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IS《インフィニット・ストラトス》‐砂色の想い‐

作者:グニル
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瞬時加速

 ロシアの『アドミラル・クズネツォフ』からオーストラリアの『ハーバーブリッジ』に護送された私を待っていたのは様々な部署からの事情聴取です。オーストラリア海軍、空軍の左官、政府高官などと言った関係者全員に1から起こったことを全て話し、それをさらに記録のために何度も繰り返すというある意味地獄の時間でした。
 何とか2日でそれらを終わらせたと思えば今度はダーウィン空軍基地に移送されて保護という名の謹慎を命じられました。勝手にISを使った上に怪我を負ってIS強奪寸前の憂き目にあった私に対して上層部の人たちはかなり慎重になっているようです。
 たった1ヶ月で2回も謹慎を食らうという時点で人物的に問題があるとされて専用機を取り上げられる可能性もあるわけで……今現在は『デザート・ストーム』を取り上げられてはいないとは言え、正直私の気分はかなり沈んでいます。
 こういう時に父さんも母さんも仕事でオーストラリアにはいないということですし、あの時海軍指揮下に入っていたクロエも私を助けるために勝手に演習を離れたという事で別の場所で謹慎を命じられているということです。こう、話す相手がいないというのは自分の中にため込むしかないわけで。安静にしてなければいけないとはいえ気持ちが滅入ってしまいます。
 窓から見える雲を見上げながら今日何度目か分からない溜息をつきます。
 何せこのままIS学園に通えない可能性もあるんですよね。そうなったらどうなるんでしょう。そんなことを考えているとまた私の口から溜息が漏れました。気分が沈んでしまいますよ。
 今私のいる部屋は元々左官級の人たちが使っていた部屋らしく、清潔で広い部屋です。ただ使われなくなってからしばらく経っているのか部屋の中は中央にソファーが向かい合って置いてあり、その間に机があるだけの非常に寂しいもの。そんな環境でもあるので私は更に寂しさを募らせています。はあ、だれでもいいので話し相手がいればまだマシなのですけど……
 そんなことを考えていると部屋のドアをノックする音が聞こえました。来客? 今扉の前には監視と護衛で2人の見張りが立っていて来客があれば知らせてくれるはずですけど……

「どうぞ」

『失礼します』

 あれ、この声って……聞き覚えのある声。扉の向こうから姿を現したのは前より少し色の濃いスーツを纏ったスミスさんでした。

「スミスさん」

「やあ、今回は色々大変だったみたいだね。これ、ケーキだけど食べるかい?」

「あ、ありがとうございます。じゃあお茶を入れますね」

 私の声にスミスさんは笑顔でそう言ってくれました。手には小さな箱を持っています。スミスさんは候補生管理官って言う私を管理する人でしたし色々難しい立場なのではないでしょうか。それなのにわざわざ気遣ってくれるなんて……ありがたいお話ですね。

「そう言えば扉の前に見張りの人いらっしゃいませんでした? 何も声が掛からなかったんですけど」

「ああ、ちょっと内密な話をしたくてね。少し外してもらったんだ」

 お湯をティーポッドに移して紅茶のティーバッグを入れながらスミスさんに聞きます。内密な話、ですか?
 ティーカップを用意して小皿を一緒に机の上に並べ、砂糖を用意している間にスミスさんは箱からイチゴの乗ったショートケーキを取り出して小皿の上に乗せてくれました。紅茶が十分パックから出たところを見計らって机の上にティーポッドを置いてスミスさんの正面に座ります。ポッドの紅茶をカップに注ぎながら私は話を始めます。

「それでお話と言うのは?」

「うん。まあ分かってるとは思うけど君の襲撃後本国の政府上層部では結構な騒ぎでね。そもそも何故襲われたのかって言う理由が見当たらなくて困ってる」

「理由、ですか?」

「うん。いくら君の『デザート・ホーク・カスタム』が第3世代試作機で、もう一機もオリヴィア国家代表の専用機だとしても、もう一機研究所で開発されているものがある。米国の『アラクネ』を奪うような連中だ。狙うなら研究所にある方を狙うはずだ、っていう意見もあってね」

「なるほど……」

「今のところ何とか言いくるめてはいるけど、正直説得する材料が足りなくて困ってるんだ。嫌なことを思い出させるようで悪いけど襲撃時の状況を詳しく教えてくれないかな?」

