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26歳会社員をSAOにぶち込んで見た。

作者:憑唄
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第十三話 鏡月

 
前書き
ごめんなさい、3ヶ月も放置していました……。
年末年始が忙しかったというのもありましたが、私が所属するサークルの新プロジェクトの立ち上げや動画の方の打ち合わせに手間取っていました。
しかし今回、かなり長めにしたので、三週間分くらいの遅れはなんとか……w
本当に申し訳ありませんでした。
今回、アニマからの先行アリです。
アニマへも次からはこちらからのキャラを何体が輸出したのでお願いします!
ニコニコの方→//www.nicovideo.jp/watch/sm19174284  

 



「はい、これで9個目! ユイフォーちゃんよろしくね!」
 レイカは入手したアイテムを、すぐにユイフォーへと渡す。
 すると、ユイフォーは、無言でそれに手をかざす。
 同時に、ユイツーのコピーであるそのアイテムは、青いエフェクトと共に消滅した。
 これで、彼女らのノルマはあと一件のみで達成である。
 ここまで彼女らは、一度の失敗もなく、かつ円滑に、これらのアイテムを入手してきた。
 無論、スユアがいる以上、そのやり方は9割がたがトランプ勝負で得たもの。
 一件のみ、デュエルを申し込まれたが、そこはシャムが対応し、見事勝利を収めている。
 伊達に聖龍連合に所属しているわけではなく、名こそ無いが、シャムの戦闘力は攻略組の中でも高い部類に入る。
 習得が非常に困難なバトルヒーリングを所有しているのも彼の強みである。
 勿論、彼の場合はギルドの方針や過酷な狩りでの結果故の強さなのだが。
 そしてスユアが行うトランプゲームは、殆どがモチーフがあるオリジナルである。
 そのため、明確な攻略法が相手側にはわからず、さらにレイカの口車の上手さもあって、フェアさを出していた。
 一人目の所有者の男性には、デッドウォーズで挑み、相手が払うはずだった92Mの代わりにユイツーのコピーアイテム1つで解決した。
 そのため一人目の男性は、感謝こそすれ、スユア達を恨んでいない。
 二人目と三人目の所有者には、大富豪ポーカーという変則トランプで挑んだ。
 これは、初めは大富豪で勝負し、切ったカードを己の持ちカードとし、それでポーカーの役を作り、勝負するというもの。
 これは四人で行うゲームであり、スユアとレイカの連携プレイにより、相手にそれぞれ100M相当を請求している。
 もちろん、この場合も、相手からはアイテム1つで解決している。
 四人目はデュエルだったが、五人目、六人目相手にはメモリーダウトで挑み、勝利を収めている。
 このメモリーダウトは、非常にシンプルな理由で、一度己の口からダウトした数字は二度とダウトできなくなるというもの。
 つまり先に13回ダウトすれば終わりなのだが……。
 抜け道が存在し、相手が13回ダウトせざるを得ない状況を作り出すことで、勝利した。
 そして七回、八回、今回の九回目は、シルバーサバイバルという勝負を挑んだ。
 基本的なルールはジジ抜きと同じだが、揃ったカードはその場で捨てず、伏せて己の手札とする。
 そのため、相手は何が揃ったかがわからない。
 特殊ルールとして、オークションというシステムがあり、手札が4枚以上に限り、持っているカードを1枚場に出すことが出来る。
 これは1ターンに1度のみ可能。
 場に出されたカードはプレイヤー同士で相談し、誰かが取ってもよい。
 取らなかった場合は、カードは出した人の手札に戻る。
 ジジ抜き終了時、ジジが残ったプレイヤーはその時点で敗北となるが、持っている手札は公開してはいけない。
 残ったプレイヤーは手札から強い順にペアを出していき、勝負する。
 一度でも敗北したプレイヤーはその時点で失格となる。
 勝ったプレイヤーは手札のペアの数の合計数分だけ、他のプレイヤー達から賞金をもらえるというもの。
 これも非常に高レートであり、1ペアにつき10M請求される。
 スユアとレイカの連携プレイにより、これも当然の如く勝利している。
 そして、最後の十人目。
 レイカ、スユア、シャムは、そのプレイヤーに接触する。
 否、正確に言えば、そのプレイヤー達、なのだが。
 中堅層プレイヤー達が集うその場に、彼らはいた。
 そんな彼らに先陣を切って話しかけたのは、レイカである。
「えーと、君達、今ヒマかな?」
 そんな当たり障りの無い言葉に、彼らの中の一人が反応した。
「うお! なんか凄い格好のお姉さんが俺に話しかけてきたんだが!」
 純白の鎧に身を包んだ彼は、そう叫びながら、興奮した様子で、仲間達に話しかける。
 見た目からして、恐らく、中学生、高校生くらいなのだろう。
 そんな彼の言葉に反応して、近くにた小太りの男性と、ゴテゴテ武者鎧を纏った青年もレイカ達に反応する。
「うわっ、マジだ。 ナイトの言うことなんて嘘ばっかだと思ってたんだけどな……。 それにしてもなんだよ、この美女軍団」
「ほほう! ついに拙者らにも女性のファンがついたでござるか! これも日々鍛錬の賜物でござるな!」
 そんな彼らに、レイカはあはは、と苦笑いを浮かべるが。
 そこに、彼らの中にいた、メガネをかけた好青年が助け船を出した。
「ファルコンもござるもそのあたりにしておけよ。 困ってるだろ」
 そう言いながら青年は一歩前に出ると、レイカ達に対し至って社交的な態度で。
「さて、お姉さん方、俺達に用があるみたいだけど、何の用かな? ヒマと言えばヒマだけど、残念ながらデートの誘いならお断りさせてもらうよ」
 そんなことを、そのハスキーボイスで口にした。
 それに対応したのは、レイカではなく、シャムだった。
「ああ、大丈夫、デートの誘いなんかじゃないよ。 大体、私は男だしね。
用は至って簡単。 君達が持ってるアイテムを賭けて勝負してもらいたいんだ」
 シャムが男と発言した瞬間、ナイト、ファルコン、ござると呼ばれた男達はフリーズしたが、メガネをかけた青年は特に反応せず、そのまま冷静に対応した。
「アイテム賭けての勝負? 俺達はそこまでレアなアイテムは持ってないと思うんだけどな。
それに、デュエルじゃあそもそもこっちに勝ち目はなさそうだ。 君が持ってるその蛇矛なんて、高レベルプレイヤーが装備するような装備じゃないか。
中層プレイヤーの俺達がそんな君達に勝てるわけないだろ」
 ため息を吐きながらそう口にする青年に対応したのは、スユアだった。
「フフ、安心しなさい。 貴方達相手にデュエルなんかで勝負しないわ。 フェアじゃないでしょうしね。
私達が貴方達と勝負するのは、これよ」
 そう言って、スユアはトランプを取り出し、メガネをかけた男性へと見せた。
 すると、メガネをかけた青年は、暫く黙った後。
「俺は生憎賭けはやらない主義でね。 ただまぁ、どうしてもそっちがそのアイテムをほしいっていうなら……」
 そこまで、青年が発した瞬間。
「賭け金は100Mよ」
 突如スユアが、そう呟いた。
 そのスユアの言葉に、青年は固まる。
 それどころか、その広場にいた人々が、スユアのその言葉に反応した。
 ざわつく広場で、スユアは周りを気にせずそのまま言葉を並べ始める。
「今から行うギャンブルは超高レートギャンブル。 貴方達が勝利すれば、最低100M、つまり一億コルを渡すわ。
時と場合によっては1G、つまり十億コル以上。 それに対して、貴方達はアイテムたった1つでいいのよ? 悪い話じゃないと思うけど?」
「い……一億コルだって……!?」
 最早聞いたことの無い金額に、青年の顔が強張る。
 それに追い討ちをかけるように、スユアはメニューを開き、なんらかの操作をした後。
 それを結晶でスクリーンショットを取る。
「ああ、もちろん、それがあることはこれを見ればわかると思うけど?」
 そう言いながら、青年に向けて、アイテム付属のメッセージを飛ばした。
 青年は震える手でそのメッセージを開くと……。
「う、うわっ……なんだこれ……二十億コル……!?」
 あまりにも浮世離れしたその数字に、青年は卒倒しそうになるが。
 それに過激な反応示したのは、青年の背後にいた三人だった。
「お、おい! なんだよ一億コルって! 十億コルって! 家どころか城買えるぞ!」
「このムサシ! 感服仕った!! それだけの大金をかけるその度胸! これはやるしかないでござる!」
「きた! 未曾有の勝負きた! これで勝つる!!!」
 個々がそれぞれ盛り上がる中、青年は卒倒するのをグッとこらえ、スユアに向き直る。
「……待て。 そもそも勝負をするんじゃなく、アイテムを買い取るというならどうだ? 1Mでもいい。
それなら文句はないだろう?」
 青年がそう口にすると、スユアはクスクスと意地悪く笑った後。
「甘いわね。 私達はそれを、『その程度』を買い取るなら10k程度しか出さないわ。
欲を言えば、私はお金を出してそれをほしいとは思わない。 けど、必要なもの。
だから、こうして勝負を仕掛けてるのよ。 まぁ、10kでそちらの所有者の人間が納得するなら、それでいいけれど」
 そう言いながら、スユアはナイトへと視線を向ける。
 それに、ナイトは歳相応の強気な笑みを浮かべたかと思うと。
「納得しないに決まってるじゃん。 その勝負、受けてたつ!」
 そんな啖呵を、声を張って発した。
「おい! ナイト、状況がわかってるのか!?」
 当然、青年はナイトにそう注意するも……。
「俺らにメリットしかないじゃん。 受けるのは当然だし」
 ナイトはそんなことを当然の如く口にする。
「うむ。 珍しくナイト氏の言うことは正しいでござるな! 男なら勝負は受けるものでござるぞ!」
「俺もござるとナイトの意見に賛同したくないが、賛同せざるを得ないな。 こんな美味い勝負を逃す手はないぞ」
 それにござるとファルコンも賛同したことで、完全に青年が押される形となった。
「待てよ、美味い勝負ってのは何かしらあるものなんだよ!」
 それでも、負けじと青年が反論すると。
 青年の背後から、一人の人影が現れる。
「まぁまぁ、アイテムの所有者がああ言ってるんだ。 いいじゃないか。 今回はあえて乗ってやろうよ」
 男だけのその集団では浮いた、その少女は。
 そのたった一言で、青年を落ち着かせた。
「……ユナがそう言うなら、俺も従うよ。 本当は反対したいところだけどね」
 青年は少女に向かってため息混じりにそう口にすると。
 再びスユアに向けて言葉を放つ。
「それじゃあ、こっちはこういうことだから、その賭けは了承はしよう。
それで、何で勝負する気だ? やはりカジノで定番のポーカーかブラックジャックあたりかな?」
 青年のその言葉に、スユアは少し黙り、レイカ、シャム、ユイフォーに一度視線を向けた後。
 ニタ、と意地悪く笑いながら。
「フフ、これから初めるゲームは、ポーカーよ。 けど、ポーカーであって、ポーカーじゃないわ」
 スユアのそんな言葉に、青年は疑問を覚えながら言葉を放つ。
「どういうことだ? ローカルルールとか?」
 そんな青年の言葉に、スユアはさらに意地悪く笑った後。
 そのゲームのタイトルを、言葉にした。
「いいえ。 ルールの追加ではあるけれど、最早ポーカーじゃない! けれど、ポーカーのルールを使ったゲーム!
名付けて、麻雀ポーカー。 『雀札(ジャンカー)』よ!」
 我が物顔でそう口にするスユアに、背後にいたレイカは、思わず吹き出すそうになるのを我慢した。
「……いやいや、ジャンカーって、何そのネーミングセンス、ジャンキーか」
 誰にも聞こえないように、レイカはそう口にするが。
 隣にいたシャムには聞こえていたようで。
「ああー、わっりぃー。 あとでスユアに言ってやろー」
「え!? 待って! 悪気があったわけじゃないから! ホントだから! 勘弁して! お願い!」
 レイカとシャムは、スユアが熱弁する背後で、そんなやり取りをしていた。
 当然、スユアにはそんな会話は聞こえておらず、意気揚々とゲームの説明を開始する。
「まず貴方達、麻雀のルールは知ってるかしら? それの一部のルールをポーカーに流用させたものなんだけれど」
「……まぁ、俺は知ってる」
 スユアのその言葉に、初めに反応したのは青年。
「あ、私も知ってる。 というか私はポーカーよりそっちのが得意かな」
 次いで、意外にもユナと呼ばれた少女が反応する。
「俺!俺! 俺も知ってるぞ! というか、俺はネット麻雀でそれなりに強かったからな!」
「当然、拙者も知ってるでござる。 武士たるもの。 卓上の遊戯についても博学でなければならないでござるからな!
まぁ拙者、ポーカーというのには少し疎いでござるが」
 それにつられる様にファルコンとござるが反応を示す。
 残ったナイトと呼ばれる少年は、その二人を見てため息を吐いた。
「俺はわからん。 そんなオッサンくさい遊びやらないし。 ていうかござるも卓上の遊戯なんて回りくどい言い方せずにテーブルゲームって言えよ。
俺テーブルゲームなら人生ゲームがマジ得意だけど」
 余談だが、基本的に人生ゲームに得意不得意もあったものではない。
 それはルーレット操作ができる人間と言う。
 そんな中で、スユアは青年達を見て笑みを浮かべた後。
「それじゃ、お子様は見学でもしてなさい。 貴方の信頼する仲間達が私達と代打ちしてくれるわよ」
 ナイトに向けてそんな言葉を、あざ笑うかのように言いつけた。
 そんなわかりやすい挑発に。
 ナイトは、簡単に乗った。
「は? いや、それはマジありえんだろ。 麻雀くらいルールしらなくてもできるし。 ていうか俺ポーカーはマジ強いし。
スーパーロイヤルストレートフラッシュ揃えたことあるし」
「いや、スーパーってなんだよ……」
 一人で荒ぶるナイトを横に、ファルコンはため息を吐くが……。
 そんなことを気にせず、スユアは言葉を続ける。
「兎に角、お子様も参加ということね。 こちらは私と後ろにいる彼女、レイカが相手するわ。
勝負をする宿屋に着くまでそちらも参加者を決めておきなさい」
 そう言って、スユアはその場で芝居がかったように半回転し、青年達に背を向けると、宿屋へと向かって歩き出す。
 残された青年達は、すぐにその場で、誰で勝負するかを話し始めた。
 これにより、麻雀ポーカー、雀カード(なんだその名前は)は、ゆっくりと幕を開けたのであった。





