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外伝 ドラゴンクエストⅢ 勇者ではないアーベルの冒険

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着ぐるみにまつわる思い出

「どうしても、着ぐるみを着なければならないのか」
俺はため息をつきながら、着替えをおこなう。
俺がロマリアに行くときは、着ぐるみを身につけることになっている。
ロマリアで王様をやったことから、いろいろ目立つのを避けるためである。
着ぐるみを着た方が目立つと思うのは俺だけか?

「アーベル。どうして着ぐるみが嫌なの?」
テルルは俺の着替えを手伝いながら質問する。
「それはだな、・・・」
俺は久しぶりに、前の世界での出来事を回想していた。



「僕、アプリン!
新岡(にいおか)市のマスコットキャラクターだよ。
エビルアップルじゃないよ」
大きなリンゴをかたどったそれは、小さな鳥の羽を模した両腕を左右に動かしながら、自己紹介を始めた。
「新岡市の特産品である、ふじリンゴと新岡地鶏をモチーフにした愛嬌いっぱいのキャラクターなのだ。
去年のゆるキャラコンテストでは、全国大会決勝には残れなかったけど、来年はがんばるよ♪」
リンゴの形をしたそれは、左右の手の代わりにある羽を上下に動かしながら愛嬌を振りまく。
「おまえは、何を言っているのだ?」
「キャラクターの自己紹介が必要だと思って」
「いやいや、ここにいるみんなは、知っているから」
周囲には今日のイベントに参加している市役所の職員がスタッフとして集まっている。
アプリンを知らないものはいない。
「イベント中はしゃべれないし」
アプリンには、中の人はいないことになっている。
ならばここで、しゃべるしかない。
「誰に向けて、言っているの?」
アプリンが返事をする前に、外のステージからのアナウンスが聞こえる。

「続いては、みんなのアイドル、アプリンの登場です!」
「早くいけ!」
アプリンは、つきそいの女性とともにショッピングモール内にある特設コーナーに移動した。



「お疲れさん。暑かったでしょ?」
アプリンの着ぐるみを脱いだ俺は、付き添い役の後輩の女性から声をかけられた。
「いや、普通の着ぐるみとは違って、空間があるからそれほど暑くはないよ。
まあ、夏なら、別だろうけどね」
俺は笑って返事する。
マスコットキャラクターアプリンは球形であるため、内側の空間がかなりあまっている。


俺は、スタッフTシャツを身につけている。
脱いだ着ぐるみは、別のスタッフが代わりに身につけている。
俺は、額に少し汗をかいておりタオルで拭いているが、においが気になるほどの汗もかいていないから、問題はない。

「それにしても、休みの日に動員なんて大変ね」
「問題ない。
どうせ、独り身だし」
俺は、イベントの開催にあたって、企画した部局とは異なる課であったのだが動員された。
独身で、ゲーム以外特に趣味を持たない俺は、お呼びがかかれば積極的に参加している。
実家を離れ、アパートに住んでいるが、町内会への参加は、運動会とゴミ出し程度しか参加していない。町村役場の職員なら、たぶん許されないだろう。
実家であれば、いい働き手としてこき使われたかもしれない。

実家は同じく市内にあるが、県職員である兄夫婦が後をついでおり、実家の手伝いもとりあえず不要だ。
「彼女と遊びに行かないの?」
「いない相手と、どうやって遊べと?」


「いなければ、作ればいいじゃない。
職場には若い子も多いようだし」
ここ数年、正規職員の採用数が激減しているが、不景気による失業者対策と、財政難による採用者不補充対策で、市役所も非正規職員の採用が増えている。
その中には彼女の言うとおり、若い女性もいる。
「俺なんか、相手しないだろう」
事実、彼女たちはあまり俺を相手にしていない。
最初のころは、日常会話をかわすこともあるが、数日すると、なぜか、必要最低限の会話しかしてこなくなる。

うちの部には通称「お見合いおばさん」と呼ばれる女性職員がいて、あちこちから見合い話を持っていくが、俺に声をかけたことがない。

「そ、そうかしら」
「よけいなお世話かもしれないが、君のほうこそどうなのだ」
「よけいなお世話です」
「・・・」
「・・・」
次のイベントまで、二人の間に沈黙が流れた。



1時間後、俺は再びステージにたった。
ステージといっても、30cm程度の高さでしか無く、着ぐるみを着た状況でも、問題はない。
「ありがとうございました~」
司会役の女性が、手を振ってイベントの終了を知らせる。
「引き続き、記念写真の時間を用意しております。
よい子のみんな、きちんと順番を守って並んでね~」


