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椿姫

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第四幕その四


第四幕その四

「主に報告をしなければ」
「それは何時でもできるよ」
「けれど」
 だがそれは出来る筈もなかった。そう語る側からヴィオレッタの顔は青くなっていく一方だったのである。次第に生気が消えていくのがアルフレードにもわかった。抱いているその身体も徐々に冷たくなってきていた。
「ねえヴィオレッタ」
 アルフレードは最後の時が近付いて来ようとしているのがわかった。まさかこんなに早く来るとは思ってはいなかった。だがそれでも勇気を振り絞ってヴィオレッタに対して語り続ける。もう逃げるつもりはなかった。
「何かしら」
「君は」
「私は大丈夫よ」
 それでもヴィオレッタは言った。
「だから」
「いや、もう駄目なんだよ」
「えっ・・・・・・」
 その言葉にヴィオレッタは絶句した。
「駄目って」
「もう貴女もわかっている筈だ。貴女の身体なんだから」
 ヴィオレッタの病のことについて言った。
「もう貴女は」
「いえ、そんな筈はないわ」
 だがヴィオレッタはそれを認めようとしなかった。何処かではわかっていてもそれを認めることはできなかった。
「私は貴方と一緒にいるのは。何時までも」
「けれどもう」
「そんな筈が。私は何時までも」
「ジェルモンさん」
 ここで部屋にフローラが入って来た。
「フローラさん」
「御父様がここに来られたわ」
「お父さんが」
「どうされるの?こちらに来られたいって言っておられるけれど」
「それは」
「お通しして下さい」
 ヴィオレッタは消え入りそうな声でこう言った。
「是非共」
「いいのかい?それで」
「ええ」
 ヴィオレッタはアルフレードに対して頷いた。
「貴方の御父様にも。祝福してもらいたいの」
「父に」
「あの時私と貴方を離れるように言ってくれた方が祝って下さるなんて。このうえない喜びでしょう?」
「しかし」
「しかしも何もないわ。来て頂きたいの」
「・・・・・・いいんだね」
「ええ」
 ヴィオレッタは頷いた。
「それじゃあ」
 フローラは一旦部屋から消えた。そして暫くしてジェルモンを連れて部屋に現れた。ジェルモンは沈痛な顔でまずは帽子を胸に置きヴィオレッタに対し一礼した。
「私が貴女の前に姿を出せるとは思っておりませんが」
「いえ」
 だがヴィオレッタはその言葉には首を横に振った。
「貴方が来て下さることを心待ちにしておりました」
「左様ですか」
「はい。ようこそおいで下さいました」
「私に対してもそのような」
 ジェルモンは深い悔悟に襲われていた。それと共にあることを言おうと決意した。
「あの」
「はい」
「私は貴女に謝罪すると共に一つのことを申し上げたいと思います」
「それは」
「貴女を娘として呼びたいのですが」
「私を娘と」
「はい」
 ジェルモンはこれに応えて頷いた。
「貴女をそう呼ぶ為に私は今ここに来たのです」
「お父さん、それじゃあ」
「うむ」
 ジェルモンの目が優しいものとなった。
「世間の評判なぞ。どうとでもなるものだ」
 彼もようやくわかったのだ。
「それは幻想に過ぎない。つまらない者達はどのような相手であっても中傷するものだ。そして真に心が清らかならば神が御加護を授けて下さる」
「神が」
「そう。御前とこの方には神の御加護がある」
 アルフレードに対して言った。
「今それがわかった。・・・・・・私は愚かな男だった」
「いえ」
 だがヴィオレッタはその言葉に首を横に振った。
「私はそれでもう満足です。貴方にも認めて頂いたのですから」
「何と言えばいいのか」
 ジェルモンもまた心を打たれていた。
「私の様な者に」
「貴方によりアルフレードは生まれました」
 ヴィオレッタは言った。
「そして私の前に姿を現わして頂きました。これが私の運命を変えたのですから」
「しかし」
「それが何よりの証拠です。それだけでもう」
「何という方だ」
 次第に言葉に詰まるようになった。
「私の様な愚かな老人に対しても」
「アルフレード」
 ヴィオレッタは今度はアルフレードに対して顔を向けてきた。
「何だい」
「貴方にお渡ししたいものがあるの」
「僕に」
「ええ」
 そう言いながら首かけているペンダントを外した。それをアルフレードに手渡す。
「これを」
「ペンダントを」
「その中にね、私の肖像画があるわ」
 アルフレードに手渡しながら説明する。
「だから。受け取って。そして私のことを」
「馬鹿な、何を言っているんだ」
 今度はアルフレードが信じられなくなった。
「君は僕とずっと一緒にいるんだろ?」
「ええ」
 それには頷いた。
「それを。どうして」
「貴方と一緒にいる為に」
 ヴィオレッタは言った。
「だからお渡しするのよ。私はその中にいるから」
「この中に君が」
「そして貴方の心の中に」
「僕の心の中に」
「そう」
 今にも消え入りそうな声になっていた。だがそれでも言った。
 
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