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ラインの黄金

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第一幕その七


第一幕その七

「もうすぐ彼等がここに来るというのに」
「他の神々は何処なの?」
 フライアも不安と恐怖に支配された顔で周りを見回していた。
「義兄様もこんなことでは。フロー兄様は何処に?」
「そういえばドンナー兄様も何処かしら」
 フリッカは自分の兄も探すのだった。
「見当たらないけれど」
「さあ、神様達よ」
「いいか?期日だ」
 ここで山の頂上の天を衝かんばかりの大男達がやって来た。どちらも分厚い靴を履き作業服を身にまとい頑健な身体に襟や袖の端から毛深いものを見せている。
 髪は黒く硬いものであった。それは髭も同じでそれで顔中を覆っている。目は大きく眉も極めて太い。そうしたものを見ればどうしようもなく男性的なものが窺えた。
「このファゾルトと」
「ファフナーはだ」
 黒い目の男と茶色の目がようやく二人がどちらなのかを教えていた。
「あんた達は眠っている間も働きあの城を築き上げた」
「空に城を築き上げた」
 二人はその天空に浮かぶ城を指差しながらヴォータン達に対して話すのだった。その背はヴォータン達の優に倍はあった。
「あの城には全てのものがある」
「さあ、あそこに入れ」
 こう彼等に告げるのだった。
「そしてだ」
「報酬を支払ってもらおう」
「ではその報酬は何だ?」
 ヴォータンはその彼等を見上げて問うた。
「言ってみるのだ。それが何か」
「それはもう言ってある」
「違うか?」
 彼等は神を見下ろしてその低い、地の底から響き渡るような声で告げた。
「あのフライアをだ」
「春の女神をな」
「馬鹿なことを言うな」
 ヴォータンはその申し出にすぐに言い返した。
「神を渡せだと。他のものにするのだ」
「約束を破るつもりか?」
 だがファゾルトがそのヴォータンの言葉に抗議するのだった。
「そのグングニルに刻まれれている」
 ヴォータンが右手に持っているその槍を指差しての言葉だ。
「約束を取り決める為のルーンは偽りだというのか?」
「兄者よ、言った筈だ」
 ファフナーがここで兄に言ってきた。
「ヴォータンという神は不和を好み偽りを愛すると」
「だからか」
「そうだ。だからだ」
 こう兄に話すのだった。
「そうして戦を起こして戦士の魂を自分の下へ集めるのが仕事だからな」
「そのようだな。しかしだ」
 ファゾルトは弟の言葉を受けたうえでまたヴォータンに顔を向けて告げた。
「約束は守るのだ。あんたの現在の立場もだ」
「どうだというのだ?」
「契約によりなっているのだ。この度のこともその筈だ」
 ヴォータンにとっては逃れられないことであった。
「そうしてわし等を呼んで働かせた。若し公明で隠し立てもなく正直ならばだ」
「どうせよというのだ?」
「約束を守るのだ」 
 彼が言うのはあくまでこのことだった。
「さもなければこちらも平和をかなぐり捨てるぞ」
「神を手渡せというのか」
「それが契約だからだ」
 ファゾルトには絶対の根拠があった。だからこそ強かった。
「わし等とのな。そう」
「わし等はだ」
 二人はここでジロリとフライアを見た。フライアはその視線を受けただけで身体を奮わせる。その彼女を姉であるフリッカが抱き締めて守っていた。
「この節ばった手で汗水流して働き寝食も忘れていたのはだ」
「契約の為だ」
 これだというのだった。
「フライアを妻にもらいたいからなのだ」
 ファゾルトはそうであった。
「わし等は儲けを求めてはいない」
 ファフナーも言う。
「だからフライアを貰うというのだ」
「ローゲはまだか」
「貴方が御呼びしたらいいのです」
 フリッカの夫への言葉は険しい。
「その槍に契約の言葉が刻まれているのですから」
「それはそうだが」
「さあ返答は」
 またファゾルトが言い迫ってきた。
「どうされるので?」
「他の報酬にするのだな」
「約束は約束だ」
 ファゾルトも引かない。
「だからフライアを」
「そうだ。今貰おう」
 ファフナーがここでその巨大な手を伸ばしてきた。そうしてフリッカを払いのけその手にフライアを抱き締めてしまったのであった。
 
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