「はい、それくらいなら全然かまいません」

「そうか、ありがとう。助かるよ」

 スミスさんはそう言うとカップに口をつけました。私もそれを見てから紅茶を一口飲みます。うーん、やっぱりパックだと味が……
 ケーキと紅茶を片付けてから本題に入ります。スミスさんから別れた後の私の行動、襲撃時の周囲の状況を説明。襲撃者についてはスミスさんが持っていた映像データを見せてもらいながら敵の戦力と私の判断、行動などを伝えていきます。

「ふむ、なるほど。大体分かったよ。ありがとう」

「いえ、スミスさんのお手伝いになるのはこれくらいですから」

「謙遜はよくない。君はよくやってくれているよ」

「ありがとうございます」

 素直に感謝の気持ちを伝えます。ただ私の機体が『デザート・ホーク・カスタム』から『デザート・ストーム』に変わったこととだけは伝えていません。会話の最初でスミスさんは『デザート・ホーク・カスタム』と言いましたし、母さんから伝えられていないのでしょう。私が言うのも何か違う気がしますし、黙っておいた方が…… 

「しかしこれだと説得の材料としては少し弱いかな……カルラちゃん自身何か狙われるような事柄は思いつかないかい?」

「さあ、私も何故襲われたのかなんて見当も……」

「帰国した間に何かIS自体に新たな機能を付けられたとかはなかったかな?」

「え、っと……そんなことはないと思いますけど」

「本当かい? うーん、困ったなあ」

 スミスさんは顎に手を当てながらブツブツと独り言を言い始めます。流石に政府上層部との格闘戦は精神を使うみたいです。独り言から時々聞こえる声は「いやこう反論されたら……」「しかし今の現状を……」とか色々と聞こえてきます。
 『デザート・ストーム』のことを話せれば簡単なんですけど……それはいくらスミスさんでも……あれ? でもスミスさんは候補生管理官ですし知る権利があるんじゃ……何で母さんはスミスさんに伝えていないのでしょう?
 そう考えている間にもスミスさんは再度戦闘時の映像を見ながら使える部分を探しているようです。ふと、何かに気づいたようにスミスさんはある部分で映像を止め私に聞いてきました。

「カルラちゃん、ここのレーザーってどうやって避けたの?」

 スミスさんが見せてきたのは『ストーム・アイ』を一瞬発動させてレーザーの軌道を曲げたところでした。映像は私の視点からになっていて、本来は直撃コースのレーザーが画面外では外れたことになっているため違和感を感じたみたいです。

「えっと……この時は……」

 『ストーム・アイ』の説明無しでどこまで説明したものでしょう。うむむ、難しいです。超能力です、とか? さすがにそれは怒られますよね。
 でもクロエにも伝わってたみたいですし部外者じゃなければ伝えてもいいんでしょうか。うむむ……

「カルラちゃん?」

「あ、はい。すいません。少し考え事を」

「ああ、無理しなくてもいいよ。適当にこっちで理由を考えておくから。はあ……」

 スミスさんは笑顔でそう言ってくれましたけどやっぱり難しいみたいです。うう、これは私のせいですし……むしろこれからお世話になる分スミスさんには知っておいてもらったほうがいいのではないでしょうか。うん。

「あの、スミ……」

「失礼する!」

 私が切り出そうとした瞬間扉が乱暴に開かれました。私とスミスさんが顔をその方向に向けるとウィルソン代表が立っていました。え、え? なんでウィルソン代表が?

「む、カスト候補生に用事だったが……取り込み中だったか?」

「いえ、ウィルソン代表。私の用事は後でも足るものですから」

「そうか、悪いなスミス候補生管理官。カスト候補生、こっちに来い」

「は、はい! すいませんスミスさん。話の続きは……」

「うん、またあとでね」

 ウィルソン代表がそれだけ言うと出て行ってしまったので私はスミスさんに謝ってすぐその後を追います。
 ウィルソン代表の後に着いていくとISのアリーナに出ました。

「カスト候補生」

「は、はい!」

 アリーナの中央まで行くとウィルソン代表が振り返ります。その勢いで豊満な胸が左右に揺れました。うう、こんなこと思うのは不謹慎なんでしょうけど、いいなあ。

「君は瞬時加速(イグニッション・ブースト)がまだ出来ないそうだな」

「は、はい……」

「教えてやる」

「は?」

「今後あのような襲撃が起きないとも限らない。私直々に教えてやる」

 言うが早いかウィルソン代表がISを展開します。私はと言うと突然の状況に戸惑ってしまって全く動けていなんですけど……
 結局どういうことでウィルソン代表が直々に、それ以前に何故今なのでしょう。いやまあそれは襲撃があったからなんでしょうけどそれなら他の候補生も全員集めて一緒にレクチャーするのが一番効率的なわけで……