俺は、親子と一緒に写真を撮りながら、着ぐるみを着ていなければこんなことはないだろうなと、現実的なことをかんがえていた。
着ぐるみ効果、恐るべし。

隣に目を向けると、黒い着ぐるみがぽつんとたたずんでいる。
「みなさん、ニイウッシーは並ばなくても写真撮影できますよ~」

ニイウッシーとは、県と市と新岡市農協が中心となってブランド化した和牛「新岡黒毛和牛」のイメージキャラクターである。
角も含めると2m近い巨体は、黒毛和牛をイメージした黒と併せて、見るものに威圧感を与える。
俺個人の感想からすれば、愛嬌のある表情は評価すべきところなのだが。

司会者のかけ声もむなしく、黒い牛の着ぐるみの前には誰も並ぶものはいなかった。
午前中のイベントでも誰も並んでいなかった。
子どもにとって、黒い大きな物体は恐怖をよぶものらしい。
今日はこれまで、3人の子どもが泣いていた。
まったくもって、着ぐるみ効果、恐るべし。


写真撮影も終わる頃、事件が起こった。
「アプリーン~!」
「!」
「!」
着ぐるみに向かって、両手を広げて抱きつかれた。
着ぐるみからの視界では、相手の顔を確認できなかったが、声と体格から20代の女性のようだ。
「アプリン、かわいい~。
写メとって、写メ」
「はいはい」
そばにいるもうひとりの女性が、アプリンに抱きついた女性をあきれて眺めながら、携帯電話を取り出して写真を撮っていた。


「よかったわね」
つきそっていた女性の声は限りなく冷たかった。
「別に」
「役得だったでしょ?」
周囲のスタッフ達は、女性の意見にうんうんと頷いていた。
俺は、役得とは思っていなかった。
着ぐるみはおおきいため、抱きしめられた感触を味わうことができなかったからだ。
仕事なので、不満はない。
残念とは思ったが。
「別に」

俺の返事に
「やはりそうだったのか」
「20代だったからな」
「奴にはもったいない」
周囲の反応がおかしい。

「なんですか、みなさんの感想はおかしいですよ」
「おまえは、ロリコンじゃないのか?」
「違います」
「本当のことを言って欲しい。別に犯罪をしていなければ、文句は言わない」
「だから、決めつけないでください!」
「県内の高校生の制服を全ておぼえていると聞いたが?」
「友人の話です!」
俺の友人の中で制服マニアがいたので、ある程度覚えさせられたが、全部ではない。

「ショッピングモールで中学生の女の子と手をつないで買い物している姿を、目撃されているぞ」
「いつのこと?」
「今年の6月12日、日曜日の午後3時頃」
後輩の女性が、完全記憶保持者のような記憶力を披露する。
「覚えがないな、いや、馬中先輩の娘さんだな」
自分の課にいる先輩の名前を挙げる。
「ほう、馬中夫妻の公認ですか?」
「いや、違う。
買い物をしていたときに、偶然馬中先輩とその娘さんに出会っただけだ。
そのとき、馬中さんに急用が出来たので、娘さんを預かっただけだ」
「でも、娘さんと手をつなぐ必要はなかっただろう?」
別の人から質問の声が出る。
「娘さんから買い物の相談を受けて、店の場所がわからないといったら、誘導されただけだ。
娘さんは携帯を持っていないから、はぐれないようにしただけだ」
「何を買ったのですか?」
後輩の女性が質問する。
「馬中先輩に聞いてくれ、父の日のプレゼントだ」
馬中先輩の娘からは黙っていてくれと言われたが、ロリコン疑惑を否定するためだ。
許してもらえるだろう。


イベントが無事終了し、片付けを行っていると後輩の女性から声を掛けられた。
「ところで、先輩の許容範囲は何歳年下までですか?」
「考えた事がないなあ」
「6歳年下とかは?」
「微妙な数字だな」
「だめなのですか・・・」
後輩は、急にテンションが下がる。
「そう言う意味じゃない、微妙と言ったのは5歳とか10歳とか言う切りのいい数字では無かった事を言っているだけだ。
年齢よりも、性格があうかどうかだろう。肝心な所は」
「そ、そうですよね」
後輩は何故か喜んで帰っていった。


翌日から、職場の俺を見る態度が変わった。
職場の女性も普通に話しかけてくるようになった。
どうやら、「俺はロリコンである」という疑惑が払拭されたようだった。
だが、俺は職場の女性からお誘いを受けることも、お見合いおばさんからのお見合いの話しも来なかった。
ああ、俺は自分がもてないことぐらいわかっていたよ。
だから、嫌なのだ。
着ぐるみを着ることで、現実を思い知らされるのが。



俺は着ぐるみに着替え終わっていた。
「で、教えてくれるの?」
「今は勘弁してくれ」
さすがに、前世の話はするつもりはない。
「やっぱり、着ぐるみは可愛いです」
セレンが後ろから抱きしめてくる。
「急ぐぞ!」
俺はセレンをふりほどくと、ルーラを唱えるために部屋を出る。
それにしてもと思う。
見た目のかわいさは、アプリンにかなわないが、触られたときの感触はこちらの方が上のようだった。
 
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