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外伝 ドラゴンクエストⅢ 勇者ではないアーベルの冒険

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ムッツリさんの最後の戦い 覚醒編

アーベルは考えた末に、発言した。
「そうだな、これ以上、異世界への進入を許さないで欲しい」
「それは、難しいところだな」
白い部屋の中から、アーベル以外に誰も存在しないにもかかわらず、どこからともなく声が流れ出す。

「この世界の神だろう?」
アーベルは質問する。
「神だからといって、全知全能ではないさ。
とりあえず、できることとできないことを言おう。
貴様が召還された原因となった呪文だが、今後、無効にすることなら可能だ。
呪文の内容は呼び出すことになっているが、対象となる世界からの流入を、自分の管理下で遮断させることで、呪文をとなえても「効果がなかった」ことになる。
一方で、あっちの異世界からの強制介入については、難しいところだ。
最近行われた介入については、排除方法を確立している。
だが、完璧ではない。
今は問題ないが、将来的には破られたり、破ったりという繰り返しが続くだろうな。
あとは、一度介入された場合は、移転元からの送還以外に、物理的に排除するか、本人の希望がなければ無理だね」
神と自称する声は、よどみなく話すと、しばらく間をあけた。

「それと、闇の世界からの召還は、当面、止めるすべはない」
「なぜだ?」
「ゾーマと戦った貴様なら、解るだろう?」
「いや、いろいろ想像することはできるが、それが正しいとは限らないだろう。
俺なりに推測しているのは、闇を浄化させるために、モンスターを出現させる必要があるということか?」
「貴様も解っているではないか」
「いやいや、もっと可能性の低そうな仮説もあるだろう。
ゾーマの本体が、闇の世界にあって、アレフガルドに存在するのは仮の肉体だからとか」
アーベルは別の仮説も指摘する。
「他には闇の世界は、闇が訪れるたびに接続されるとか。
今のアレフガルドのように。
俺の思考の外に出れば、いくらでも理由がこじつけることができるだろう。
それこそ、この世界の外に何があるのか解らない限り」
「やれやれ、そういった思考実験こそが楽しいのではないか。
貴様もそうだろう?」
「神様ほどではないさ」
アーベルはため息をついた。

「ところで、逆に本人が望めば、異世界に行くことができるのか?」
「あちらから、接続があって、本人が戻ることを希望すれば可能だな。
ただ、貴様のようにあっちの世界の体がどうなっているかわからない状態であれば、戻った先での保証はできない。
魂がさまよう状態になるのか、死んだ体に宿ったまま何もできなくなるのか」
アーベルは話を静かに聞いていたが、
「ちょっと話がずれるが、この世界の体とは、魂のための器という認識なのか?」
途中で口をはさんだ。

「それは、定義と認識によって、答えが変わる話だろう」
「そうだな」
「まあ、基本的には相互依存関係にあると考えてもらってかまわない」
「なるほどな」
アーベルは、感心した表情をした。

「話をもどすが、こちらの住民が移動することはできるのか?」
「理論上は、こちらの召喚呪文と同じことなので可能だろう。
だが、召喚した世界で体をどう用意するかが問題だ」
「そうだな。
俺のように、魂の抜けた身体が用意されていなければ意味がないか」
「まあ、召喚した世界における魂の器の定義にもよるさ。
たとえば、ぬいぐるみにも魂が宿ると考えたら・・・」
「人の身体に宿って良かったよ」
「そうか・・・」


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第7研究所の襲撃事件から、二週間が経過しました。
私とクリスお姉ちゃんが、別の世界に飛んでから1ヶ月が経過しました。
別の世界では、3ヶ月ほど暮らしていましたので、こちらの世界との時間の流れが異なる可能性があると、斑鳩さんは推測しています。

今日は、試験の再開のため、私とクリスお姉ちゃんは第7研究所を訪れています。
研究所は、至る所破壊された跡がありますが、ブルーシートに覆われて表面からは被害の状況が解らないようになっています。
ちなみに、研究所襲撃事件については、世間では配水管の爆発事故という扱いになっています。
「襲撃事件となったら、極秘裏に進めていた研究のことが漏れる可能性があるからね。
とはいえ、ある程度情報が流れているだろう。
鼻の下を伸ばした先輩によってね」
白衣を着た青年が、斑鳩さんに冷たい視線を向けます。
「そうそう、茂市のせいで、私たちはいい迷惑だ」
迷彩服をきた、深垣さんは斑鳩さんの背中をびしばしと叩いています。

「痛いじゃないですか!」
「止めて欲しかったら、研究所の修繕費を立て替えることだな。
概算で7億円程度だと聞いているが」
深垣さんは、いたずらっぽく笑っています。
「5億円の宝くじが当たっても、まだ2億足らない・・・」
斑鳩さんは手にしている熊のぬいぐるみを抱えながら黙ってしまいました。
「おい、茂市。
そのぬいぐるみは、あのガキの持ち物じゃないのか!」
「いや、俺がプレゼントしたものです」
「そうか、・・・。
茂市、もしよかったら・・・」
「先輩にはあげません」
「・・・そうか」
深垣さんは、大きなため息をついて俯いてしまいました。
「それに、このぬいぐるみは、あ・・・」

「そんなことより、はやく実験を再開しましょう」
クリスお姉ちゃんが、白衣の青年に声を掛けます。
「そのことなのだが、・・・」
いつもは表情を変えない青年は、珍しく険しい表情をしています。
「君たちのお姉さんがいる世界には移動できない可能性がある」
「どういうことですか」
クリスお姉ちゃんが、青年の目の前で食いかかる姿勢で睨んでいます。

