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東方調酒録

作者:コチョウ
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第二夜 霧雨魔理沙は返さない

 香霖堂に向かう道の川辺にバッカスという名のバーが一軒あった。暮れの四つごろ、店内には店主の月見里 悠とカウンター席に人間一人、妖怪が二人座っている。この場合妖怪は二匹と数えるべきであるが、悠には幻想郷の妖怪は見た目から何人と数えてしまう。無精ひげを蓄えた店主は相変わらず氷を削っていた。カリッ、カリッといつもの音が店内に漂うていた。妖怪の二人は将棋をしている。テーブル席でやればいいものを、カウンター席の方が気に入ってるらしい。犬耳の方は犬走椛であり、背中に大きなリュックを背負っている方は河城にとりであった。彼女がリュックをおろした姿を悠は見たことがない。リュックからマジックハンドが飛び出しカクテルグラスを掴んでいた。椛の方は考え込むと悠のアイスピックの音に合わせて耳をヒョコヒョコと動かすみたいだ。その姿は小動物のようで、何とも愛らしい。椛は先ほどから10分ほど耳をヒョコヒョコさせていた。にとりは暇を持て余したので悠を話し相手に選んだようだ。
「へぇー、上手いものだね」
「ん? ああ、 バーテンダーの仕事は製氷から始まるからね、 日々のルーチンワークだから嫌でも上手くなるよ」
「私たちに任せればそれぐらい丸い氷を作る製氷機を作製出来るわよ」
悠は手を止め氷を掲げた。
「こればかりはダメだな、 それに僕ぐらいの氷を作れるのは、世界に5人といないよ」
悠の数少ない自慢の一つである。
実際悠の作る氷はありえないぐらい丸い、 しっかりとした固い透明な氷の為、それは理想的なランプオブアイスとなっている。
「それでフローズン・ダイキリ作って」
カウンター席で何やら書いていた稗田阿求が注文してきた。悠は一瞬止まった。フローズン・ダイキリはかき氷みたいなカクテルなので、氷を砕かなくてはいけないからだ。
「冗談だよね……」
悠が聞いた。
「シロップ抜きでダブル!」
阿求が笑顔で言った。悠は観念したようで、ヘミングウェイかよと言いながらバー・ブレンダー(ミキサー)を取り出し、名残惜しそうにランプオブアイスを入れた。阿求は嬉しそうに、にとりは同情したように見ていた。椛は未だに将棋盤と睨めっこしている。耳が垂れていた。それはもう詰みじゃないのか?と悠は思っていた。

悠がフローズン・ダイキリを完成させた時、店のドアが開いてエプロンがついた白黒のドレスに魔法使いの帽子を被った金髪の可愛いらしい少女が入ってきた。霧雨魔理沙である。手に持っていた箒を入口の壁に掛けて、にとり達に声をかけながらカウンター席に座った。
「泣きそうな顔してるけど、どうしたんだ?」
マルガリータ一つとつけ加えながら魔理沙が聞いた。
「最高傑作が望まれない形で消え去った……」
今来た魔理沙には意味がわからなかった。
「よく分からないけど、ドンマイ‼」
魔理沙は適当に明るい慰めをした。シャカシャカとシェイカーの音がなり始めた。魔理沙はにとりと椛の三人で話している。椛はどうやら降参したみたいだった。阿求はフローズン・ダイキリを飲みながら何やら書き続けている。にとりがキュウリのカクテルを要求してきたので、ブラッディ・メアリーにキュウリバーをいれて出してあげた。どうやら気に入ったようである。

にとりと椛が帰ったあと、魔理沙はマルガリータを飲みながら、
「この酸味が恋の味なのかな?」
とつぶやいた。悠はアイスピックを手にさしそうになった。阿求は手が止まっている。
「何?いきなり」
悠が聞いた。
「いや、 ほら恋って酸っぱいっていうじゃないか?」
「まぁ、甘くはないね……酸っぱいのは初恋と悲しい恋だよ。 普通の恋はどっちかというとスパイシーだな」
「ヘェ〜」
魔理沙が目を輝かせ聞いている。
「私、恋とかしたことないからな〜」
とつぶやいた。悠は立ちくらみがした。悠は後ろの棚からウォッカ、オレンジジュースを取り出し乱暴にタンブラーに突っ込みステアした。
「はい、 スクリュードライバー!」
タンッと魔理沙の前においた。魔理沙は手に取り、口した。
「うまい! 口当たりがいいな!」
「スクリュードライバーはねじ回しという意味だ。ねじ回しを使って混ぜたからその名前がついたんだ」
「フーン、でも何でいきなり?」
「魔理沙さんが好きそうだと思って」
「ああ、確かにこの味は好きだぜ!」
嘘である。スクリュードライバーは別名『レディーキラー』という。何人もの妖怪の女の子をその気にさせているのに、気がついていない魔理沙に対するひがみと皮肉のつもりであった。魔理沙は誰に対しても隔てなく接するため多くの人に好かれる。悠も幻想郷にきた当時は多く助けられた。この店を作る時一番手伝ってくれたのが魔理沙であった。
「おお、いっぱい飲めるぜ」
すごいペースで飲んでいた。後ろの棚を見た悠は何かに気が付き、少し考えてから
「じゃあ、もう一つオススメのカクテルを……ドライ・ジン、オレンジジュース、パイナップルジュース、レモンジュース、アンゴスチュラビター、シュガーシロップをシェークして……グラスに」
ホノルルですーーと魔理沙にグラスを差し出した。魔理沙はカクテルを口にした。
「ミックスジュースみたいで、飲みやすい……でもお酒の味もしっかりとある! 面白い味だ」
魔理沙はお代わりした二杯目で眠ってしまった。
「ホノルルは味に反して度数はかなり高い方なんだ」
そう言いながら悠はカウンターから出て魔理沙の横に立ち膨れているポケットからウィスキーを一本取り出した。
「こいつは貸せないな」
ウィスキーはバーボンのワイルドターキー17年である。悠の虎の子であった。悠がにとり達を見送った時にとったのだろう。
「あら、よく気がついたわね」
阿求が言った。
「棚の酒は全部覚えてますから……あなたの記憶力には及びませんけど」
阿求がエッヘンと言った。
魔理沙は良く人のものを勝手に借りて行く、魔理沙の家に行って持って帰ってくること以外に帰ってることは滅多にない。その代わり魔理沙も良く人に手を貸す。だが今回は悠も譲れないようであった。
しばらく阿求と話していると、アリスが魔理沙を迎えにきた。家に来るって言ったのに来なかったから心配になって探したらしい。まったく魔理沙は……と言い、どこか嬉しそうに魔理沙を連れて帰って行った。あの外の世界で、酔い潰れた時迎えにきてくれる人がいる者はどのぐらい、いるのだろう……果たして自分にはいなかったはずである。
「おかわり」
阿求が笑顔で悠の手に持った氷を見つめながら注文した。悠は阿求をギャフンと言わせる方法を考え始めた。
 
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