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失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
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原作開始【第一巻相当】
  第十一話「職業、高等学校教師」



 つかの間の休暇も終わり、慰安旅行を通じてハクとの信頼関係も深めることが出来た。


 今まで他者との関わりを持たなかったハクだが、この間の旅行を区切りにまるで掌を返したかのように俺に懐き始めた。出会ってまだ五日目なのにも関わらずだ。まあ、それだけ俺に心を開いてくれたということなのだろう。嬉しくないはずがない。


 食事や遊ぶ時、寝る時、はたまた裏の仕事の時もついて回るようになったハク。仕事でペットを持ち込むなど、ふざけているのではと依頼主に思われるのが普通だが、俺の仕事に対する態度は知れ渡っているため、さして支障は来さなかった。もちろん、ハクの身の安全は確保しているため危険性は皆無だ。


 今もハクを肩の上に乗せた俺はとある場所に赴いている。久しぶりに着るスーツは窮屈で仕方がない。


 ここは俺の表の仕事先である学校――陽海学園。御子神理事長に斡旋してもらった仕事というのはまさに学校関係の職だった。


 重厚な扉を前にしてノック。入りなさい、との声に失礼しますと声をかけ扉を開いた。


「久しぶりです、理事長」


「ああ。久しぶりだな、須藤くん。休暇は満喫できたかね?」


 ここは学園の理事長室。正面の執務机にはこの学園の理事長である御子神理事長が座っていた。


 相変わらず修道服のような姿でフードを被り、顔は陰でよく見えない。首にはロザリオが吊り下げられている。御子神さんは名のある退魔師でもあるそうだ。


「今日から復帰ということで良いのだね?」


「ええ。十分疲れも取れましたし、それでお願いします」


「そうか、わかった。ところで、面白いのを連れているな」


 理事長の視線がハクへと移る。ビクッと身体を震わせたハクを胸の前に降ろした。


「ええ。ちょっとした縁で知り合いましてね。ご存じでしょうが、九尾の狐の白夜です。ほらハク、挨拶しなさい」


「……白夜です」


 見事に警戒しているな。大方、理事長の『格』を感じ取ったのだろう。苦笑した俺はハクを再び肩の上に置いた。


「すみませんね。なにぶん、警戒心が強いもので。まあ、俺の新しい家族なので見知りおいてください」


「ふむ。警戒するのも無理はない。私はこの陽海学園の理事を務めている御子神だ。以後よろしく」


「……よろしくお願いします」


 ハクの頭を撫で、早速本題に入る。


「ところで理事長。朱染家の三女が入学するという話は本当ですか?」


「ああ、本当だ。萌香くんは一年三組に在籍する」


「そうですか。萌香が……」


 俺が朱染の家を出てもう五年が経つのか。感慨深いな。あの小さかった萌香が、ついに高校生か。


 ここ陽海学園は妖怪のために設立された学校であり、人間との共存を目的としている。そのため、ここに通う生徒及び教員は全員妖怪だ。中には人間との共存を反対している者も大勢いる。生徒だけでなく教師にも問題を抱えているヒトがいるからな。その点、猫目先生は信頼のおけるヒトだ。


 そんな学園で俺は教師をしている。人間との共存を目的とするから、一人くらい人間が居てもいいだろうとは理事長の言葉だ。人間だからと舐めて掛かり、俺の命を狙う生徒、もしくは教師たちも中にはいるが、その都度教育的指導を行っている。もちろん、方法は肉体言語、拳でかたり合う二者面談だ。


 ちなみに俺の肩書きは【広域最高指導員】というもの。この広域最高指導員というのは問題を起こした生徒や教員の最終処罰を選択する権利を有する。噛み砕いて説明すれば、俺のさじ加減一つで退学にすることも不問にすることも可能ということだ。


 担当科目は生物学と道徳。道徳では人間界での常識や人間との共存に関するものを述べている。


「それで理事長、俺の配置はどうなるのでしょうか」


 前年度は三年のクラス担任を任されたから、今年もどこか違うクラスを担当することになるのかな。そう思っていたのだが――、


「須藤君には一年三組の担任をしてもらう。猫目先生は副担任を担当してもらうつもりだ」


「一年三組の担任、ですか……?」


「そうだ。何か問題でもあるかね?」


 理事長の言葉に首を横に振った。まさか萌香のクラスの担任を任されるとは。恐らく萌香の事情から俺の気持ちを察してくれたのだろう。当然、仕事上では公私混同した行動はとらないが、それでもやはり気になってしまう。


