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セビーリアの理髪師

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5部分:第一幕その五


第一幕その五

「ではここはそうしよう」
「はい。むっ」
 フィガロは誰かの気配を感じた。
「戻って来た!?」
「そうみたいですね」
 ロジーナも鋭い顔になって彼等に応える。
「バルトロがか」
「はい。ここは隠れましょう」
 フィガロは今度はそう助言する。
「カーテンの奥にでも。それでは」
「うん」
 二人はすぐにカーテンの中に隠れた。するとバルトロがすぐに中に入って来た。
「ロジーナ」
「見つかりましたか?」
「それはすぐにな」
 何か引っ掛かる物言いであった。ロジーナもそれに気付く。
「何かありましたか?」
「人の気配がする」
 部屋の中を見回しながら述べた。
「おかしいな。気のせいか」
「気のせいですよ」
 ロジーナは笑って彼に答える。
「どうしてこの部屋に他人が来るのか」
「それもそうか。他に来るのはバジリオ位だ」
「はい」
「今日来るしな。それに」
 部屋を去りながら呟く。丁度二人が隠れているカーテンの側を通る。
「彼女との結婚は今日中に決めてしまおう」
(何!?)
 伯爵は今の言葉にすぐに反応した。だが声には出さずバルトロが出た後でカーテンの中でフィガロに対して言うのだった。
「今日中だと。ふざけるな」
「まあ落ち着かれて」
 フィガロはまずはそんな彼を宥める。
「興奮されると周りが見えなくなりますから」
「わかっている。だがバジリオというのは誰だ?」
「ロジーナさんの音楽教師です」
 フィガロはまずはこう説明した。
「音楽教師なのか」
「かなり変てこな。口が滑って生真面目で高尚ぶっていてそれで抜けていて」
「それはまたかなり変わっているな」
「はい。それでは次に本題に戻りますが」
「それだ」
 伯爵は冷静な顔に戻って言うのだった。
「僕はやはり彼女に身分や名前を話したくはない」
「それはまたどうして」
「純粋な愛を確かめたい。身分や名前に捉われずにだ」
 真顔で言う。純粋な顔をしていた。
「駄目か?それは」
「いえ、そうでなくてはなりません」
 フィガロもまた真顔で彼に答える。
「またそうでなくては私もお助けしがいがありませんよ」
「済まないな、本当に」
 微笑んで彼に礼を述べる。
「そう言ってもらえると何よりだ」
「はい。それではですね」
 すっと今まで手に持っていたギターを出す。それと共にカーテンをめくって再び姿を現わす。
「はじめますか」
「何をだい?」
「名乗りの歌です」
 上機嫌にそう説明する。目の前には当のロジーナがいる。
「宜しいですか、御準備は」
「ああ、何時でもいい」
 伯爵はそうフィガロに答える。
「だから。さあ」
「はい。それでは」
 フィガロは伯爵の言葉を受けてギターを弾きはじめる。伯爵はイタリア風のカンツォーネを優雅に唄いはじめたのであった。
「若し貴女が私の名前を御知りになりたいのであれば」
「知りたいのであれば」
 ロジーナはその曲をじっと聴いていた。目が潤んできていた。
「是非私の唇からお聞き取り下さい。私の名はリンドーロ」
「リンドーロ様ですか」
「そう、それが私の名です」
 唄いながら答える。
「貴女を心からお慕いしていまして生涯共にいたいと思っています」
「生涯ですか」
「そうです」
 このうえない愛の告白だった。
「ですからこうしていつも朝から夜まで貴女の名を呼び続けているのです」
「そうだったのですか」
「私には何もありません」
 これは嘘だった。あえて隠しているのだ。
 
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