「俺が難解な用語で説明するよりも、体験した方が早い。
前回と同様に、装置を装着してくれ」
青年は、私たちを前回の実験室に案内しました。


私たちは、再び真っ黒な空間の中にいます。
そして、前回と同様に、前方右側に光が見えます。
「進めないね、クリスお姉ちゃん」
「そうね、アリス」
私たちはお互いに顔を見合わせています。
表情は、かなり悪いです。
今回、異世界に進入できないのならば、以前斑鳩さんが話をしていましたフェイズ2に移行できないことになります。
「フェイズ2とは、異世界から技術を習得する内容だよ。
ドラクエ3の世界だったら、困難もなく習得できるはずだよ」
斑鳩さんは昔使用した、凍らせる指輪をさすりながら、説明をしてくれました。

意識が戻らないお姉ちゃんたちの脳波からは、異世界の座標を示す情報が現れなくなっています。
青年の話では、この状態に移行してから約1ヶ月ほどで、脳死と同様の状態に移行して、死んでしまうそうです。

最終的な手段として、斑鳩さんが持っている指輪と同じ技術を活用して、お姉ちゃん達を冷凍睡眠状態で維持する方法もあるようですが、未だに臨床実験が進まないことから、安全性が保証できないとのことです。

「アリス。
一度、戻って報告するよ」
「うん」
私は、後ろ髪をひかれる思いで、真っ暗な空間に戻りました。
そこには、大理石で作られた台座のようなものがあり、台座のうえに赤いボタンがあります。
「これで、帰るわよ」
「うん」
私たちは、一緒にボタンを押しました。
私の意識は薄れてゆきます。
「・・・」


「気づきましたか」
「・・・」
「今回は、装置が起動してから3分程しか経過していません」
青年はやさしい口調で私に声をかけました。
「・・・」
「途中で、壁のようなもので行くことを阻まれましたか」
私は頷きます。
「やはり、あちらの世界から私たちが進入することを遮断しているようです」
青年は、別の被験者による試験でも、2回目以降の進入が止められたことがあると説明した。
「おそらくは、移動先の世界が、なんらかのプロテクトを作動させたのだろうね。
少なくとも、俺があちらの世界での管理者の立場なら同じ事をするね」
「そんな・・・」
「今回の研究は、これで終了ですね」
青年は、寂しい表情を見せます。


「ちょっと、まってくれ」
斑鳩さんのほうから、斑鳩さんではない声が聞こえました。
「あ、くまが・・・」
「しゃ、しゃべった!」
斑鳩さんは、思わず熊のぬいぐるみを地面に落としてしまいました。

「どういうことだ・・・」
周囲のひとが驚愕しています。

そのなかで、斑鳩さんだけは冷静でした。
「これは有名な、あ、くまのぬいぐるみだからね」
斑鳩さんの言葉で全員が沈黙してしまいました。



「アリスちゃん、ゴメン。
待てなくて、会いに来たよ」
「まさか、ムッツリさん・・・」
「俺は、ムッツリではないのだが」
「そんなことより、どうして!」
クリスお姉ちゃんは、目の前のぬいぐるみに近づきます。
「君たちが現れた場所を、町の人から教えて貰ってね。
毎日見張っていたのだよ」
「確かにお前はムッツリではなく、ストーカーだな・・・」
「茂市、お前は黙れ」
深垣さんは、斑鳩さんの口を手で押さえています。

「君たちが現れた時いた場所から、急に黒い入り口が出現したので、入ってみたんだ。
そしたら、2人の声がするのでその方向に向かっていったら、ここについたのだ」


「とりあえず、話は聞いた。
君たちのお姉ちゃん達を助けたいのだろう?」
「はい」
「できるのですか」
「ここで、呪文が使用できるのなら上手くいくはず。
とりあえず、案内してくれ」


私は、熊のぬいぐるみを抱きかかえると、お姉ちゃん達がいる部屋に案内します。
「アリス、私にも抱かせて」
「ダメです。クリスお姉ちゃん」
「私の、あ、くまのぬいぐるみが・・・」
「茂市、お前は帰れ」


「この人達が、君たちのお姉さん達か・・・」
ムッツリさんは、お姉ちゃん達の姿を眺めると、一言発したまま、黙ってしまいました。
「どうしたのですか、ムッツリさん」
「だから、俺はムッツリじゃない」
ムッツリさんの口調は怒っているようですが、熊のぬいぐるみなので、表情は変わりません。

「俺が、この人達を助ける、か。
自分が生きていることを、再び呪いそうだ・・・」
「ムッツリさん・・・」
私は、ムッツリさんの口調が変わったことに気がついて心配そうに、熊のぬいぐるみをなでます。
「どうしたの、お姉ちゃん達を助けてくれないの!」
クリスお姉ちゃんは、ムッツリさんの言葉に不信感を募らせます。

「・・・、大丈夫だ。
昔の事を思い出しただけだ。
助けるよ、君たちには恩があるからね」
「恩?」
私はムッツリさんに尋ねます。
「2人には、食事を作ってくれた。
俺の先祖から伝わる格言には、食事の恩は絶対に忘れるなというものがある。
今こそ、その恩を返そう」
「ムッツリさん、ありがとうございます」
私は、熊のぬいぐるみに向き合いました。
「お礼は、助けてから言って欲しい」
周囲は静寂に包まれました。


「俺の最後の戦いだな」
ムッツリさんは、覚悟を決めた口調で、お姉ちゃん達に向かって呪文を唱えました。
「ザメハ!」
お姉ちゃん達の表情に変化が現れました。
お姉ちゃんたちのからだが、ぎこちなくほんの僅かにですが、動いています。
「お姉ちゃん・・・」
私は、熊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、お姉ちゃん達の意識が戻るのを待ちました。 
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