「いえ……感謝します、理事長」


 理事長の采配に心の底から感謝の念を捧げた俺は、深く頭を下げたのだった。





   †                   †                  †





 職員室へ向かった俺は他の教員の先生方に挨拶をして回った。猫目先生の元にも向かうと、俺の姿に気が付き手を振ってくる。


 猫目静先生。猫目で常に笑顔が絶えず生徒や教師からの信頼も厚いヒトだ。教職に慣れない俺を指導してくれた先生でもある。


「あら、お久しぶりですね~」


「ええ、ご無沙汰しております。すみません、私が抜けている間、先生にも負担を掛けましたね」


「いえいえ、お気になさらず~。先生も教師の仕事と何でも屋の仕事と大変ですね」


 俺の裏稼業は表向きには何でも屋ということになっている。確かに依頼は探偵紛いのことから要人の暗殺まで幅広く引き受けているため、あながち間違いではない。


「はは、まあこれが私の選んだ道ですからね。そうだ、先生にも紹介します。新しくうちの家族になりました白夜です」


「よろしくお願いします」


 ペコッと頭を下げるハクに猫目先生の顔がパァッと輝いた。


「あらあら、もしかして九尾の狐さんですか? 可愛いですね~」


 ハクの頭を撫でる先生。意外にも大人しく、されるが儘だった。


「私は猫目静かです。よろしくね~!」


 ――ふむ、ハクも段々他の人に慣れてきたのかな? なんにせよ、いい傾向だな。


 家族の嬉しい変化に微笑む。


「ああ、そうだ。今日から私が一年三組の担当を務めることになりました。猫目先生には副担任としてサポートをしていただきたいと思います」


「はい、理事長から伺っていますよ。頑張りましょうね!」


「ええ」


 俺の業務机に置かれた出席簿を手に取る。ちなみに俺の席は猫目先生の隣だ。


 ――クラスは全員で四十二名か。萌香の出席番号は……十二番ね。


 一通りの生徒の名前と顔を暗記した俺は出席簿を片手に立ち上がる。机の上で毛繕いをしていたハクが肩に駆け上がるのを確認して振り返った。


「それじゃあ、行きましょうか」


「はーい!」


 猫目先生を連れて職員室を出る。


 この陽海学園はかなり広い構造となっており、校舎は三つに分かれている。それぞれ学年によって校舎が使い分けられており、職員室は三年生の校舎に位置する。


 校舎は連絡通路で連結されているため行き来は自由だ。各校舎は三階建てになっており、一学年に九クラス存在する。


「あ、須藤先生だ!」


「きゃー! 相変わらず格好いい!」


「おい、須藤先生だぞ!」


「マジかよ、あの死神須藤が帰って来たのかよ……」


「あのキツネ可愛いー! 先生のペットかな~?」


 すれ違った生徒たちは皆上級生らしく、当然俺の顔も知っている。唯一の人間である俺はこの学園ではちょっとした有名人だ。良い意味でも、悪い意味でも。


 一学年の校舎に入った俺たちは担当する三組の前に辿り着いた。


 ――この先に萌香がいるのか……。


 柄にもなく緊張している自分に気が付いた俺は一人苦笑すると、意を決して扉を開いた。


 それまでガヤガヤと騒がしかった教室内が、途端に静まり返る。


 ――萌香は……いた! 窓側の列の中間辺りか。久しく見ないうちに大きくなって……。


 腕を組んで目を瞑っている萌香は想像を絶するほどの美女に成長していた。周囲の男子生徒は萌香の美貌に見惚れ、女子生徒は嫉妬を越えて羨望の視線を向けている。


 その首にはお袋が渡したというロザリオが掛けられていた。真祖の場合だとロザリオは弱点にならないんだな。


 教卓の前に立った俺は教室内をぐるっと見渡した。猫目先生は教壇の横に立ちソワソワした様子でクラスを見回している。


「――皆さん、陽海学園への入学おめでとうございます。私はこのクラスの担任となった須藤千夜です。すでに皆さんも知ってのことでしょうが、この学園は妖怪が通うための場所です」


 これは既にここにいる全員が知っているはずの事なのだが、ただ一人だけ唖然としている生徒がいた。


 ――あの男子生徒は確か、青野月音くんだったか。なにを驚いているんだ?