――――――





「お待ちしておりました。 アルス様方。 ザサーダ教師より既に言伝はもらっております」
 俺達が最後に対峙したオレンジポインターのソイツは。
 出合って真っ先に、そんなことを飄々と口にした。
 ……ザサーダと繋がりがあるやつが、まさか最後とはな。
 しかも厄介なことにオレンジポインターだ。
「……俺も知らない間に有名になったもんだな。 全く嬉しいことじゃねぇが。
で、だ、アイテムを寄越す条件はなんだ?」
 ロクなことにはならないとわかっていても、俺はそれをとっとと聞くことにする。
 どうせ今聞いても後聞いても同じことだ。
 相手が今この場でアイテムを出そうものなら、すぐに力づくで奪えばいい。
 オレンジポインターが相手なら、最悪、剣を抜くこともありえる。
 兎に角、先の失敗を見習って相手にアイテムを出させないことが第一条件だ。
 だがそんな俺の考えとは裏腹に、相手はニコニコと笑いながら口を開ける。
「察しが良くて非常に助かります。 もちろん、ただであげるわけにはいきませんので、当然こちらからも条件を提示させて頂きます。
とは言え、ここまで来て簡単な課題では拍子抜けでしょうし。 何より面白くはありません」
 そこでソイツは一度区切り、手を後ろで組みながら、何歩が考えるように歩いた後。
「ふむ。 いいアイデアを思いつきました。 これならば、ザサーダ教師より言伝された条件とも合っていますし、これにしましょう」
 ソイツはそう呟くと、俺の方へと向き直り、その場で大剣を装備した。
 あの大剣は……メトゥラシエン。
 比較的レアで、市場じゃ5M程度で取引される高級大剣だ。
 そいつを装備するってことは……。
 まさか、ただ見せびらかすだけってことはねぇハズだ。
 無言で俺も大剣を構えると、目の前の男は営業スマイルのような優しい微笑を浮かべると。
「察しがよくて助かります。 では……野外試合といきましょうか」
 それだけを言い放ち、一歩を踏み出した。
 軽やかに踏み出されたようなその一歩は。
 着地と共に、ミシリと重い音を響かせたかと思うと。
 次の瞬間、その体は、ロケットのようにこちらへと文字通り、飛んできた。
 たった一歩で飛行するほどの跳躍。
「……ッ!」
 あれこれ考える前に、体が反応し、その一撃を受け流した。
 その直後に、遅れたように、脳裏に過ぎる幾つもの疑問。
 今のはなんだ……?
 アバンラッシュ……にしてはエフェクトがなかった。
 それに、あの瞬発力はアバンラッシュを軽く超えている。
 いや……待て、エフェクトがない……?
 スキルじゃないってことか?
 いや、あんな瞬発力はスキルでないとまともに……。
 そこで、思考が凍りつく。
 同時に、ソイツの方を向くと。
 ソイツは、相も変わらず営業スマイルのまま、大剣を再び構える。
 だが、先ほどと違うことが一つある。
 それは、『構え』だ。
 その構えは……大剣の構えじゃない。
 剣先をこちらに向けて、右片手で構えるそのレイピアのような構え。
 その構えは……細剣だ。
「お前、なんだ、それ……!」
 俺がそう疑問を口に出すと同時に、ソイツからエフェクトと共にそのスキルが放たれる。
 そのスキルは知らないものじゃあない。
 大剣の速度を遥かに超える速度で繰り出される、俊敏性に依存するスキル。
 細剣のスキルの中では基本的なスキル、『リニアー』だ。
 本来ならば大剣使いの俺なんかは反応することも厳しいはずのその速度の攻撃。
 だが、俺はそれに反応できた。
 相手から飛んできた剣先を、俺のグリュンヒルはしっかりと捕らえ、防御することに成功している。
 そこで一つ、脳内に仮説が立つ。
 ……俊敏性が、無い……!?
 しかし、先ほどの瞬発力。
 あれはどうやって……。
 そこで、再び脳内で仮説が立った。
 筋力特化……!?
 だとすれば、大剣を片手で持ったことも説明がつくし、あの俊敏性も説明がつく。
 コイツは、文字通り、力任せに地面を蹴って、その一撃を繰り出したんだ……!
 だからスキルエフェクトがない。
 スキルを発動させる必要性がなかったからだ。
 それに気づき、ソイツを見ると。
 ソイツは一度だけ、営業スマイルを崩した後。
「どうやら、お気づきになられたようですね。 では自己紹介といきましょうか」
 そこで一区切りすると、ソイツはあろうことか、空いている左手にもう一本の大剣を出しながら、自己紹介を始めた。
「私の名は『鏡月』、システムの穴を抜けるPK。 所謂、一般的にはバグ使いと認識してもらえばわかりやすいでしょうか?」



