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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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ある老人の最後

 その女性将官が生家を訪ねるのは久しぶりだった。
 幾度と無く死線を彷徨い、多くの姉妹達を看取った彼女が副官と共に彼女の家に帰ってきたのは彼女の父親の最後を看取るためだった。
 730年マフィアと呼ばれた英雄達の傍に付き従い、第二次ティアマト会戦後の730年マフィアを取りまとめて政治家に転身し、『アルテミスの防壁』と呼ばれる国土防衛体制を構築した立役者。
 元自由惑星同盟最高評議会議長という肩書きを持った老人は二人の姿を見かけると、椅子に座ったままじゃれついていた孫達を下がらせて淡々とした顔で二人を見上げた。

「ついに将官になったか。
 嬉しいというべきか、哀れというべきか」

 システム立案者である彼は、彼女の少将の階級章を見て視線を二人から逸らした。
 一将功成りて万骨枯るどころではない、億単位の生命の贄の果てにその階級章ができている事を、誰よりもよくこの老人は知っていたからだった。

「で、妹達でお前に次ぐ者はどれぐらいいる?」

「三人の准将、十八人の代将、百六十五人の大佐に、千七百九十六人の中佐、一万六百二十八人の少佐、十万三千二百八十七人の尉官、三百八十四万七千九百三十二人の機械兵達
 今も順調に増大中ですわ」

 人でない証である緑色に輝く葉緑体の髪を揺らしながら、彼女は楽しそうに微笑む。
 人口比で銀河帝国に負けている同盟にとって人的資源の枯渇はそのまま滅亡を意味する。
 それゆえ、彼女の前にいる老人が権力を握った時に強烈に推進した政策がこの機械化兵の投入だった。
 それだけならば、同盟の運命は変わる事はなかっだろう。
 だが、この老人は機械化兵を将にする所にまで踏み込んだ。
 既に人類社会は人造人間を作り出すことに成功していたが、多額の予算をかけて人を作るより人間を結婚させた方が早いとして見捨てられた技術でもあったのだ。
 それを、バックアップ用量子コンピューターを製作する事で全機械兵の記録を保存、新型に記憶を複写する事で即戦力化に成功させたのである。
 これによって自由惑星同盟軍艦艇の人員を三割減少させる事に成功し、兵の連度の均一化によって損害の回復が格段に早くなり、帝国軍の侵攻は完全に頓挫していた。
 兵としての代用が広がってその有効性が社会に浸透しだしたと同時に、今度は人間と同じ姿をした彼女らを仕官学校から学ばせて将として教育して投入。
 この士官用アンドロイドが全て女性(美人)の姿をしていたのは、軍隊という男性社会に女性を入れる事で組織の健全化を図ったという理由が広がっているが、実はこの老人のただの趣味だったというのを彼女は老人よりじかに聞いていた。

「人でないことがいろいろとハンデにはなっただろうが、人と同じ環境に置く事で私や妹達について文句を言う者は今では誰もいなくなりました。
 最近は私たちとの結婚を望む者も出て政治問題化しかかっています」

 永遠に老いないパートナーの出現。
 当たり前のように、結婚の減少に繋がるからこの老人が手回しをして税金の増額という形で対策を講じていた。
 そのくせ、人間同士の結婚をして子供を作っているのならば回避できる、つまり彼女達を妾として扱う限り目をつぶるとしたあたり、この老人は人の欲を知り尽くしていた。

「言っただろう。
 『可愛いは正義』だと」

 その人を食ったような老人の一言に、二人だけでなく副官まで笑ってしまい少しの間空気が弛緩する。
 実際問題として士官学校での成績は年を追うごとに彼女達アンドロイドが上位を独占することとなり、軍部でも問題になった事があった。
 それを、

「士官学校の席次が何だ。
 機械に勝てないような人間が帝国相手に生き残れると思うか?」

 の一言ではねつけながら、卒業後の彼女達の任官を准位にするなどの待遇面で格差を作る事で解消したついでに、軍制をいじって代将と上級大将職を作り方面軍を新設。
 常時10人以上の上級大将、30人以上の大将、100人以上の中将に、1000人以上の少将職に数万の准将職と戦時に消耗される将官の補充を容易にする即応体制の強化につとめたのだからこの老人かなりの狸である。
 だからこそ、この国の市民は後に彼の事を『自由惑星同盟中興の祖』と再評価しているのだが。
 なお、同年代の市民からは政治家として壮絶に罵倒された上で失脚したという事になっている。

