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西域の笛

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第五章

「間違いありません」
「あの老子様ですか」
「西に去られたという」
「何処に行かれたのか全くわかっていませんでした」
 謎であった、玄奘ですら知らないことだった。
「ですが今こうして」
「我々の前におられますね」
「泉の上に」
「確かに」
 玄奘も務めて抑えているにしても驚きを隠せていない。
「あの方です」
「来たな、玄奘よ」
 その老人、老子が笛を止めた。そのうえでこう言ってきたのだった。
「待っていたぞ」
「太上老君だったのですね」
「そうだ」
 その通りだとだ、老子も答える。
「わしがその老子と呼ばれる者だ」
「そうだったのですか」
「天竺に行ったな」
「はい」
 その通りだと言うのだった。
「そして経典を持ち帰ってきました」
「しかし落胆もしたな」
「まさか天竺で釈尊の御教えが廃れているとは思いませんでした」
「教えにも栄枯盛衰がある。栄え廃れそして栄える」
「御教えもまた」
「そういうものじゃ。沙羅双樹の花の色はあらゆるものに言えることなのじゃよ」
 老子は玄奘に語る。
「それもわかったな」
「では唐でも御教えは」
「そうなるやも知れぬな。だが御主のしたことは無駄ではない」 
 唐においても廃れることになろうともだというのだ。
「決してな」
「そうなのですか」
「うむ、無駄ではない」
 老子はこのことは確かな声で告げた。
「それは決してな」
「私が持ち帰る経典が唐での御教えを広めることになるからですね」
「確かな教えがな」
「それ故にですね」
「御主は大きなことをやった、よくやった」
「有り難うござます。ですが」
 ここで玄奘は疑問に思ったことがあった、その思ったことを老子に問う。
「一つ不思議に思うのですが」
「わしが何故御主を助けたかというのじゃな」
「はい、貴方は道教です」
 そして玄奘は仏教だ、教えが違う。 
 だが何故自分を助けたのか、玄奘は老子にこのことを問うたのだ。
「それは何故でしょうか」
「教えの違いなぞ些細なこと、しかもわしは仏界とも親しいのじゃ」
「だからですか」
「何かを為そうとする者を助けることは当然のことじゃ」
 それ故にだというのだ。
「御主を助けた、それだけじゃ」
「そうだったのですか」
「では唐にその経典を持って帰れ」
 老子はことを理解した玄奘にまた告げた。
「そして仏の教え、確かなものを広めよ」
「わかりました」
 玄奘は老子に対して頭を垂れた。老子はそれを見届けると光を発しその中に消えた、後には玄奘と従者達が残った。
 従者達は玄奘にまだ驚いている顔で言ってきた。
「とても信じられませぬが」
「それでもですね」
「老子様はこの泉におられ我等を助けて下さいました」
「御教えの為に」
「はい、そうです」
 無論玄奘達の為でもあった。
「そうして頂いたのです」
「まさかあの方がここにおられるとは」
「まさに夢です」
「夢ではありません」
 玄奘はこのことを否定した。
「見たものです。しかし」
「しかしですね」
「このことはそのまま伝えられないでしょう、幻の様に思われるでしょう」
「そうなるのですか」
「幻だと」
「はい、そうなります」
 これは達観している言葉だった。
「あの方は伝説の方ですから」
「私達が話をしてもですね」
「それでも」
「そうです。しかし私はあの方に助けて頂きました」
 遠い、そして素晴らしいものを見ていた。そのうえで。
 玄奘はこのうえなく清らかな声で従者達に告げた。
「では今から」
「水に食べるものを手に入れてですね」
「そのうえで」
「戻りましょう、経典を持って」
 そして仏の教えを唐に伝えようというのだ。玄奘は老子に感謝しつつ唐への帰り道に向かうのだった。
 玄奘が老子に会ったことは従者達が広めたが玄奘の言う通りそれはそのまま伝わらなかった、だがその話は残り西遊記という書になった。
 そこでは三蔵法師、玄奘の弟子達が活躍し老子も出て来る。西域に出た老子は仙人になったと言われている、だがその確かなことは誰も知らず伝説になったままである。確かなことは。


西域の笛   完


                2013・1・28 
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