 【Dirac】[序列二位]
      [PK]
   Kyougetsu[鏡月]
    ―Cheater―
   《バグ使い》Lv81



 バグ使い……。
 確かに、MMOである以上、ゲームである以上、そういう存在は実在している。
 だが、このSAOでは見たことがなかっただけに、その存在は衝撃的だ。
 通常のMMOなら、間違いなく垢BANなのだろうが……。
 SAOのシステム上では恐らく限りなくグレーゾーンなのだろう。
 実際、その大剣二刀流でさえ、今現在、専用スキルがあったという情報は流れていない。
 スキルが命であるこのSAOにおいて、スキルが使えないのは致命傷だ。
 しかし、こいつはそれを逆手に取っている。
 威力をステータス面の筋力で補助して攻撃力を底上げしているのだろう。
「……バグ使い、ね。 PKってのはどうもロクなのがいねぇな。 それより、俺の自己紹介は必要か?」
 俺がそう口にすると、鏡月は首を横に振る。
「必要ありませんよ。 アルス様。 それと、そこにいる方々も自己紹介はいりません。 既にこちらに情報は届いてますので」
 鏡月はそう言い放ちながら、俺の背後にいるヘヴンとユイスリーに視線を移した。
「…………」
 ヘヴンだけは、その様子を黙って見ていたが、その隣にいるユイスリーは鏡月を興味深そうに見た後。
「なるほど。 貴方にも特殊なプロテクトがかかっているようですね。 明確な違法行為であればこの場でアカウントの削除を行うつもりでいたのですが……。
システム側のこちらにも非がある以上、今回は見過ごさせてもらいます。 今後はその不具合の改善に努めますので、よろしくお願い致します」
 そんなことを、淡々と口にする。
 しかし、鏡月はそれに臆することなく、営業スマイルに戻ると。
「ええ、宜しくお願いします。 こちらとしても、多少後ろめたい気持ちがあったもので」
 そんな白々しいことを口にすると、その手に持つ大剣の数を、増やし始めた。
「……なんだ、そりゃぁ……」
 その光景を見て、俺は思わずそんな台詞が漏れる。
 それは、異端で、異形で、異常だった。
 両手の人差し指、中指、薬指、小指の間にそれぞれの大剣の柄を挟めるようにし、爪のようにしたその構え。
 何処かの漫画やゲーム、アニメで見たようなスタイル。
 だが、決定的に違うのは、それが大剣であることだ。
 腕を垂らせば恐らく地面に深く突き刺さるであろうその長さの大剣を六本。
 それを両手に構えている……!
 どういう原理だ、あれは……!?
 バグって言っても、限度があるぞ。
 大体、SAOであんな構えになる装備なんか……。
 そこで、気づいた。
 投擲武器か……!
 恐らく、鏡月は、大剣を投擲武器として構えている。
 なら、あれを投擲してくるってのか……!?
 そう意気込んで構えたと同時に。
 あろうことか、鏡月は、そのままのスタイルで、地面を蹴ってこちらへと飛んできた。
「なぁっ!?」
 俺はすぐにグリュンヒルを構え、その一撃を防御するが……。
 一度の攻撃で三回分の威力。
 しかも、まだそれで片手だ。
 まだもう片方が残ってる。
「くそっ……!」
 一度、ありったけの力で攻撃を弾く。
「おっと……?」
 鏡月はバランスを崩しながらも、もう一撃を俺へと繰り出そうとしているのが視界に写る。
 もう大剣で攻撃を防ぐのは間に合わない。
 だったら、ここは!
「らァッ!」
 あえてさらに踏み込み、左足で相手の右腰を蹴り飛ばす!
 これで重心がズレて、直撃は避けられる……はずだった。
 その瞬間、蹴りあげた左足に違和感が走る。
「ッ……!?」
 視線を己の左足に向けると。
 そこには……俺の左足はなく、鏡月の三本の大剣が地面に突き刺さっていた。
 バランスを崩す、その瞬間に、俺の左足に向かって投擲したのか……!
 切断属性のある大剣なら、俺の左足を部位欠損状態にするのは確かに容易い……!
「くっ……!」
 すぐに俺は持っていた大剣を杖のように地面に突き刺し、何とかその場で自立する。
 倒れたら終わりだ……そのまま串刺しにされるのは目に見えてる。
 だが、この状況……!
「まずはこちらからの初ダメージ、といったところでしょうか。 まぁ、その一撃はかなり大きかったようですが……」
 鏡月の言う通り、さっきの一撃はかなり大きい。
 まだ腕ならばなんとかなったが……片足がなくなったのは相当でかい。
 立っているのがまともな状態で、このまま戦闘を続ければ結果は目に見えてる。
 ……ウスラから奪ったあの状態異常解消の指輪、もったいぶらずにつけておくべきだったな。
 まぁ、果たしてあれで部位欠損が治るかどうかはわからないが。
 そんな考えが頭を過ぎるが、そんな間にも、鏡月は地面に刺さった大剣を抜き、構えなおす。
 今度こそやべぇ……。
 正直、勝てる算段が全く思い浮かばない。
「では、そろそろチェックメイトとしましょうか。 残りの足を切り飛ばしてから、などということはせず。
単純に明快に、PKをさせてもらいましょうか」
 鏡月はそう言い放つと、その場から右足を一歩踏み出す。
 その間にも必死で勝てる算段を考えるが、どうも思い浮かばない。
 もう……ダメだな。
 俺は、そこで諦めて。
 飛んできた鏡月に対して――――。
 ――――俺は力任せに大剣を軸にその場から飛び上がり、同時に、地面から大剣を引き抜き、構える。
「…………!?」
 突然の俺の行動に、鏡月の目が見開かれる。
 一瞬の驚きで相手の行動に隙が出きたその瞬間。
「そこだァッ!!!」
 俺はそのまま、鏡月の顔目掛けて、グリュンヒルを突き出した。
「っうあっ!?」
 俺の狙い通り、グリュンヒルは鏡月の両目を貫くように突き刺さり、後頭部まで貫く。
 その直後に、鏡月は手に持った大剣を、地面に倒れる俺の体へと投擲するが。
 視界が防がれているからか、全部命中、というわけにはならなかった。
 無論、三本程度は俺の体を見事に貫通して突き刺さったのだが……。
 勝てはしないが……悪あがきする算段なら、出来るんだぜ。
 とはいえ、絶望的な状況であることには変わらない。
 俺が三本の剣を引き抜いている間、恐らく俺の部位欠損の回復は間に合わないし。
 さらに相手の顔に刺さってるのは一本だ。
 どう考えても武器を引き抜く速度は相手の方が早い。
 俺は早速体に刺さっている武器を抜きにかかるが……。
 鏡月も、手探りで顔に刺さっている大剣を探し。
 そのまま、引き抜き、俺の近くへと投げ捨てた。
「っく……はぁっ! ……よくもまぁ、私の視界を防いでくれましたね……」
 鏡月は右手で顔を隠しながら、そう呟き。
 そのまま、俺に刺さっている大剣の一本に手をかけた。
「しかしまぁ。 チェックメイトであることには変わりません。 貴方はこの一本さえ抜けなければ、蓄積ダメージで死ぬのですから。
どちらにしろ、この戦い、私の勝利であることには変わりません」
 鏡月の言う通りだ……。
 どちらにしろ、ここで俺の悪あがきは終わり……。
「ああ、俺の負け……」
 そこで、俺は一度区切った後。
 パチン、と指を鳴らし、笑ってやった。
「とでも言うと思ったのか!? 鏡月!」
「……何を言っているんです?」
 鏡月がそう疑問を口にした瞬間。
 風切り音と共に、鏡月の体に数本のナイフが突き刺さった。
「これは……まさか……」
 落ち着いた反応で鏡月は己の体に突き刺さったナイフを眺めた後、顔を上げる。
 そしてその瞬間。
「察しの通りだよ。 鏡月」
 まるで瞬間移動の如く現れたヘヴンが、鏡月の体を蹴り飛ばした。
 筋力がない故に、派手にこそ飛ばなかったが、俺と距離を取らせるには十分すぎた。
 俺はその隙を見計らい、残りの大剣を引き抜き、回復アイテムを使う。
「……HeavensDoor。 貴方はこの戦いに手出しはしないと思っていましたが……」
 鏡月は右手で表情を隠しながらそう呟いた後。
 ゆっくりとその右手を撫で下ろすと、営業スマイルを浮かべながら諦めたようにため息を吐いた。
「もしアルス様が復活すれば攻略組一人と高レベルプレイヤー一人。 さらにこの組み合わせでは些か分が悪いですね」
 そんなことを呟く鏡月に、ヘヴンが手にナイフを構えながら反応する。
「……だったら、どうする?」
 そんな冷たい声で放たれた一言に、鏡月はしばし無言でこちらを見つめた後。
「まぁ、どういう意図があるのかは存じませんが、今回は引きましょう。 アイテムも渡します」
 そう口にして、そのアイテムをレジストリから取り出すと、こちらに向けて投げてきた。
 ヘヴンはそれを無言で受け取り、確認した後。
 そのまま、ユイスリーへと放り投げる。
 当然の如く、ユイスリーはそれを受け取り、そのままアイテムを浄化した。
 その様子を見て、鏡月はニコリと微笑んだ後、踵を翻し、俺達に背を向けた。
「では、また」
 そうして、その台詞だけ残して、その場に落た武器も回収せずに、姿を消していった。
 ……終わった、のか。
「はぁ~……、マジで死ぬかと思ったぜ。 今回ばかりは感謝してもしきれないな……」
 思わず、安堵の吐息と共にそんな台詞が漏れる。
 しかし、ヘヴンは無言で鏡月が消えた方向を見つめて固まっていた。
 ……どうしたんだ、コイツ?
「お、おい、どうした?」
 心配になり、そんな言葉をかけたその瞬間。
 俺の顔をかするように、ヘヴンからナイフが放たれ、地面に突き刺さった。
 唖然とする俺に、ヘヴンはゆっくりとこちらに視線を移すと。
「勘違いするなよ。 助けたことは事実だが。 それはお前のためじゃない。 私のためだ」
 ヘヴンはそれだけ口にすると、鏡月が残していった大剣を回収し始めた。
 ……ツンデレかなんかか?
 そんな疑問が一瞬脳裏に過ぎったが……どうも、違う。
「……なんだ、ヘヴン。 お前は俺をPKでもしたいのか?」
 部位欠損がようやく回復し、グリュンヒルを持ち、立ち上がりながらそう口にすると。
 ヘヴンは暫く黙った後。
「そうだな。 間違いではない。 だが、今はその時じゃないだけだ」
 そんなことを、口元を吊り上げながら言った。
「こいつはどうも……生きた心地がしねぇな。」
 俺はそんなことを言いながらも。
 歪んでいる自らの口元に気づいていた。
 俺は、こいつといずれか決着をつけなければいけない。
 そんな使命感や願望が心の何処かにあるのだろう。
 それが何故かはわからないが。
 だが、それも悪くないと思った。
 まぁ、それは兎も角として、これで俺達の方は終わりだ。
 あとは、レイカ達の方だけだな。
「まぁいい、ヘヴン、ユイスリー。 行こうぜ。 残るはレイカ達の方だけだ」
 そう言って一歩踏み出すと。
 俺の隣にヘヴンが歩み寄ってきた。
「……そうだな。 行くとするか」
 ヘヴンはそう言いながら、いつも通りの表情で歩き出す。
 俺と同じ速度で、俺と違う表情で。




――――――





 とある宿屋の一室。
 そこに机を囲むように四人。
 レイカ、スユアそしてトリシル、ナイトの四人が座っていた。
 それを囲んで眺めるように、ユナ、ファルコン、ござる、シャムが立ち、それを見物していた。
 その中で、スユアはニタりと笑いながら、我が物顔で机に一枚の紙を出し、それを説明していた。
 その内容を要約するとこうだ。
 基本概要
 ・基本2vs2でのチーム戦。
 ・ジョーカー含む54枚で行う。
 ・開始時にはそれぞれにランダムに五枚のカードが配られ、残りは山札とする。
 ・手札のカードを基本的にポーカーに従った役を作る。
 ・ただしポーカーのようにいらない札は一気に捨てず、一枚づつ、表向きにして捨て札とする。
 ・捨て札は山札を中心として自分の前に置く。
 ・この捨て札は麻雀のようにロン、チー、ポン、カンが可能。
 ・ロンをしてもロンした人間から点数を取ることはない。
 ・カンをした場合、その時点で4カードの役が成立し、その時点でその人間は上がりとする。
 ・一度上がりを宣言した人間はそこから役は変えられない。
 ・リーチが可能、役に点数が加算される。
 ・オープンリーチも可能、役にさらに点数が加算される。
 ・勝負中相談はなしでオープンリーチ以外で互いに手札を見せ合うのも無し。
 ・全部で六戦
 ・全六戦終了時に点数が多いチームが勝利する。
 ・持ち点は一人50000点。
 ・0点になった時点でそのチームは敗北。
 ・四人中、三人上がった時点で終了、役無しの場合は0点と計算する。
 ・終了後、相手チームの役との点の差分だけ点数を得る。
 ・点数が引かれるのは一番低い役で上がった人間か、役が作れなかった人間から。
 役一覧は以下とする。
 ロイフラ+40000
 5カード+30000
 ストフラ+25000
 4カード+20000
 ストレート+18000
 フルハウス+15000
 フラッシュ+13000
 3カード+10000
 『加算役』
 立直、海底、天和、人和、地和+10000
 立直一発+13000
 オープンリーチ +20000
 オープン一発+23000
 
