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ソードアート・オンライン ーコード・クリムゾンー

作者:紀陽
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第一話 閃光と赤

デスゲーム開始から一年半、SAOの舞台である浮遊城『アインクラッド』は全百層のうちの六割が攻略されている。
そんな中、第六十層で発見された一つのクエストが攻略プレイヤーたちはの関心を集めていた。

ギルド『血盟騎士団』副団長アスナは、六十一層の転移門広場であるプレイヤーを待ち構えていた。
『彼』は攻略プレイヤー――いわゆる攻略組の一人なのだが、ボス攻略に積極的ではなく、怠け者の烙印を押されている問題児でもあった。
アスナも彼を使うのは本意ではないが、今回のクエストは彼の協力が必要不可欠だった。

しばらく待機していたアスナだったが、その間にも転移門を利用するプレイヤーたちの視線を集めていた。SAOでは数少ない女性プレイヤー、それも五指に入る美少女なので仕方がない。
アスナ自身もある程度はそれを自覚しているので、自然と嫌な視線を無視するようにしていた。
しかし今回ばかりは、それが裏目に出た。

「ねえ君、今暇?」

突然背後から聞こえてきた声に、アスナは驚いて振り返った。視線をシャットアウトしていたせいで接近に気づけなかったのだ。

「へえ、かなり美人じゃん。驚いた顔もいいね」

軽薄という言葉を体現するような言動で、アスナの背後にいた少年が笑う。
すらりとした長身で、顔立ちは少女漫画からそのまま飛び出してきたように整っている。髪は黒く、顎下まで伸ばされていた。フィールドに出るつもりではなかったようで、武器も防具も装備していない。

この軽薄な雰囲気の少年が、アスナが待ち構えていたジルというプレイヤーだった。

「……今日は。あなたがジルさんで……あってますよね?」

胡散臭く思いながらも、アスナはとりあえず確認した。

「うんうん、確かに俺がジルだよ。嬉しいなぁ、こんな美人さんに名前を知られてるなんて――」

そのとき、ジルはなにかに気づいた様子でアスナの顔を覗き込んだ。

「……KoB副団長『閃光』のアスナか」

ジルは一呼吸の間をおくと、突然アスナの両手を握ってきた。

「――いいね!」
「はい?」
「いやいや、こんな間近で見るのは初めてだけど、噂よりずっと美人じゃん。勇ましい女の子ってグッと来るんだよね!」
「は、はあ……」

一方的にまくし立てられ、アスナは目を白黒させる。過剰な接触によりハラスメント防止コードに引っ掛かってシステムメッセージが出現していたが、監獄エリアに飛ばすという発想は思いつかなかった。
しかし冷静になってくると、段々と不愉快な気分になってきた。

監獄エリアに飛ばしてやろうか、とアスナが検討を始めた直後、ジルが手を離しながら言った。

「いやぁ、強くて可愛い副団長さんは大変だね。わざわざインゴットのために会いに来るなんてさ」

アスナは二度目の驚きに、ジルの顔を見上げた。
今までの笑顔とはまるで質の違う、なんだか嫌味な笑顔でジルは口を開いた。

「別に驚くようなことでもないっしょ? ちょっと考えただけで誰でも分かるよ。それとも、俺がただのナンパだと思ってた?」

クスクスと笑うジルに、アスナはなんだか負けたような気がした。

「……あなたのお察しの通り、今日は例のクエストの攻略を依頼したくて来ました」
「だろうね。これでホントは逆ナンですって言われたら嬉しいんだけど」

口が減らないジルに、アスナは軽い頭痛を感じた。
本当にこの男があの難関クエストを唯一クリアしたというのだろうか、とアスナは強い疑問を覚えていた。

六十層で一週間前に発見されたクエストは、これまで類を見ないほど魅力的なものだった。
『この城を突破した者には無数の金属か、至高の金属かのどちらかが与えられるだろう』――クエスト依頼するNPCが告げた言葉は、多くの攻略組ギルドを駆り立てた。そしてそのことごとくがほうほうの体で緊急脱出する破目になった。
NPCが指定した城は、罠だらけで時間・人数制限ありのいっそいじめのような場所だったのだ。

多くのプレイヤーが散った――精神的にだが――クエストをクリアしたのはただ一人。今アスナの目の前にいる少年だけなのだ。

「――まあ、俺としては断る理由もないね。KoBにはこうして好き勝手やらせてもらってるし、わざわざこんな美人さんを派遣してくれたわけだし」

言外に今回は乗ってやると告げられ、アスナは複雑な心境だった。
今回の依頼にあたり、KoB幹部はジルについて情報を集めた。その中に美女に弱いというものがあり、アスナが餌として派遣されたのだ。

しかし意外とやりにくい相手だったが、なにはともあれ協力を取り付けることには成功した。アスナはひとまず胸を撫で下ろしていたが――。

「それじゃ、早速行くとしますか」

ジルのそんな発言を聞いて、アスナは凍りついた。

「――は、はいぃ!?」
「なんだよ、その叫び」

アスナのすっとんきょうな声に、ジルは少し拗ねたように唇を尖らせた。

「ちょっと寄るとこがあるけど、そのあとはすぐにでも行けるからさ」

それとも、とジルはニヤリと笑みを浮かべてアスナの顔を覗き込んだ。蛇に睨まれた蛙というべきか、アスナは顔を引きつらせて一歩後ろに下がった。

「約束だけ取り付けて、自分はさっさとおさらばするつもりだった、とか?」
「う……」

図星だったアスナは思わず呻き声を上げた。
やっぱり、とジルは楽しげに笑みを漏らす。

「当たり前だよねぇ。俺みたいな得たいの知れないヤツと副団長サマを組ませようとは思わねぇだろーし」

でも甘ぇよ、と肩をすくめる。ジルの顔には軽薄そうな笑みが張り付いているが、果たしてどこまで本気の笑顔だろうか。

「別に取って食おうってわけじゃないし、気楽にしなよ。あ、でも彼氏とかに誤解されたら大変かな?」
「か、彼っ……!? そんなのいるわけないでしょ!」
「……へえ、だったら俺、立候補しよーかな」

そんなことを言うジルは、明らかに先ほど以上に楽しんでいた。
ジルの様子を見て、アスナは嫌な予感がした。彼のことだ、先ほどの過剰な否定の意味にも気づいたかもしれない。

「だ、ダメです……! こ、恋人なんて作ってる暇ないし……」
「りょーかい、そういうことにしとこうかね」

意味ありげに頷いたジルは、ウインドウを呼び出していくつかの操作をした。すると『Jilからパーティーに誘われています』、とアスナの目の前にシステムタグが出現する。
アスナが相手の顔を確認すると、長身の少年はキザにウインクした。
思わず眉をひそめるが、ここでジルを逃がすわけにはいかない。アスナは渋々、選択肢の『YES』を選択する。

「それじゃ、よろしく頼むよ――アスナ?」

そう告げるジルは、相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべていた。
 
 

 
後書き
次話もよろしくお願いします。 
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