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星河の覇皇

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第三部第五章 雑軍その二


 サラーフの動向はサハラ周辺各国にも知れ渡っていた。当然シャイターンの耳にもそれは入っていた。
「またナベツーラはえらく強気だな」
 彼は新聞を読み終えるとそれをテーブルの上に置いて言った。
「見たところ到底勝てるようには思えないがな」
「閣下も同じお考えですか」
 傍らに控えるハルシークが問うてきた。
「ああ。戦争は数だけでするものではないからな。確かに重要であるが」
 彼はその細い目でハルシークを見ながら言った。
「他にも色々な要素がある。それが全て合わさらないと戦力にはならない」
 流石に彼にはそれがよくわかっていた。
「今のサラーフの上層部にはそれがわかっていないようだがな」
「その通りです」
 ハルシークはそれを聞いて答えた。
「まさかここまで愚かな男だとは思いませんでした」
「ナベツーラがか?」
「いえ、彼と彼に関わる者全てです」
 ハルシークは答えた。
「閣僚達も軍の高官達もあまりに愚劣です。しかも相手を完全に侮っております」
「そうだな。ナベツーラはアッディーンを若僧と罵っていたな」
「それも公の場で。品性を疑います」
 ハルシークはそう言って顔を顰めた。
「だがそれがサラーフのマスコミには受けているようだな」
「マスコミは盲目の荒馬ですから」
「盲目の荒馬、か」
 シャイターンはその言葉を繰り返した。
「はい、彼等は何も見えません。そしてその保持する権力はあまりにも強大になり易いのです」
「情報を独占しているからな。だからこそそれを抑える為にネットが発達した」
「はい」
 ネットにそういう一面があったのは事実である。それが二十一世紀以降マスコミの暴走を抑える大きな力となったのであるから。
「だがサラーフにはネットがありません」
「そうだったな。そしてこう言える」
 シャイターンはそう前置きしたうえで話しはじめた。
「マスコミが暴走したらどういう事態に陥るか、サラーフは今身を以ってそれを人類の歴史に伝えようとしている、とな」
「シニカルですね」
「私は元からこうだが」
 シャイターンはそう言って微笑んだ。
「「だがアッディーン提督に今回のこのマスコミの暴走は好都合だろうな」
「ええ、何せ情報は向こうが教えてくれるのですから」
「そして戦い易い相手を選んでくれた」
「これはアッディーンの勝利になりますかね」
「間違いなくそうなるだろうな」
 シャイターンは言った。
「だがまずは様子を見たい」
 彼は言った。
「万が一、ということもある。いや、この場合は億が一、という可能性だがな」
「アッディーン提督が敗れる怖れは、ですね」
「ああ。まさかあの様な愚劣な者達に彼が敗れるとは思わないが」
「戦争は何が起こるかわかりませんからな」
「そうだ。だがもう準備はしておいた方がいいな」
 シャイターンはそう言うと席を立った。
「私の部隊だけでいい。出撃準備をしておけ」
「わかりました」
 ハルシークは答えた。
「アッディーン提督が勝利を収め次第動くぞ。そしてサラーフ領内へ侵攻する」
「はい」
「おそらく敵は我々が動くとは露程にも思っていないだろうからな。しかしそれが命取りになる」
 彼はそう言うとニヤリ、と笑った。
「愚か者を選んだ結末、サラーフはとくと味わうだろう」
「はい、ですがそれがわかった時には」
「あの国はこの銀河にはない」
 彼はそう言うと部屋を出た。そして車を出させハルーク家の邸宅に向かった。
「ようこそ、愛しき人よ」
 シャイターンは出迎えた例の未亡人に笑顔で声をかけた。
「またそのような」
 彼女はそれを聞くと頬を赤らめた。
「心にもないことを仰る」
 だが彼女もまんざらではないようだ。
「いえ」
 シャイターンはそれを首を横に振って否定した。
「間も無く私は貴女の夫となる身。偽りを申し上げて何になりましょう」
「それは・・・・・・」
「今日は貴女に差し上げたいものがあり参上しました」
「差し上げたいもの!?」
「はい、これです」
 彼はそう言うとマントの中から一つの小箱を取り出した。
「これは・・・・・・」
 それは指輪であった。真紅のルビーの指輪である。
「婚礼の印に。些細なものですが」
 シャイターンは跪きそれを差し出した。見ればかなり大きなルビーである。
「よろしいのですか?」
 夫人は彼に対し問うた。
「何がですか?」
「見ればかなり素晴らしい指輪です。私もこれ程のものは見たことがありません」
「いえ、私はこの指輪ですら貴女には釣り合わないと思ってもります」
「またそのような・・・・・・」
 彼女は世辞とは知りながらも気分をよくした。
「けれど嬉しいですわ」
 やはり指輪を差し出されて悪い気はしなかった。
「お受け取りしてよろしいでしょうか」
「是非とも」
 シャイターンは言った。
「勿論これだけではありません」
「まだあるのですか?」
「はい、これです」
 彼は今度はサファイアのネックレスを出した。
「そしてこれも」
 今度はエメラルドのブレスレットである。どれも細部まで装飾されたものである。
「他にもあります。私のものは全て貴女のものです」
「閣下・・・・・・」
「そしてこの心も」
 彼は立ち上がり自分の胸に手を置いて言った。
「貴女の夫となったならば貴女の為に全てを捧げましょう。当然この命も」
 サハラはイスラムの戒律を今まで守ってきている。元々柔軟な思考の宗教であるからこそ二千年以上も教えが残ったのだ。かっての原理主義のような偏執狂的な者達は姿を消していた。
 そしてイスラムの特徴として独自の女性の人権への配慮である。一見女性蔑視に捉えられかねないがその実は細かい配慮が為されている。
 妻は四人まで持ってもよいのはこの時代でもそうである。だがその四人を平等に愛さなければならず養わなければならない。そして戦争による未亡人や孤児を救済する意味もあった。戦争で夫を亡くした妻じはこうして救われてきたのだ。これはこの時代でも変わらない。
 そして離婚も簡単にできるがその後でもその妻を養わなければならない。そうしない場合は罰を受ける。
 こうした戒律が今でも生きている。そして婚礼にもそれは見られるのだ。
 彼女の夫は数年前病に倒れている。もう六十に近いからという理由で再婚はせずそのままでいたのだ。子供もいなかった。彼女自身が再婚はしないと言ったので誰も声をかけようとしなかった。六十にはとても見えぬ美貌であっても。
 それだからこそシャイターンも声のかけがいがあったのだろう。何度も断られながらもようやく婚姻にこぎつけたのであった。そして今こうして婚礼の印の贈り物をしている。 
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