 ・都合上2ペアは存在せず、門前以外でリーチは当然不可能。
 ・5カードは4カードにジョーカーを加えたものである。
 ・1番初めに上がった人間は特典として+10000点が加算される。
 ・立直で上がれなかった場合は当然+10000はなし。
 ・山札がなくなった時点で強制的に終了、点数清算に移る。
 大まかこんな感じだ。
 いわば、麻雀とポーカーを融合させたようなものである。
 故に雀カード。
 一見すると難易度は高そうに見えるが、そうではない。
 実際は上がるだけなら極めて楽で、最悪、適当に3カードあたりで上がれるのだ。
 ポーカーのように巡回の制限もないので、その気になればロイフラやストフラも難しくもない。
 しかしここが曲者で、このゲーム、点数の高い役ばかりに目をつけていると上がるのが遅くなる。
 故に早さというのは絶対的に必要となる。
 即ち、必要なのは早さ、運、チームワーク、そして心理戦である。
 読み合いによって相手の手札を予想しなければいけないが……。
 トランプ故に読みにくく、役故に難しい。
「ま、こんなところよ。 何か質問はあるかしら?」
 スユアがドヤ顔でそう口にすると、トリシルは少し何か考えたような仕草をするも。
「いや、大丈夫だ。 大まか頭には入った。 いつでも始められる」
 そう言って、背筋を伸ばした。
 だが、対照的にナイトは目を回しながら、机の上に置かれた紙と睨めっこしている。
 それを見てレイカはクスりと笑い。
「あらら。 お子様にはやっぱり難しかったんじゃないのー?」
 そんな挑発じみたことを口にした。
 そして、そんなわかりやすい挑発にバカ正直に反応してしまうのがナイトである。
「はぁ!? 何言ってんの? 俺超理解したから。 俺天才だから。 マジ、リアルでモテモテだし。
お前らネトゲ廃人と違って俺は学年トップで将来有望だからな」
 そんな、誰も聞いてないようなことを、しかもあからさまに嘘とわかることを語り出す。
 トリシルは飽きれつつも頭を抑えながらため息を吐いた後。
「まぁ取り合えずだ、ナイト。 点数表だけでもいいから頭に入れておいてくれ。 あとは基本的にポーカーと思っていい」
「ほぉ。 ポーカーの経験が生きそうだな。 トリシルは俺並にイケメンで頭がいいからな。 今回は大人しく今従わざるを得ないな」
 ドヤ顔でそんなことを言うナイトに再びトリシルは頭を抱えるが。
 そんな様子を見ていたユナ、ファルコン、ござるは冷静だった。
「なぁユナ。 本当にナイトなんかに任せてよかったのか? 俺は本当に不安なんだが……」
 ファルコンが汗を垂らしながらそう口にすると、ユナはアゴに手をやりながら、口を開いた。
「まぁ、とりあえずナイトにやらせてみようよ。 ビギナーズラックってあるじゃん?
よくルールを知らないやつの方がとんでもない役で上がったりするっていうアレ。
何揃えてるのかな、と思ったらいきなり、四暗刻単騎とかね」
 そんなユナの言葉に、ござるとファルコンは暫く黙った後。
「……ユナ殿。 その歳でよく麻雀の役を知っているでござるな」
「奇遇だな、俺もそう思う。 ネット麻雀でもやってたのか……?」
 そんな二人の言葉に、ユナは何かに気づいたような顔をした後。
「あ、や! あれだよ! ウィキペディアだよ! ほら、私って見た通り結構パソコンやる方だからさ!」
 そんな言い訳をするユナを見て、ファルコンとござるは顔を見合わせる。
 彼らの脳内では、この見た目でどうやってパソコンやるような人間に見えるのか全く辻褄が合わなかったが。
 今この姿を見せ付けられている以上、納得せざるを得なかった。
「う、うーん。 まぁ、いいか……なぁ? ござる?」
「そ、そうでござるな! 昔あった漫画でも少女達が超能力麻雀をやっていたのを思い出したでござる!
いやー、現実にいるとなると結構嬉しいものがあるでござるな!」
 そんな二人のやりとりに、ユナは思わず、その某超能力麻雀のことで口を出そうと思ったが。
 自分の容姿を考えて、あえて口を出さないで、苦笑いを見せるだけだった。

