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椿姫

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第四幕その二


第四幕その二

「ですからね。今は病を治すことに専念しましょう」
「わかりました」
「丁度いいニュースも入ってきておりますし」
「ニュース」
「ジェルモンさんのことです」
 フローラはこう言った。
「アルフレードの」
 その名を聞いただけでヴィオレッタの様子が急に変わった。顔に生気が戻ってきたのだ。
「彼がどうかしたのですか?」
「御知りになりたいようですね」
「勿論です」
 彼女は答えた。
「どうしたのですか。確かドゥフォール男爵と決闘されて」
「男爵に怪我を負わして暫くバイエルンに身を隠していたのですよ」
「そうだったのですか」
 ヴィオレッタはそれを聞いて頷いた。
「決闘に勝ったとは聞いていましたが」
「男爵の怪我も快方に向かっていまして。御父上を介して和解されたそうですよ」
「それは何よりです」
 それを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
「一時はどうなることかと思っていました」
「そうだったのですか」
「本当に胸の苦しみが消えたようです」
「胸の」
「ええ。これでもう私には憂いはありません」
 少し晴れやかな顔でこう言った。
「他には何も」
「果たしてそうでしょうか」
 だがフローラはここであえて懐疑的な言葉を彼女に向けてきた。
「といいますと」
「貴女の願いはまだあるのでしょう?」
「いえ」
 だがそれには一旦首を横に振ってみせた。
「もう。彼が無事ならそれで満足ですから」
「遠くバイエルンで安全でいる。それだけでよいのですね」
「はい」
 彼女は頷いた。
「彼女が無事なら。それでよいです」
「そうなのですか?」
 だが彼女はここでまた問うてきた。
「本当に。そうなのでしょうか」
「何が仰りたいのですか?」
 執拗に言われると気になる。そう問いただしてきた。
「何かあるようですが」
「ありますよ」
 フローラは微笑んでそれに応えた。
「ですから申し上げているのです」
「私に」
「はい」
 ここで窓の外から何かが聞こえてきた。それは謝肉祭を祝う人々の声であった。
「さあさあ道を開けろ」
 越えは口々にこう言っていた。
「太った牛の凱旋だ。この素晴らしい日を祝おう」
 不思議な祭と言うべきか。本来偶像崇拝はこのキリスト教の世界においては禁じられている。そして牛はかつてモーゼが十戒を授けられた時に神によりその像を崇めることを禁じられている。だがそれが今こうして崇められているのだ。頽廃の香りもそこには漂っていた。
 だがそれはヴィオレッタにとっては命の息吹であった。彼女はそれを間近に聞いていた。そして彼女はそれから何かを感じていた。
「さあ皆祝おう、この牛を」
「そして楽しもうではないか」
「落ち着いておられますか?」
 フローラは今度はこう問うてきた。
「はい」
「なら宜しいです。それでは」
 彼女はやけに勿体ぶって言う。それがヴィオレッタには不思議で仕方なかった。
「貴女に喜ばしいお知らせです」
「私にですか」
「はい。それは」
 彼女はにこりと笑っていた。そしてヴィオレッタに対して告げた。
「あの方は今パリにおられます」
「えっ!?」
 ヴィオレッタはそれを聞いて思わずベッドから身体を起こした。
「それは本当ですか!?」
「はい」
 フローラはそれに頷いた。
「御父上と一緒に。御父上に連れられてこちらに戻られたのです」
「それは本当のことですか!?」
 ヴィオレッタはもう一度問うてきた。
「本当に彼がパリに戻って来られたのですね」
「はい、そして」
 フローラはまだ言った。
「こちらに向かっておられます。もうすぐ来られることでしょう」
「本当なのね!?」
 顔に生気が戻ってきていた。そしてまた問う。
「彼が。私の側に」
「もうすぐ御会いできると思いますよ。待ち遠しいですか?」
「それはもう」
 もうその気持ちを隠そうともしなかった。
「今あの扉が開いて彼が来るのかと思うと。それがもう楽しみで」
「そう、もうすぐです」
 二人は部屋の扉を見ていた。そこにはまるで希望が輝いているかのようであった。
「彼が来ます。貴女の前に」
「ああ!」
 喜びのあまり声をあげた。
「もうすぐあの扉が開いてあの方が」
「貴女の側に。音が聞こえてきませんか?」
「音が」
「ええ、彼の足音が」
 耳を澄ます。確かにそれが聞こえてきた。それは扉に向かって近付いてきていた。
「ほら、貴女に御会いする為だけに」
「私の為に」
「今それが止まりました」
 確かにそれは止まった。扉の前で。
 そして扉が開いた。遂に彼が姿を現わしたのであった。
「ヴィオレッタ!」
「アルフレード!」
 二人はそれぞれの姿を認めて互いの名を呼んだ。アルフレードは駆け寄りヴィオレッタを抱き締める。彼女はそれを両手を拡げて待っていた。そして彼を受け止めた。
 
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