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アドリアーナ=ルクヴルール

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第一幕その九


第一幕その九

「うん、まさに神技だ。素晴らしい」
 彼はそれを見て満足気に頷く。そして先程のそれを凌駕する程の凄まじい拍手が場内に鳴り響いた。
 劇は終わった。カーテンコールを終え俳優達が控え室に戻って来る。
「皆さん、お疲れ様です」
 ミショネは彼等を迎え言葉をかけた。
「はい」
 彼等は皆疲れた顔でそれに応えた。だが疲れたとはいっても満足した顔である。
「難しい役だったけれど無事演じきれたわ」
 姫君がほっとした顔で言った。
「私の艶姿、殿方を悩殺してしまったみたい」
 女神は媚惑的な笑みを浮かべて言った。
「私の剣は見事な冴だっただろう」
「今度それの扱い方教えてね。次は僕がやる役だし」
 男優二人は仲良く話している。皆劇が終わり胸を撫で下ろしている。
「皆さん、今日の演技は素晴らしいものでしたよ。次の舞台も頑張りましょう」
 ミショネは彼等に再び声をかけた。
「ええ。けれど次って明日よ」
「一息つく暇もないわよねえ」
 女優二人が愚痴をこぼす。それを男優二人が宥める。
「まあまあその分報酬も増えるし」
「それにファンがまた増えるよ」
 女優達もその言葉に宥められ愚痴を止めた。そこへどうやら準備を終えて戻って来たらしい公爵と僧院長、そして貴族や紳士達が入って来た。
「やあお疲れ様。皆実に素晴らしい演技だったよ」
 まずは公爵が彼等を褒め称えた。彼は演劇通としても知られているようだ。
「本当に。ただデュクロは・・・・・・ここにはいないか」 
 僧院長が部屋を見回して言った。
「デュクロがどうかしましたか?」
 ミショネが彼に尋ねた。
「うん。あの役は彼女にかなりの負担を与えているのではないかと思ってね。演技はともかく喉にかける負担が大き過ぎると思うんだが」
「僧院長もそう思われますか」
 ミショネは彼の言葉に頷いた。
「いや、これは私の主観に過ぎないんだけれどね」
 僧院長はミショネにそう言って断った。
「いえ、それは私も感じていました。やはりあの役は彼女のレパートリーから外すよう提案します」
「うん、確かにそのほうがいいね。彼女にはもっと相応しい役があの劇にはあるし」
「それもアドリアーナと重ならない役で。丁度今演じている役者がミラノへ行ってしまうしいい時期でしょう」
 公爵の言葉に僧院長も相槌を打った。この僧院長も演劇に関してかなりの目利きであるようだ。
「ところでアドリアーナは?」
 公爵はハッと気付き彼女の姿を探した。
「あ、まだこちらには」
 ミショネも探して言った。丁度そこに彼女が姿を現わした。
「おお、ミーズのご帰還だ」
 公爵が微笑みながら言った。彼女は奥の扉からゆっくりと入って来る。ミショネも彼女を満足気に見る。
 競演した役者達や貴族達も彼女を見る。だが当の彼女の顔は晴れない。何か絶望しきったような顔である。
 だが皆それには気付かない。舞台の後で疲れているのだと考えた。
「アドリアーナに敬意を!」
 誰かが言った。そして皆それに従い彼女を取り囲み褒め称えた。
「有り難うございます・・・・・・」
 彼女は笑顔でそれに応えた。だがその顔は青い。
「さて、皆さん」
 ここで公爵は一同に向き直って話しはじめた。
「私は今宵皆さんを別荘の小さな宴に招待したいのですが」
「お、いよいよか」
 公爵のこの提案に僧院長とアドリアーナ以外の役者達はニンマリと笑った。
「貴女は勿論主賓としてです」
 公爵はそう言ってアドリアーナの方を見た。
「如何ですか、皆さん」
 彼は一同に向き直り彼等に尋ねた。
「公爵の別荘ですか?」
 アドリアーナはふと気がついて彼に尋ねた。
「はい、そうですが」
 彼はアドリアーナの突然の態度にいささか驚きながらも答えた。
「そうですか。それでしたら是非私も。宜しいですか?」
「ええ、勿論ですよ。主賓なのですから」
 公爵は再び笑みに戻って答えた。彼はアドリアーナとマウリツィオとの間にどういうやりとりがあったかは知らなかった。
(あの方もあの別荘にいるのだから)
 彼女は心の中でそう呟いた。
「では今日の夜半に。宜しいですね?」
「ええ、勿論」
 一同は公爵の言葉に喜んで答えた。
「では楽しみにしておりますぞ」
「こちらこそ」
 一同はウキウキした顔でその場を後にした。公爵と僧院長は含み笑いで、役者達はこれから起こるであろう事を予想してニヤニヤしながら。
 アドリアーナは期待に満ちた顔でその場を後にした。そして控え室には誰もいなくなった。
 
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