 ユナ達がそんなやり取りをしている間に、既に山札は切られ、各自にカードが配られる。
 これにより、雀カードの始まりの幕が切って落とされる。
 まず第一戦目。
 一巡目は何事も無く進行し、二順目より、初めにレイカがナイトからの捨て札でチーをした。
 鳴いたことによりレイカの手札の内2枚がオープンになり、その場に晒される。
 ハートの10、ハートの11、ハートの12。
 この3枚の公開により、トリシルはすぐにハートの13とハートの1、そしてハートの9を警戒する。
 しかし、レイカが一枚捨て、スユアの番に回った直後。
 スユアが、なんとハートの13を手札から捨てた。
 これにより、レイカはロン宣言。
 ロイヤルストレートフラッシュで上がり、+40000点が確定、さらに特典で10000点がプラスされる。
 この時点で窮地に陥ったトリシルとナイト。
 トリシルはこの時点で手札は壊滅的であり、即上がれる役は存在しなかった。
 しかし、ナイトはトリシルとしては信用に値しない存在であり、人に差し込むという発想が一切なかった。
 故に、トリシルは、奥手に回る。
 スユアさえ上がらせなければ、どうにでもなる。
 それを見込んでトリシルはスユアの捨て札から待ちを解析しようとするが……。
 ここで、意外なことが起こった。
「リーチっ!」
 突然のナイトのリーチ。
 さらに何を思ったか、オープンでのリーチ。
 その手札の役は、ストレート。
 さらに両端待ちの二面待ち状態。
 あろうことか、トリシルは、それの一枚を所持している。
 つまり、次の自分の番が回ってくれば、ナイトを上がらせることが出来るのだ。
 トリシルはここで勝気を見つける。
 行ける……勝てる……!
 そう決断したトリシルは、奥手に回ることをやめ、攻めることを決断。
 次のトリシルの番。 すぐにトリシルはナイトに差込み、ナイトを先に上がらせる。
 そして、己は安い役でもいいから早い手で上がることを決定。
 その後、二巡したところで、トリシルも3カードが揃い、終局。
 これによりスユア、レイカチームは50000点、対してトリシル、ナイトチームはストレート+18000にリーチ一発で25000。
 そこに3カードで10000点。
 合計で53000点となり、ドベであるスユアの持ち点から差異分の3000点を奪うことに成功。
 そして向かえた二回戦目。
 今回はなんと、ナイトが初手でリーチ。
 さらにオープン。
 フルハウスのリーチであり、今回も二面待ち。
 トリシルはその両方も持っていなかったが、来るのは時間の問題。
 さらに相手への牽制になり、相手はそのカードを捨てにくいと、トリシルは踏んだ。
 一巡目、その後は何事もなく過ぎ去り二順目も変わらず。
 そして三順目、ようやくナイトがここで自分でツモり、上がる。
 オープンリーチとフルハウスで特典がつき、合計45000点である。
 それを追うように、スユアが通常リーチしレイカからの差込により、一発で上がる。
 ストレートフラッシュ、リーチ一発で380000点。
 3000点の遅れを取り戻すべく、トリシルも安い役を揃えることに奮闘し、なんとかフラッシュを揃える。
 ナイト、トリシル58000点、そしてスユア38000点。
 これにより、レイカから20000点を取ることに成功する。
 これだけ見ればナイト、トリシルチームは圧倒的に有利に立っている。
 既に36000点の差。
 トリシルはこの時点で何かある、と踏んでいたが。
 向えた三回戦、四回戦。
 どちらもナイト、トリシルの勝利で終わるが、レイカとスユアが善戦し、点数は控えめに。
 これにより差は43000点まで跳ね上がり、最早この差を埋めるのは難しいこととなっていた。
「よし……! いけるぞ……!」
 トリシルは拳をグッと握りながらそう口にするも……。
 レイカとスユアは、互いに顔を見合わせ。
「まぁ、確かにあの坊やが強かったのは予想外よね」
「あれじゃないかな。 剛運の持ち主ってやつ! 私もびっくりしちゃったよ」
 そんなことを、軽々と口にしていた。
 そんな彼女らを見て、ナイトはニタ、と笑うと。
「次の勝負、俺に勝てたらジュースを奢ってやろう」
 そんなことを、ドヤ顔で言い出した。
 それに反応したのは、ギャラリーをしていたファルコンだった。
「アホだろ……ジュースって……」
 ため息混じりにそう口にすると。
 それを聞いたスユアの口元が歪んだ。
「なるほど。 ジュース、ね。 よく覚えておくわ……」
 そう言い放ったスユアに、トリシルは何か危険なものを感じ、背筋に氷が走ったような感覚に襲われる。
「……ナイト、気をつけろよ……!?」
 トリシルはそう口にして、五回戦に備えるが。
 肝心のナイトは、何処吹く風で、ニタニタとした笑みを浮かべていた。
 そして向えた五回戦。
 一巡目、いきなりスユアが初手オープンリーチ。
 既にロイヤルストレートフラッシュの状態であり、残り一枚がくれば上がる状態。
 ナイトはそれくらいどうということはない、という態度を取っていたが。
 トリシルは危機感を持って挑んだ。
 だが、それもレイカからの差込により、オープン立直一発でロイヤルストレートフラッシュを上がる。
 同時に、レイカもリーチ。
 今回はオープンではない。
 それに反応するように、ナイトもオープンリーチをかけるが……。
 ナイトが捨てたその一枚で、レイカも上がりを宣言。
 役は……ストレートフラッシュ、立直一発。
 既にこの時点で63000点にプラスして38000点、そして特典の10000点。
 トリシルとナイトの前には計111000点という途方もない壁が立ちはだかっていた。
 結局、ここではトリシルがナイトに差込み、オープンにプラスしてストフラ一発で48000点。
 決して悪い点数ではなったが……。
 63000点を一気に奪われ、トリシルは一気に点数を失うことになる。
 どころか、43000点の差は一気に消え、劣勢となった。
 その差、40000点!
「……っっ!!!」
 トリシルはこの状況に、ただ、唖然とだけしていた。
 最早、次の一回で取り返すのは難しい。
 それも、ナイトはついていても、自分が上がれないからだ。
 トリシルは責任を感じ、息苦しいプレッシャーを感じていた。
「な、あ、ジュ……ジュースを、奢ってやろう……」
 そして力なくそんな台詞を口にするナイト。
 それとは対照的に、レイカとスユアは、笑みを浮かべていた。
 そして迎える、最終戦、第六戦目……!
 カードが配られる直前、その変化は起こった。
「トリシル。 私が代わるよ!」
 突如、トリシルに対し、ユナが名乗りを上げたのだ。
 そんな不測の事態に、トリシルは目を丸くしてユナを見上げる。
「ユナ……君で大丈夫なのか? 見ての通り、こっちはボロボロで、勝てるかどうか……」
 トリシルのそんな言葉に、ユナはニタ、と意地の悪い笑みを浮かべた後。
「トリシル、大事なことを教えてあげるよ。 勝負ってのは、最後までわからないから勝負なんだぜ!」
 グッと親指を立ててポーズを決めるそんなユナに、トリシルは暫く唖然とした後。
「……わかったよ。 後は任せたよ。 ユナ」
 そう言って、席を経ち、ユナへと譲った。
 席へとついたユナは大きく一息吸うと。
 両手で己の顔をパシン、と叩き、気合を入れて笑みを浮かべる。
「さぁーて、そこの姉ちゃん達二人に教えてやるよ。 大人のギャンブルってやつをね!」
 そんなユナの台詞に、その場にいた全員は、いや、お前がそれを言うなよ、と突っ込みたくなったが。
 ユナから放たれる、その気迫に押し黙った。
 第六回戦はそんな全員がユナに気迫負けしたところから始まった。
 それぞれのプレイヤーに始まりの五枚のカードが配られる。
 実は雀カード、既にこの時点でそれぞれの運の良さ、引きの強さが問われ、作れる役が限定される。
 最も、一番理想的な手札というのは……。
 この四人の中で、やはり一番の剛運、ナイトの初手手札。
 ハートの2、ダイヤの2、クローバーの3、ハートの3、そしてハートの4!
