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こうもり

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12部分:第二幕その三


第二幕その三

「とにかく飲んで下さい。私が飲むよりも多く」
「公爵よりもですか」
「そうです。高価なお酒を好きなだけ」
「何とまあ」
 ロシア人といえば無類の酒好きである。酒がなくなれば暴動が起こるとまで言われている。言うまでもなく公爵もロシア人だ。その彼よりも飲んで欲しいとは。
「遠慮はいりません。それどころか遠慮されるのは嫌いなのです」
「そうなのですか」
「そうです。そうして楽しんで頂くのが」
「実に素晴らしい」
 伯爵はその話を聞いて心から関心していた。
「そこまでおおらかな方だとは」
「殿下」
 そこにアデーレがやって来た。グラスを片手ににこにこしている。
「やあオルガさん」
「楽しませてもらってますわ。おかげさまで」
「はい、もっと楽しんで下さい」
 公爵はそれに応えてにこやかに言う。
「もっと飲んで歌って」
「わかりました。あら」
「おや」
 ここでアデーレと伯爵は同時にお互いに気付いた。
「あれはアデーレかな」
「御主人様で。成程ね」
 これで何故伯爵が礼装を着て楽しそうにしていたのかがわかった。成程、と頷く。
「そういうことだったの」
「オルガ」
 そこにイーダもやって来た。
「もっと飲みましょうよ」
「そうね」
「違うのかな」
 伯爵はイーダの声を聞いて思い違いかとも思った。
「似てるけれど」
「侯爵」
 いいタイミングで博士が伯爵とアデーレ達の間に入って来た。実は狙っていたのだ。
「紹介します。バレリーナのイーダさんと女優のオルガさんです」
「はじめまして」
「どうも」
 二人は可愛らしく挨拶をする。
「そしてこちらがルナール侯爵。フランスの方ですぞ」
「あら、フランスの」
 アデーレはそれを聞いてわざとらしく声をあげる。
「それはまた」
「はい、侯爵です」
 彼は述べる。
「いつも侯爵ですか?」
「ええ。それが何か?」
「いえ」
 アデーレは悪戯っぽく笑いながらそれに返す。
「何でもありませんわ」
「そうですか。しかし」
「しかし?」
「似ていますな、実に」
 彼は言う。
「そっくりだ」
「誰がですか?」
 アデーレはにこやかに笑いながらそれに問う。
「貴女が」
「私がですか」
「そうなのです」
 伯爵は述べる。
「全くもって」
「誰にですの?」
「私の家のメイドに」
「あら、それはまた」
 アデーレは結構わざとらしい演技を見せてきた。伯爵をからかうかのように。
「殿下、御聞きになられましたか?」
「ええ」
 公爵もそれに応えてきた。グラス片手に上機嫌に笑ってきた。
「確かに。これは愉快です」
「本当に」
「皆さん、御聞きになられましたか」
 彼は客達に対して声をかけてきた。
「おや」
「どうされたのですか?」
「こちらのルナール侯爵がですね」
 彼は集まってきた客達に対して今の話を言うのであった。
「仰ったのですよ。こちらのオルガさんが御自分の家のメイドにそっくりだと」
「おや、それは」
「また面白い」
「そうですね。面白いですがエレガントとは言い難いですな」
「むっ」
 流石にロマノフ家の縁者に言われては黙るしかない。何しろハプスブルク家に匹敵する欧州きっての名門である。それでは伯爵では太刀打ちできない。それに今は楽しい宴の場、ここは笑われるのがいい、それを自分も楽しむのがいいと伯爵も理解した。そこはやはりウィーンの男であった。
「確かにこれは失礼をしました」
「そうです」
 公爵が彼に言う。
「しかし本当にそっくりだ」
「では侯爵様」
 アデーレはにこやかに笑いながら彼に声をかけてきた。足取りも軽く。
「私からも言わせて頂くことがありますわ」
「それは一体」
「ご忠告です。よく御覧になられるよう」
「人をですか」
「そう、色々な人を。宜しいですわね」
「はあ」
「この上品な手を」
 絹の手袋に包まれた手を見せる。当然ながら手袋もレンタルである。
「この華奢な足も」
 からかうように膝まで見せる。これははったりで中々肉付きがいい。
「都の言葉遣いも細い腰もメイドのものでしょうか」
「いえ、それは」
 おかしいと思いながらも頷く。
「全くもって」
「そうですわね」
 そして今度は気取ったポーズを取ってきた。
 
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