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北ウィング

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第一章

                             北ウィング
 仕事帰りのバーのカウンターで。私は彼に言われた。
「転勤?」
「ああ、それもな」
「北欧なのね」
「いきなりだろ。フィンランドだよ」
 彼は困った様な笑顔で私に言ってくる。
「知ってるよな、フィンランドって」
「サンタクロースのいる国よね」
 私はまずは誰でも知っている赤い服のお爺さんのことを言った。
「あの人の国よね」
「ああ、それと森に湖な」
「奇麗な国らしいわね」
「そうみたいだな。けれどな」
 彼の困った笑顔はそのままだった。カクテル、キューパリブレを飲みながら私に言ってくる。そのカクテルもあまり味わっていない感じだ。
「寒いらしいな」
「北欧だから」
「ああ、それもロシアより北にあるんだよ」
「あのロシアよりも?」
「まだ寒いらしいんだよ。雪も多くてな」
「そんな国なのね」
「で、その国にな」
 彼はカクテルを飲まずに私に話し続ける。
「三年な」
「三年もいるの」
「時々っていうかたまに日本に帰られるらしいけれどな」
「けれどフィンランドから日本は」
 帰るのもだった。それでは。
「遠いわよね」
「行くのだって大変だよ。飛行機だってな」
 それがあってもだった。
「結構かかるからな」
「本当に遠いわね」
「最初話を聞いた時は何だって思ったよ」
「自分でも?」
「普通国内とか精々な」
「アメリカとかアジアよね」
「北欧だぞ北欧」
 日本とはあまり縁がない感じは否定できなかった。
「フィンランドは親日らしいけれどな」
「それでもよね」
「ああ、人事部長に尋ねたけれどな」
「本当だったのね」
「フィンランドに三年な」
 またこの事実が言葉になって出る。
「いてくれってな」
「ううん、凄い話ね」
「もう決まったからってな。それでフィンランドに三年いてな」
 それからだとだ。その国に三年いた後で。
「日本に戻ったら本社に戻れるってな」
「神戸のここに」
「ああ、そうなるらしいけれどな」
「けれど。フィンランドに三年ね」
「しかも一人だぜ」
 交際している私を置いてだと。彼は言葉の外でこんなことも言った。
「どうなんだろうな」
「私は」
 私達は同じ会社に勤めている。八条商事の総務部に一緒にいる。もう同居していて結婚も考えているところだった。だがそれは。
 彼が今言うフィンランドへの転勤で一変した。それで今話しているのだ。
「ずっとここにいるみたいだけれど」
「日本にな」
「三年ね」
 この歳月をだ。私も言った。
「それだけ待たないといけないのね」
「そうだな。三年な」
「長いわね」
 私もカクテルを手にしている。ジントニックだ。その透明なカクテルを手にしたまま口をつけてはいない。話を聞いているだけだ。 
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