 730年マフィアの後継者として誰もが認めたイゼルローン回廊戦。
 この戦いで建設途中のイゼルローン要塞に複数のワープ装置をつけた小惑星をぶつけて完全破壊した事で帝国軍は人材面の枯渇だけでなく財政面からも完全に崩壊。
 以後20年近く大規模侵攻ができなくなるという平和の果実を自由惑星同盟にもたらしたのである。
 その時間を政治家に転身した彼は無駄にしなかった。
 社会インフラの再建に膨大な資金を集める為に同盟領辺境に特区を建設してフェザーン資本を導入。
 フェザーン資本の特区は開発人材確保の為に帝国から農奴を買ってきて辺境開発は加速。
 同盟はフェザーンと共に特区内の社会保障と教育を農奴に施す事で、彼らに自分の立場を分からせて、同盟かフェザーンに亡命させるかという選択肢を与えて帝国の体力を確実に削いでいったのである。
 そして、巨額の社会保障費用と辺境開発費用の捻出で評議長の椅子を失脚という形で追われる代償に、これら特区の主権をフェザーンに譲渡する事で解消。
 いくつかの恒星系と五個艦隊を保有する星間国家を帝国の隣に作り上げたのだった。
 フェザーンに巣食っていた地球教はこの動きに完全に後手に回った。
 730年マフィア時に彼の働きかけによって、数度に渡る帝国のスパイ摘発にあわせて同盟内のスパイは壊滅していた上に、帝国は軍と財政の再編で動けない。
 そして、同盟ではなく彼らの表の顔であるフェザーンの国力強化を図る政策が、勝ちすぎた同盟弱体化をたくらんでいた地球教と一致していたのである。
 で、全てが明らかになった時に彼らを含めたフェザーンは驚愕した。
 強化された軍事力と経済力によって、帝国も同盟もフェザーンを仮想敵国と認識していたのである。
 情報制御による戦況のコントロールなど行える信用なと地に落ちており、帝国内貴族にはフェザーンを討つことによって己の膨大な借金の帳消しを図ろうと企む者が続出。
 その為、フェザーンは有り余る経済力を使って更なる軍事力強化を図り、さらに同盟と帝国から警戒される始末。 
 こうして、国力比で帝国:同盟:フェザーンは4:3:3という三すくみが成立してしまっていたのである。

「運がよかったのだろうな」

 その老人の一言はゆっくりと時間に溶ける。
 彼の視線は今の二人ではなく、過去を見つめていた。

「730年マフィアですらなかった私が、彼らの遺産を受け継いだ。
 そして、その遺産を同盟の為に使う事ができた」

 副官は彼の独白に何を言っているのだろうと首をかしげる。
 目の前の老人は730年士官学校卒業組で、730年マフィアとつるんだ英雄の一人だというのに。

「この先、銀河には英雄が出るだろう。
 その英雄がきっと銀河を統一するだろう。
 その英雄の下にいたのならばこんなことをするつもりは無かった……」

 それは予言でもあり、呪いでもあり、後悔でもあった。
 だけど、彼の誰に向けられたかわからない告白の相手を知っている彼女はそれを黙って聞く事しかできない。

「だが、私は自由惑星同盟に生まれた。
 生まれてしまった。
 その英雄の活躍を見る事無く、歴史より退場する。
 そして、英雄が私の全てを私が愛した自由惑星同盟を喰らってゆく。
 そんなことさせてたまるか!」


 それは、この老人の宣戦布告。


 老人は彼女の手を取る。
 彼女こそが、英雄を殺す為に作られた老人の刃だった。

「老人のたわごとだが、覚えていてくれると嬉しい。
 銀河を引っ掻き回せ」

「私が忘れるとでも?
 記録して全ての妹達に伝えておきますとも。
 私が消えても、妹達がきっと貴方のご命令をかなえるでしょうから」

 それが、三人の最後の会見となった。
 老人はその一週間後に老衰によってその生を終え、アルフレッド・ローザス退役上級大将に「わし一人になってしまったなぁ」との嘆き声をあげさせたのである。
 自由惑星同盟元帥だった自由惑星同盟評議長の国葬は、その栄光から喪服をつけた軍人達と、彼を親と慕うアンドロイドと機械兵達によって厳粛に行われた。

「我が同盟は一人の英雄を失いました!
 だが、それは終わりではないのです!
 新たな始まりなのです!!
 なぜならば、彼がもたらした果実を育み、育てるのは我ら自由惑星同盟市民の義務だからです!」

 新進気鋭の国防委員で、老人の政策秘書を長く勤めたヨブ・トリューニヒト氏の長い演説を後ろに聞きながら、彼女は国葬を行っているスタジアムから立ち去る。
 その後ろに長いだけの演説を聞かなくてよかったとほっとしている副官にいたずらっぽく声をかけて。

「ヤン大尉。
 長くはない付き合いだろうがよろしく頼む」

「はぁ……
 戦史研究科卒業生に対して何を期待しているか小官には理解できないのですが」

「決まっているだろう。
 エコニアで見せた才覚を眠らせたまま退役させるつもりはないという事だよ」

 少し前に起きた惑星エコニアの反乱未遂事件において、ヤン・ウェンリー中尉は事態収拾に功績があったとして大尉に昇進していた。
 同時に、自由惑星同盟防衛大学校において戦略研究科において勉強する事を命じられ、卒業後に少佐に任命される事が内定していた。
 それぐらいの特権を冥府に旅立った老人は有していたし、それが国力の増大に伴う彼の登場の修正を狙ったものだったというのはこの老人と目の前の緑髪の娘しか知らない。
 そして、その為にヤン大尉に最初に与えられた陰口が今演説中のヨブ・トリューニヒト氏と同じく『730年マフィアのお気に入り』だったりする。
 同盟軍の幹部要員として扱うというエコニア反乱鎮圧の褒章なのは分かっているのだが、円満かつ平穏無事に退役する事を願っているヤン大尉にとってはありがた迷惑でしかない。
 彼女の副官という身分はあくまで宙に浮いた彼を一時的に借りたに過ぎない。 

   
 かくして、一人のイレギュラーによって作られた銀河という舞台の上に二人の英雄が上がる。 
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