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ルサールカ

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第一幕その五


第一幕その五

「何度も来ているのにはじめて来たような気がする。どうしてだろう」
「王子」
 遠くから彼を呼ぶ声がした。
「どうした?」
「鹿はいましたか?」
「いや」
 それに返事を返す。
「ここにはいなかった」
「左様ですか」
「何処に消えたのか突然いなくなった」
 彼は言う。
「おかしなことにな」
「またですか」
「そうだ、まただ」
 驚いたことにそれは今がはじめてではないようなのだ。
「どういうことなのかな、これは」
「さて」
 狩人達がやって来た。彼等にもそれはわからない。
「何故なのかな、全く」
「おかしなことがあるものです」
「この森ではそういうことばかりだな」
「はい」
「何故でしょうか」
「それは私にもわからない」
 王子は首を傾げて言った。
「だが獲物がいなくなったのは確かだ」
 これは否定しようがなかった。
「帰るか」
「帰るのですか?」
「獲物がいなくなってはどうしようもないだろう」
 王子は言った。
「帰ろう。いいな」
「わかりました」
「それでは」
「そなた達は先に行って用意をしてくれ」
「お城に帰る用意ですね」
「そうだ、私も後から行く」
こう家臣達に対して告げた。
「では」
「うん」
 狩人達が先に姿を消す。王子は暫し湖のほとりにたたずんでいたがやがて立ち去ろうとした。その時だった。
 彼の目の前に一人の少女が現われた。黄金色の長い髪に黒い瞳を持っている。雪の様な白い肌を持ちそれを灰色の、子供が着る服で包んでいる。足は裸足であった。
「そなたは」
「・・・・・・・・・」
 彼女は一言も答えはしない。じっと王子を見ているだけである。
「何故ここに。そして誰なのだ?」
「・・・・・・・・・」
 やはり返事はない。王子はそれを見て首を傾げさせた。
「口がきけないのか?」
「・・・・・・・・・」
 だがそれにも返事はなかった。ただ王子を見ているだけである。
「妖精か、はたまた人なのか」
 王子はそんな少女を見て思った。
「秘密がそなたの口を封印しているのか?なら何故」
 少女はやはり答えはしない。かわりに手を差し伸べてきた。
「その手は」
 自分に向けられているのがわかる。
「私と共に来たいのか?」
「・・・・・・・・・」
 やはり返事はないが目もまた彼に向けられていた。
「わかった」
 王子はその目を見て彼女の気持ちがわかったように思えた。
「では共に行こう、私の城へ」
 そう言って少女の手を取った。
「一緒にな。では消えないでおくれ」
 少女はその言葉にこくりと頷いた。
「この深い霧に覆われた森の中で消えはしないで永遠に。私と共に」
 彼は少女を連れて湖を後にする。それをあのお爺さんが見送っていた。
「幸せになれるものか」
 お爺さんはそう言ってもその少女、ルサールカを見守っていた。どうあっても彼女が心配であったのだ。
 
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