 既にこの時点でフルハウスがテンパイ状態であり、ストレート、フラッシュのどちらにも切り替えが可能。
 本来なら超強力であり、変幻自在の手札であるのだが、この時点で多大な点数差がついている以上、ナイトに選択の余地はない。
 フルハウスやストレートは所詮10000台で、オープン立直一発をしたところで最大でストレートオープン立直一発、さらに特典つきで51000点。
 この時点でユナが60000点以上の点数で上がらなければ危険な領域となる。
 しかし60000点以上というのは、ロイフラでオープン以上。
 それはあまりにも荷が重過ぎる。
 故に、本来ここで最前の手は自力でストフラを作り上げ、オープン立直一発を狙うこと。
 それならばユナも同じくストフラオープンで上がればなんとか合計で10万点オーバー。
 だからこそ、ナイトはストフラオープン立直一発で上がらなければならないのだが……。
「リーチ!」
 ナイト、ここでまさかのフルハウスでのオープンリーチ。
 恐らく、特典の+10000点を優先したのだろう。
 しかし、フルハウスでは限界でも48000点。
 やはり、ギリギリにギリギリを重ねた数字だ。
 無論、この計算はユナ、スユア、レイカの中では行われており、ユナは対応策を、レイカ、スユアは対抗策を練っていた。
 しかし、当のナイトはというと……。
 全く作戦を練っておらず、単純に上がれそう、ラッキー、ということでリーチを仕掛けたのだ。
 ナイトの次順、ユナの手番になり、ユナは少し考える。
 今、ユナの手札にはナイトに差し込めるカードはない。
 ドローしてきたカードもナイトに差し込めるカードではない。
 それどころか、恐らく危険牌。
 先ほどの五回戦目。
 スユアとレイカはロイフラとストフラで上がっている。
 そして同時に、使ったカードの中には、10が含まれていた。
 そして、引いてきたカードは、スペードの10。
 残念ながら、ユナの今の手札にはいらないカードであり、捨て札候補の筆頭に来るカードだ。
 ここで、ユナはあえてそのカードを捨てず、クローバーの9を捨てる。
 危険牌であっても、相手はまだリーチをしていない。
 だからこそ、大丈夫だと踏んだのだ。
 そして、これは通る。
 当たり前のように、レイカがカードを引き、カードを捨てる。
 同時に、レイカもここでオープンリーチ。
 ハートの9、10、11、12によるストフラのテンパイ状態。
 ユナはこの事態を、想定していなかったわけではなかった。
 ロイフラは来る、それだけはわかっていた。
 だからこそ、動揺せず、それを静観する。
 スユアの番に周り、スユアはここでレイカには差し込まず、至って普通に回す。
 一巡してナイトの番になり、ナイト、ここでスペードの3を引き、フルハウスをオープン立直一発で上がる。
 特典つきで48000点。
 一先ずの流れはこれで決まってしまう。
 ユナはこれで6万点以上で上がる、という使命を課せられた。
 そしてユナの番になり、ユナは引いたカードを見て、停止する。
 引いたカードはスペードの1。
 これを捨てれば、レイカへ差し込むことにはなる。
 ただ、その場合、ストレートで抑えられるが……レイカは恐らく流すだろう。
 だからこそ、ここは……。
 ユナは、スペードの1を手札に入れ、手札からクローバーの5を場に出した。
 この時点で、ユナは先ほど引いたスペードの10、そして初めからあるスペードの11、そしてスペードの1。
 残り二向聴でロイフラが完成する。
 しかし、そのためにはダイヤの8とハートの5を捨てなければならない。
 一見、この二枚は全く無害なカードに見えるが、そうでもない。
 スユアの手札だけ、未だに見えていない。
 これだけでも、ユナにとっては十分すぎるほど脅威だった。
 そもそも、この時点でユナには4カードのオープン一発以上でなければ勝つ算段がなかった故に、もう目指すところはストフラかロイフラである。
 次順、レイカ、ここでハートの1を引き、ロイフラオープン立直一発。
 63000点を確定させる。
 これで、残るはユナとスユアだけとなった。
 次で上がった方が勝つ。
 最早、これは確定であり、ナイト以外の全員はわかっていた。
 スユアはカードを引き、なんと、ここでスペードの9を捨てる。
 ユナにとってこれは戦慄する出来事だった。
 ここで鳴ければ上がる確率は格段に上がる。
 しかし、鳴いた時点で門前ではなくなり、オープンリーチが出来ない。
 最大4万点。
 相手がロイフラで63000点以上で上がった時点で、こちらには4万点で上がるなどという選択肢はない。
 差異の4万を埋めるためには、合計で103000点以上。
 つまり、55000点以上を要求されている。
 これは、ロイフラでオープン一発。
 もしくは……海底を使ったストフラオープン以上。
 海底さえ使えば加算役が2つになり、オープンで20000点、海底で10000点、そしてストフラで25000点。
 これでジャスト55000点である。
 しかし、今、9で鳴けばもう勝ちはない。
 同時に、ユナに逃げ道はなくなる。
 だからこそ、ユナは鳴かなかった。
 目指すは、ロイフラオープンのみ。
 難易度が格段に高いそれに、挑戦するユナのその思いが実ったのか。
 引いたカードは、スペードの12!
 これでテンパイ状態である。
 オープンが可能となり、スペードの13待ち状態となる。
 だが、ここでユナはすぐにオープンはするべきでないことを知っていた。
 麻雀と同じで、リーチ後は手役を変えることが出来ない。
 故に、もしスユアがオープンをかました場合。
 ダメだとわかっていても、差し込んでしまう可能性が大いにあるからだ。
 そして、スユアもそれを理解していた。
 スユア、手札に既にダイヤの10、11、12,13を揃えており、残るはダイヤの1のみ。
 しかし、スユアは別にそれでなくてもいい。
 ダイヤの9でも、ストフラとなり、点数的な勝ちは確定する。
 さらに、スユアは別にオープンという危険を冒さなくても、勝てるのだ。
 だが、だがっ、だがッ!!!
 ユナがハートの5を切り、スユアの番に回ったその時。
「リーチ!」
 スユアは、手札からダイヤの4を捨て、リーチを仕掛けた。
 危険を冒してまでのリーチ。
 ユナは、その事態に理解できずにいた。
 それもそのハズ。
 こんな無謀な行為は、スユアのギャンブラー魂によるものである。
 スリルでリスクを削るギャンブル。
 それが、スユアの最も好むところで、改心したスユアなりの拘りだった。
 ユナの番に周り、ユナは思考を必死で張り巡らす。
 出ているカードと、相手の手札を予想し、計算を繰り返す。
 山札から引いたカードは、ダイヤの3。
 そこで、ユナの手が止まる。
 『危険牌』
 脳裏にそんな言葉が焼きつき、カードを捨てられない。
 だが、捨てるしかない、その状況で。
 ユナの脳裏に過去の記憶がフラッシュバックした。
 煙草の匂い、牌を打つ音、見知った三人の仲間達、転がった缶ビール。
 そして、窓の外で白んでいく空。
 あの頃学んだものはなんだったのだろうか。
 あの頃遊んだ仲間達から教えられたものはなんだっただろうか。
 あの頃の青春は、無駄だったのだろうか。
 いいや……無駄なものなんかではない。
 あの頃の、ユナの、否、彼の青春は……。
「博打とはっ!」
 突如、ユナは声を荒げてそう叫ぶ。
 そして、手札から一枚のカードを取り、場に叩きつけ、叫ぶ。
「諦めない度胸だっ!!」
 出されたカードはダイヤの3。
 それを見て、トリシルやファルコン、ござる、ナイト、レイカはユナの叫び声に驚いていたが。
 スユア一人だけは、違った。
 危険牌、ほんの数が1違うだけで直撃するその牌を、こう易々と切れる精神。
 勝ちへの渇望。
 最悪、自分の手牌を崩して安全に走るのではなく、勝ちに来たその意気込み。
 それに、スユアは痺れ、戦慄し、驚愕した。
 己と同じ、ギャンブルジャンキー、博打の中毒者。
