す。身分は彼の方が上だがこの老人には敬意を払っているのだ。
「何かお悩みのようですね」
 老人は彼の顔を見て言った。
「ええ、まあ」
 彼はそれに対して口ごもった。まさかクーデターの件をこの老人にも悟られたのかと思った。
「お嬢様の事で、ですね」
 ガブリエレはその言葉を聞いてホッとした。
「はい、そうなんです」
 彼はそれに対し言った。これもまた事実であった。
「実は彼女と結婚したいのですが」
「我が家の主人には了承は?」
「既に得ています。快諾してくれました」
「ならば何の問題もないですが」
「それが、総督が・・・・・・」
「総督が!?」
 それを聞いた老人の目が一瞬憎悪で燃え上がった。だがそれはほんの一瞬だったのでガブリエレは気が付かなかった。
「実は彼女をパオロの後妻にしようと考えておられるようなのです」
「ほほう、それはまた」
「どうしたらいいでしょうか?何か良い考えはありませんか?」
「ありますが」
「本当ですか!?それは・・・・・・」
「それは後でお話します」
 彼はそこで話を一旦切った。
「ところで」
 話題を変えてきた。
「はい」
 ガブリエレもそれに乗った。
「これから私がお話する事を驚かずに聞いて頂けますか?」
「?はい」
 何のことかわからなかったが了承した。
「わかりました。それではお話しましょう」
 彼はゆっくりと口を開いた。
「お嬢様の事ですが」
「はい」
「実は私とご主人様しか知らない秘密があるのです」
「秘密!?」
 ガブリエレはその言葉を聞いて目の光を強めた。
「・・・・・・ひとつ言っておきます。これを聞いても貴方はまだお嬢様を愛せますか?」
 老人は険しい顔をして問うた。
「はい。例え彼女が人の腹から生まれた者ではないにしても」
 彼は強い声で言った。
「そうですか。ならばお話しましょう。お嬢様は貴族の出ではありません」
「なっ!?」
 これにはガブリエレも驚いた。
「ではアメーリアは・・・・・・」
「そうです。お嬢様は本当はこの家の者ではないのです」
 老人は彼を見据えて言った。その目はまるで彼の心を見ているようであった。
 
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