「さっさとしろ! 時間を無駄にするな!」

「ひ、ひゃいぃ!」

 ウィルソン代表の一喝で私は慌ててISを展開します。謹慎中ということで量子化されている武装はありません。常備装備の物だけです。

「いいか、一度だけ見せる。物にしろ」

「い、一度……ですか」

「別にお前に見せるのが一度と言っているだけだ。その場で待て。行うタイミングくらいは教えてやる」

 うう、一度だけですか……これは見逃さないようにしないと。
 ウィルソン代表は私をその場に残してアリーナの壁際まで移動しました。そしてこちらを向き直って武装を展開します。ん、なんだろうあの武装……両手斧? 先端が槍みたいになってますけど見たことない武装ですね。

『3秒後に行う。集中しろ』

「はい!」

 と、そんなことは後回しです。一瞬だけアリーナが静寂に包まれます。

―『デザート・ホーク』後方にエネルギーの収束を確認!―

 来る!

 一瞬、正にその言葉がピッタリでした。アリーナの端から中央までの数百メートルを疾風が駆け抜け、私の首には斧の刃が突きつけられていました。
わ、分かっていても反応出来ませんでした。一夏さんやシャルロットさんが行う瞬時加速と比べてものすごいキレです。

「見えたか?」

「い……いえ、全く」

「そうか。今のが瞬時加速だ。IS学園に通っていてあの『ブリュンヒルデ』の講義も受けているという話は聞いている。今日一日で出来るはずだ」

「はい、頑張ります」

「ああ、今日中に出来たら……そうだな。私のとっておきを教えてやる」

「とっておき、ですか?」

「それとカスト候補生。君は2日後にIS学園に送られることになった。準備をしておくように」

「え!?」

 ウィルソン代表はそれだけ言うとISを解除してアリーナを後にしました。なんか……色々急すぎてもう着いていけないんですけど、とりあえず今は瞬時加速をものにしないと! ウィルソン代表のとっておきって言うのも気になりますし、今日一日で、必ず!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「全く、世話のかかる奴だ」

 アリーナを後にしたオリヴィアはその唯一の出入り口の扉に背中を預けていた。軍専用ということもありアリーナには防衛上の都合から扉は一つしか存在しておらず、アリーナの天井を開けるか壁を貫く以外に中に入る方法はない。その扉の前で子供を見守る大人のように彼女は微笑んだ。

「おや、ウィルソン代表。用事は済みましたか?」

 通りの向こうから聞こえた男の声にオリヴィアは顔を上げ、今までの微笑みを隠すかのように険しい顔つきに変わる。彼女の眼には歩いてくるスーツの男、アーノルド・スミスが映っていた。アーノルドはオリヴィアの前まで来て止まるとニコリと微笑む。

「何か……」

「やめてくださいそんな怖い顔。襲いなんてしませんし襲ったとしても勝てるわけないじゃないですか」

「そうかもしれませんね」

「それで、カスト候補生への用事は終わりましたか? 私の用事に入っても……」

「却下です」

「は?」

「彼女には彼女の今やることがありますので」

「候補生管理官の私にも内緒で、ですか?」

「そうです」

「ふむ……そうですか……」

 アーノルドは顎に右手を添えて考え込む。

「ではウィルソン代表の顔を立ててまたの機会にしましょう」

 10秒程度考えてからアーノルドは再び笑顔でそう言った。人の警戒心を緩和させるようなその優しい笑顔にもオリヴィアは険しい顔を動かさない。

「スミス候補生管理官。貴方には貴方のやることがあるはずです。今は政府上層部への説明を考えるのが先決では?」

「ええ、ですから襲撃時のことについてカスト候補生に聞きたかったのですが……」

「それについてはそちらで対応すると決まったはずですが」

「それについても詳しい状況の把握は必須でしょう?」

 しばらく二人の間で言葉の無い睨み合いが続く。睨み合いと言ってもオリヴィアは変わらず険しい顔をしたままでアーノルドは明るい笑顔を崩さない。その激しい温度差の均衡が崩れるまで5分経った。