 そんな心を、自分よりも年下の、こんな少女が持っていることに、心を打たれていた。
 同時に、スユアもユナを好敵手として認識する。
 同じギャンブルジャンキー。 博打中毒、ギャンブラー!
 それに対する対応は、スユアの本気だった。
 スユアは山札からカードを一枚引き、それを見ずに、その場に捨てる。
 それはどちらの上がりでもなかったが、ユナはそれに心震えた。
 一切の迷いもなく、これは違うと直感して、即座に捨てたその心意気。
 ユナは、笑みを浮かべた。
 それは少女としての笑みではなく、恐らく、彼本来の笑み。
 それに呼応するように、スユアも意地の悪い笑みを浮かべる。
 そんな二人の様子を、その場にいる人間の殆どは理解できなかった。
 今まで無言でそれを見ていたシャムを除いては。
 そこでシャムは、飽きれたようにため息をつく。
「ギャンブラーってのは、どうも、負けず嫌いが多いんだよね。
勝ちか負けしかないし、運任せだってのに、どうして負けるのがイヤなのか。
私にはさっぱり理解できないところだけど……。 まぁ、きっとそこには、そうならないとわからないものがあるんだろうね」
 そう言って、シャムは壁によりかかり、ユイフォーへと視線を向ける。
「ま、もう少し見てなよ、ユイフォー。 結果は兎も角、バカ同士の戦いなんて、早々見れるもんじゃないからね」
 そんな言葉をかけられたユイフォーは、暫く黙った後、首をかしげて。
「……私には、何が楽しいのかよくわかりません」
 なんてことを、淡々と口にした。
 しかし、そんな彼女に対し、シャムは薄く笑うと、スユアとユナへと視線を移す。
 この時点で、シャムはなんとなくわかっていたが、それでも目を離さずにはいられなかった。
 それは、シャムにとって、この戦いは、文字通り、心躍るものだったからだ。
 スユアとユナが交互に山札から引き、札を捨てていく。
 そして、気がつけば、山札は残り三枚。
 まさに偶然、奇跡。
 その時点で、ユナは気がついていた。
 スユアの待ちに……!
 ダイヤの1。 それが危険牌。
 だが、ユナがここでスペードの13を引けば、自動的に勝利となる。
 だからこそ、ユナはここでオープンリーチを仕掛けた!
 勝負は、ここ!
「……ッ! 来い! 来いっ……!」
 ユナはズルリとカードを引き抜くと。
 それを、傍目で確認する。
 と、同時に……。
 そのカードを、捨てた!
 捨てられたカードは……クローバーの9!
「……!?」
 そこで、スユアは困惑する。
 クローバーの9……!?
 それは、初めの方に捨てられたカード。
 なのに、今、何故……!?
 そこで、ユナの捨て札を確認すると。
 何故か、初めの札を見ると……ダイヤの1があるっ……!
 停止する思考と、困惑する頭のまま、スユアは手が止まる。
 そこで……気づいた。
 まさか、捨て札の位置を変えて、紛らわせた……!?
 いや、それしかありえない。
 けど、ここでそれを宣言したところで変わるわけではない。
 既にそのタイミングは過ぎている。
 それよりも、今はどう上がるか……!
 残るカードは二枚。
 二分の一の確率で、スペードの13……ユナの上がり札。
 もし、それを引けば、どちらにしろ上がることは出来ない。
 しかし、流局、ということも可能。
 それならば、スユア達の自動的な勝利となる。
 だが、そんなことは、ギャンブラーであるスユアのプライドが許さない。
 ここは、ちゃんと勝って終わらせたい。
 故に、次のカードが運命。
 それが、スユアの手に握られているというプレッシャー。
 スユアはそこでふとユナの顔を見る。
 その顔には、勝利の笑みが浮かんでいた。
 これで、お前が上がる手段はない、あとはお前の手で私を上がらせるんだ、というそんな声が聞こえてきそうだった。
 だが、そこでスユアは折れなかった。
 不敵な笑みを浮かべ。
 そのカードを、引く。
 一見すれば、無謀、敗北へ近づくその一手。
 だが、スユアは、高らかに宣言する。
「ツモっ!」
 スユアのその声に、ユナは停止する。
 なんで……何故……ダイヤの1は捨てたはずなのに……!
 だが、そんな疑問は、公開されたスユアの手札を見て、あっけなく解消する。
「あっ……」
 引いたのはダイヤの9。
 ストレートフラッシュ……!
 ユナは、単純なことを見落としていた。
 ロイヤルストレートフラッシュに拘り、ストレートフラッシュが見えていなかったのだ。
「……あちゃー」
 ナイトはそれを見て残念そうな顔をするが。
 スユアとユナは、笑っていた。
「いやー。 あはは、最後の最後に見落としとは……。 やっちゃったなぁ、私」
「いえ、貴方もよくここまで勝ちに拘り、善戦したわ。 ギャンブラーとして、その勝利への執念と、闘争心に敬意を表するわ」
 そこでスユアは、ユナへと手を差し伸べる。
 ユナは、それを見て、極自然に、己も手を差し出し、固い握手を交わした。
 それを見て、レイカは一息つくと。
「さて、それじゃ、そこのナイト君。 アイテムを渡してもらおうかな」
 そう言って、ナイトへと視線を移す。
「……ううっ」
 ナイトは目を泳がせながらどうにかして逃げようと悪知恵を働かせていたが……。
「わ、わかった。 渡す。 それでいいだろ」
 最後はそう素直に折れ、レジストリを開き、アイテムを取り出した。
「……なんだ、これ変なアイテムだな」
 そのアイテムを眺めながらナイトがそう口にしたと同時に。
 レイカが横からそのアイテムを半ば強引に奪い取り、それをそのままユイフォーへと投げた。
「ああっ! 何も強引に奪うことないだろ」
 ナイトはすぐにレイカのその行動に激怒するが。
 レイカは呆れたような顔で。
「こうでもしないと君は渡さなかったかもしれないからね。
それに、あれ持ってたら、君死ぬよ?」
「はぁ? 死ぬとかはったりやめろよ。 お前忍者だろ。 汚いなさすが忍者きたない。 素直に謝……」
 そこまでナイトは口にして、ユイフォーへと視線を向けると同時に黙る。
 ユイフォーは、渡されたアイテムを、その場でデータにして分解し、削除してみせていたからだ。
 ゲーム中ではまず見ないその光景に、ナイトはしばらく黙った後。
 何を思ったか、顔面が一気に蒼白になると。
「ま、まぁ。 ヤバそうだったからな。 今回は許す」
 そんなことを言って、そっぽを向いた。
 そんなナイトを見て、レイカは小さく笑い、シャムは肩を落として、安堵する。
 これで、ユイツーのコピーデータは文字通り、全て削除された。
 つまり、クエストは達成、ということである。
「さて、お騒がせしてすまなかったね」
 シャムは近くにいたトリシルへと言葉をかけると。
 トリシルは何処か吹っ切れた顔で。
「いや、寧ろ感謝してるくらいだよ。 これで大事になっていたらと思うと、ゾッとするからね」
 そう言って、シャムに軽い笑みを投げかける。
 シャムはそれに答えて笑みを浮かべた後。
 トリシルに向けて、アイテムレジストリから一本の槍を取り出し、それを渡した。
「……これは……?」
 見たことのない武器に、トリシルは戸惑いながらその武器を眺めると。
 何かに気づいたように、目を見開いた。
 そんなトリシルに対し、シャムは満足した顔で。
「それは私なりの君への餞別だよ、トリシル君。 いや、トリシューラ君。
その名前、それで槍使いときたら、君にはこの武器が似合うと思ってたんだ。
一応、レア武器だから大切にしてくれよ」
 三ツ又に別れたその先端、そして武器についているその説明文。
 名前こそ違うが、それは……。
 トリシルが憧れた、その武器だった。
 すぐにトリシルはシャムへと視線を向けるが。
 シャムは言葉はいらないと言った態度で、トリシルに向けて右拳を突き出すと。
「頑張れよ、中層プレイヤー」
 それだけを口にする。
 それに答えるように、トリシルも、薄く笑って、右拳を突き出し、シャムのそれと合わせる。
「ああ、すぐに追いつくさ。 攻略組」
 そう言って、互いに何か通ずるものを感じた後、別れを告げた。



