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椿姫

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第二幕その二


第二幕その二

「ヴィオレッタ=ヴァレリーさんの別荘はこちらでしょうか」
「別荘ではありませんが」
 ヴィオレッタはその男に答えてゆっくりと立ち上がった。
「今はここに正式に住んでおりますので」
「そうだったのですか」
「そして何か」
「いえ」
 男は畏まってから応えた。
「まずはお手紙を。先程ポストに入っておりました」
「有り難うございます。何通でしょうか」
「二通程」
「どんなものでしょうか」
「詳しくはこちらに」
「はい」
 ヴィオレッタはそれを受け取った。そしてまずは上の手紙を読みはじめた。
「あら」
 ヴィオレッタはそれを見て明るい声をあげた。
「どうされたのですか」
「フローラからの手紙よ」
 ヴィオレッタは嬉しそうに召使に対してそう述べた。
「私の新しい家を見つけたから。今晩の舞踏会に誘って来ているのよ」
「どうされますか?」
「気持ちは有り難いのだけれど」
 彼女は目を閉じて口元に笑みを浮かべながら首を横に振った。
「今はね。そうしたことには興味がなくなったのよ」
「左様でございますか」
「今はここでアルフレードと二人で暮らしていることが。何よりも幸せだから」
「わかりました。それでは」
「ええ。お断りするわ」
「そしてもう一通ですが」
 男がここで声をかけてきた。
「これね」
「はい」
「何なのかしら」
 ヴィオレッタは呟きながら手紙の封を切った。そして読みはじめた。
「あら」
「どうされたのですか?」
 召使がまたヴィオレッタに対して問うた。
「今日来られるのね」
「どなたがでしょうか」
「お待ちしていた方よ」
 ヴィオレッタは彼女に対してそう答えた。
「やっと来られるのね。それは何時かしら」
「もう少しかかります」
 男がそれに応えた。
「もう少しなの」
「はい。旦那様は歩いて来られていますので」
 彼はそう言った。
「執事である私は先に馬で来ましたが。もう少しお待ち下さい」
「わかりました。それでは待たせて頂きます」
「はい」
 男はそれを聞いてその場を後にした。ヴィオレッタは召使も下がらせその場に一人となった。そして椅子の上に座り込んだ。白い服が樫の木の褐色の上に映える。それはまるで白い椿の様であった。
「あの」
 初老の男の声がした。
「はい」
 ヴィオレッタはそれを受けて声をあげた。
「どなたでしょうか」
 そうは言いながらも誰なのかは内心わかってはいた。だがあえてこう言ったのである。
「どうも」
 見れば品のいい紳士であった。清潔な正装で服装を整えている。その色はシックに黒で統一されている。そしてシャツは白であった。見ればネクタイも地味な色であり黒い靴も油が塗られている。
 そしてシルクハットの下の顔は丸眼鏡をかけ、白い顎鬚と口髭を短く切り揃えている。その顔は何処かアルフレードを思わせるものがあったが顔立ちは彼よりさらに理知的な趣があった。
「こんにちは」
 彼はシルクハットを脱ぎヴィオレッタに対して挨拶をした。見れば白い頭はもう髪の毛がかなり薄くなっていた。
「ヴィオレッタ=ヴァレリーさんですね」
 男は彼女にそう尋ねてきた。
「はい」
 ヴィオレッタはそれに頷いた。それからまた尋ねた。
「貴方は」
「私はジェルモンと申します」
「ジェルモン」
 ヴィオレッタはその名を聞いてその整った顔を強張らせた。
「まさか貴方は」
「はい」
 彼はそれに頷いた。
「私はアルフレードの父でございます」
「そうでしたか」
 沈痛な顔になった。だが態度までは崩さない。冷静さを何とか保ちながら彼を向かい合った。
「そして今日は一体どのような事情でこちらに」
「息子のことで」
 彼はヴィオレッタを見据えながらそう言った。
「あれは世間知らずな男でして」
「そうなのですか」
「詰まらない女に惑わされ、道を踏み外そうとしている。嘆かわしいことです」
「そえは誰のことでしょうか」
 その整った眉を顰めさせて彼に問うた。
「あえて申しますまい」
「お話はそれだけですか」
 キッとしてそう問う。
「それでしたらもうお話することはありませんが」
「いえ、私の方はあります」
 ジェルモンは引き下がることなくそう言い返した。
 
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