「では先ほども言いましたがまたの機会にしましょう」

「ええ、そうして下さい」

「では、カスト候補生によろしくお伝えください」

「ええ、伝えておきます」

 アーノルドはそう言うと来た廊下を引き返していった。オリヴィアはアーノルドが角を曲がるのを見送り、建物を出るのをISのセンサーで確認してから懐の携帯電話を取り出す。

「カスト開発局長をお願いします。例の件、と言って頂ければ……ええ、ええ。お願いします」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「で、出来た…………」

 な、何時間経ったんだろう……もう何時だろう。始めたのはお昼前だったから……アリーナはずっと電気がついてるから時間が分かりませんね。

―現在時刻、午前3時27分―

 ああ、もうそんな時間。どうりで眠いはずです……
 私はISを解除すると同時にアリーナの地面に大の字に倒れこんで目を閉じます。汚れることも気にしないで、って言うよりはもう体中へとへとで立っていられません。うーん、背中が砂でジャリジャリします。手も汗でベトベトのせいで砂がつきます。
 でも、出来ましたよ。瞬時加速……多分。いやだって他にチェックしてくれる人いないわけですし、でも多分出来た! っていう出来です。流石にキレはウィルソン代表には及ばないでしょうけど一夏さんには負けない程度にはできているはずです。なんか自信無くなってきたような……あれ本当に瞬時加速って呼んでいいんでしょうか? ああ、なんか本当に自信無くなって……

「なに寝てるんだお前は」

「ウィルソン……代表?」

 ふと私の顔の上に影が出来たので目を開けると、ISスーツ姿のウィルソン代表が胸の下で腕を組んで私を見下ろしていました。ああ、あれくらいとは言わなくてももう少し私に胸があれば……こんなこと考えるとかやっぱり相当疲れていますね。

「その様子なら出来たようだな」

「い、一応?」

「なんだそれは?」

「ちょっと自信無くて」

「まあいい。さっさと立て。私のとっておきを教えてやる」

「あ、あの……申し訳ないのですけど立てなくて……」

「それは丁度いい。ISを展開しろ。PICで浮遊しているだけでいい。これは今日だけで出来ることじゃない。何度かやってみせるから私の後ろに着け」

「はい、それくらいなら何とか……」

 丁度いい? 私は疑問に思いながらもウィルソン代表が言うとおりISを展開して浮遊し、ウィルソン代表の後ろに着きます。ウィルソン代表もISを展開して私の前に立つと背中を向けて膝をつきました。

「背中にしがみつけ」

「へ?」

「一々聞き返すな。私の背中に負ぶされと言っている」

「はい! えと……失礼します」

 お、負ぶされって……えと、こうでいいんでしょうか?
 私は言われるがままにウィルソン代表に負ぶさります。うわ、IS同士でおんぶされたのは初めてだけど装甲がゴツゴツして傷つきそうですね。ちょっと動くだけでギャリギャリって金属音がします。

「戦闘映像、見せてもらった」

「え?」

「君の戦った敵ISの使った技術、あれは恐らく後方への瞬時加速だろう」

「後方……ですか」

 後方への瞬時加速……技術的には可能なのでしょうけど、そうですか。あれがそうなんですね。

「普通の操縦者では無理だ。ISのブースターの位置関係もある上に操縦者の技術も非常に高い。恐らく国家代表レベルと言う君の見解は間違っていないだろう」

「恐縮です」

「カスト候補生に敵と同じことをやれと言っても無理だ。元々私たちオーストラリアの機体は目的地への到着を第一にしているため前に大出力のブースターは持ってこれないからな」

「はい」

 ウィルソン代表が集中していくのが分かります。それだけの集中力を有する技なのでしょう。大先輩にここまでやってもらっているんです。ここで疲れているなんて言ったら人から教えてもらう資格なんてありません。

「だから今から後方への瞬時加速へ対応するための戦い方を教える。いくぞ、しっかり覚えろ!」

「はい!」

 そう言った瞬間……私の視線がぶれた。
 
 

 
後書き
カルラ は イグニッション・ブースト を おぼえた!


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