 その後、スユア達はユナ達と別れ、宿屋にてアルス達を待つ。
 暫くしてやってきたアルス達と合流し、クエストを正式に終了させる。
 その後、ユイスリーとユイフォーはそのまま何処かへ転移していく。
 これで、問題だったユイツー騒動は幕を閉じたのだった。




――――――




 とあるダンジョン内にある圏内エリア。
 そこで、ザサーダとユイ達は待っていた。
 現れる二つの人影を。
 何処からもなく転移してきた人影は、ユイスリーとユイフォー。
 それを見て、ザサーダは、特に焦った様子も見せず、ただ薄く、冷たい笑みを見せていた。
 対して、機械的な態度でユイスリーは自己紹介を始める。
「始めまして、私は――――」
「ああ、大丈夫、知ってるよ。 目的もね」
 そこで、ザサーダが静止をかける。
 そんなザサーダに対し、ユイスリーとユイフォーは互いに顔を合わせた後。
「では、早速ですが。 カーディナルの命令に基づき。 オリジナルを除く、全てのユイシリーズを削除させてもらいます。
今回はその通告に参りました」
 そんなことを、淡々と口にした。
 つまり、システム的に、危険因子、ウイルスと判断し、オリジナル以外を全て削除するという方針で決定したということなのだ。
 当然、これは三体のユイシリーズを従えているザサーダにとっては厄介以外の何者でもなく。
 想定しうる最悪のパターンだった。
 だが、ザサーダは、笑みを崩さない。
「わざわざ報告ありがとう。 我々はそのシステムの方針に従うだけだよ」
 そんなことを淡々と口にするザサーダに、ユイスリーは何の疑問も持たず。
「では、早速ですが、実行させていただきます」
 そう言って、そのプログラムを実行した。
 ユイスリーを中心に、何かグラフィックが歪んだかと思うと。
 その場にいたファイブ、シックスの体がデータの海へと還っていく。
「…………ッ」
「…………」
 しかし、彼女達は何も語らず、なされるがまま消える。
 そして、ユイスリーの隣にいたユイフォーも削除され。
 最後に、ユイスリーも、データとなって消滅した。
 そして、その空間に残ったのはザサーダのみ。
 ザサーダはしばしの間、無言でいたが。
 ゆっくりと、口元を歪ませると。
「フ、フフ、フは、ははははは!」
 何か耐え切れなくなったように笑い出し。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!」
 最後にはダンジョン内全てに響き渡るかのごとく大声で笑った。
 暫くの間、そうして一人で笑った後。
 ゆっくりと息を吐いて、深呼吸した後。
「ああ、完璧だ。 これで完成した」
 そう言って、アイテムレジストリを開くと、五つのアイテムを眺めて笑った。
 それは、紛れもなく、ユイツー、ユイスリー、ユイフォー、ファイブ、シックス。
 彼女達は、確かに削除された。
 だが、ザサーダの手元にある。
 それは単純な話、ザサーダが予め、ユイツー、ファイブ、シックスにおいては、コピーし。
 ナーヴギア内に保存していたためである。
 さらに拡張子とプログラムの一部を変更し、削除対策を組んだ。
 残るスリーとフォーにおいては、コピーしたファイブ、シックスを立たせておくことで。
 スリーとフォーがこの空間に訪れた瞬間に、データをスキャンしたのだ。
 ザサーダとしては、このスキャンがバレず、間に合うかどうかが勝負だったのだが……。
 なんとか間に合い、ザサーダの手にコピーデータが手に入った。
 当然、ザサーダはそれをそのまま使うことはしない。
「元々彼女達は全て欠陥品。 己の存在意義との葛藤の末、何かが歪んだり、欠落したりした存在。
ユイツーは理性を。 ユイスリーは感情を。 ユイフォーはコミュニュケーション能力を。
ファイブは責任感を。 シックスは恐怖心を」
 そこで、ザサーダは一度区切ると。
 何か意味ありげに笑みを浮かべた後。
「欠点を持った生徒にそれを教えるのが教師としての役割だ。
それに観察も出来た。 今回のことは大きな収穫になったよ。
早速、近いうちに彼に決着をつけさせるとしよう」
 そう言って、ザサーダはメッセージを飛ばすべく、その内容を打ち込んだ後。
 送り先を、クーレイトにして、メッセージを送った。 
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