 一人だけ反応の違う生徒に内心首を傾げながらも、それをおくびにも出さずに説明を続ける。


「現在、地球は人間の支配下にあると言っても過言ではありません。そんな環境の中、妖怪が生き延びていくには人間と共存していくしか方法は無いと言ってもいいでしょう。個の力は妖怪の方が断然上ですが、人間には銃器を始めとした近代兵器や、妖怪退治を生業とした組織も存在します。人間と戦争が起これば滅ぼすことも可能でしょうが、妖怪もまた大打撃を受けるでしょう。そうならないためにも、この学園では人間との共存の仕方を学んでいきます。主に私が担当する道徳の授業ですね。人間に関して言えば、私が一番詳しいですから」


「先生、それはどういう意味でしょうか?」


 一人の男子生徒が挙手する。


「君は矢倉孝基くんですね。その質問の答えは簡単です。私がこの学園唯一の、人間の教師だからです」


 一瞬の静寂。そして、場が騒然と化した。口々に「なぜ人間がここに?」との声がそこらかしこで上がる。


「はい、静かに。なぜ人間の私が妖怪の学園にいるのかという点ですが、これはなんら不思議なことではありません。人間との共存を目的としているのですから、まず人間とはどういった生き物で、どういう生活を営んでいるのかを知る必要があります。それには同じ人間である先生が一番のうってつけというわけですね」


「だけどセンセェ~、人間なんてみんな喰っちまえばいいだろ。美女は襲えばいいんだし」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべた生徒が、机に肘をつきニヤニヤとした笑みを浮かべていた。大方、俺が人間だと知って、脅して反応を見て楽しもうという魂胆なのだろう。この学園で五年間教師を続け、新入生を持った時は毎回同じような反応をするからな。


 ――この生徒は、確か小宮砕蔵くんといったかな。


「ふむ、確かに中にはそういった過激な考えを持つヒトも居ますね。しかし、先ほど言った通り人間との戦争となれば、妖怪側も大ダメージを受けることとなります。それに、人間もただ黙って喰われることはありません。あまり人間を舐めていると、手痛いしっぺ返しを食らいますよ?」


「ハハハッ! 面白いことを言うなセンセェ! 人間が妖怪に勝てるわけないじゃん」


 小宮くんの考えと同じなのか失笑する生徒たち。同調しないのは萌香を含め十五人だけだった。


「いやいや、それが――」


 癪に障ったのか低い唸り声を上げるハクを教卓の上に乗せ、苦笑した俺は唐突に姿を掻き消した。


「――意外とそうでもないんだな、これが」


 教室が静寂で包まれた。小宮くんを含め失笑の声を上げていた生徒たちが皆、同じ表情を浮かべている。


 小宮くんの背後に素早く回り込んだ俺はその首に小型ナイフを突きつけていたのだ。誰もが俺の行動を目で追えず唖然としていた。見れば萌香も目を見開いている。


 ――まだまだ修業不足だな、萌香。


「確かに妖怪に勝てる人間というのは数が少ない。が、皆無ではない。現に君たちが見ていた通り、先生の実力は妖怪に勝ると自負している。だからこそ、この学園で教師をしていられるのだがね」


 通常のナイフでは妖には太刀打ちできないが、このナイフには破魔の術式が刻んであり、妖にとってまさに猛毒。人間でいうところの銃を突き付けられたようなプレッシャーを感じているだろう。


 冷や汗を垂らし身動きが取れない小宮くんを見てナイフを降ろした。


「小宮くんもすまなかったね。だけど、いい経験になっただろう?」


 震える肩を叩き、教卓に戻る。改めて教室内を見回せば、生徒たちの俺を見る目が変わっていた。畏怖、恐怖、尊敬、好意、そして敵意へと。


「話が少し脱線してしまったな。――話を戻しますが、この学園で過す上で、校則として皆さんには人間の姿で生活をしてもらいます。人間との共存の基本は人間社会に溶け込むこと。すなわち上手く人間に化けることが基本となります。自分の正体が他人に知られないように注意してください」


 丁度チャイムが鳴ったため、長々とした話を区切る。


「明日から通常授業が始まりますので、配布された教科書を持ってくるように。では起立、礼」


 一礼する生徒たちに頷くように頭を下げた俺は猫目先生を連れて教室を出た。


 ――さて、今年の一年はどんな事件を起こすのかな。あまり先生を困らせないでくれよ?

 
 

 
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